第15話 ユリシア・フォン・ラズベル



 そろそろ学校へと行く時間だ。

 これで二人の甘い時間が終わってしまう。


 と、そんな風になると思っていた時もありました。


 俺は目をしぱしぱさせながらもそんな事を考えていた。


 ユリの宣言通り、俺は徹夜で銃の作成講座を延々とやっていただけだった。

 途中、何度も『寝ていいですよ』と言われたが、そんな事を出来るはずもなくずっとテーブルに着き向かい合っていただけ。


 一応作成が形になり後は銃身のチェックを実際に撃ち出して確かめるという段階まで漕ぎ着けた。

 習得が難しそうだったので銃身はコピーさせた。

 なのでそこそこいい結果が期待できるだろうと思っている。


「絶対に初めから手元で試したりするなよ。

 先ずは昨日の夜やったみたく強度が足りているかを百回単位で確認すること」


「約束だぞ」とユリに強く諭した。


 俺も此処まではすぐ出来たのだ。

 いや俺の時は一から作ったのでここまででもとんでもなく時間がかかってるが、本当に時間がかかるのはここからなのだ。

 まあ強度が足りなくて弾けるなんてことは一度もなかったし、薬莢を吐き出す必要が無いのでジャムる事もないが、使うのであればチェックはしっかりしなければいけない。

 急ぎたいのであれば命中力のチェックも同時進行で行えばいいとやり方をレクチャーする。


「わかりました。約束します」


 真面目な彼女がそう言ってくれた事に安堵して二人で登校する。




 教室に入り出席チェックに担任が来るのを待っていた時だった。

 バンと大きな音を立てて扉が開かれ、生徒の視線が入ってきた男へと向かう。


 その男はカールスだ。


「ひぃっ!」とアミだと思われる怯えた悲鳴が小さく響く。

 教室の中は何事だとざわざわした空気に包まれた。

 カールスは怒気に顔を歪めながらユリの元へと歩を進めた。

 隣に座る俺は身体能力強化を使い、彼の動きを警戒する。


 だが、カールスはユリを睨み付けた後、何故か後ろを向いて後ろの方へと座る貴族層へと視線を向けた。


「おいお前ら! 知っていたか? こいつはユリシア・フォン・ラズベルだ!

 隣で戦争やってるくせに逃げ出してきた貴族の恥晒し。

 義務を放棄した臆病者だ!」


 彼の言葉に驚き、ユリの方へと視線を向ければ目を強く瞑り口を引き絞っているのが見えた。


 どうやら本当の事のようだ。


 教室内もざわざわとした空気が大きくなり、明らかに良くないイメージを持たれているのがわかる。


 ちょっと待て。何でそれでユリが責められなきゃならんのだ。


 納得がいかない発言に立ち上がり声を大にして言葉を返す。


「ハンターに成る為に此処に来ているんだ。

 それなのに逃げたってのは違うだろ!?」

「馬鹿が!!

 今現に私兵でもないハンターが強制徴集され戦わされている状態で、実子が他領地でぬくぬくと学校へ通っているのだぞ!

 逃げた以外に何だと言うのだ!」


 カールスの声に、一人の貴族の子息から「そりゃそうだ。身分を隠していたのが証拠だろう」と声が上がりそれに賛同する声が上がっていく。


「大方取り巻きの貴様もラズベルから逃げ出してきた口だから認められないのだろうが、バレた以上言い逃れが出来ると思うなよ!!」


 賛同の声に気を良くしたのか、怒りの表情から見下した汚い笑みへと変わっていくカールス。


「ち、違います!

 ルイはこちらで知り合った友人です。彼を巻き込む事は許しません!」


 ユリが立ち上がりカールスの言葉を否定するが、そもそも実子ってだけで非戦闘員も戦わなければダメなのか?

 そんな事を考えている間に事態は思わぬ方向へと流れた。

 何故かナオミが立ち上がり、ユリに声を上げたのだ。


「ねえユリ、強い人と付き合いたいって言ってたけど、まさかルイを戦争に巻き込むつもりじゃないわよね?」


 その発言にカールスの表情が嬉々として醜く歪む。


「聞いたか!?

 こいつは自分はぬくぬくと過ごしながら、俺たちを戦争に巻き込む為に裏で動いてやがったんだ!!」


 その時、オーウェン先生が教室に入ってきて「何を騒いでるんだ、もう授業は……」と言ってカールスの存在に気がついた。


「おい、お前は退学だと言ったはずだが?

 イスプール子爵にも知らせは送ってある。

 即刻出て行け。部外者が居て良い場所ではない」

「待て、俺たちはこの恥知らずどもに騙されて居たんだ!

 こいつはラズベル家の娘で生徒を戦争に巻き込もうとしていたんだぞ!

 自分は安全な場所に居ながらだ!」


 自信気に語るカールスに先生は額に手を当てて溜息を吐いた。


「何を言っている……どこまで愚かなんだ貴様は。

 ラズベル家の娘だという事を学校側が知らないはずがないだろうが。

 嫡子ではない実子を避難させる事は認められている上、状況によっては嫡子ですら許されている。

 仮にユリシアが生徒を戦争に巻き込もうと、本人が了承さえすれば問題はない。

 どちらにしてもお前が犯罪者を雇いこいつらを殺そうとした事実に変わりはない。

 イスプール子爵の顔を立て黙っていてやったというに……

 恥知らずとはお前の事だ」


 オーウェン先生は威圧的に「出て行け」と再び告げた。 


「なっ!? 何の証拠がある!

 貴様、証拠も無しに我がイスプール家を侮辱して許されると思うなよ!」

「お前の家に知らせを出して証拠が無い訳がないだろう。

 許されると思うな? 逆だ逆。

 その所為で無益な労働をさせられた事への償いをして欲しいくらいだ。

 馬鹿なガキが適当に企てた犯罪を暴けないと思うな」


「……証拠が見つかっただと? 嘘だ!」と青い顔でたじろぐ彼の顔が事実を物語っている。

 それによりユリに向けられていた悪意の視線がカールスへと向いた。


「格上の家の大切にされている娘を暗殺しようとしたのだ。お前はもう終わりだよ。

 暗殺者を仕向けるなど、相手を知らなかったで済む次元を超えているからな」


「愚かな奴だ」とカールスを吐き捨て首根っこを捕まえて教室の外に放り投げた。


「一応言っておくが、巻き込むというのはあの馬鹿が自分が助かる為に言った嘘だ。

 ラズベル辺境伯からは戦争が落ち着くまでは家に戻すつもりはないと聞いている」


 先生はそう言って出席を取り教室を出て行った。

 無駄に時間がかかって居たので間を置かず交代するように歴史の先生が教室に入り授業を始めた。

 カールスに同調した奴は騙されたことにかご立腹な表情でふんぞり返り、平民の生徒たちは未だ状況が飲み込めないと困惑している。

 そんな中でも構わず授業は行われ、たった二時間の授業はざわざわしたままに終わりを告げた。


 終始思いつめた表情をしていたユリに声を掛ける。


「ユリ、今日も俺の部屋に来い。話がある」

「……はい」


 部屋に着くまで終始俯いていた彼女はふぅをケージに入れると頭を下げようとしたのでそれを止めた。


「銃を覚えたがったのは戦争で使う為だな?」


「はい」と短く応じて顔を上げないユリ。


「父親からは帰ってくるなって言われているんだろ?」


 これで彼女が長い間家族と離れて居た理由を理解した。

 変だと思っていたんだ。

 恐ろしく高い値段の魔道具を買って貰えるほど可愛がられているのに、長期間放置されるってのも変な話だし。


「はい。ですがそれに従うつもりはありません。

 銃があれば、もしかしたら何かが変わるかも知れませんから」


 この世界の戦争がどれくらいの規模なんだかは知らないけど、流石に銃一丁じゃ変わらんだろ。

 しかしここまで思いつめているって事は……


「そんなに状況が悪いのか?」

「はい。じゃなければ姉さまを婚姻前に送り出したり、私たちを無理やり外に出したりしないでしょうから」


 あ、姉妹が居るのね。

 いや、領主なら普通は沢山居るものか。

 って今はそんな事を考えている場合じゃねぇ。


「危ないと思う理由ってそれだけ?」

「それだけと片付けられるものではないのです!

 お父様は私たちを外にやるのを異常に嫌がって居たんですよ!?」


 まさか、マジでそれだけなんじゃないよなと疑問に思いながらも、他の可能性を示唆する。

「大切ならもしも人質に取られたらとか考えるのもありえるだろ?」と。


「でも、強気なお父様が今回は厳しいと……

 だから、もしもの時は相手は問わないから強くて優しくて財産があって大切にしてくれて守ってくれる奴を見つけて幸せに成れって……」


 お、おいおい。

 相手問わないって……それで?

 十分選別してますがな。


 しかし、相手を問わないと言うってことはガチでやばいのかもしれないな。


「じゃあ、ユリは家に戻るつもりなんだな?」

「はい。誰になんと言われてもそこは曲げられません」


 説得は無理そうだと思うと「そっか」と今度は俺が俯く羽目になった。


 どうするか。戦争って俺程度が行って生き残れるほど甘くねぇよな……

 けど、このままユリが戦場に行くのを送り出すなんて絶対に嫌だ。

 って言っても無理やり行かせないなんて心情的にも物理的にも無理だしな。


 俺とユリが生き残って一緒に居られる道はないのか?

 考えろ。何か、何かないのか?


「嘘を吐いていてすみません。

 ですが、本当に巻き込むつもりはないんです。

 どうか、そこだけは信じてください」


 ユリは嘘なんて吐いてない。何があっても信じるって言っただろ。

 わかってるから「ちょっと黙っててくれる?」今、巻き込まれに行くかどうかを心底悩んでるんだから。

 と、考え込んでいたらスンスンと鼻を啜る音が聞こえてきた。

 あっ、やばい、泣かせてしまった。


「違うぞ! 考え事をしてただけで!

 怒ってなんていないからな!?」

「ご、ごめんなさいぃ……」


 あちゃぁ……ガチ泣きしちゃった。


「二人とも生き残った上でユリの望みも叶える方法がないかって考えてたんだよ。

 だからちょっと静かにして欲しいって意味で言ったの!」


「二人ともって?」と泣きながらも言うので「俺とユリしか居ないだろ」と答えた。


「なんで、ルイが……ルイが危ない事するつもりなのですか?

 いけません! もしルイまで死んでしまったら私、耐えられません……」

「アホ、そりゃこっちも同じだ。

 お前が居ないと嫌だから一緒に行くかを考えてるんだろ!」


 おおう。言ってしまった。

 実力も覚悟も足りない半端者が、勢いで言っていいセリフじゃないってのに。


「ダ、ダメです!

 私の事情にルイを巻き込む事は出来ません!」

「だったらお前も行くな! どっちかだ。一緒に行くか、共に残るか」


 珍しくキッと鋭く睨んできたユリ。

 そんな顔をしていても可愛いだけだぞ?


「そんなの、ルイが決めていいことじゃありません!」


 ぷいっと場にそぐわないやり方でご立腹加減を表した彼女。

 もうとっくに涙は引っ込んだ様で安心した。


「ふーん。じゃあお前を置いて先にラズベル行って志願……あれ?

 ハンターじゃなければ無理じゃね?」

「そうです! だからルイは諦めて下さい!

 私は大丈夫ですから。

 知っているでしょう? こう見えて私は結構強いんです」


 いや、うん。知ってる。ホントに強いよね、キミ。


「けど、ハンターじゃないユリも戦場には出られないんじゃないのか?」

「はい。だから特待生評価超過システムを使います」


 は?

 なんで学校の評価を稼いだら戦争に出れることに繋がるの?

 と、問いかけてみたら「校則に目を通していないのですか」と驚いた顔を返された。

 いや、見たよ。俺に関係ありそうなのをざっとだけど。

 そう返せば「なるほど」と納得して説明してくれた。


「Aクラス入学者限定なのですが、評価点の超過が一定を超えた場合、半年置きに特別卒業試験を受ける事が出来るシステムです。

 まあ、戦闘教員を倒せたらという結構厳しめな内容ですが」


 おおう。

 厳しめどころじゃないだろうって突っ込みたいが、突っ込めない。

 だってこの人、入学の時点でクリアしちゃってるし。

 だが、悪い事ばかりでもない。


「ああ、ならまだまだ一緒に居られる訳だ?」

「え? あ、はい……居られちゃいます」


 予想外にも顔を赤くするユリ。

 俺が言いたかったのはそういうことじゃなくてだな……

 と気を取り直して彼女と向き合う。


「それなら鍛えてもらう時間は沢山あるし俺も卒業できそうだな。

 ユリ、俺を鍛えるという約束は守って貰うぞ」

「えっ……? い、嫌です!」

「待て。それはずるいぞ!」

「だ、ダメなものはダメです!」


 このやろぉ~とバカップルの様な事を始めそうになった自分を律して、真剣な表情を作る。


「なら、卒業試験で教員を撃つしかないな」

「なっ!? 教員を撃ち殺しては犯罪者になってしまいますよ!?」


 とんちを利かせるユリに「いや、足とかね? 頭撃つ訳ないでしょ」と弁解しながらも言葉を続ける。


「要するに、俺が本気ならばユリが鍛えないことに意味はないどころか、弱いまま卒業になって俺は更に危険な目に遭うわけだ」

「――――っ!?

 卑劣です! 卑怯ですよ! この……悪魔ぁ!」

「いや言い過ぎだろ! 誰が悪魔だ!!」


 怒っている割に少し嬉しそうな彼女に言い返す。そんなやり取りを繰り返して夜もふけていく。


「今日はどうするんだ?」

「流石に二日の徹夜は厳しいので戻ります」

「わかった。また明日な?」


 流石に一緒に寝ようなんて事にはならないよな。とガッカリしながらもどこか安心して彼女を外まで見送った。

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