第10話 ヒロインの様に救われた俺


 五階層へとやってきた。ベビーボアの階層だ。


 ここからは俺も剣で参戦する。ここでも銃を試してみてもいいが、余り使いすぎると荷車を作れなくなってしまうので試射は終わりにした。


「ここからは全員でやって頂きます。

 アキトさんとヒロキさんに受け止めて貰い、残りの三人で仕留めてください」

「僕とヒロキか。いいけど、どうして?」

「五人の中で一番強いからです。

 ここら辺からは油断すれば多少の怪我くらいはありえますから」


 一番強いと言われた二人は嬉しそうに了承の意を示す。

 今日の目的はわかっているし、当然異論はない。

 そう、今日は後々焦らないで済む様にそろそろ評価を稼いでおくべきだろうと、今の段階で行ける階層でさっくり稼いでこようという趣旨なのだ。


「しっかり役割をこなせばムーンラビットよりも数をこなせます。

 評価目的なので数が多ければ参戦しますから、安心して進んでください」


 おお。とうとうユリの戦いが見れるのか。魔物相手だとどんな感じなんだろう。

 俺はそんな事を考えていたが、アキトを筆頭に皆目の色を変えた。


「ほらルイ、さっさと行くよ」


 彼はそう言って走り出した。

 おい、後方の警戒は? ああ、アキトは前衛だから前か。

 んじゃ、俺がやっとくか。


 一番後方を走り、後ろを警戒しつつも付いていく。 


「来たぞ! 三匹!」

「奥の二匹は任せてください」


 ヒロキが一匹に切りかかるが避けられる。その攻防の間に後ろに回ったユリが二匹をすれ違い様に瞬殺する。

 そう。瞬殺だ。スッとすれ違うと共に首が落ちた。


 二足歩行ならまだしも四足獣相手でよく綺麗に首だけ落とせるな……

 

 その様に一瞬圧倒されたが、参戦せねばとナオミたちにアイコンタクトを送り一緒にまわりこむ。


 ベビーの癖に、一メートル以上あり、今から突っ込むぞと言わんばかりに足を踏みしめている。


「ヒロキ、アキト、止めるならば動き出す前の方が楽です。距離を詰めて!

 ルイたちはアキトたちの受け持つ時間を少なくするために、回りこむ準備を。

 そのまま後ろから全力攻撃してください!

