第18話 イメチェン日和
授業が終わり放課後、ずっと落ち込んだ様子を見せていたユリに声を掛けた。
「なんだよ、まだ落ち込んでるのか?」
「別に落ち込んでなんかいません! いませんが……」
銃の試射とダンジョン探索を繰り返し数週間が過ぎた頃、ヒロキからの提案により再び集まって話をする機会が作られた。
その声にユリは喜びウキウキでアミの部屋に向かったのだが、待っていたのは微妙な空間だった。
勿論ユリに険があるものではないが簡単には拭えなそうなギクシャクした空気。
そしてナオミは俺に対しての当たりがきつい。
これはまあ反対を押して戦争行くって言ったんだから仕方ないけど。
アミはユリに対して壁を感じる対応だった。
その所為で場は冷え込み、気にしてなさそうなヒロキとアキトも大人しかった。
そんな昨日の事を思い出して落ち込む様子を見せるユリ。
もう授業も終わる頃だしそろそろ気を持ち直して欲しいと少しでも良い方向へと話を変える。
「まあ言いたい事はわかる。けどいいじゃんか。
あいつらも気を取り直してダンジョンに行けているみたいだしさ」
そう。悪い事ばかりでもない。
あいつらはあいつらで努力して七階層までは安定して狩れる様になったのだそうだ。
Aクラスの中でも恐らくだが上位層に入っているだろう。
魔道具を使っている奴等の枠に収まっているのだから大したものだ。
ヒロキがBクラス落ちも覚悟していると言っていたから心配していたが、杞憂だった様だ。
「そう、ですね。怨まれて居なかっただけ喜んでいいですよね」
「いや、普通に怨みはしないだろ?」
杞憂民である彼女はそこまで有りえると踏んでいた様だ。
心配性だなぁ。
後ろに気配を感じ振り返ればヒロキとアキトが立っていた。ユリはまだ気がついていない様子。
「そうだぞ。アミは怖がってるだけだからな?」
「うんうん。
貴族はカールスみたいなのばかりなんじゃないかって不安になっているだけだね」
後ろからの声に驚いてユリはバッと振り向いてあたふたしている。
俺はヒロキとアキトに「お前らがもじもじしてるからユリが勘違いしちゃったんだぞ」と言葉を返した。
「いや、あの空気は無理でしょ。何言っても空振るのが目に見えてたよ」
「ああ。俺はアミなら平気だがナオミが怒ってるとどうもな」
「ちょっと!? 私は別に怒ってなんていないわよっ!?」
気がつけばナオミとアミも集まって来ていて、何やら懐かしい空気を感じる。
「ならもっと俺に優しくして欲しいんですけど?」
と、少し強めに言ってジト目を向ける。
「それは無理ね。まあ、どうしてもと言うなら料理くらいは教えてあげるけど……」
いや、何で無理なの?
なんて疑問を持ちながらもナオミと話をしていれば、アミがユリに謝罪してあちらも何やら和解ムードになっていた。
あれ? 俺だけダメなの?
いや、まあユリだけダメな状況よりもいいけどさ。
そんなこんなで雑談を交わしアキトの願いによりユリからアドバイスをいくつか貰うとダンジョンへ行くと教室を出て行った。
一緒に行くなんて話は一切でなかったが、先ほどとは打って変わって彼女はニコニコだ。
「ご機嫌が麗しそうで何よりです。ユリシアお嬢様」
「ええ。一つ、心の大きな棘が抜けましたわ」
お、おおう。
これは乗り突っ込みじゃなくて素だな。
流石伯爵家のご令嬢。茶化しが通じないとは。
「今日は銃の調整予定だったけどもうあれで完成でいいんだよな。どうする?」
「はい。ルイがそう言うのならば今日は個室での訓練にしましょう」
「おう。じゃ行くか」と久々に室内の訓練場へと移動してユリの手解きを受ける。
相変わらずダメ出しは多いが前よりも付いていけてる感覚にホッとしているとユリからも同様の事を言われた。
「先にダンジョンへ行ったのは正解だったかもしれません。
動きに余裕が出た分悪い所の修正が的確になってます」
褒められて気分が良くなり更に頑張って見れば自分でも実感するほどに変わった。
まあ直ぐにユリから「基本が多少良くなっただけですよ」と鼻っ柱を折られたが。
「ですが急成長しているのは確かです。
このままダンジョンと交互に訓練していきましょう」
と、今後の方針が定まった。
それは良いのだが、一つ難題が出来てしまった。
銃の試射が終わるという事は訓練後の部屋でのやる事が無くなったという事。
訓練を終えて夕食を取った後、何もせず話題もないという空間に俺たちは困ってしまっていた。
「ええと、そうだ! 言い寄ってくる奴も居なくなったし前髪切る?」
「えっ!? で、でも……今更じゃないでしょうか?」
いや、何が?
