第12話 暗殺者襲来


「では、それでいきましょう。他の階層に別働隊が居ても恨みっこなしですよ?」


 微笑を浮かべてそう言うと、「私たちと離れた以上、不審な行動をしなければまず大丈夫だとは思いますが」と間を置いて繋げた。


 だが、ヒロキがそれに納得していない様子だ。


「おいヒロキ。勘違いするなよ? 俺の師匠はめっちゃ強いんだよ。足手まといは少ない方がいい。俺はターゲットだからお荷物になりに行くしかないの。

 ユリ、本当にごめん」


 彼女に深く頭を下げた。

 足手まといなのもそうだが、原因が俺にあることが一番悔やまれる。


「大丈夫です。子爵の子息が雇える程度の者には負けません。

 それに、ルイは足手まといではありませんよ。あの魔装があるじゃありませんか」


 た、確かに。あれならユリに抑えて貰って裏から狙えばなんとか……

 いや、効くのか?

 まあ最悪援護にはなるよな。装備を全部弾に回せば軽く百発以上は撃てるんだし。


「私たちはどうしたらいいの?」

「この先のT字路を右折すれば接触せずに帰れます。

 ですが別の階層でも見張りが居る可能性はありますから、最悪を想定して対策してくださいね?」

「ま、待って。さっきのはあやまるから……助けてよぉ……」


 恐怖が限界突破したのかアミはヒロキにしがみつき泣き崩れてしまった。


「アミちゃん、二人は僕らの為に命を賭けてくれるんだよ。

 今取れる最善がこれしかない。そうだよね、ルイ」

「まぁな。

 ここに隠れてるって手もあるが立証できる可能性が少しでもあるなら目撃者は消すだろうし悪手だろうな。

 別行動を取るなら関係ない振りして狩りをしながら降りていく方が良いと思う。

 大問題にもしたくないだろうから、学生を無駄に殺しはしないだろうしな」


 一つのパーティーくらいなら魔物にやられたと言えるだろうが、その日ダンジョンに入ってたパーティー全員ともなれば、話が変わっちまうからな。


「そうね。私も同意見。だけど……本当にいいの?」


 ナオミの心配そうな顔に笑顔で「だから、ユリは最強なんだよ。優しくて可愛くて最強。俺はそう信じてる。だから心配いらん」と返した。


 ユリを巻き込んだ上に皆を安心させる為の理由に使ったことに罪悪感を覚え、彼女を覗き見た。

 だが、彼女は少しご機嫌な顔をしていた。

 それを見て僅かに虚勢だった己の言葉が確信へと変わる。

 ユリならば大丈夫だと。


「ふふ、ここまで期待されては仕方ありませんね。

 ルイには私の本気の本気を特別に見せてあげます」


 そう言って彼女は『アースウォール』を解くと俺の手を取った。


「余り長居しては来てしまいます。こちらから参りましょう」

「そうだな。この通路に入られたら終わりだ」

「ルイ……私を信じているんじゃないんですか?」

「相手は一人じゃないんだろ? 皆を人質に取られても戦えるのか?」


「ああ、そういうことでしたか」と彼女は一つ頷いた。


「んじゃ、先行く。お互い無事帰れたら埋め合わせするから、絶対生きて帰れよ」

「いや、こっちは平気だろ。お前らも無理しないで一緒に逃げようぜ?」


 ヒロキは敵が居る方向がわかっているなら、一緒に逃げれば良いだろと問いかけた。


「いいえ。ここで消しておきます。

 暗殺者など幾人も用意できるものではありませんから」


 そう言った彼女の目は、外見から想像も付かないほどに鋭かった。

 幼げな体躯から放たれた殺気だというのに、場の空気が変わった様にさえ感じさせた。


 彼女は言い終わると、踵を返して手信号で進行を示す。

 T字路を曲がり、唖然として足を止めていた皆が見えなくなるとユリは情けない顔で俺を見上げる。


「これで、良いんですよね?」

「えっ……どういうこと?」

「えっ!? だって、皆さんを安心させようとしていたのですよね?」

「いや、うん。そうなんだけど……あの顔、演技だったの? すごいね?」


 そう告げると彼女は不安そうに自分の顔をペタペタと触った。

 短い眉がとても愛らしく見せ、殺気を放っていた先ほど事など幻想だったかの様。


「それよりもだ。ここからどうする?」

「魔物の時と一緒です。音を頼りに策敵して私が戦うので、援護してください」

「おう。もうそいつらが暗殺者なのは間違いないんだよな?」

「ええ。確実です。私とルイさんの名前も出していましたから」


 じゃあ、遠慮は要らないな。まあ、俺の攻撃が致命傷になるとは思えないけど。


「次の角を曲がったら先行します。

 今見える角の所で構えていて貰えますか?」


「狙える所まで引き寄せますから」と彼女は気負いもせずに淡々と言う。


「なぁ……銃が大して効かない可能性考慮してるよな?」


