第9話 銃の試射


 カールスの事を注意されてから二週間が過ぎた。

 俺たちは毎日、毎日授業が終わると午後は訓練。夜は食事会を繰り返していた時の事。

 ユリがいつもとは違う提案をした。


「そろそろ魔物の討伐も混ぜていきましょうか」


 その言葉に俺たち男は喜びの声を上げるが、ナオミとアミは少し不安そうだ。

 未経験だから仕方が無いが、正直言って三階層だとしても俺よりも強い彼女たちならば余裕で倒せるはずだ。


「俺より強い奴らが何をびびってるんだか。やってみれば余裕だぞ?」


 そう。ナオミもアミも正面から戦えば俺よりも強い。

 まあ、ユリのお陰で超スピードで追いついていっているので不安は無いが。


 そんな風に焚き付けてみれば、二人も覚悟を決めた様子。


「では、まずは手続きから行きましょう」


 今ではリーダーが板に付いたユリに連れられて、町を出る門の所まで来た。

 門番に学生証を見せてダンジョンに向かう事を話す。


「開門できる時間は夜八時までだ。最低でもその時間までには戻れ」


 彼はそう言うと木の板を指差した。

 その板を良く見てみれば、枠に小さな板が沢山はめ込まれている。

 枠の上部には学年、クラス、人数、終了予定時間、最高到達階層と書かれていた。

 はめ込まれている板をユリが引っくり返していくと板の表に文字が並ぶ。


 一 A 六 二十 六


「俺たちは三階層までだよな?」

「いえ、もう少し行く予定ですがその前にこれは救助用なので行ってもここまでだという指標なのです」


 なるほど。

 予定時間を越えて帰ってこなければその階層へと救助が来てくれるのか。

 しかしムーンラビットの先かぁ。大丈夫かな?


