第4話 学年最強



 彼女は真剣に教えてくれる様で、姿勢を正してテーブルに手を向けると、こちらから見やすい様に魔法陣を出してくれた。


「では、これを正確に複写しようとしてみて下さい。

 なるべく長い時間出す様にしますが、これを外に出している間は結構魔力消費するのでずっとは出していられません。そのつもりでお願いします。

 見て真似るのは大変だとは思いますが頑張ってください」


 制御能力が上がれば体の外で魔法陣を生成しても消費が極端に増えるような事はなくなるらしいが、彼女はまだその域ではない様だ。

 それが平民の間では属性魔法があまり普及しない理由だそうだ。

 ふむ……だがこの物言いといい、どうやら貴族に縁があるみたいだな。


 しっかし、これを真似るだけでいいなら楽でいいな。

 ただの線画じゃん。

 まあ、慣れてない人は丸を描くのも大変だからな。

 魔導書が無ければ苦労するのもわかるけど。


「はいユリ先生、ありがとうございます。……これでいいですか?」


 彼女の作る魔法陣を丁寧に魔力で宙に書き込んでいく。

 形を完全に真似た所で魔法陣が赤く光を放った。


 おや、問題ないかを見て貰おうと問い掛けたのだが彼女の様子がおかしい。

 お口を空けて固まっている。

「どしたの?」と顔の前で手をフリフリしてみた。


「へっ? あっ……もしかして、からかったんですか!?」

「えっ? な、なにが!?」


 少しムッとした表情だ。なにやら真剣な御様子。

 顔の前で手を振った事ではないだろうし……何の事だ?


「さ、最初から出来たんですよね……? 身体能力強化……」

「いやいや、それが出来てたら何の反応も出来ずに吹き飛ばされてないよね?」


 そう、細身の女の子に何も出来ずに敗北したのは痛手だった。

 男としての沽券に関わるほどだ。

 あんなことをそんな悪戯の下準備でやるわけが無い。


「――――――では、本当に今の今で出来る様になったのですか?」


 彼女は驚愕に目を見開いてこちらに顔を向け、問う。


「いや、流石にこれで合ってるのかは……何度か見せて貰って綺麗な形作りの調整をしたいんだけど」と訴えたが、そういうことじゃないらしい。


 普通の人は魔導書の魔法陣が魔力を流せるインクで書かれており、魔力を流して形を覚える。それを何度も何度も反復して流して体に覚えこませるらしい。


 見て形を真似るのもその形を維持するのも難易度は高く、プロの現役ハンターでも見て覚えるのは一日やそこらで出来るものではないらしい。

 術式が発動するまでだけでも数十日は掛かると踏んでいたそうだ。


 てか俺としては、正直なところ魔力を流して形を覚える方が面倒だ。

 内部の構造が見えない場合に限り有用みたいな感じだったな。


「で、では、これも複写出来ますか?」


 そう言って彼女は魔法陣を出す。するとその魔法陣の上に炎が上がった。

 かなり強い火で思わず「あつっ」っと飛び退いた。


「す、すみません。これでも出力を抑えて居るんですが……」

「これでか……マジかよ。じゃあ俺も弱めで……」


 彼女の言うとおり弱めで出したのだが、結構な火の柱が上がった。


「ってうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 あっつ、あっちぃ!」


 下を向いて描いて居たため、思い切り顔を巻き込んで炎が上がり思わず大声を上げた。

 驚いて火を消そうと転げまわったが、あとからよくよく考えてみたら熱くなかった。

 恐らく自分で出した魔法だからだろう。それは参考書に載ってたので知っていた。

 ラクと彼女の魔獣が寛ぎながら俺を見ていて、ユリは俯いて片手で日を避けるかの様に顔を隠しピクピクと震えている。


 わかってるさ。転げまわる俺の姿が滑稽だったのだろう……?


