第20話 綺麗な花に寄ってきた虫



 ユリとの二人パーティーは安定していて、何の問題もないままに三ヶ月の時が過ぎた。

 その間、変わった事と言えばランドールさんの御付きに巻き髪のレクチャーをしたり、可愛くなったユリにアプローチする奴がまた出てきたりしたくらいでその他は延々とダンジョン行ってから個室で訓練を繰り返した。


 ユリの指南を受け始めて五ヶ月経つというのに、未だに彼女の練習相手すらも務まらない。

 いや魔力消費を無視すればギリギリ出来そうだが、それをやるとダンジョンに支障が出るからやる訳にもいかない。


 どうしてもユリと一緒に居ると俺が貰ってばかりになってしまう。

 そんな事を考えていた時だった。


「ラズベル嬢、貴方は今日もお美しい」


 最近毎日の様にユリに話しかけてくる男、ジュリアン・リストル。

 ユリの髪を切った次の日に近づいてきた現金な男。

 最初は丁寧にユリを周りに紹介していたからそこまで悪い奴じゃないかもなんて思っていたがそれは大きな間違いだった。

 しょっぱなから俺を睨んできていたので良いやつだとも思ってなかったが。


 何にしても俺はこいつが大嫌いだ。


 無駄にガン飛ばして何かと俺の所為にしてきて、間違っていても謝罪の一つもなく逆に威圧を掛けようとしてくる様な輩なのだ。

 ユリがやんわりと訂正して追い返しているが、流石に俺もストレスが溜まってきている。


 そんな彼は今日は一段と踏み込んでくる言葉を放った。


「今日はそんなお美しい貴方にお願いがあって参りました。

 これからはこの私とパーティーを組んで頂きたいのです」


 リストルはまるで演劇の様に自身の胸に手を当て、もう片方の手をユリへと伸ばしたが、ユリは訝しげに彼を見る。


「それは……三人で組む、という事ですか?」


『俺は組みたくない』って言いたいんだが言っちゃダメなんだろうな……

 身分的な意味で。

 そもそもユリの容姿を良くしたのはこういう理由でだったんだよな。

 もしかして俺はこんな時、黙って居なくちゃいけないのか?


 頬が引きつり、やるせない苛立ちから明後日の方向へと視線を向けた。


「いや、その下民なんかよりも私の方が相応しいのです。立場も力も。

 だから私と共に道を歩んで欲しい。ユリシア」


 はぁ?

 お前じゃ無理だし。

 今ユリが何階層行っていると思ってるの?

 十五階層だよ。十五。俺を守りながら……

 守衛の話しだともう卒業生の平均レベル超えてるらしいぞ?


 てか、なんで勝手に呼び捨てしてんの?

 ユリが嫌がってるのをわからないのかこいつは……


「すみませんが、ルイと別ならばお断りします」


 一緒でも是非とも断って欲しいが、無理は言えない。

 ユリが伯爵令嬢とは言えラズベル家は名目上、外様の新興貴族。

 元々小国だった為に辺境伯爵という地位に居るが外様は外様だ。下に見られることもあるだろう。

 仮にそれらがなかったとしてもユリの親父さんは隙を見せる訳にはいかないとピリピリしてると思う。

 だから角が立つ様な真似はさせたくない。


「むっ……であれば共にダンジョンに行き有用性を示そう。それで如何かな?」


 こいつが入るなら俺は抜ける、なんてユリが居なければ思っていただろうくらいには嫌いだが、だからこそ逆に一緒に居て守らないと。

 どう見てもこいつは性格が悪い。カールス同様、信用しちゃあかん類の人間だ。


 しかしこういう時はなんて説得すればいいんだ……?

 ただのパーティーメンバーなんだから恋愛ごとに口を出す権利なんてないし。


 俺はこの男が大嫌いなので会話するのも心底嫌だが、それだとユリを守れない。

 仕方なく体の向きをユリたちの方へと戻したら、何やら彼女は珍しく怒っていた。割と本気で。


「いいえ。いくら示されてもルイを外すなんて事は有り得ません。

 不和の種にしかならない貴方を入れるのはお断りさせて頂きます!」


 彼女は目を細め、冷めた視線でリストルを見上げる。


 お、おお?

 凄く嬉しいが此処まで言ってくれるとは思ってなかった。

 けど、どうしたんだ?

 かなりらしくない空気を出してるんだけど……


「お、お待ち頂きたい! 何故この者を外せないのだろうか!?」


 いや、それ以前に何故言う事を聞いてくれると思ったんだろ。

 全然大した仲でもないのにパーティー解散して俺と組めって言い出せちゃうとかある意味凄いな。


「助け合い信頼関係を結び命を預けあっている大切なパーティーメンバーを捨てて、少し話した事があるだけの相手を取る人の方が私は正気を疑いますが?」


 ああ、うん。普通そうだよね?

 まあきっと貴族同士だから相手が平民ならば簡単に外すだろうと思っていたんだろうけど。


「うぐっ……わかり、ました。日を改めます。それでは……」

「改めても結果が変わらない事だけはご理解ください。ごきげんよう」


 何その鋭い視線の『ごきげんよう』……カッコ良い!