 先ほど見せた不安の表情に、いくら教官に勝ったユリとて暗殺者相手だと本当は厳しいのではないかと思い尋ねる。


「はい。嘘を吐いた覚えはありませんよ。

 恐らく三人居ますが援護無しでも大丈夫と言える程度には自信があります。

 軽くでも気を引いてくれればその間に終わらせますから」


 うわぁ。やっぱすげぇな。

 まあ、そりゃそうか。剣だけであれだけ強いのに魔法も色々使えるんだ。

 きっと切り札とかもあるんだろうな……俺の師匠マジすげぇ。


 よし、俺は俺の仕事をせねばと、魔装で銃を作り上げる。

 念のために装備も全部魔力に戻して壁に半分身を隠す様に寝そべった。

 スコープを覗き、突き当たりに照準を合わせて待つ。


 視界の端にユリが腰を落として走る姿が映る。

 彼女は曲がり角の手前で一度止まり、深呼吸をしていた。

 子供が朝のラジオ体操でもしているかの様子に場違い感を感じて少し頬が緩む。


 その途中で何かに反応するかのように動きを止め、曲がり角の手前で壁を背にして身を潜めた。

 そして彼女の先で炎が上がったのであろうほのかな赤い光が視界に映り、男の叫ぶ声が聴こえてくる。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!」


 炎にまかれながら転がり視界に男が入り込んだ。

 炎の中で「た、助け」と声をあげる男を無視して二人の男がユリに向かい剣を構えた。

 その間にも男は焼かれ続け、直ぐに声は聞こえなくなった。


「マ、マジかよ」と心が追いつかぬままに呟きが漏れた。

 だが今はそうじゃねぇだろと心を落ち着け気持ちを切り替える。


 まずは威力テストのつもりで攻撃の機会を伺っている男の、眉間近くの何も付けてない僅かな隙間を狙い玉を放つ。


 タッーン


 パタリと一人の男が倒れる。


 あっ、これ効くじゃん!

 無防備な所に当てればちゃんとダメージが入る!


 ならば警戒される前に!

 そう思ってもう一人にもすぐさま打ち込もうと狙いをつける。


 スコープに映りこんだ暗殺者は倒れた仲間を見て、驚愕した顔で再びユリに視線を戻した。


 動きが止まった。

 この瞬間だ!


 タッーン


 パタッともう一人もぶっ倒れた。


「ユリ! 今だ!」


 スコープを覗いたまま叫んだが、彼女は首を横に振った。


 何でだよ!!


 そう思って倒れた男を見てみれば頭から血を垂らして死んでいた。


 えっ……魔力での攻撃は魔力で相殺されるはずじゃ……

 こいつらそんなに魔力が低かったのか?


 俺の攻撃なんかで大人のしかも暗殺者が死ぬはずがない。そう思っていた俺は意図せず殺した事にひやりと冷たい汗を流した。


「凄まじい威力でした。やっぱりルイは凄いです」

「いや、違うっ! 

 俺は死ぬなんて思ってなかった!!

 なんでだ? なんでだよ!」


 膝を付いたまま混乱を隠せない俺の顔を隠す様に彼女が抱きしめてくれた。


「……大丈夫ですよ。間違っていません。正当な防衛です」


 ユリに抱きしめられていざ安堵すると、何で俺はこんなに慌ててんだと馬鹿らしくなった。

 折角だからと抱き返してスー、ハー、と深呼吸をした。


「へっ? ちょっとルイ!? 何をしているんですか!?」

「深呼吸だ。ありがとう、落ち着いた」

「あ、そうですか。そういう理由ですか。良かった。

 では、皆を追いかけましょう。見張りが居る可能性は高いですから」


 え? それもガチなの?

 マジでヤバイな。


「ああ、わかった。行こう!」

「はい。こっちです!」


 彼女は問答無用で俺の手を掴むと俺の出せる限界近い速度で進んでいく。

 すぐに四階層に入り突き進む。


 ああ、魔力量を調節すれば強化の出力を変えられるんだっけか。

 そう思って魔力を増やせば彼女の走りに余裕で付いて行けた。


 それを見た彼女は何も言わずに速度を上げた。

 着いて行きながら、問いかける。


「拙い状態なのか?」

「はい。アミが泣いています。

 彼女の大きな泣き声以外は流石に聞こえる距離ではありませんが」

「わかった。限界まで飛ばしてくれ。付いて行く」


 手を離してそう告げれば、彼女は更に速度を上げた。

 俺も強化の出力を上げて必至に付いて行く。


「その先、真っ直ぐ!」

「狙える位置か?」

「恐らく!」


 それを聴いて再び対戦車ライフルの様な銃を取り出し、角を越えてすぐに寝転がって銃を構えた。


 スコープに移ったのは、取り押さえられたヒロキとうずくまって動かないアキト、襲われそうになっているナオミとなすすべなく座り込んで泣いているアミだった。


 あちらの人数は四人。


 これならイケる。とりあえずナオミを襲おうとしている奴!