 もう、何て言ったらいいのかわからない。取り合えず埃を払いながら立ち上がったが、頬の筋肉がつりそうな程に引き攣った。


「先生、生徒を笑いものにするのは良くないと思います」

「ご、ごめんなさい。

 ……い、今のがファイアーウォールです。自分で出した炎は熱くはないです」


 と、説明しながらも表情が崩れているのがわかる。


「さて、人を笑った罰としてユリの前髪でも作るか。隠せなくなれば笑わないだろ」

「ちょ、待って下さい! それはまだ心の準備が……

 あっ、ほら、次の魔法行きますよ。これがファイアーボールです」


 口元がニヤニヤしたままに彼女は話を流そうと次の魔法へ移った。

 まあ別にもうそこまで気にしてる訳じゃない。コミュニケーションの一環だ。


 ……そう思うことにしよう。


 うん。喉から手が出るほどに欲しかった属性魔法を教えて貰ってる訳だし、逆に感謝を捧げたいくらいだ。

 魔道書の金額考えたらそれどころじゃないか。まだ実感が湧かないな。

 というか良く考えたらこれもう返しきれないレベルの恩だな。


 それから、教えて貰った魔法陣の形を武装の裏に描き後でこっそり復習できるようにした。

 何度も手間を掛けさせる訳にはいかないからな。


 俺は彼女のお陰で四属性の単体攻撃魔法と防壁魔法、後は回復魔法まで教えて貰ってしまった。ここまで貰ってしまっていいのだろうか……


「な、なんか俺ばっかり貰ってしまって悪いな」

「大丈夫です。損をしてる訳じゃありませんし。

 その……可愛くなるのを手伝ってくれるんですよね?」

「おう。俺の感性が間違ってないのはあいつらが証明してくれたし、任せてくれ!」


 うん。今よりは段違いに良くなるはずだ。

 まあ、だからと言って学院最強の奴を彼氏に出来るのかどうかはわからんけども。

 って、その前に俺が気を使わなくて済むようにって言ってくれたのかな?


「はい、そちらは宜しくお願いしますね。

 じゃあ、稽古を再開しますか。

 今度は速度を合わせて打ち合うところから始めましょう」

「お、おう。お手柔らかに頼む」


 先ほどの彼女の速さを思い出して、思わず言ってしまったが「合わせるので安心して打ち込んで来てください」と言ってくれた。

 なるほど、今度は俺が攻めて彼女が捌くという形を取ってくれるのか。

 色々な事に経験不足なのだから、甘えさせてもらおう。


 テーブルと椅子を消して身体強化を使い、武器を伸ばした。

 一声掛けてから彼女に正面から全力で踏み込み、打ち込む。

 途轍もなく身体が軽い。このまま飛べるんじゃないかと感じてしまうほどに。


 脚を踏み出す毎に景色が流れる。


 彼女と武器を打ち合わせてキーンと音が響いた。

 何この速度、これはヤバイ。


 イケる!


