第19話 注目の的


 彼女の髪をカットした翌日の朝。

 教室内はざわざわといつもと一風変わった空気を放っていた。


 当然だ。

 教室にいきなり知らない美少女が入ってきたのだから。

 いやまあわかっている人も普通に居るだろうが、困惑具合を見るに本当にわかってない人も結構居そう。

 さて、なんて言われているのだろうかと耳を澄ます。


「ねぇあの子、誰?」

「あんな可愛い子いた……?」

「髪の色や背格好を見るにラズベルさんではないかしら……恐らくだけど」

「「「うそぉぉ!?」」」


 ふっふっふ、その可愛いを作ったの俺です!

 なんて口には出せないながらもドヤァと胸を張った。


「ルイ、ど、どうしましょう!? 凄く注目されている気がします!!」


 顔を真っ赤にして切羽詰った顔で、俺の腕を握ってくるユリに「落ち着け」と握りしめられた手をポンポンと叩く。


 離して下さい。

 凄く痛いです。

 

「キミ今、強化使ったよね?」とユリにジト目を向ける。


「だ、だって……こ、こんな事になるなんて思っていませんでしたから」


 ちょっとユリさん?

 それと強化使う事は繋がらないよ?


 いや、今それを言っても話が進まないから我慢しよう。

 とりあえず何故焦っているのかの話を聞かねば。


「なんで困ってるんだよ。可愛い子だなって評価が聴こえてきただけだぞ?」


 立場を逆にしてみれば『誰、あのカッコいい人』『まさか、ルイさんかしら』とか言われてる感じだ。

 いいじゃん。

 むしろ当初の予定通りだと思うんだけど……?


「そ、その……外見が良くなったのは素直に嬉しいです。

 ルイには感謝しています。ですがこれはちょっと……」


 むむ、本当に困っている御様子。

 だがそれを解消する手立ては持っていない。


「まあこれは有名税だと思って受け入れるしかないな」

「なんですかそれ? そんな言葉初めて聞きました……」


 ユリはウルウルとした瞳で「助けてくれないんですかぁ」と情に訴える。


「いや、だってどうすればいいかわかんないし」


 そうしてウルウル攻撃を受け精神を削られていると一人の男が近寄ってきた。


 彼は「ラズベル嬢、何かお困りですか?」とユリに話しかけながらも俺を睨みつける。

 どうやら俺が困らせていると憤っている御様子。

 全く、ユリが可愛くなったからと直ぐ寄ってきて良いカッコしようなんて現金なやつめ。


「いえ、その、この様に騒ぎ立てられるのは慣れておりませんので、その……」


 彼は俺が原因ではない事を知り「なるほど」と俺から視線を切ると思案に更ける。


「では、それを解消してごらんに入れましょう。ラズベル嬢、お手を……」

「えっ? 一体何を……」

「大丈夫です。私にお任せください」


 困惑するユリの手を握り立ち上がらせ、彼女を後ろの席へと連れて行く。


 だ、大丈夫だろうか?


 少し……いや、かなり心配になり俺もその後ろを付いていくが彼がした事は周りの人にユリを紹介しただけだった。

 特に騒ぎ立てる事もなく、丁寧に彼の知人に紹介している。

 後ろの席の男性陣の大半は挨拶に一度来ていたが女性とは余り面識がなさそうだったのでこれは悪い事ではないだろうと席に戻り傍観していると、早速女子生徒たちは彼女の容姿の変化について触れる。


「ラズベルさん、その髪はどちらで?」

「私も是非お聞きしたいですわ」

「いえ、その、友人にお願いしまして……」

「まぁ! そのご友人とはどなたですの!?」


 とチラチラこちらに振り返るユリ。

 頑張れとにこやかに手を振ると彼女はショックを受けた顔を見せる。


 いや、流石にここで割って入るのは無理ですがな。


 と苦笑しつつも遠くから見守っていれば俯いていた彼女は徐に指を差した。

 その方向には俺しか居ない。


 えっ!?

 ユリのやつ、キャパオーバーして俺に投げやがったのか!?