 タッーン


 次! タッーン 次! タッーン 次! タッーン


 撃ち終わった瞬間再び走り皆の元へとたどり着いた。

 先に着いていたユリが服を破かれたナオミに上着を渡していた。


「なんとか、間に合った……のか?」

「……お、お前ら! 無事だったのか! まさか、後ろからまだ来るのか?」


 目元を赤くしたヒロキが張り詰めた顔で問いかける。


「いや、ユリが策敵できた奴は全員殺した」

「そ、そう、か……」

「――――っ!? アキト? おい、どうしたアキト!?」


 ゆっくりと顔を上げたアキトが青白い顔をしている事で初めて気がついた。

 腹にナイフが刺さっている事に。

 これは魔装で作った物じゃない。本物のナイフだ。


「あっ、今、回復する……」

「大丈夫。私も居ます」


 焦りながらも回復魔法の魔方陣を広げれば、ユリがアキトの背中からも魔方陣を当てがった。


「もう、大丈夫です。少し堪えてくださいね?」


 そう告げて回復魔法を使ったまま後ろから回した手でナイフを引き抜いた。


「あぅぁっ!!」


 言葉にならない声を出して、体を痙攣させたが二人掛かりの回復魔法はすぐに効果を現した。

 ゆっくりとだが、傷口が塞がっていくのが見て取れる。


「あ、痛みが……引いてく……そっか。本当に助かったんだ……ありがとう……」


 アキトが安堵の涙を流す。


「ねぇ、なんでよっ!!

 何でそんなに簡単に倒せるのに、どうして守ってくれなかったのよ!」


 そう叫んだのはアミ。

 離れる前から恐怖に負けている状態だった。かなりの絶望を味合わされたのだろう。


「ごめん。あの時はこれが最善だと思ってたんだ」

「ちょっと待ってください。ルイ、謝ってはいけません。

 このまま勘違いさせたままでは今後の命に関わります」


 そう言ってユリが俺の言葉を遮った。


「今回、カールスの件は確かに私とルイが恨みを買ったことにあります。

 ですが、カールスが暗殺者を送り込んできたことには私とルイに非はありません」


 彼女はそのまま言葉を続ける。


「私はちゃんと告げました。見張りは居る可能性があるから対策を立てろと。その上で別行動を選んだのですから、ここで助けに来れたのがイレギュラーなのですよ?」


 恐らく、アミには伝わっていない。というよりも思考を放棄している。

 周りに当たらなければ居られないという状態だ。


「あんたらが居なければこんな事にはならなかった! ならなかったのよ!」


「まあ、そうだな」と同意した所で今度はヒロキに遮られた。


「おいおいおいおい! そりゃちげぇだろ! アミ! いい加減にしろ!!

 怖いのは皆一緒なんだよ! 巻き込まれたのも皆一緒だ!」


 ヒロキはアミの前に立ち、強く言い放ちながらも彼女を抱きしめた。

「だってぇ」と泣きそうな声を出し「俺が強くなるから」とヒロキが言う。二人の世界に置いてきぼりにされて視線を彷徨わせた。

 そして未だに立ち上がれて居ないナオミが視界に移る。


「平気か?」

「ええ。これ、ルイがやったのよね……?」

「ああ。あの武器めちゃくちゃ強かったっぽいな」

「そう。凄いわね……」


 その後の会話は続かず、俺たちは無言のまま荷車を引いて学院へと戻った。


 そして、当然教員へとあったことを報告する。


「なんだと……それは本当かっ!?」

「本当かじゃねぇよ!! てめぇが嗾けたんだろうが!!!

 その所為で死ぬ所だったんだぞ! お前、ふざけんじゃねぇぞ!!」


 オーフェン先生にヒロキが切れて飛び掛ろうとしたが、ユリが彼を止めた。

 疑いの視線を向ける先生に「現場に死体も残ってますよ」と事実だと念押しする。


「流石に今回の件は私も同意見です。発端が貴方にもあるというのに、あの問題行動の後にも放置した。それは怠慢が過ぎるのでは?」

「ユリが居なければ間違いなく皆死んでましたよ」


 俺も思うところがあるので、一言言ってやろうとジト目で言い放つ。


「わかった。確認を取り次第この件は国に上げる。

 中途半端には終わらせないと約束する」

「何管理者面してやがんだ! 発端のてめぇがよ!!」

「……悪かった。そこまでの異常者だとは思わなくてな」


 オーフェン先生は俺たちに向かって頭を下げた。

 ヒロキはまだ収まらないが「先生にはこのくらいでいいだろ。あの程度でこれを起こしたカールスが全て悪いんだから」と彼を宥めた。


「ついでに誤解を解かせて貰うと、俺は本当に弱いですからね」

「それは本当なのか? あれほどの技術があるのにか?」

「近接戦闘はパーティーの中で一番弱いですよ。負け続けです」

「そうか……」


 そこで口を閉ざしたので俺たちはその場を後にした。


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