「新入生か。言っておくが救助に出た奴らの日当はお前ら持ちになるからな?」

「うひゃぁ……そりゃ恐ろしいっすわ。ユリ、頼むな?」


 ヒロキが顔を強張らせてユリの肩を掴む。


「問題ありませんよ。私は十階層程度なら単独で行けますから。それに時間を見てください。これなら最悪時間を忘れても門の前で野宿する程度で済みます」

「ほう。新入生の癖に良く調べている。だが、そっちも気をつけろ。罰金は無いが外泊も申請をしてからじゃなければ評価が落ちる」


 門番の兵士はユリに感心を示し、補足を入れてくれた。

 その言葉に礼を告げて門を潜り、すぐ先にあるダンジョンの中へと歩を進める。


 やってきたのは二階層。ナオミとアミに合わせての事だろう。

 早速敵を探し当てたユリが二人に指示を出す。


「では二人でやってみてください」


 敵はでかい蝙蝠一匹だ。動き出してさえしまえば一瞬で終わる。

 だが、俺たちもだったが二人も中々気持ちの整理が付かない模様。


 そんな時、ヒロキが「めんどくせえ」と呟いて前に出てしまった。

『ありゃ、いいのかな?』とユリに視線を向ければ、彼女はもうそこには居なかった。


 どこに……とヒロキに視線を戻せば、彼は「ごはっ」という声と共にラリアットでこちらに吹き飛ばされていた。


「ちょ! いきなり何すんだよ!」

「こっちの台詞です。己の意思で立ち上がらねば駄目なのです。

 先を急ぎたい気持ちはわかりますが、二人の心の戦いを邪魔しては駄目ですよ」


 珍しく強い視線を送りヒロキに注意を促すが、彼は納得できていない様子。


「そんなの一度経験すれば慣れるだろ? 待つ意味あんのか?」

「無ければこんな事しませんよ。

 いいですか? 魔物との戦いは心の強さも重要となります。

 それはわかりますね?」


 彼女は突然、指を立ててお姉さんぶって授業を始めた。

 ヒロキは少し圧倒された風に「お、おう」と相槌を打つと彼女の授業は続いた。


 その話を纏めると、恐怖を己で克服しなければ窮地に陥った時の戦闘が著しく不利になるというものだ。


 更に、獣型の魔物はこの先威圧を使ってくるようになる。

 その時に自力で一歩踏み出す勇気がないと動けなくなってしまうのだそうだ。


「なるほどな。それで俺たちの時も任せっきりだったのか……」


 ヒロキが納得し授業の様なお話が終わる頃には、二人の気持ちも落ち着いていた。


「いくわ」

「うん、やってみる」


 彼女たちは同時に駆け出し、天井に張り付く蝙蝠の下へと躍り出た。

 緊張で張り詰めた顔をしているが正直俺たちの時よりも落ち着いている気がする。


 すぐさま飛び上がり、旋回してアミに襲い掛かる蝙蝠をナオミが後ろから羽を切り裂き、アミが頭に剣を突き刺した。


「おみごとです。良い連携でした」


 呼吸を荒くした二人がユリに視線を送り、安堵した表情を浮かべる。


「では、次は時間を掛けずに数回討伐してムーンラビットの居る三階層まで下がりましょう。

 今日は五階層を目標とします。

 急げば急ぐほど稼ぎも評価も上がりますから無理の無い程度に頑張ってくださいね」


 ユリの指示に従い、二人は回収した魔石を吸収して先へと進む。





 そしてやって来ました三階層と思って居たのだが、ここも数回試しを行っただけで下に降りるそうだ。

 ここでは俺たちと同様、ナオミとアミもやり辛そうにしていたんだが……


「難易度的には普通にやれますよ。

 五階層はベビーボアなのですが、止めておきますか?」


 彼女の問いかけに間髪入れずに「行こう」と返す。

 ベビーボアもムーンラビット同様、庶民に親しまれている肉で此方は豚肉寄りの味。

 正直あまり美味しくはないのだが現金の持ち合わせが少ない俺にはありがたいものだ。

 

「四階層の魔物は売れないので、出会ったのだけを倒して降りますが、構いませんか?」

「問題ないよ。じゃあ、一つ試したいんで次は任せて貰ってもいいか?」


 そろそろ銃が魔物に効くのか試したいと、ユリに断りを入れた。


「構いませんが、何をなさるおつもりですか……?」


 少し不安そうな面持ちのユリに「これだ」と銃を具現化させて見せ付けた。

 弾薬を改良して魔力消費を多少下げる事に成功したニューバージョンだ。

 彼女は一転して興味深々な表情へと変わりぺたぺたと触りだす。


「なるほど。これがこの前言っていた遠距離攻撃の魔装武器ですか」

「そう! これが通用するんなら俺も普通に役に立てると思うんだよ」


 荷物持ちとかじゃなくて戦闘員として。

 そんな面持ちを伝えてみたが、パーティー貢献度は高い方だから気にする必要はないと言い切られてしまった。

 荷物が運べて料理が出来る。戦闘も先をみれば十分追いつくそうで、逆にこちらが恐縮しそうになりそうなんですよと真剣に言われた。


 だが「装備の性能チェックは是非やっておいてください」と許可をもらえた。


 その後俺たちはユリの案内により早足で五階層を目指し、四階層でこの魔物は倒してしまった方が早く進めるという場面に出くわした。

 

