第11話 一先ず和風ハンバーグでも食べて落ち着こう


 アミの部屋に全員が揃い調理を始めようと台所へ行こうとした時に腕を捕まれた。

 振り返ればナオミが居て、涙が零れそうなほどに瞳を潤ませていた。


「あの……ごめんなさい。私は、あなたを見捨てた……」


 え? 何言ってんのこの人。

 いや、彼女からしたらそう思うのか?

 でも元々俺が頭を下げて終わらせるって話だったじゃん。


「逆にヒロキを止めてくれて助かったよ。

 殴られたのは腹立つけど、元々あの程度なら頭下げて終わらすつもりだったし」


 ありがとうな、とお礼を言ったのだが、気まずそうな空気をかもし出している。

 なにやらユリまでがお通夜状態にある。

 何でだよと疑問に思っていればユリが口を開いた。


「あの……私もごめんなさい……

 うちが貴族だと言う事を最初から伝えていれば……」

「いや、それは知ってたから」

「えっ!? どうしてですか……?」


 いやいやいや、わかるでしょ!

 使える魔法の多さと、高価すぎる魔道具を持ってるって言えばさ!


「そんな事よりユリは大丈夫なのか。あいつの親が出てきたら拙いんじゃないか?」

「いえ、格下の家なので大丈夫です。

 そもそも非はあちらにあるので同格でも早々問題にはなりえません」


 そうなんだ……

 貴族事情はわからないけど、大丈夫なら良かった。


「んじゃナオミ、とっとと作ろうぜ。ヒロキの腹の虫が泣き叫んでる」

「ばっ! 俺じゃねぇよ!」

「ちょっと! 何で私を見るのよ! 馬鹿ヒロキ!」


 二人のじゃれあいに苦笑しながら台所へと向かい、調理を始めればナオミも手伝いを始めた。

 どうやら今日の主導権は俺にあるらしい。


 よし。今日は和風ハンバーグにしよう。

 この前ナオミが作ったさっぱりしたタレが使えるはずだ。


 そう考えて肉と野菜を細かく刻んで混ぜて捏ね回して手頃に千切って焼いていく。

 こちらでもハンバーグみたいな料理はあるが、珍しい料理だそうだ。


 気落ちしていたナオミも興味深々にこちらをチラチラと見ている。


「もう、普通にしてくれよ。落ち着かないって。俺は何とも思ってないんだぜ?」


 お肉を混ぜた手でほっぺを抓めば即座にはたき落とされた。

 彼女は「わかったわよ」と頬を拭いながら息を吐く。


 そうして焼きあがったハンバーグにカブ系の野菜を魔力で作り出したおろし金でおろして肉に掛けようとした所で手を止められた。


「ちょっと待ちなさい! それでいいの?」

「ああ。この前作ったタレを上から掛けるからな」

「初めての料理だわ。けどあのドレッシングの味をこれに使い回していいの……?」


 彼女はタレを大根おろしもどきに掛けて味見した。


「――――っ!? これ、すごいわね!

 ただあっさりしてるだけじゃないわ。辛味も歯ざわりもいい!」


 まあ、おろし金が台所に存在していない所を見るにこちらではあまり無い手法なのだろうな。


 だとしても俺からしたらお前が作ったタレが優秀なだけなんだけどな?

 おろして上から掛けただけなんだから。


 そんな話をしていれば、彼女はもうご機嫌だった。

 そうして巨大ハンバーグに大根おろしを掛けてあっさりしたタレを贅沢に掛けて、今日の夕食が完成した。

 前日の作り置きのパンを添えて皆の元へと運ぶ。


「へぇ、今日は一品なんだね」

「あれ? これ、あんまり熱くねぇな」

「まあ、そういう料理だからな。

 この前絶賛されたタレ使ってるから味は保証するぞ」


 そう言って食べ始めればやはり好評だった。


「うちで使用人が作るのより全然美味しいです。

 二人ともお店を出せるレベルですよ」

「いや、お貴族様の食事には敵わないだろ流石に」

「そうね。使う素材が一流だもの。絶品なものが多いわ」

「確かに本邸の料理長が作るものも絶品ですけど、弟子は超えていると思います! これは特に気に入りました!」


 そう言っておいしそうにもぐもぐするユリに頬を緩まされた。

 ナオミはそれを聞いて真剣な表情へと変わる。


「やっぱり貴方は私に必要だわ。私のパートナーにならない?」


 彼女の言葉に皆の手が止まる。


「どういう意味だかわからんが、俺はハンターになるぞ」

「そう。残念だわ。

 ルイとなら色々すっとばして料理人になれるかもなんて思ったのに」

「何言ってんだか。俺よりレベルが高いんだ。学院の間だけでも全部盗めるだろ」


 そう。料理なんて覚えたもの勝ちだ。

 美味しく作る為に必要な技術はナオミの方が高いんだし。

 それ以前にこいつは食べただけで大体予測して作れそうだしな。


「そう言うって事はまだあるのね?」

「おいおい。無いとは言わないが、カブをおろしただけだろうが。

 その程度の事だぞ?」

「なら、教えても問題ないわよね?」

「そりゃ、こんだけ教わってるんだ。隠す気なんて最初からないよ。

 ただ、どんな料理が知らないのかわからんから焦ってせっつくなよ?」


 そうしてナオミと話しているとふとユリの視線が気になった。そんなにじっと見てどうしたんだろうと見詰め返せば。


「な、なんか随分親密そうですね」


 と、ジト目を向けられた。


「何よ。弟子を取られて悔しいっての? 私の弟子でもあるのよ?」

「……別に悔しくなんてありません。

 ただ単に料理の道だって険しいのに、ルイさんの望みである強さが遠のくのではないかと心配になっただけです」


 飯は結局作らなきゃいけないんだから、妨げにはならないじゃん。

 そのレベルでしかやるつもりないんだけど……

 そう言いたいがナオミと二人で話しているので入りづらい。


「ふーん。そういう事にしておいてあげるわ。

 まあ、安心なさい。さっきので私とは道が違うってはっきりわかったから」

「だ……だから違いますよぅ……」


 成り行きを見守れば、ユリがふてくされる様に俯いて話が止まった。 

 アミが「ごちそうさま」と声を掛けて他の皆も同じように続いた。


「それで、明日からはどうするんだい? また、修練場借りて訓練?」

「えっ!? あっ、そうですね。今日見た感じですと予想以上にナオミさんとアミさんが戦えたので、お好きな方で良いですよ」

「じゃあ俺ダンジョンがいいな!」

「私もお小遣い入るし嬉しいかも」

「そうだね。僕も収入は本当に助かる」


 残るナオミも頷いたのでダンジョンに行く事が決定した。


「でしたら明日は荷車を借りましょう。ルイさんの訓練になりませんからね」

「荷車か。あの解体場の近くにあったやつ持っていっていいのか?」

「勝手にはダメだろうね。でも何処に許可取ったらいいのかな?」

「あー、荷車の事最初に先生とダンジョン入った時言ってなかったっけ?」


 アミの言葉にナオミが「あ~、門と同じ仕組みで借りれるって言ってたわね。あの木枠があるんじゃない?」と返した。


「それじゃあ、明日はその予定でいきましょう」


 ユリがそう閉めた所で皆は食器を持って片付けに入る。調理した俺たちは椅子に座って彼らの働きを観察する。


「ねえ、ルイはユリを狙ってるの?」


 徐にナオミにそんな事を尋ねられて眉間に皺が寄る。


「お前な……あいつは貴族。しかも最強の男を捕まえるって言ってんだぞ?

 好意を持ってないと言えば嘘になるが、狙ってはいねぇよ」

「そう……わかった」


 彼女は素っ気なく頷くと視線を外した。

 程なくして片づけが終了して本日は解散となった。







 次の日、今日は授業が無いので朝から荷車を二台借りて再び五階層へと来た。

 寮を出る時、カールスが表に居た時はまた問題が起こるのかと不安になったが、そんな事も無くここまで無事にたどり着けた。


「ルイ! 呆けてないで構えてください!」

「えっ! あっ、ごめん!」


 前日同様、ヒロキとアキトが敵を受け止めた。俺は一歩遅れながらも前進して援護に入る。

 ええと、訓練で教わった型の通りに……


「はっ! よっ! そいっ! そいのそいっ!」

「あはは、なんかルイの掛け声は気が抜けるね」


 アミの苦笑にナオミが乗っかり「確かにじじ臭いわね」と呟く。


「じ、じじ臭い……」


 余りのショックに信じられずユリに視線を送った。


「し、渋くていいんじゃないでしょうか……?」


 ずーんとショックを受けているとヒロキが「掛け声なんて倒せりゃどうだっていいだろ」と纏め、気を取り直す。


「ねぇ、今日はユリちゃんはやらないの?」

「はい。もう少し遅くなってからにします。荷車に乗り切りませんから」


 なるほど。あの半端な時間でもあれだけの数になったんだもんな。


「あれ? ってことはもしかしてもっと降りた方がいいのか?