「あら、あの方ですの? 私にも紹介してくださらないかしら」

「えっ? いえ、その、ですが……」


 いや、好評だったのだからそう言われるのは当然でしょうに。

 なんで今更困ってるのユリちゃん!!

 もうここまで言っちゃったら変に回避しようとしても拗れるだけだと思うよ?


 はぁ、と深く溜息をついて再び立ち上がりユリに悪感情を向けられる前にと彼女の元へと赴く。


「昨日彼女の髪のカットを担当させて頂きましたルイと申します。

 過分に評価して頂き嬉しく存じます。

 彼女には素人のしたことですからと大きく広めないよう願い出ていました故にどうか御気を悪くなさいませんようお願い申し上げます」


 できるだけ丁寧に彼らが目上に使う言葉遣いを真似てこの国の作法に乗っ取って頭を下げた。

 ユリは目を見開いてこちらを見上げるが、今はスルーさせてもらう。


 ユリみたいな天使の様な子は早々いないのだから俺としても貴族のご令嬢とは余り関わり合いたくない。

 もう直ぐ授業だからそれまでに上手く纏めてこの場から逃げなければ。


「まぁ! これはご丁寧に。わたくしはリアーナ・ランドールよ。

 ルイさんはとても素晴らしい技術をお持ちなのね。

 今度わたくしもお願いしたいのだけど、如何かしら?」

「その、技術を伝えるのであれば異存在りませんが、お綺麗にしている皆様のお髪に触れるなど恐れ多い事です。

 先ほども申しました通り、私は素人で御座いまして……」


 彼らが目上にしている様に胸に手を当てて気をつけをしながら受け答えを返したからか、聞いている男性陣からも睨まれていない。

 今の所は問題なさそうだ。

 これで彼女が引いてくれれば問題ない。


「あら、ラズベルさんの髪には触れたのでしょう?