 攻撃が自分に向いたら役割交代です! 集中して!」


 ユリの指示に二人が詰めて切りかかる。

 それに合わせて俺たちも距離を詰めた。


「うぉりゃぁ!」


 ヒロキがイノシシの顔を切り上げるが、仰け反り顎が裂けた程度。


「好機ね! ほら! 肉になりなさい!」


 と、ナオミが剣を振り下ろすが切られながらもギュイィィと叫び隙間を走り抜けたベビーボア。

 アミとアイコンタクトを取り俺たちも追撃を喰らわす。


「おらよっ!」

「行かせない!」


 攻撃がアミと被ったが両サイドだった為に、真っ直ぐはじき返されてアキトの正面という良い位置へと転がった。


「貰った!」とアキトが首に剣を突き刺して討伐完了。


 ふぅ、と息を吐いて緊張で吹き出た汗を拭う。


「意外と余裕だね。ムーンラビットとそう変わらない感じがするよ」

「だな。ユリに頼らなくても二匹までなら何とかなりそうだ」


 武器を収め息を吐きながらのアキトの声にヒロキが好い笑顔で笑った。


 二人の意見に一応同意するがターゲットがこちらに向いた時、俺が一人で受け持つと考えると若干不安はある。

 多少の怪我で済むと言われていても食らうのは怖い。


「そうですね。ですが今日の目的は評価ですし、私も混ざります。

 訓練より討伐数を優先しましょう」

「ありがとう。そうしてくれると助かるわ」

「私もぉ! いきなりここまで降りるのは早過ぎだもん」


 ナオミとアミは俺と同じで不安だったのだろう。ユリの声に安堵していた。

 ヒロキたちとナオミたちで若干温度差はあるが、ユリという強者のお陰で特にぶつかる事も無く話が進む。


 そして俺は荷物持ちへと変わった。

 戦闘となれば装備に変えて参戦する事もできるが、毎回魔物を積みなおさなければならない。

 ユリに効率を出したいとお願いされたので寂しいが参戦は無しだ。


 限界まで大きくした荷車にユリの討伐したベビーボアがポンポン積みあがった。

 ヒロキたちも倒しているが加減していてもユリ一人の討伐数の方が倍以上に多く、直ぐに荷車の積載限界が来た。

 大量に取れた獲物の血抜きや魔石の吸収も終わり、後は解体場へと向かうだけ。


「知ってたけど、改めて凄いね。ユリちゃんって」

「ああ。ありゃヤバイ。組んでくれてるのがホントありがてぇ」

「おい! それはそうだが、荷車にずっと乗ってるの止めろ。

 俺は使い走りじゃねぇぞ!」


「ははは、バレたか!」と飛び降りるヒロキだが、もう一人は居座っている。

 アミは「後ろを警戒している私くらいは良いよね?」と甘えた声を出した。

 まあ別に重くないし、警戒を楽にさせてやるくらい良いかとそのまま歩いた。


「それにしても予想外に数載るね。それ……」

「その代わり、装備も一切出せねぇけどな」


 そう。今回は四輪車の最大バージョンだ。

 重量や強度はあまり心配がないので鉄格子の様に隙間を開けて大きく作ってある。

 そのお陰で二十四体のベビーボアが積みあがっていた。


「ルイは出来る事の幅がとても広いです。

 ダンジョンメインの探索者には喉から手が出るほど欲しい人員でしょうね」


 いつの間にか横を歩いていたユリが徐に言う。

 今はただの荷物持ちだが、そう言われると悪い気はしない。


「ユリにならなんでも手を貸すからな?」

「えっ!? あ、ありがとう……ございます……」

「えー! 私は……?」

「おいおい。アミには今手を貸しているだろうが……」

「あー、そうだった、そうだった! あはは」


 そう言って流したが、正直ユリは特別だ。

 異性のうんぬんを抜きにしたって深く感謝して同じ事を言っただろう。

 それが優しくて愛らしい女性だったんだから特別じゃないはずが無い。 

 

 まあ好意を持たれているってのが勘違いだったりして、仲間内の空気をおかしくしたりしたくないし、色恋の話を出すつもりは無い。

 異性として好きなのかと問われても前世を経験した俺にとって彼女はまだ幼すぎて素直に頷けるほどじゃないしな。

 恩人であり将来良い関係になれたら嬉しい相手、というのが一番しっくりくる。

 うん。今の状況で十二分に心地良いんだからこれでいい。

 そんな事を考えていればいつの間にか、解体場まで着いていた。

 もう十八時過ぎだというのに解体場はかなりの盛況を見せている。


 荷車を引いて中に入れば、前回とは違い数人の生徒が近寄ってきた。


「なぁ、その解体、俺に任せてくれないか?」

「俺ならベビーボアは何度もやってる。綺麗にバラしてみせるぜ?」

「あの……お願いします! あたしに経験させてください!」

「俺経験無いけど、丁寧にやりますから!」


 矢継ぎ早に問いかけられる状況に困り、自然とリーダーであるユリに視線が向いた。


「余り時間を掛けたくありません。希望者全員で、でも良いですか?」


 ユリの言葉に集まってきたやつらは嬉しそうに返事をした。

 そうしてテキパキと彼らは荷を降ろして解体していく。

 経験無いと言った二人が一匹づつやらかしをしてしまったらしいが、解体は割りとすぐに終わった。


 失敗してしまったと言っても一体丸々ではないので、その部位はこっちに卸してもらった。どうせ料理で使う為に貰うつもりだったし。


 ずっと頭を下げていたが、自分で使う分には部位が綺麗に分かれて無くても問題ない。

 そう告げてあげれば安堵した様子で仕事場へと戻っていった。 

 俺たちはお金の分配を終えて解体場から出た。


「さぁ、早速部屋に戻ってやるわよ!!」


 ナオミの何時もの声掛けに「おう!」と返した時だった。急に顔面に衝撃が走り吹き飛ばされた。


「ルイさん!!!」


 地面を転がり、顔を上げて漸く自分が何をされたのかに気がついた。

 カールスに殴られたようだ。口から血が垂れ、頬が熱い。

 そうか。魔装での攻撃じゃないと、普通に怪我するんだったな……


 こいつ……本気で殴りやがって!


「邪魔だ、クズ。俺の道を塞ぐんじゃねぇ!」


 足を振り上げ踏みつけようとカールスが足を振り下ろす。

 痛みを覚悟して、顔をカバーして強化を使ったのだがふわりと持ち上げられた様な感覚だけで痛みはこない。


「なっ!? どこに逃げやがった! クソ平民がぁぁ!」


 その声に顔のガードを下げて視線を向けようとした所で俺がどんな状態にあるか気がついた。


 ユリにお姫様抱っこされていた。

 おぅ、ノー! 抱っこノー! 俺男! お姫様抱っこダメダメ!


 強い羞恥を覚えそんな事を考えている間にカールスに見つかっていた。

 当然だ。ただ後ろに回っただけなのだから。


「おい、そこのチビ女! お前もこの俺に楯突きやがったな?」

「このまま叩き潰したい所ですが、校則を考えればそうもいきません。

 この件は学校だけでなく直接あなたの家に問い合わせさせて頂きます。

 カールスと言いましたか、調子に乗りすぎない事です。私はあなたを許しません」


 ユリが珍しくキレている。いや、初めて見た。

 しかし拙くないか? このままじゃユリに迷惑が……


「待ってくれ、俺の事はいい。カールス、謝罪する! だから勘弁してくれ!」

「ああ?? 今更何言ってんだカス!

 そこのドブス! 覚悟は出来てんだろうなぁ?」


 あ、ヤバイ、俺を抱えたままじゃ……


「お、降ろしてくれ! 俺は大丈夫だから!」

「あっ、ごめんなさいっ! その、あの、助けようと思っただけで……」


 ユリはサッと優しく降ろすとモジモジし始めた。


 いや、そんな場合じゃないから!!


「ゴミ共が……俺を無視して盛ってんじゃねぇぇぇ!!!」


 叫び声をあげたカールスは公式武装を纏い、武器を振り上げてユリに向かうが彼女は魔装も纏わず片手で攻撃をいなした。

 たたらを踏むカールスを尻目にユリは片手を天に掲げる。


「魔導兵装学院、校則第十八条。

 魔力を伴う暴力行為発生時、救援要請光を放つ事で被害者は加害者に対し正当防衛と言える魔力を伴う攻撃を行う事を許可するものとする」


 そう言ってユリは魔法を打ち上げた。

 赤い光が辺りを照らす。


「これで攻撃をしても罰せられるのはあなただけになりました」


 その赤い魔法の光にパラパラと人が見物に集まってきた。


「何を勘違いしてやがる! 俺に敵うとでも思ってやがんのか!? おらよっ!」


 彼が踏み込んで剣を再び振り上げた瞬間、彼女は小さなナイフを具現化して攻撃を避けると同時に彼の首にナイフを突き出す。


 その瞬間、一人の男が間に割って入った。

 彼はカールスの腕を掴み、逆の手でユリの突き出した腕を押さえている。


「おいおい、お前の魔力で首に刺したら、こいつじゃ普通に死ぬぞ?

 貴族の子息と令嬢の殺し合いとか勘弁してくれよ」


 そう気だるげに言うのはAクラスの担任、オーウェン先生。


「この男が逆恨みでルイさんを攻撃し、間に入って止めた私をも攻撃しました。

 警告をし、救援信号も出していますから問題は無いはずですが?」


 ユリは淡々と言葉を返す。いつものモジモジした様が嘘のようだ。


「あー、そういうことか……ルイ、面倒だからちゃんと躱せよ」

「はぁ!? だから俺は強くないって言ってるでしょ!?」


 何故か俺に迷惑そうな顔を向けるオーウェン先生。

 未だに勘違いしてやがるのか……


「ちょっと待て、貴族同士だと!?」


 驚愕の視線をユリに向けるカールス。と言っても顔は見えてないだろうが。


「無作法者に答える義務はありません。

 身分を持ち出す己を恥じなさい。この未熟者!」


 やだ、ユリさんカッコいい!


 ユリの言葉に掴みかかろうと暴れるカールスを押さえつけたオーウェン先生。


「カールス、お前次何かしたら退学だからな。

 今回は恐らくEクラス落ちくらいで許されるだろうが、次は無い。

 覚えておけよ」

「なんだと!? ふざけるな!! この俺が……この俺様がEだと!?」

「いやそうは言うがな……正直、お前は弱いぞ?

 お前みたいに口ばかりの奴はどんどん抜かされて結局CかD辺りに落ち着く。

 Aクラスに入れたのはここに来る前から教えて貰える環境で育ったからなだけだ」


 先生の容赦ない言葉がカールスに突き刺さる。

 しかしこの先生どこまでも煽るな。仕返しが怖くないのだろうか?


 この国は正真正銘の独裁国家。

 一応、ある程度まともだと思える法律があるが、日本とは違い簡単に隠蔽される。貴族が平民を殺したところで悪評は立っても大騒ぎになる程でもないのだ。


「お前なんぞにこの俺の何がわかる! 嘘ばかりの偽教師が!」

「わかるさ。お前、入ってからまだ何もしてないだろ?

 訓練をするでもなく、ダンジョンに行くでもない。

 ただ問題を起こして駄々を捏ねている。此処は学校でお前の家ではないんだが?」


 血管が切れるんじゃないか……そんな感想が浮かぶほどにキレ続けるカールス。

 そして、無駄に煽り続ける先生。いい加減に擦り付けるの止めて欲しいんだけど。

 これ、絶対またこっちに何かしてくるじゃん。


「だ、黙れぇぇぇぇ!!! てめぇら、絶対殺してやる! ゆるさねぇからな!?」

「そうか。やるなら自分の命も勘定に入れろよ?

 俺は命を狙ってきた奴は殺すからな?」


 おいぃぃ! それじゃ安全そうな俺にくるだろ!?

 この人ホント人の迷惑を一つも考えないな!


「へ、平民が!」

「何を言っている。俺は平民じゃない。そもそも今それは関係ない話だ。

 しかし、本当に聞き分けが悪いな。話が終わらんからちょっと眠ってろ」

「ぐっ! 貴様っ! 離せっ! う……ぅぅぅっ!」


 冷めた顔でオーウェン先生はカールスの首を絞め続ける。じたばたと暴れるが一切気にした様子は無い。

 バタバタバタ、クテッと動かなくなったカールスをポイ捨てする先生。


 何この人恐ろしい。


「ルイ! 大丈夫?」


 そう声を掛けてきてくれたのはナオミだ。

 皆はずっと心配そうに成り行きを見守っていた。途中ヒロキが動きそうになったがナオミが止めてくれていたのを確認している。

 介入される方が困るからありがたい対応だ。


「おう。問題ない」


 そう答えたものの、この先は正直不安だ。

 この全自動湯沸し機みたいな男が突然頭を沸騰させるのは容易に想像がつく。

 先生も貴族なら責任取って手出し出来ないようにしてくれてもいいのに。

 元々先生が無駄に押し付けたトラブルなんだし。


 そんな事を考えつつも、お腹は空いたと皆でアミの部屋へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る