 俺たちでも荷車二台が埋まるって事はここは温いんじゃないか?」


 そう、荷車は俺が作ったものじゃなく本来生徒が使うものを二台借りてきたのだ。


「まあ、そうですね。今は魔物に慣れるための訓練ですから。

 本来、回復魔法を込みで考えて怪我覚悟であと四階層は降りたい所です。

 怪我を負っても恐怖に潰されなければ今すぐでもいけますよ」


 言われてみれば、ここはあの巨大ウサギとそこまで難易度変わらないもんな。

 ガッチガチに緊張してた初日ですら倒せる程度だ。慣れた今は結構余裕がある。


「試しに行きますか?」

「うん。まだ荷車は殆ど空いているし、僕は行きたいな」

「俺も当然行きてぇ。回復使える奴が居るんなら怪我くらい怖くねぇし」

「うーん、ポジションが一緒ならいいよ?」

「ユリが居るのだし、私も同意見よ」


 皆が乗り気のようだ。それじゃあ行くのかなとユリに視線を送れば彼女は後ろを振り返った。


「何か、変ですね」

「ベビーボアか?」

「いいえ、人だと思うのですが……足音を消しているのに下を目指していません」


 どういうことだろう。

 あっ、敵を避けてるのに下の階層向かってない事に違和感を感じているのか。


「えぇと、ダンジョンって魔物以外にも中を歩く意味ある?」

「聞いた事ねぇな」

「はい。普通であればありません。

 素人じゃない動きだと思うので余計に異常です。一度身を隠しましょう」


 え? 何で?


「まさか、ダンジョン内に住む盗賊とか!?」

「そんなの学校指定のダンジョンに居るかよ!」

「いいから早く。こっちです。静かに!」


 ユリの誘導に従い、通路の奥へ奥へと進めば突き当たりに当たる。


「『アースウォール』

 さて、大きな音は立てない様にして欲しいのですが、やる事もありません。

 座って休憩しましょう」


 口に指を当てて、彼女は地面を払い多少綺麗にすると座り込む。

 それに習って俺たちも地面に座り込んだ。


 そこからは頭を寄せ合ってひそひそ話しが始まる。


「ユリはどうしてそこまで詳しくわかるんだ?」

「あぁ、これはうちの秘伝なのですが、そういう魔法があるのです。

 身体強化の亜種と思って頂ければ……」


 ヒロキが「うっひゃぁ、秘伝の魔法とかマジかっけぇ」と興奮するがアミに「静かにって言われたでしょ」とどつかれている。


「ねぇ……一応聞くけど。これって多分カールスの関係よね?」


 不安そうな顔でナオミが問いかける。


 あっ……そうだわ。もしこっちを狙ってくるなら間違いない。

 でも、学校指定のダンジョンに送り込んでくるか、普通。

 貴族って言っても流石にバレたら結構罪重いんじゃねぇの?


 そこらへんをユリに耳元で囁きながら尋ねた。


「あの……魔法使ってるんでっ……聴こえますからっ……んっ! んゃっ!」

「このお馬鹿! そんな事してる場合じゃないでしょ!」


 ナオミに胸倉をつかまれて怒られてしまった。わざとじゃないのに。

 真っ赤になって耳を押さえ困った顔を見せるユリだが、それでも彼女は律儀に説明してくれるようだ。


「これがもしそうだとすれば、貴族の常套手段なので立証が難しいそうです。

 ただ、立証さえできれば相当なペナルティーが与えられますが」


「基本的にそうなれば親がそうとう過保護でもない限り本人は家から追放されるので平民に落ちます」と彼女は言った。


「うーん、そういう話は無事が確保されてからにしないかい?

 ここから無事に出る事が一番大切だろう」

「そうだな。悪いけどユリ、何か良い方法ないか?」

「すみません。これで諦めてくれなきゃ戦うしか……」


 そう言ってアースウォールが張られた方を見る。

 明らかに不自然だ。ここに近づけばすぐバレるだろう。しかし、殆ど音も漏れないらしし遠目で行き止まりだと勘違いする可能性もある。


「皆ごめんな。俺が絡まれたばかりに……」

「違います! 私が、中途半端に終わらせてしまったから……」

「どっちにしても恨んじゃいねぇよ。ルイだって押し付けられた口じゃねぇか。

 てかやっぱりこうなりやがった。俺はあいつがゆるせねぇ」


 ヒロキが先生を嫌っているのは知ってたけど、なんかあったのか?


「もう! それを今言っても仕方ないじゃん。それでユリちゃん、どう?」

「まだ少し遠いですけど、もう間違いないかと。

 強化を強めたら声が聞き取れましたので」


『ダメだ。いねぇ。見つかりゃ殺してすぐ終わりなのによぉ』


 そんな声が聞こえたそうだ。

 こりゃ本格的にヤバイ、と皆の顔色が青く変わる。


「困りましたね。私は自分が蒔いた種なので仕方ありませんが……」

「その、あの……二人が出て行って私たちが人を呼びに行くのはどうかな?」

「お、おい! アミ!」


 アミの言葉をヒロキが止めた。

 その意味は俺でもわかる。怖くて逃げたくて仕方ないのだろう。

 ユリに意味深に向けられた視線に俺は頷いて返す。


「では、それでいきましょう。他の階層に別働隊が居ても恨みっこなしですよ?」


 彼女は微笑を浮かべアミにそう言い放った。


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