 腕も申し分ないわ。同じようにしてくれればいいの。ダメかしら?」


 うぐっ。


「いえ、勿論ダメという事はありません。

 ですがその様に整った状態からですとどう手をつけて良いのか……」


 心底困ってますという顔をしてみれば意外にも男子生徒が間に入ってくれた。


「なるほど。触れるとは散髪するという意味の様だね。

 確かに僕等は腕の良い本職の専属を持っているからね。

 リアーナ嬢、これ以上は彼を困らせるだけなんじゃないかな?」


 恐らく名前で呼んでいるのだからランドールさんと親しい間柄なのだろう。


「そう。それは残念ね。

 じゃあ後で人を寄越すからその髪型の作り方を教えて差し上げて。

 勿論お礼は用意させて頂きますわ」


「畏まりました」と一つ頭を下げて席に戻ると丁度先生が入ってきてユリも後を追う様に戻ってきた。


「ルイ! どうして呼んでいないのにこっちに来たんですか!」


 何故か俺を責める様な口調に溜息を吐いて、流し目でユリをジッと見ていればやっぱり可愛いなと自然と口元が緩む。

 なるほど。良くも悪くも可愛いは正義という事か。


 未だムッとした顔を向ける彼女に説明を行う。


「ユリを助ける為以外にないだろ。

 女の子の綺麗になりたい可愛くなりたいって願望はもの凄く強いの。

 あそこで紹介できないって突っぱねてみろ。自分だけで独占していると恨まれてたぞ」


 物分りの良い彼女は説明すれば大抵の事はわかってくれる。

 今回も例外ではない様で「言われてみればそうかもしれません」と表情を一転させていた。


「もし紹介するのが嫌だったなら俺を指差しちゃダメだろ?」と言い返せばシュンとしてしまう。


 まあ、ユリも何の心の準備もないままに連れて行かれたのだからアドリブが利かなくても仕方ない。

 代償もほぼ無いようなものだし問題無しだ。


「まあ、巻き髪のやり方教えるだけで終わったから別に良いけどさ」

「そ、そうでした! 私の所為でルイの技術が! ご、ごめんなさい……」

「だから俺はハンターになるんだっての。巻き髪のやり方なんてどうでもいいわ。

 この程度で少しは恩を返せたって思えば逆に助かるくらいだよ」


 手を横に振り、そんな事は一つも気にしていないと伝えたがまだ少し気にしている御様子。

 まあ、この程度なら直ぐに忘れるだろうと授業に耳を傾ける。


 そうして授業が受け終わったのだが、まだ気にしている様で子犬の様な目を向けてくる。


「今日はダンジョンだろ。行かないのか?」

「行きます。行きますけどぉ……」


「ほら、行くなら立った立った!」と立ち上がり先に歩き出す。

 本当ならば手を取って引っ張りたい所だが、注目度が上がっているユリに不用意に触れるのは危険だ。


『あいつ、調子に乗りすぎてね?』なんて裏でヘイトが溜まっていくに違いない。


 我ながら恐ろしいものを作り上げてしまったと戦々恐々とする。


 廊下を歩きながらちょこちょこと後ろから追いかけてくる彼女に合わせる様に歩行速度を落とすと隣に沿って歩く気配を感じ視線を向けたら、何故かアミが居た。


「ねぇ、私の髪もやってくれない?」

「はぁ? いやお前もさっきのやり取り聞いてたろ?

 ランドールさんの事断ってお前のを受けたら角が立つじゃん!

 そのリスクも考えてあるか? あの人だって貴族令嬢だぞ」


「うっ、そうだった……」と青くなり視線を落とすアミ。


「大丈夫じゃねぇか? 断った理由を考えたらよ」


 と妹大好きヒロキ君がアミの援護に入る。


 確かに断った理由だけを考えれば問題ないが、自分は断られたのに同じ教室内に受けて貰えた相手が居たら気分が悪いだろう。

 気の良さそうな人だったので実害はないだろうが、切った後に視線が集まりアミ自身に心労が溜まるくらいなら止めた方がいい。


 あ~、でも巻かなければそもそも俺だとわからんか。


「まあ俺がやったって言わないならカットくらいならいいか。どうする?」


 うん。劇的に変わって見えるのは髪を巻く行為だ。

 カットの方は貴族の令嬢であればある程度きっちり整えて居るので奇抜な髪型はあるが丁寧さに殆ど差はない。


「ううん。やっぱり怖いから今は止めとく。ごめんね、私から声かけたのに」

「その程度で気にすんなよ。

 後お前も気にすんな! 何で後ろに居るんだよ」


 一向に隣に来ないユリに痺れを切らして呼び寄せる。


「へっ? ユリちゃんは何を気にしてるの? 大人気だったじゃん」

「えっ? いえ、その、ルイの技術を流出させるきっかけを作ってしまったので」


 気兼ねない二人の様子に安堵するが、俺とは逆に再びシュンとするユリ。


「はぁ……巻き髪な子なんてちらほら居るじゃない。

 本人が良いって言ってるんだから俯いている方が迷惑よ。シャンとしなさい!」


 そう言ってユリのお尻を叩くナオミ。

 彼女はビクンと反応して顔を上げ、目を丸くした。


「なるほど。そうすれば顔を上げるのか。今度試して見るか?」

「馬鹿ね。あんたがやったら打ち首にされるわよ。いいえ、私がするわ!」

「いや待て。お前がするのはおかしいだろ!」

「あはは、そもそもルイにその度胸はないと思うよ」


 そんな雑談を交わして廊下を歩く。

 まるでパーティーを組んでいた時の様な空気に心地よさを感じていたが、荷車を借りに行く彼らとは直ぐに別行動となった。

 その直後、寂しいようなホッとしたような変な感覚に襲われる。


「なんか、やっと前の感じに戻れたな」

「そう、ですね。このまま一緒に狩りに行く気がする程でした」

「わかる。けどもう流石に無理だよな。俺たちには急いで強くなる理由があるし」


 名残惜しそうな彼女に『俺たちの理由で再び組むのは不可能だ』とはっきりと告げれば、踏ん切りがついたのか「はい」とキリッとした顔付きに変わる。


「では、参りましょうか。私たちは私たちで……」

「おっ! やっとしょぼくれた顔じゃなくなったな」

「そんな顔は元からしていません!」


 ぷいっと顔を背けた彼女は早足で突き進んでいく。

 何故そこで意地を張るの、と苦笑しながらも後に続きダンジョンの中を進んでいった。


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