「あぁ、ユリさんかっけぇわぁ。マジかっけぇわぁ」

「……そういう風に茶化されるのは苦手なので止めて下さい」


 おおう。あいつに怒っていたからか珍しく視線が鋭い。


「いや、うん、ごめん。ちゃんと断ってくれたのが嬉しくてさ。ありがとな?」

「ふぇっ!? そ、そんなの当然です! 私たちはパートナーなんですから!」


 おっ、いつもの顔に戻った。

 うん、ユリはその顔が一番可愛いぞ。


「それに、ごめんなさい。最初から付け入る隙を見せずに断るべきでした。

 あの方がルイを蔑ろにしているのは気がついて居たのに……」

「ああ、うん。あれとは組めないなぁ。

 あれと一緒と考えると組んでるのがユリじゃなければ離脱してたまである」


 まっ、俺たち二人パーティーだからユリが居なければ俺一人だけどなっ!

 なんて悲しい事を考えていればユリはめちゃくちゃ焦りだした。


「――――っ!? 大丈夫です! 絶対にお断りしますから!」


 いや、うん。ユリが居なかったらだよ?


 焦る彼女に大丈夫だと伝えれば、少し混乱を残しながらも説明してくれた。

 ユリは俺にヘイトが向かない様にと頑張っていてくれた様だ。

 その為にも相手の落ち度を見つけたかったから三人でなら組むと嫌々ながらに相手に告げたそうだ。 


 そんな彼女の説明を聞き、改めてお礼を告げダンジョンに向かおうと思っていた時、再び呼び止められ足を止めた。

 今度は女性の声だ。


「ラズベルさん、少しお話がありますの。いいかしら?」


 そう言って声を掛けてきたのはリアーナ・ランドールさんだ。

 彼女の使用人ユキナさんも後ろに控えていて、俺に向かって微笑み会釈をしてくれた。

 ユキナさんには巻き髪を教えた時に実際に彼女の髪を弄りながら説明をし、割と友好的に会話をしているのでランドールさんと同様に好感の持てる相手だ。


「はい。勿論構いませんが、なんでしょうか……?」

「いえ、大した事ではないのよ。ただ此処では何ですから歩きながら」


 彼女はリストルの方へと一度視線を向け「彼が居る所ではちょっと」と小さく言った。

 それに従い、表へと進みながら彼女とユリの会話に耳を傾ける。


「あの不躾な男と同じ様な事を言うのは気が引けるのだけど、一度ダンジョンにご一緒して下さらないかしら。

 勿論ルイさんもご一緒に……」


 そうして続く彼女の言葉は、大会前に学年トップのユリの力を確認して置きたいというものだった。

 

「次の大会には私と貴方が選ばれるでしょう?」

「そう、なのですか?

 すみません。私、成績とか把握してなくて……」


 大会……そんなのがあるのか。

 全然聞いてないんだけど……


「謝ることはないわ。発表もまだですもの。

 先日担任教師のオーウェン殿に問いかけたところ、私と貴方に決まったと仰ったの。

 明日にでも発表されるんじゃないかしら。

 それで戦力を把握させて頂きたいのよ。ルイさんと共にね」


 チラリと流し目でこちらを見るランドールさん。

 何で俺が関係あるんだろ。

 流石にビリは間違いなく脱した……と思いたいところだが、正直学年上位の人と競える程とは思っていない。

 ユリも俺の名前が出たことに首を傾げている。


「あら、ご存知でないの?

 学年で選ばれた上位二人が一人ずつパートナーを選ぶ決まりなのよ。

 強さとは個人技だけで決まるものじゃないという理由からそうなっていますの」

「そう、でしたか……それは困りました……」


 ユリはチラチラと困り顔で視線を送ってくる。

 相手が貴族のご令嬢だから黙っていたが仕方ないと姿勢を正す。


「あー、ランドールさんに一つ訂正をさせて頂きたい。

 俺には貴方が考える様な強さはありません。

 良くて学年で中堅所と言ったところでしょう」

「あら……では何故お組みになっているのかしら?

 あっ、ごめんなさい。これはよろしくない詮索だったわね」


 何を考えての事かはわからないが、彼女は顔を少し赤くすると目を泳がせて話を切った。

 変な勘違いされて広められても困るので当たり障りのない真実を彼女に告げる。


「私は魔力操作だけは人より優れている様で、この様な変わった魔装を作れます。

 魔装が好きで好きで仕方がないユリシア嬢はそれを教わる代わりにと私を鍛えて下さっているのです」


 俺はランドールさんにわかり易いように、ゴムの様な弾力性を伴った魔装を顕現させて、曲げて見せると彼女は興味を示して触って曲げてみると驚きを見せた。

 一応元から性質変化という概念はあるが、それをやる者は少ない。

 他にも完全に透明にした物や鏡の様に姿を映す物など色々と作って見せた。

 二人は物珍しげに魔装を観察していた。


 ユリは少し不満げな表情で「まあそうなんですけど……」と一応の同意を示す。


「あっ、そうでしたか!

 私はてっきり恋仲なのかと……ごめんなさいね?」

「ははは、私は平民ですから……」

 

 やっぱりそう勘違いされてたか。

 訂正して良かったと思っていると微妙な空気に包まれていた。

 それを払拭するかのような明るい声でランドールさんが再び声を上げる。


「まあ、どんな理由でも構いませんわ。

 良かったらこのままダンジョンでの共闘をお願い出来ませんか?」


 彼女の問いかけにユリがこちらを見上げてきたので「そういった理由なら断る事もないんじゃないか?」と頷いて返す。

 最悪俺は二人の戦いを見学してるし、とそんな面持ちで。


 と言うかもう何だかんだダンジョンの前まで来てるし。

 そうしてなし崩し的にダンジョンに入った俺たちはひたすら下を目指す。

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