第8話 隣の領地で戦争が激化しているらしい
次の日、俺たちは教室に入り顔を合わせると初日に俺とユリが着いた席に自然と昨日のメンツで席を取った。
ダンジョンでの成績も好調で上手い飯を食って安眠を取れたお陰で、昨日と比べたらもう絶好調だ。
早く座学を終えて訓練の時間にならないかなと思いつつも授業に耳を傾ける。
今日の授業内容は昨日の近隣の地理が終わって早々だというのに今起こっている戦争についての授業に切り替わった。
最初はもっと基本的な過去の歴史からじゃないのと思いながらも耳を傾けていれば、戦争に駆りだされる可能性があるハンターなのだから、近隣の情勢は第一に知っておくべき重要な情報なのだと強い口調で教えられた。
それはもう、怒鳴る勢いでだ。
随分と強い口調で言うものだなと少し唖然としつつ耳を傾けて居れば「ああ、なるほど」と思わず呟くほどに、今戦争が起こっているのはすぐ近くだった。
ラズベルと接している隣国の領地となるダールトンが小競り合いを始めたそうだ。
此処オルダムから見て隣の領地であるラズベルの事は教わったばかり。そこは此処レスタール王国に併合されたばかりの元小国だと言っていた。
地図を見る限りよく国として存在していられたものだと思うほどに小さい。
オルダムから見るとラズベルは隣の領地なのでまだこちらは依頼という形での参戦を促している。
ダールトン次第ではあるが、ラズベルが落ちれば次はオルダムが主戦場となる。
だからこそ戦況が傾けば、オルダムは防波堤であるラズベルを守る為にも兵を送り恩を売るだろう。
だから我々にも大きく関係する話だ、というのが先生の見解だ。
自国であるレスタールは世界で二番目の規模を誇る大国。今戦争しているミルドラドの倍近いの国土を有している。
故にこの戦争はまず勝利に終わるだろうと予想されてはいるが、ミルドラド中央が兵を集めていないという情報を掴んだらしい。
今はどちらも国家としては大きな戦争をしたくない様で、領地規模の争いで留める為に静観する形を取っている。
だがまるっきり安心とも言えない。
ラズベルは元は国でありながらもダールトンよりも規模の小さな領地。
ダールトンは最大の都市と言われている程の力を有していて、その規模は何と国土の六割に及ぶ。
そのダールトンが攻めると決めればそれで戦争が成ってしまうのだ。
そんな背景のおかげで今、ラズベルのハンターは根こ削ぎ強制徴兵されているという。
元々不意打ちの様にいきなり攻め込まれたラズベルは国の助けも無く戦争をするハメになり火の車だそうだ。
併合して早々に見捨てられるとか、かなり可哀そうな状況になってるな。
「やべぇな。ミルドラド相手なら圧勝だって思ってたわ。
下手したら俺たちも巻き込まれるかも知れねぇのか。
強制の徴兵とか最悪じゃねぇか。マジでねぇわ……」
「いや、隣の領地だし大丈夫じゃないかな。
最悪この町が巻き込まれてもまだ学生の俺たちは市民扱いのはずだよ」
「――――っ!」
ヒロキとアキトの会話にユリは強い反応を示して俯いた。
……そりゃ怖いよな。
アキトは市民扱いと言うが負けた領土の民はどんな扱いを受けるかは分からない。
前世の知識でも決着が付いた後になっても、暫くは戦勝国の兵士による強盗や陵辱の類は普通にあったって話だし。
そう考えるとガチで他人事じゃないな……
かと言って、他の領地に移るというのは今の俺には難しい。
今、町の外に出てダンジョンに入れているのはここの学生だからだ。町を移動するとなればハンターを雇って移動しなければならないのだが、それにはどうやっても俺では支払えないくらいの金額が掛かる。
一パーティが五人だとして、当然その一人一人に日当を払わなければならないのだ。
最寄のラズベル領の町は二日で行けるが、反対方向のイスプール領の最寄町は倍以上距離がある。