目を泳がせた彼女の言葉に逃げ口上だと理解して、俺は立ち上がりハサミを用意する。
「あのっ! 別に今じゃなくてもいいとは思いませんか!?」
「思いませんね。他に言い残す言葉は?」
「い、一杯あります。だから一先ず座りましょう! ねっ?」
「ならば聞こう」と腰を下ろし彼女の言葉を待つが口を開かない。
再び立ち上がるが「言いますから!」という言葉に腰を下ろす事を二回ほど繰り返したら漸く彼女は口を開いた。
「あの、恥ずかしながら私の目的はあの男が言った通りなのです……
私は人の想いを利用して戦争への助力を願おうとしていました。
ですが、皆さんと触れ合ってからもうそんな気は一切無くなりました」
俯いてそう告白する彼女。
確かに今になって考えてみれば家の言いつけとはいえ彼女が自分の容姿を良くして欲しいと願うのは意外な行動だな。
なるほど。そんな背景があった故の事だったのか。
けど、それがなくても外見を飾るのは悪い事じゃない。
特に年頃の女の子がそれをするのはまっとうな行いだと思うのだが。
「ユリは可愛くなりたいって願望はないの?」
「えっ!? いえ、その、無いこともないです……」
「なら別にやってみても良くない?
あっ、もしかして俺の腕が心配?
そこまで自信がある訳じゃないからそれならやめておくけど……」
今のぼさぼさで長すぎる前髪を考えれば俺の腕でも良くなることは間違いないが、そこが心配なのであれば専門の人にやって貰う方がいいだろう。
だが学校の奴等を見る限り、専門の奴等もそこまでの腕がある様にも思えない。
とはいえ俺も前世で専門だった訳でもないのでこの世界風に良い感じになんて出来ない。
自分や周囲の人間のカットを偶にやってやっていた程度だから彼女が他を望むなら無理強いはしない。
だが、絶対に良くなるとは思っているからやりたい。
と考えながらも顔を覗き込む。
「ぅ……ぅぅ……ルイがどうしてもと言うなら……」
「よしきたっ! 任せろ!」
その気になったのならば逃がさんと立ち上がり彼女の後ろに回る。
即効で魔法で櫛、ハサミ、梳きバサミ、カミソリ、霧吹きを用意してテーブルに並べる。
「えっ! あれっ? ええっ!?」
「あっ、お客さん動かないで下さいねぇ。変な髪形になっても知りませんよぉ?」
振り返ろうとする彼女の頭を正面に向けて抑え、顔が見えないのをいいことにニヤニヤしながら髪に霧吹きを掛けながら櫛を通す。
おおう。ユリの髪にこんなに触れるなんて初めてだ。
少しドキドキしながら心地よい手触りを堪能する。
「えっと、ルイ? 何で水を!? というか行動に移すのが早くないですか?」
「はーい、今お水で整えていますからねぇ、少しじっとしていて下さいねぇ」
彼女の言葉を軽く流し続け、髪を綺麗に整えてから前髪のラインを決める。
自然に流した時眉毛の両端が見える程度が定番だが彼女の場合は短いのでおろした時輪郭が出る程度、そして目が隠れるラインでバッサリと切り落とす。
「ひゃっ!? えっ!? ええええっ!?」
「はーい、動いちゃダメですよぉ」
次はその両サイドを摘み前に流して胸の辺りでカットする。
「後ろはどのくらいの長さがいい?」
「それ、前髪の時に聞いて欲しかったです……ええと、後ろはどうでもいいかな?」
いや前髪の時に聞いたら止めようの一点張りでしょうが。
しかし疑問系のどうでもいいが一番困るな……
まあ折角綺麗な長い髪なんだ。無理にカットしなくても少し梳いて毛先を整える程度でいいだろう。
後で編み込んだりしてイメージチェンジさせればいい。
ならば此処は梳いてもっさり感を消していくのがメイン。
その過程で目もしっかり出るし、良い感じになるだろう。
女性らしい細い髪なので軽めに梳くだけにとどめないと危険だ。と集中して手を入れていく。
本当はもっと前髪を短くして彼女のチャームポイントの短い眉毛を出したい所だが、本人が嫌がるだろうから少し隠れている様に見える程度が限界だな。
完全に隠してはやらん。絶対にだ。
だってもう既にめちゃくちゃ可愛いもの。
俺、カットの天才なんじゃないかと思っちゃうくらいに。
あっ、そうだ。
編み込むのも良いけどこっちじゃ三つ編みを余り見ないしパーマかけよう。
天然パーマは割りと普通に見るから問題ないだろ。
適度に熱くする道具ならば持ってる魔道具で作れる。
ならば早速とカールを作り彼女の髪を巻いていく。
ドリルお嬢様を作成だぁ!!