 と思って防具の部分を狙って連続攻撃を出したが、彼女は難なく打ち払うと『いいですよ、その調子』と軽く笑みを浮かべて一つ頷いた。


 うん、知ってた。

 だけど本当にこれ、ヤバイな。超人になれる魔法を覚えちゃった感じだ。


 急激に調子に乗りかけていた心を程よく叩いてもらい、心を落ち着けて再度挑む。


 そこから段々と速度を上げていき、ある程度早くなってきた所で彼女も動き出す。


 動体視力も上がっているようで今度は見失うなんて事にはならず、八割方は防具で攻撃を受け止めることが出来た。残りの二割はもろに喰らったんだけど。


 因みに、魔導兵装の武器では相手の魔力が無くなるまで人を切る事は出来ない。

 体の防衛機能が作動して薄皮一枚の所で止まり、勝手に打ち消されるのだ。

 その場合かなり大幅に魔力が持っていかれるし、多少は痛みも感じるが、魔力が尽きるまではほとんど傷付かないで居られる。

 そして魔力は枯渇しそうになると先に意識を持っていかれる。だからこそ、最初の一撃で俺が吹き飛んで意識を失ったのには彼女も驚いて何度も謝ったのだろう。


 魔力で生成した武器による直接攻撃は自身の魔力を消費して相殺出来るが、壁に叩きつけられるダメージは別だと失念していたと言っていた。

 それも身体能力強化をしていればそこまで痛くないらしく、高度な対人戦は基本的に魔力の奪い合いになるそうだ。

 まあ、魔力の低い人が魔力を多く込められた魔装に切り裂かれれば相殺する出力が追いつかず切られるそうだが。


「大体わかりましたわ。スピードは変えないままに剣技を混ぜていきますので付いてきてくださいませ」


 彼女の言葉にコクリと頷きながらも、ユリはもしかしたらかなり良い所のお嬢様なのかなと思考する。

 学院最強クラスの婚姻相手を捕まえろなんて指示受けてるみたいだし、言葉使いがふとした拍子に丁寧な感じになるし。

 まあ、自分で捕まえに行くあたりを見ると上位の貴族ではなさそうだが。


 そんな風に考えていると気が付けばユリが側面に回り声を張った。


「三の太刀、円技『柳舞』」


 彼女は体を傾けクルクルと回り、周りに添う距離を保ち連続で切りつける。

 その舞踊は確かに綺麗だが接近したままで体を回転させるなんて何を考えてるんだろう、と思いつつ数回様子を見て攻撃を上手く防具で受けられた瞬間にこちらも攻撃を出した。

 特段早くもない普通の攻撃だが、彼女が後ろを向いた時に繰り出せたのでこれは決まった、と思ったのだが……


「なっ!? 弾かれた……」

「おっとっと、ここまでですね」


 切りつけた瞬間、回転が驚くほどに上がり、弾かれてバランスを崩された。

 その時にはもう眼前に刃が迫っていて、もろに喰らう覚悟をしたのだが当たる直前に剣を止めてくれた。

 強化魔法を切らした訳でも目を離した訳でもないのになんて速度だ……

 しかも、あの速度ですらも彼女には途中で止められる程度なのかと戦慄を覚えた。


「今のはなんだったんだ? 完璧なタイミングで入ったと思ったんだけど……」

「ええ。タイミングはそれほど悪くはなかったと思います。

 ただ、あの舞いは斬撃を弾く為のものですから。

 魔力で動きを感知して強化魔法の出力を上げて一気に回転力も上げるんです。

 それにより防御性能と攻撃力を同時に上げることができます」


 え? 何それ……

 ありえない程に難しくね?


 こっちが切りつけるのを魔力感知だけで察知して防具で受けられる様にした上で、切られるのに合わせて回転も上げるんだろ?

