第16話 彼女は割りと大人気ない
次の日の教室も微妙な空気は抜けていなかった。
またユリが責められる様な空気になってしまうのかと心配したが、予想外なことが起きた。
「ラズベル嬢、昨日は済まなかった。
罪人の戯言を本気で信じてしまった自分が恥ずかしい。許してくれ」
「え? い、いえ。もう気にしておりませんわ。お気になさらず」
割とイケメンとも言えなくもないボンボンが「ありがとう」とニカッと爽やかスマイルを決めた。
ユリは本当にこういうことに慣れていない様子で俺の方をチラチラと見て助けてと合図を送る。
いや、それをしたら俺また的にされるからね?
友好的なんだし自分で返そうね?
そういう意味を込めてそっと外へと視線をやった。
「いえ……」と言葉を返せないユリに彼は再び言葉を投げた。
「心配だろうが、きっと大丈夫だ。ラズベル家はついこの間まで小国であった領地。
いくらダールトンが大領地だとしても戦争は量より質だからね」
「はい。ありがとうございます……」
打っても響かない彼女への次弾は撃ち出されず、彼は「では、また……」と去っていった。
「ルイ、助けてくれると思ってました!」
「諍いにもなっていないのに割って入ったらお前は彼女の何だとかって責められるだろ。そういうことはお付き合いしてから言って下さい」
「お、お付き合い……だ、ダメです!
だって、私半年後にはもう居ませんし」
えっと、ユリさん?
その理由だと、戦争がなければ問題ないことになってしまいますが……
「わっ、わかっていますよ!?
別に付き合おうと言った訳じゃないってことくらい!」
「わかったから、落ち着こうな?」
「落ち着いてます! もう知りません!!」
あら、すねちゃった。
さてどうやってご機嫌を取ろうか、と考えている間に授業が始まっていた。
今日は法律の授業だった。
流石にこの世界で生きて来たので概ねは知っている事だった。
いくつか知らない事があったから聞けてよかったなと思っていれば、終わって早々にナオミが席までやってきた。
「おう。なんかあったのか?」
距離を取っていた彼女が来たのだから何かあるだろうと問いかける。
だが、会話の相手は俺じゃなかった。
「本当にルイを連れて行く気はないのね?」
「はい。昨日もお断りしました。ナオミからも言ってください。
何を考えたのか、戦場に出るって聞かないんです」
「顔の角度から俺を睨んでいるのだろう。
だがな……目が見えないからわかりましぇーん!」
子供扱いをしてきたのが気にいらなかったので茶化してみれば、机の下で足を蹴られた。
ガンと凄い音がなって周囲の視線がこちらに向く。
「あんた……今のは私でも蹴るわよ」とナオミにも一蹴されて「足が痛い」と机に突っ伏したら、真に受けたユリが回復魔法を使ってくれた。
今更冗談だと言えず「ど、どうも」と返す。
「……私たちが居なくても二人は変わらないのね」
「アホか。変わったわ!
寂しいからいつもより五割り増しで陽気にやってんの」
と、文句を言ってやれば「そっか」と納得顔のナオミ。
「まあ、あんたから言い出してるんじゃ強くは言えないわね。
でも絶対にやめておくべきだわ。大馬鹿のすることよ。聞いてる?」
もう既に強く言ってますがそれは……
「まあ、もう決めたからな」
「あっそ!!」
彼女はツンとそっぽを向いて教室を出て行った。
「意外と頑固だったんですね」
「まあ? 俺もう魂に誓っちゃったし? ユリを信じて付いて行くって言うか?」
「あの……その喋り方はやめてください。癇に障ります」
えっ、癪に……?
そ、そうですか。すみません。
「しかし、ルイも隅に置けませんね!
ナオミが居なくて寂しいとか正面から言っちゃうなんて!」
「あの、ユリさん? ナオミが言ったのは私たち、ですよ?」
「――――っ!? わかっていました!!
それでも女はそう思うものなのですわ!!」
バンと立ち上がり、周囲の視線を集めながらも教室を出て行くユリ。
それに少し離れて俺は慎ましやかに出て行く。
廊下に出て彼女を追いかけようとしたら、直ぐ近くに立っていた。
外で待っていてくれたらしい。
まだ許していないといった面持ちで此方を見上げる。
「……今日はどっちに行きたいですか?」
「はい! 二人っきりの個室に行きたいですっ!」
「今日は変ですよルイ。別に嫌ではありませんけど……少しやめて欲しいです」
おおう。それ本気で嫌な時の言い方……
皆が居ないからついやっちゃってたけど気をつけよう。
自重しなければ距離を取られてしまう。
「ごめんな……少しでもユリが元気になればと思って……」
「そ、そうだったんですか!? ごめんなさい!」
ちょ、ちょろい。
けどホントにやめておこう。
そんな話をしていたらもう小部屋に着いていたらしい。
「今日も模擬戦か?」
「はい。ですが今日からは本気で行きます。
これに付いて来られなければ諦めて下さいね」
そう言って彼女はフル武装を具現化させて突っ込んで来た。
俺は全方位に棘を出して威嚇してから武装で身を包む。
「相変わらず、異常な制御能力ですね……」
「ま、それだけがっ――――――っておい! 言わせろ!」
そう言いながらも出力全開にして何とか彼女の攻撃を避けていく。
これは彼女からの試験だ、手抜きはしたらいかんと全神経を集中させた。
「なんですかその足運びは!
そんなことでは鍛錬を行う意味はありません!!」
「だったら! 俺に! 合わせた教え方しろ!」
必死に避けに徹しながら攻撃を避け続ける。
改めて強化魔法の凄さを実感した。出力を上げればその分の動体視力も上がっているらしい。
だってユリの攻撃なんて普通に俺じゃ絶対避けられないもの。
だが、それが出来ている事に高揚が高まる。
ギリギリだが、避けるか刀で受けるだけを考えれば打たれずに済みそうだと全力全開で避け続ける。
その防戦は長い事続いて、一撃も当たらない事に彼女は焦りを見せていた。
「何でそれでこれが避けられるんですか!?」
「あ、やばい、魔力がもうない……」
余りに全開で噴射していた所為で、即効で尽きてしまった。
前のめりに倒れ、武装を解除した俺に「えっ」とユリが唖然としてこちらを見ている。
「ま、魔力が無いからもう稽古は無理かなぁ……」
「馬鹿なんですか?」
「だってユリが大人気ないことするから!」
武装の分の魔力を体に戻した事で普通に動けるようになった俺は立ち上がり、言い訳を述べた。
いや、実際これはユリが大人気ない。ごり押しだろこんなの。
「上級兵の戦いはこんなものではないのですよ?」
「いやいや、教官倒してるじゃんキミ。どう考えても大人の戦い並みでしょ。
それにあの時の暗殺者には効いたってことはやれることは十分あるってことだろ」
「あんなハンター崩れと上級兵を一緒にしてはいけません!」
「……そうだとしても有効だから銃を使いたいんだろ?」
こっちもかなりの屁理屈だ。
普通に考えたら新兵が配属場所を選べるはずがない。
有用性を示せればないこともないが、配属された所の上官次第だろう。
「わかりました。明日からはちょっと厳しい訓練に戻します。
だからちゃんとやって下さいね?」
「おう。それで今日はどうする?」
と問いかけたら「今日はもう帰らせて頂きます」と言われてしまった。
割と本気で怒っている様子で、スタスタと早足で帰ってしまう。
失敗したな。もう少しやり方を考えるべきだったか……
でも、教わった通りに動くのってまだ全然出来ないんだよな。
仕方がないと修練場を出て天を仰げばまだまだ日差しが強い時間。
だが、やる事もなければ金もない。
今日は部屋でラクと戯れるかと訓練場を出て寮へと戻れば入り口前のベンチにヒロキとアミが座っていた。
「よう」と無視するのも変なので普通に声を掛ける。
「なんだよ。この時間に戻ってくるなんて珍しいな。
あのまま喧嘩にでもなったのか?」
あのまま、というのは教室を出た時の事だろう。
そこでは無いが怒らせてしまったのは確かなので「まあ、そんなとこ」と言葉を返せばヒロキは驚いていた。
「ねぇ。怒ってないってホント……?」と未だ怯えた顔を見せるアミが問う。
「当たり前だろ。
ユリだって大人と同じ様な判断の任せ方をしてしまった自分が悪いって泣きそうになってたしな」
「……そんな事ないよ。あの時は私怖くて辛くてどうしようもなくって」
そう言って俯く彼女に「わかってる。だから気にしてないってのも信じろ」と強めに言い放った。
「お前、マジでユリと一緒に戦争に行くのか?」
「いや、そう言ったんだけど、断られた。
今日もその関係で怒って帰っちゃってさ」
「ねぇ、どうして一緒に行くの?
逆でしょ。止めなきゃ……」
まだ後ろめたさが強いのか、言い辛そうにしているアミ。
「俺も止めたいんだけど絶対行くって決めてるらしくってな」
「愛だなぁ。お前、すげぇよ」と茶化すヒロキの頭を叩いて「身分差とか状況考えろ」とそう簡単じゃないんだと返した。
そう、ガチな貴族社会なのだ。普通の平民が貴族のご息女を娶れるはずがない。
そんな事は俺でも知っている常識なのだ。
それからしばらく雑談していれば、彼らはダンジョンへ再び行くのが気が引けてしまってどうしようかと悩んでいるところだった様だ。
ユリが懸念していた通り、ダンジョンとトラウマが結びついてしまい足を向けづらい状態に陥っているらしい。
「アキトが回復したらナオミも連れて行って余裕な所で念入りに慣らせばいいだろ」
「そう、だな。下がってもBクラスなら問題ないし気軽に行くか」
そこからは共通の話題であるラクたちの話で盛り上がり、一通り話してから部屋へと戻った。
その流れから、ラクの躾けに一日を費やして漸くお座りが出来るようになった。
一日で出来るなんてうちの子は天才だな。
明日あいつらに自慢しようと思いながらも目を閉じて眠りについた。
次の日の朝、教室では再びユリが貴族のボンボンに話しかけられていた。
どうやら伯爵家のお嬢様というのは家が厳しい状態であっても大きなステータスの様だ。
しかしユリは宣言していた通り、彼らに対して拒否反応を示し続けた。
次は俺だと数人来たものの全員が次は無さそうな「また……」を言い残して去って行った。
「モテモテだなぁ。そろそろイメチェンするか?」
「やめて下さい。
これ以上人が来たらストレスで登校したくなくなります」
じゃあいつやるんだよ。と問い詰めたい気持ちもあるが、ストレスだという気持ちは重々わかるので話を変える。
「そういやさ、魔物って倒すと強くなれるだろ。
だったら魔物討伐しながら訓練する方が早いんじゃないか?」
「魔物を討伐して得られる力は魔石吸収を含めても微々たるものですよ。
確かに強敵を倒せば強くはなれますが、そもそも技術がなければ強い魔物は……」
突然言葉を止めた事に違和感を感じて視線を向けたが前髪で隠れていて表情が見えない。
その視線の意味を知りたくて前髪をちょいっと除けて彼女の目を覗き込む。
「~~っ!? なっ、何するんですか!」
サッと前髪を戻してキョロキョロと周囲を見渡す。
誰も見ていないことに安堵してからこっちに顔を向けてジッと見ている様子。
恐らく今回は睨んでいるのだろう。
「いや、急に言葉を止めたからどうかしたのかと思ってさ」
「あっ、そうでした。もしかしたらルイには有効かもしれないと思いまして」
銃で本来格上の相手をバンバン倒せるからそれもありかもしれないと彼女は考えていたそうだ。
「おっ、俺としても面白そうだと思うしやってみようぜ。
それくらいの階層ならユリの能力も上がるだろ?」
そう、落ち着いて考えてみればユリが強くなるのを妨げているのは俺なのだ。
戦場に出るとか言っている彼女を止められないのであれば、強くなれるだけなった方が良い。
「言って置きますけどかなり危険な行為ですよ。
普段の訓練として行うには常軌を逸したと言われるレベルです」
「学生が戦場に出るなんて常軌を逸している状態なんだから、鍛え方も普通じゃダメだろ。まあ、通常の戦闘ですら危険ってんならやめた方がいいが」
彼女は戦闘中に後ろから来た場合を想定すると危険だ、と言いたいのだろう。
魔物も階層の中では動き回っているので後ろからも来る可能性は十分に考えられることなのだ。
しかし彼女の感知能力を見るに早々起こることではなく、ある程度距離がある段階で気がつければ銃乱射で乗り切る自信もある。
「正面からの戦闘であれば、十五階でも問題ありません。
その先は知らない魔物も居ますから行ってみないとわかりませんけど」
「それなら、一度実際にやってみるか?
ユリが前衛、俺が後衛でどれくらいやれるのか」
彼女はその問いにしばらく考え込んだが、最終的には俺の提案を受け入れた。
その後も今後の予定をこそこそ相談しあい、授業も終わっていた。
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