 一見ただのハリネズミだ。大きさも中型の犬程度。

 もう攻撃していいのかな、とユリに視線を送る。


「近づけば針を広げ突進してきますが正直遅いですし、剣でも倒せます。

 素材は売れませんが、ムーンラビットよりも楽に倒せる魔物ですね」


 どうやら階層を降りれば絶対に強くなるというわけでもないらしい。

 体は硬いらしいのでステータスが見られれば合計数値は高いのかもしれない。

 ユリは遠距離に弱いと言っていたので金になるなら乱獲するんだけどな……

 そんな事を考えながらスコープを覗く。

 このスコープも力作でズーム機能を付けてあるが、今回は必要がないな。


 標的は六匹。曲がった先四十メートルほどの位置。


 この距離だと近すぎて命中度のテストは出来ないが、そっちは大体終わってる。


 後は魔物相手にどの程度のダメージを与えるかだ。

 この階層の魔物で微妙なら相当改造しないと使えないということになる。


 数年掛けた魔装の威力テストに手汗がジワリと滲むが当てる事はたやすい距離。

 魔力を込めてトリガーを引く。


 タッーン


 乾いた音が響き一匹がひっくり返った。ビクリと震え警戒をして寝かせていた全身の棘を立たせるハリネズミ。

 撃った個体をスコープで確認するが、倒れたまま動かない。

 ならばと、続けて残りの五体を撃っていく。


「うん。十分使えそうだな」

「そう、ですね……余りの速度に驚きました……」

「ねぇ、これは凄いんじゃないかな? 魔法なんて目じゃない速さだよね」


 興奮するアキトに「魔力使いすぎて武装したままじゃ十程度しか撃てないんだ」と常時使えない事を告げる。


「でもそれがあれば色々できるよね? 蝙蝠を落とすのも楽そうだし」


 アミの声にヒロキとナオミも同意した。

 うん。ユリが驚いているくらいだし、使えるんだろうな。


 良かった……報われたと、使える判定を受けた結果をかみ締める。


「こんな小さな傷なのに……全て眉間で一撃……」

「まあ、全部こっち向いて止まってたからな。こんな近ければ余裕だよ」

「いえ、近くはありませんが……」


 ユリが何に驚いているのかわからない。この程度なら魔法でも余裕で届くだろう。

 攻撃魔法なら速度も速い。命中だって普通にするはずだ。


「距離はどの程度まで狙えるのですか?」

「え? 威力は落ちるだろうけどこの十倍は余裕だと思う……

 ああ、でも丁度眉間を狙うとなると余裕ではないか。

 どこでもいいならその倍はいけるかな。多分、だけど……」


 距離を測った事はない。感覚での話なので正確性は全くない。そんな注意を挟みつつ説明したのだが、彼女の食いつきが激しい。

 流石、魔装おたくだと苦笑しながらも問いかけに応えた。


「あの……わ、私に製造方法を教えて頂けませんか!?」

「ああ、ユリになら勿論いいよ?

 めちゃくちゃ大変だけど……

 あっ、銃砲腔とスコープさえコピーすればそうでもないか?」


 恩が少しでも返せるならと即了承し、教える算段を付けていると、彼女は「失礼します」と銃に手を這わせて魔力を銃に這わせた。


「――――っ!? こんな複雑なんですか!?」


 いや、複雑って程じゃないけど……ああ、でもトリガー周りとマガジン周りは多少複雑かもなぁ。

 興味を示した皆にもバラして中身を見せていく。

 

「大丈夫。パーツごとに作っていけばそこまで難しくないから。

 砲腔とスコープ以外は……」

「そう、ですか……できる事であれば何でもします。

 どうかご指導宜しくお願い致します」


 こらこら、女の子が何でもするとか言っちゃいけません。

 何もしなくても教えてあげるから。


「うへ、これ作るって……ユリ、本気なの……?」


 いや、ユリならできるだろ。あれだけ魔力の扱いに長けてるんだから。

 まあ、確かに他の奴じゃ時間はかなり掛かるだろうけどなぁ。

 それでもやれば出来ると言える範囲だ。


「ははは、僕にはこんなの作り出したルイが信じられないよ」


 そりゃなぁ。必死だったんだよ。

 わからんだろうな。

 こんな武力がモノを言う世界で俺だけが弱く感じるという恐怖は。

 そうして作った銃だって、実際どこまで使えるか……

 って、教えるならそれ先に言っておかないとな。


「ただ、そこまでの火力があるのかはわからないぞ?

 まだ改良の余地はあるだろうけど、どの階層の魔物にまで効くのやらだ」

「そうですか……」


 なにやら思い詰めた顔で思考に耽るユリに「今日の本題を先に片そうぜ」と声を掛けた。


「そうでした。すみません。先に進みましょう」


 そうして脇道に反れたものの、俺たちは気を取り直して五階層へと向かう。


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