ドリルを作ると言ってもやり過ぎも良くない。
もみ上げの辺りは上まで攻めても良いが、後ろは襟足のライン辺りまではストレートにしておこう。
その方がお嬢様感が出て見栄えも良いだろう。
そうしてカールを付け終わった頃、ユリが涙目になっている事に気がついた。
「ど、どうしたっ!?」
「わ、私、どうなっちゃってるんですか……怖いです」
おおう。
確かに鏡もない場所で専門でもない奴にやられていれば怖いかもしれん。
「大丈夫だ。現時点でもめちゃくちゃ可愛いぞ?」
「ほ、本当ですか……?」
「本当だ。風呂場で見てくるか?
カールはまだ取っちゃダメだけど前髪は終わったし他は殆ど弄ってないからな」
そう言ってやれば彼女は椅子が倒れる勢いで立ち上がりバタバタと走って行った。
倒れそうな椅子を支えつつも大丈夫だよな、と少し不安を覚えた。
こっちの人の前髪は基本パッツンだ。
カミソリで梳くパターンもあるが、余り見ないから御気に召さない可能性もある。
まあやってしまったもんは仕方がない。
彼女の反応を見てから先を決める他ない、と魔力操作で散らばった髪をかき集めてゴミ箱に入れる。
魔力、超便利。
暫く待つとトコトコと戻ってきた彼女は同じ席に着いた。
「なっ? 大丈夫だろ?」
少し不安ながらもそう問いかければ彼女は赤い顔でコクリと頷く。
「……やっぱりルイは器用です。ですがこれは?」
「それは巻き髪を作る道具だな。クルクルと巻いてある髪型が出来上がる」
そう説明を入れたが「そうですか……?」と言いながらも実感のない様子。
「んじゃ、そろそろ取って櫛を通してみるか」
カールを取り外し、櫛を通して熱を作った魔道具といつもチェーンソーを回している魔道具でドライヤーもどきを作り髪を乾かした。
一連の作業が終わり、再び魔力操作で切って散らばった髪をかき集めてポイする。
ここからカミソリで無駄毛の処理だが、よく見ても一切必要がなさそうなくらい綺麗なのでこのままでいいだろう。
男に顔をぺたぺた触られるのは嫌だろうしな。
「ほい、終わったぞ」
と声を掛けて今度は二人でお風呂場へと赴き鏡の前に立つと、そこにはお嬢様を飛び越えお姫様然とした美少女の姿が映る。
「これが巻き髪だ。もし嫌なら真っ直ぐに戻す方法もあるから言ってくれ」
放心している彼女にもしやお気に召さなかったのでは、と戻す方法がある事も告げたがどうやらそうではなかった様で彼女は首を横に振る。
「これが私……ですか……?」
「おう。言ったろ? 隠すの勿体無いって」
自分の事だから素直に頷けないのか、顔を赤くしながらもウェーブした髪を弄って俯いている。
しかし、女の人は本当に髪型でがらっとイメージが変わるなぁ。
もっさりした愛らしいマスコット系少女が清楚なお姫様に早変わりだ。
少し大人っぽく見える様にもなったしカットは完璧だろ。
「まあ凄く良くなったがまだ少し細いなぁ。もう少し飯食った方がいいかも」
「そ、そこもお世話になります……」
「ああ、そうだった。それも今は俺の仕事か。
これはまたナオミにレクチャーして貰わないとだなぁ」
なんて呟けば「ルイの料理でいいんです」と何故かご立腹になってしまった。
そんな彼女を宥めていれば夜も更けて解散の時間になっていた。
そうして美少女然とした彼女を、いつもよりも少し割り増しで名残惜しい気持ちで女子寮前まで見送って別れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます