第13話 解散しても続く日常


 オーフェン先生に報告が終わり女子寮の前に着いたとき、アミがボソリと声を出した。


「私、パーティー抜けるから」


 その言葉に誰も何も言わず沈黙した。アミはそれ以上何も言わず、寮へと入っていった。


「私にも荷が重そうね。悪いけど」

「そうか……」


 引き止めたいが、今日あったことがことだ。それを考えると二の句は出なかった。


「わりぃ、アミが抜けるなら俺も無理だ。付いててやらなきゃよ」

「ああ。そうだよな」

「僕も暫くは無理かな。せめて体が戻らないと」

「ああ。一杯食って早く元気にならないとな」


 まだアキトは青い顔でふらふらしている。

 貧血状態なのだろう。


「じゃあ、パーティーは解散……ですかね?」


 ユリが悲しそうな顔で言った。


「そうだな……わりぃ」


 ヒロキのその声に、ユリを残して各々寮へと戻っていった。


「私、間違えちゃったんですね。

 学生というのを加味すれば、大人と同じ様に判断を任せるのは酷でした」

「アホか……お前も学生だろ。

 まあ今はあれだけど、あいつらともそのうちまた普通になるだろ」


 少なくとも、ヒロキ、アキトは態度がおかしくなってはいなかった。

 ナオミだって辛そうだっただけだ。

 アミは……あれは辛かった事を周りの所為にしないといられない典型的な子供の癇癪だ。

 多分我に返った後、言ってしまった事に後悔するだろう。

 根はいい奴だからな。


「当たり前だが、全てはカールスが悪い。

 撃ち殺してやりたいよ。俺の憩い空間を奪いやがって」

「あっ、アミの部屋……もう行けないんですね」

「ああ。これからはユリの部屋でもいいか?」


 彼女は目を彷徨わせた後、こくりと頷いた。


「今からどうですか。その……食材はありますよ?」

「なるほど。なんか作れと?」

「はい! 凄くお腹が空きました!」


 やるせない空気を払拭するかのように力強く空腹を宣言したユリを見て、何故か少し元気が出た。


「わかったわかった。じゃあ、適当になんか作るか。

 あっ、でも文句は無しだぞ。どうやってもナオミには負ける」

「そんな事ありません。ルイが作ったものも全部美味しかったです」


 それからラクとふぅを受け取って、二人で女子寮に行きユリの部屋へと入った。

 なんというか……家具が豪華だ。箪笥からテーブルまで全部が入れ替えてある。

 天幕付きの可愛らしいベットまで置いてあった。

 なにこれ……


「な、なんかこうっ……二人きりだと緊張しますね!! は、はは、ははは」


 少し気圧されていたが、ユリのしどろもどろした態度に我に返る。


「いや、大丈夫だから落ち着け。何もしないから!

 いや、折角だからそろそろするか?」

「ひゃ、ひゃいっ!? にゃ、にゃにをですか!?」


 部屋の作りは全て一緒だ。ならばここにあれが入っているはず。

 ニヤニヤと台所の引き出しを空けてお目当てのハサミを取り出した。


「はーい。ユリちゃぁん。カットのお時間ですよぉ。可愛くなりましょうねぇ!」

「ちょ! ちょっと待ってください! 今はダメです!」


「じゃあ、いつならいいの?」と俺は逆に聞いてみた。


 彼女をコーディネートする約束を交わしてもう暫く経つ。

 いい加減何かしら手を付けたいんだけど……


「ええと、ええと、あの、その、あっ! ルイが私より強くなったらです!!」

「お前それ……一生無理なやつじゃねぇか!!

 喧嘩売ってんのか!?」

「ひゃぁっ……ごめんなさいぃ。けど、今はまだもう少し時間が欲しいんですよぉ」


 うむむ。何やら一応考えがあってのことなのか?

 なら、強引にやってしまう訳にはいかんな。


「しっかし、銃があそこまで強いなんてなぁ」

「じゅう……そうでした。私も早く習得しなきゃ……

 ルイさん、見せてください。お願いします」


 急に真剣な顔を作り、問いかけるユリ。

 当然構わないのだが、これから料理を作るんじゃないのか?


「いいけど、飯はどうするんだ。銃作ってテーブルに置いておくか?」

「あ、いえ、後でいいです……」

「わかった。じゃあふぅたちと遊んでてくれ」


 きっとユリもかなりな精神的ダメージを喰らっているだろう。

 せめて少しでも癒されてくれとラクたちにユリの回復を任せた。


 さて、何を作ろうか。

 精神的に疲れた時は甘い物だよな。


 そう考えた俺は、ホットケーキを焼いてみた。

 四枚ほど重ねたホットケーキの上から蜂蜜に似た甘い蜜をたっぷり掛けてテーブルに置く。


「ほい。今日はあまーいお菓子みたいな晩飯だ。

 普通のが欲しければそっちも作るから言ってくれ」


 晩御飯で甘い物は食べたくないと言う人も居るのでそう断りを入れたのだが、ユリは一つ口を付けると、ふにゃりと表情を緩めた。

 小動物が幸せそうにもぐもぐさせる様を見て俺も癒されながらホットケーキをつまんだ。


「ルイは強いですね……」


 唐突に素面に戻ったかのように疲れた顔を見せたユリ。

 再び今日の事がフラッシュバックして現実に引き戻されたのだろう。

 お前の方が強いとかいつもならば言うところだが、さすがにそういう事じゃないのはわかっている。


 まあ、今回ばかりは正直ユリが居てくれた安心感のおかげだ。

 とはいえ本当に辛そうだし男として精神面で寄りかからせるくらいはしてやるか。


「おう。そういう強さなら俺に任せろ。持ちつ持たれつだ」

「……戦闘直後はルイも取り乱してましたけどね?」

「おい! 乗っけから梯子を外すなら持ち上げるなよ! 虐めかぁ?」


 結局、銃作成の練習をするでも無く詰まらない事を言い合って笑い合い、お開きとなる。

 ちょっと、今夜は一緒に居たいとか言われるのを期待してみたりしたが、そんな素振りすらなく解散となった。


 そうして部屋に戻って、いつもと変わらずに眠りにつき一日が終わった。



 翌日、目が覚めて何時も通りに登校する。

 一晩明けて心が落ち着くかと思われたが、アミは勿論ヒロキやナオミも気まずそうだった。

 それでもユリが彼女らと話をしたいと言うので、ダウンしてるアキトはそっとして置きヒロキを誘って別の場所に座る。


「なぁヒロキ、悪いんだけどさ……

 俺たちは気にしてないってあいつらが落ち着いたら伝えて置いてくれないか。

 あいつら絶対後から気にして落ち込むだろうから」

「ほ、本当に気にしてないのかよ」

「当たり前だろ。あんなのアミみたくなるのが普通だわ。俺たちはまだ子供だぞ?」

「いや、まあ、うん。そうなんだけどよ……」


『俺はもっとやれる。心で負けることは絶対にないと思っていた』とヒロキは言う。

 だが、その根底を崩されて自分も結構きているらしい。

 強すぎるユリはともかく、俺まで平気そうだったから不甲斐なさに打ちひしがれて居るそうだ。


「お前な、勘違いしてるぞ?」

「あん? 何がだよ」

「俺は、一度も、ピンチになってねぇ。

 ユリのお陰でな。その俺が辛い訳がないだろ?」


 ヒロキは驚いた顔を見せた後「そうだった。こいつせこい!」と真顔で呟いた。


「はぁ!? せこくねぇし! 頑張って戦ったのは同じだし!」

「いやいやいやいや、よく考えたらユリの隣一番安全じゃん!」

「いや、それは暗殺者が思いの外弱かったからな?」


 こいつ信じられないって顔を向けているが、元気は出たようだ。

 しょぼくれた顔ではなくなった。


「まったく。お前がしょぼくれてるとアミが何時まで経っても復活できねぇぞ?」


 なんだかんだ言ってこいつら偶にビックリするほど仲良いし。


「あいつは関係……無いこともないか。

 それはそうとお前らこれからどうするん?」

「わからん。多分変わらないだろ。

 ユリに鍛えて貰って、俺は魔装を教えて……ユリをめっちゃ可愛くして……男が寄ってきて……あいつが幸せになるのを応援して……」


 絶望的じゃねぇか。めっちゃ萎えるわ。

 学園ナンバーツーとかが出てきて付き合い始めたら俺どうしたらいいん?


「おおう。わかったわかった。ルイの葛藤は十分伝わってきたから。

 こっちも全員が落ち着いたら場を設けてもう一回話そうぜ。

 このままってのもお互い気分悪いだろうからな」


 午前の授業が終わりヒロキが去っていくと、ナオミ、アキト、アミが座っている所に行っていたユリがこっちへ戻ってきた。


「こっちは普通に話せたけど、そっちはどうだった?」

「ナオミさんとだけですね。話せたのは」


 どうやらアキトもメンタルやられているっぽいらしい。

 あの中で唯一実際に死にそうになっていたのだから当然だな。

 まあ、それでも時間を置けば大丈夫だろうという妙な安心感があるのがアキトだ。

 そう言ってやれば彼女も思い当たるのか「そうですね」と言って笑った。


「それで、俺たちの方はこれからどうするか……」


 やっと空気が通常のものへと戻ったので、今日はダンジョン行くのか修練場で訓練かを尋ねようと思って問いかけた。

 だがユリは何故かバッっと振り向くと、目を隠すのも忘れて急激に瞳を潤ませた。


「――――っ!? やっぱり……私とはもう居られませんか?」

「はぁ? いやいや、強くしてくれるんだろ?

 一緒に居てくれなきゃ困るわ! 恩返しもしてないし……」


 そう言って彼女の言葉を否定してもまだ不安そうに瞳を揺らしている。


「で、ですが、ナオミさんからパーティーに誘われるかも知れません!」


 いや、そりゃねぇわ。

 荷が重いって抜けていったのに、元凶の俺を引き抜くなんてありえないだろ。

 その前に、同じ師匠でも俺の目標が冒険者なんだからわかるだろうに。


「ユリが俺から離れたいって言うまで別れる気はないぞ」

「わ、別れる!?」


 ちょっと?

 何でそこだけピックアップして反応するの!

 いつの間にか付き合ってるつもりになってるほど図々しくないよ?


「いや、そういう意味じゃねぇよ! パーティーの話!」

「あ、はい」


「それで、どうする」と問いかけたが、何もわかってない顔を向けられたので一から説明する羽目になったが、予想外にも今日もダンジョンに行こうと誘われた。

 

 銃の模倣もあるが、昨日のこともあるからダンジョンからは少し離れるかと思っていたのだ。

 だが彼女曰く『だからこそ時間を空けないで一度行っておくのが重要』らしい。

 その方が後々精神面で楽になるとのこと。


 俺はユリのお陰で精神疲労なく乗り越えられたので特に問題はないのだが、彼女がそう言うのならばと了承した。


 そしてダンジョンに入ると、彼女はどんどん階層を降りていった。

 現地に行くのかと五階層についた時始める心構えをしたのだが、スルーして先へ進む。

 ああ、九階層まで降りて本格的にやると言っていた場所で続きをやるんだな。

 人数が少ないから不安だけど、ナイフで刺されてもすぐ治るくらいには回復も優秀だとわかったし、多少の怪我を覚悟すれば平気だろう。


 八階層へとたどり着き「ここでやるのか?」と声を掛ければユリはまた悲しそうな顔を見せた。


「ど、どうした?」

「その、いきなりこんな所まで連れてきてごめんなさい。

 もっと降りて銃の威力を調べさせて貰えませんか? 絶対に守りますから……」

「ああ、そういう事か。勿論いいけど、無茶はするなよ?」


 なるほどそういう理由でガンガン降りてたのかと納得してたら「よ、よろしいのですか?」と驚きの声が返ってきた。


「当たり前だろ。そんなの逆に俺が知りたいくらいだわ」


 もし一撃で倒せるのならば、これからも来れるということだ。

 それ即ち、お金は儲かるし経験値は稼げる。戦闘技術だって安全にユリに指導して貰えるんだからこれ以上はない。


「あの……ど、どうしてこんなちっぽけな私を信じてくれるんですか?

 何もない。わたしなんて……ちょっと戦えるだけで何もないのに……」


 少し責める様な涙声。

 彼女の声からは思いっきり負の意思を感じる。


 あれ?

 何でいきなりヘラってんの?


 ど、どうしよ。

 これから行く場所で戦えるならそれでいいと思うんだけど……?

 どうにかしてやりたいけどなんでヘラったかすらわからねぇ。


 ……こういう時はあれだ。一か八かのパワーワードだ。

 成功すれば全てが上手くいく。そんな気がする。


 うん。多分こいつは感化されやすいからアニメ名言集辺りから何か言えばきっと大丈夫だ。

 さて、なんて言うべきか……


 あ、あれにしよう。と一度背を向けて深呼吸をして気持ちを整える。

 そうして真剣な表情で振り返った。


「そんな事は決まっている!!

 初めて剣を交えたあの日! 俺は魂に誓ったんだ!!

 全てを与えてくれたお前をどこまでも信じ抜くと!!」

「~~~~っ!!?」


 親指で心臓を指差し強い視線を向けて全力で告げてみた。

 彼女はブルブルと震えて鳥肌を立てていた。


 えっ……なんで鳥肌?

 寒い?

 寒かったの!?


 うそっ、これだけ調子こいてハズした!?

 寒すぎて鳥肌立っちゃった系?


 めっちゃ恥ずかしいと背を向けて顔を両手で隠した。

 すると、背中に何かが押し付けられる。

 首筋に暖かい吐息を感じて彼女が体を密着させているのだと漸く頭が理解した。


「ふぁっ!? ユ、ユリ、さん……?」

「えっ? あっ――――ごめんなさいっ!!」


 彼女は跳び引くと手櫛でひたすら髪をすいている。

 その様を見て、俺は酷く安堵した。引かれて鳥肌立てた訳じゃなかったのだと。

 そう気付くと所在無さ気にしているユリに申し訳なくなり弁解する。


「いや、別に嫌だった訳じゃないから! ビックリしちゃっただけ!」

「そ、そうですか! じゃ、早速始めましょうか! あは、あは、あはは」


 ぐるぐると混乱してしまっているのが丸わかりで可愛らしいが、これ以上はお互いに良くないといつでも撃てる準備をして彼女の後ろを静かに続く。


「――――っ! あの先に居ます。おそらく三匹前後」

「了解。じゃあ、近くで俺を守ってくれ。とりあえず確認し次第撃つから」


「はいっ!」と立ち直っているであろう彼女の返事に安心して、曲がり角で身を隠しながら蠍の様な魔物の頭に撃ち込んだ。

 一応効いているようだ。後ろに倒れて手足をわちゃわちゃさせている。

 立て続けに頭部を撃ち抜けば生きてはいるものの全てひっくり返った。


 しばらく経っても起き上がらない。致命傷なのだろうと近づいて留めを刺す。


「大丈夫そうですね。では次行っても、いいですか?」


 彼女の申し分けなさそうな問いかけに「おう、行こうぜ」と気楽に返した。

 そして、十階層へと足を踏み入れた。

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