相場もそれなりに高い。
無理してダンジョンに篭もっても今行ってる階層では相当に時間がかかる金額だ。
仮にその費用が他で捻出できたとしても、他の町に一般市民として住む為に入る場合は新たに市民権も買わなければならないし、如何したってすぐには無理だろう。
だから俺が取れる選択肢は、卒業までの無事を願いつつハンターの資格を得次第、叔父さん叔母さんに相談することだ。
まあ、ラズベルですらまだ落ちていないのだからオルダムに居てハンターにすら成っていない俺がそこまで心配する事もないか。
ラズベルが落ちたという報を聞いたら再び考えるしかないな。
などと考えて居れば、あっという間に座学の時間が終わっていた。
そしてお待ちかねの修行タイム。
一応オーウェン先生に俺たち六人でパーティーを組む申請をして、暫くこの時間を自主訓練に当てても良いかの確認を取る。
頼むよ、俺はまだ実戦に投入できるレベルじゃないんだから……
そして気になる先生からの回答は――――――――
『学年に見合った
――――――――という事だった。
半年置きにされる成績発表でAクラスに残りたいなら相応に稼がないとダメだが、そこら辺は自己判断に任せるという事だ。
ならば当然訓練だ。
戦いの基礎くらいは学ばなければいけない。今までは差があり過ぎて正攻法ではどうやっても無理だと諦めていた。
だが、身体能力強化の魔法が手に入ったなら別の話。
そう。科学だの銃だのと言って装備を作る事にばかり意識がいって居たのはそういう方向でいかなければ土台無理だとわかるほどに身体能力に差があったからだ。
俺だって出来る事ならば、ファンタジー世界よろしく、剣や魔法で戦いたい。
そんな思いを胸に皆と修練場へ移動する。
そうしてやって来たのは前回と同じ修練場の小さくない小部屋。
前回の俺たちと同じ様に「あれ……普通に広いじゃんね?」とアミの呟きに皆同意している。
そんな最中、早速鍵を掛けて教わった魔法陣を魔力で描いて物質化させた。
「あ、あはは、魔方陣の具現化まであっさりできちゃうんですね……」
と、ユリが何やら遠い目をしている。
物質変化させてから形を作らなきゃならないから慣れてない奴は苦労するかもしれないが、そんなに不思議に思うことかと首を傾げた。
ナオミとアミにも折角だから覚えたらどうだと誘えばすぐに食いついてきた。
魔法陣を描いてしまった事にユリが少し不安そうな顔を見せたが、そうしなければ俺の修行時間が取れないから仕方ない。
うん、これが一番効率がいい。鍵は閉めたし大丈夫だろ。
「絶対にここより外に持ち運ぶ様な真似をしてはなりませんからね」と、念を押されて待ちに待った修行の時間。
漸くユリから戦闘指南を受ける事ができた。
だが、現実は厳しい。どうやっても差があり過ぎて活路が見えない。
事ある毎に動作に駄目出しを受ける。
剣を持っている時のユリは割りと容赦が無い。
「まあ、俺は才能が無いらしいからな……」
そんな愚痴を吐いてみれば、早速お説教されてしまう。
「何を仰っているのですか!?
そもそも、一生を掛けると言われる剣術を一日や二日で実用可能な域まで持っていけるはずが無いではありませんか。
今は何よりも基礎の修得を念頭におき、足の動きや体のバランスを取る訓練をしてください。
出力を上げるのはそれからです」
ん? 出力を上げるとな……
魔道具を弄りまくっていた俺にはその一言でピンときた。
ものは試しと魔力の出力を上げて誰も居ない方向へと踏み込んで素振りをしてみた。
なん……だこりゃ……
感じた風の強さに思わず目を見開いて振り返り、ワンステップで踏み込んだ飛距離を見た。
これ、一歩で飛んだのか? と疑問意思うほどに最初の立ち位置から離れていた。
「もぉー、何で教えてないのに一発で出来ちゃうんですか!
普通は均等に行き渡らせられず効果が逆に落ちたり、出力を固定できず絶えず変動する速度に振り回されるものなんですよ」
おー、別に一つも問題無いのだが本来は難しいんだな。
制御能力を頑張って上げてた甲斐があった。
実際はこの弱さを補う為に装備作りに力を入れていたら勝手に身に付いたものだが。
折角だからこのままやりたいとユリに告げてみたのだが、却下されてしまった。
最初に綺麗な動きを覚えるのはとても重要で、今後の成長速度に大きく関わるから形を崩す要因を作る事は看過できないのだそうだ。
流石俺の師匠。先生より先生っぽい。
そうして付きっ切りで動きのチェックをされながら模擬戦を続けていれば、すぐに予定していた終了時間となっていた。
「よし、今日はここまでなのよね? ルイ、これから私の部屋に来なさい」
「「「「――っ!?」」」」
終わって早々に大胆な発言をして誘うナオミに一同は驚愕の表情を向けた。
って、昨日の流れで解ろうよ。男女の話しじゃないよ?
「お前らなんで驚いて居るんだよ。料理を教わる約束だったろ?」
彼等は視線を回して『お前が言えよ』みたいな空気を出している。
面倒なのでユリを見つめ、ぼそりと「早く言え。前髪作るぞ」と呟けば即座に声を上げた。
「その、あの、ルイだけを誘ったから……私たちも食べたいなぁなんて……」
ああ、なるほど。
その反応はお前たちだけで食べる気かって言いたかったのか。
「あら、そんなの好きにすればいいじゃない。
教えるのだから量を作る方が好都合だわ」
ナオミはきょとん、とした顔で首を傾げた。
確かに一緒に取ってきた食材でもあるし、昨日も皆で一緒に食べた時も良い空気だったし、断る理由が無い。
「よっしゃぁ!」
「下手な外食より断然美味しかったから楽しみ」
「お腹一杯にあれだけの料理を食べられるなんてそうそう無いから僕も嬉しいよ」
その反応にナオミは「食材は持参しなさいよね」などと付け加えていたが、思いの他嬉しそうだ。
やはり、将来の夢だけあって料理が相当に好きなのだろう。
そう思い、嬉しそうなナオミの顔をジッと見て居れば、目の下に隈が出来ているのに気が付いた。
「それ、どうしたんだ?」と問い掛けてみれば彼女はビクリと震える。
あれ? 聞いちゃダメなことだったのか?
彼女はなにやら悔しそうに「ダ、ダメなのよ……」と、呟いた。
何の事だかわからないが聞いちゃダメだったらしい。
首をかしげつつも「まあ、ダメならいいけど……」と流そうとしたら何故かナオミがキレだした。
「ええ、そうよ!
あんたの言う通りだったわ! 認めればいいんでしょ!? 私の負けよ!
コウモリ肉じゃどうしようもなく不味い料理しか作れなかったのぉっ!
さぁ、ほらっ! 何でも言いつければいいじゃないっ!」
何故か投げやりで子供の駄々みたいにキレ始めた。
料理が絡むと面倒なのは把握したが、何て返そうか……
ああ、そうだ。昨日出来なかったあれの事を言えば機嫌も直るだろ。
「じゃあ、今日買ってた野菜を使わせてくれ。肉ばっかりじゃきついからな」
今日、彼女はちゃっかりと商店で食材を買い漁っていたのを目撃している。
一応罰的な名目だし、彼女が買ったものを使わせて貰えればありがたい。
昨日の稼ぎももう一着欲しいと思っていた服を買ったから殆どお金無いし。
そんな打算込みのお願いだったが、思いの他受けた様子。
ぱぁっと笑顔に変わり彼女は強く頷いた。
「――っ! いいわっ! そういえば昨日は野菜無しで妥協したのだものね。
もうあんなクソみたいな肉の事は忘れる。さあ、今日も頑張って作るわよ!」
うーむ。問題無く要望を聞いてくれる様だ。
自分から負けていくとか、ナオミはくっころ属性でも持っているのだろうか……?
だが、騙されてはいけない。
こう言って居ても絶対欲にまみれた要望を出したらガチでキレていたはずだ。
そう。これが正解なのだ。
そんなこんなでやって来たのは昨日と同じアミの部屋。
今日の彼らは魔獣を入れておくケージの前ではなくカウンターの方に並んで座り、全員で雑談しながらの調理となった。
「へぇ、ルイは本当に料理出来る人だったのですね。手際が良いです」
ユリが少し圧倒された表情でこちらを見ている。どうやらこのメンツなら顔を隠す必要は無いらしい。カチューシャの様なもので髪を少しだけ上げている。
「そうだね。
僕もある程度は出来るつもりだったけど、ルイにも及ばないみたいだ。
これくらい出来るのが普通なのかな?
ナオミも居るし、どうやっても調理担当のポジションを取れないな」
アキトが頬を搔いて「当てが外れちゃったな」と呟く。
「バッカ、お前ら基準で話しすんなよ。普通の男子は料理なんて出来ねぇっての!
アミなんて女なのにすっげぇ苦いおこげしか作れねぇんだぞ!?」
ほほう、それは作って貰った自慢かな?
「……酷い。頑張って作ったのに」と気落ちするアミを見たヒロキはあからさまにあたふたしている。
うーむ……ガチでそういう関係なのだろうか?
ちょっと気になる。
「ちょっと! それはレアだって言ったでしょ!?」
「あっと、わりぃ」
二人の関係が気になって焼き加減をミスってしまった。
まあ、これは俺のにすればいい。
このままカウンターで食事をという話しになり、出来上がった料理を差し出していく。
今日は一品だけ自分で作った。と言ってもサラダなので俺の考えたドレッシングを披露しただけだが。
「あ、これ似たの知ってるわ。うん。いい感じよ!」
と、似たものがある様で、普通に使った材料まで看破されてしまった。
そうして黙々と食べて夕食を終えると再び雑談へと移行する。
「そういえば、Dクラス落ちしたあいつとはどうなったん?」
そのヒロキの問い掛けで空気が変わった。
そう、あいつとはカールスの事。一同は揃って不安そうな表情を見せる。
とはいえ、俺を心配してというよりも自身の魔獣の赤ちゃんを心配している節の方が強いのかもしれない。
だって皆の視線がケージの方へと向いているもの。
「今の所なんもないよ。クラス違うから会ってない」
午前中の二時間程度の授業を終えたら各自自由行動の流れになる。
クラスが違えば普通は会わないのだ。
「おそらくこのまま何もないって事はないわ。
だから前もって言っておく。多少嫌な事をされても頭を下げて終わらせなさい。
真面に相手にしても馬鹿を見るだけよ」
苦い表情で告げたナオミがそう言って目を伏せた。
それにアミが「ナオミちゃんは何か知ってるの?」と問い掛ければ、彼女は「カールスはイスプール家の嫡子で親戚なのよ」と嫌そうに語る。
聞いて行けばナオミの家はイスプール家御用達の商家らしく、祖母が妾として召し上げられたそうで、その子がナオミの父親らしい。
彼の父親は立派な人らしいが、息子のカールスは酷い性格をしていて商家を継ぐ弟が可哀そうだと彼女は憤る。
「なるほど。わかった。まかせろ! 頭を下げるのは得意だ」
うん。そもそも俺は先生の問いに答えただけだし、低姿勢でいけば大丈夫だろ。
そう思って軽く応えたのだが、彼女の視線が訝しげなものへと変わる。
なぜ?
そんな疑問を抱いていればユリが口を開いた。
「ちょっと待ってください! ルイが頭を下げるってそれは何の話ですか!?」
あぁ……キミ、ふぅちゃんに夢中で話し聞いてなかったもんね。
そんな風に思いつつも彼女にことのあらましを伝える。
「そ、そんな事が……」と困惑した顔をみせつつも、彼女は「わかりました。大事になりそうなら私が対応します」と頷いた。
な、なんで関係ないユリが出張るんだ?
もしかして助け舟出してくれって言ったのを気にしてか?
だけど相手は貴族らしいぞ。
流石にそんな迷惑を掛けるわけにはいかないと柔らかく断りを入れた。
「大丈夫だって。先生も相談に乗ってくれるって言ってたし自分で何とかするから」
ポンポンとユリの頭に手を乗せて無理するなと告げる。少し不服そうな顔をしているが、それ以上は何も言ってこなかったので話はそこで終了となった。
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