 それそもそも回る意味あるのかと思って問い掛けてみれば、大分思い違いをしていた事に気付かされた。


 そもそもが体の大半を武装で守れるので、頭を守る回り方をしていればこちらの構えから出せる斬撃の軌道を考える事で、安全かどうかがわかるらしい。

 だから問題ない攻撃であれば相手が動いた瞬間に回転速度を上げて切りつければ相手はカウンター並みの大ダメージを負うのだそうだ。


 因みに今回はエルボーで弾いたらしい。


 崩し方は簡単だった。

 パワー系の武器で防具お構い無しに吹き飛ばすのが一番楽な返し方。

 上級者になるとスピード系の武器でも隙間を縫って突きを入れ一撃で勝負を決めたりするが、それができるのは本当に一握りの強者くらいらしい。


「しかし、流石ですね。先ほど覚えた身体能力強化の魔法をもう普通に使って維持しているなんて……

 もうこれだけで少なくとも一年間はAクラスキープ出来ると思いますよ」

「あっ! た、確かに……ユリには大きな借りを作っちまったな」


 元々、座学と魔力制御の評価だけでAクラスに入れて貰えたのだろうし、ある程度戦闘もこなせれば残れそうだな。


 彼女は「さっきも言いましたが、すぐに返して貰うのですから気にしないで下さい」と言って微笑む。

 んじゃ、気合入れてコーディネートしねぇとなと思っていると、ふとラクと彼女の魔獣がこちらによちよちと歩いてきている事に気が付いた。

 昨日は震えるばかりで上手く歩けてなかったがどうやら少しは元気を取り戻したようだ。

 その視線に気が付いたユリは二匹に向って腰を落とし手を叩いた。


「ふぅちゃん、らくちゃん、がんばれがんばれっ!」


 どうやら彼女の魔獣はふぅという名前らしい。

 俺も彼女の横に移動して腰を落とした。


「二匹とも元気になって良かったな。最初見たときは何時死んでもおかしくなさそうに見えたのに」

「はい。本当に安心しました。この先が不安でもありますけど……」


 そうだな。

 人を襲わない様になる育成をしなければ、こいつらが殺処分されてしまう。

 頑張って歩いてこちらにたどり着いたラクを抱きかかえ頭を撫でながら魔力を補充する。

 気持ち良さそうに体を手にこすり付けてくるラク。めっちゃほっこりする。

 ユリの方をチラリと伺えば、口元がだらしなく緩み切っていて、どこまでするんだと思うほどに褒め続けていた。

 余り甘やかし過ぎるのも拙いんだけど……まあ、この見た目の間は仕方ないか。

 俺から見ても可愛過ぎると思えるくらいだしな。


「少しでも早く訓練相手くらいは勤められる様になりたいんだが、寮でも出来る訓練方法とか知らないか?」


 毎日新装備作成の為に長時間具現化させた魔力の形をこねくり回していたお陰で制御は得意になったが、俺には戦う為の技術が大きく欠けている。


「うーん……ルイさんの場合制御以外でしょうし、ちょっと思いつきませんね。

 本来であれば道場に通って魔力を使わない訓練で戦闘技術の錬度を上げる所から始めるのが正道なんでしょうけど、もうすでに学校に通っているのですから、ここで学んで空き時間に私と稽古をすれば問題ないと思いますよ?

 魔力を使わないで訓練するのも良し悪しがあるというか、強化魔法の速さに慣れるのに時間が取られるんです」


 まあ、そうだよな。今更焦ったってもう遅いか。


「ルイさんは魔力制御に関しては間違いなく天才ですから、何の心配も要りません」


 え? マジで? 

 なんてな。

 確かに、魔法陣の覚える速さが異常だってさっき言ってたけどそこだけ凄くてもな……


「他を捨ててそれだけを練習してた訳だから、天才ではないと思う。

 だからこれから先の伸びがどうなるかはわからんぞ?」


 とは言ったものの顔が緩む……めっちゃ嬉しいな。

 頑張った所を褒めて貰うのは嬉しいもんだ。


「いえ、制御に関してはもうこれ以上は無くても問題ないかと。

 現役ハンター達よりも断然上ですよ?」


 え? いやいや、どう考えても制御はめっちゃ重要項目じゃん?

 それなのに皆練習しないの?


 そんな疑問を彼女にぶつけてみたが、その他にも覚えるべき重要な事が色々あり満遍なく鍛えた方が強くなれる為、強い思い入れでもない限り一つをそこまで尖らせる事は早々ないらしい。


「まあ、必要なものを覚えたら最終的に制御の修行に戻る人も多いらしいですし、錬度が高ければ高いだけ良い事は確かです」


 魔法戦では魔法陣の生成速度がものを言うらしく、属性魔法を扱う人にはとても大切らしい。


 なるほどなぁ。確かに俺みたいに制御だけ出来ても魔法陣知らなければ殆ど意味がないもんな。

 身体能力強化などの魔法や、さっき見せてくれた剣技なんかをどんどん覚えていって最終的には基本に立ち返り制御能力を伸ばすわけか。

 てかユリめっちゃ詳しいな。鬼強くて博識とか凄過ぎんだろ。

 いや、もしかしてAクラスではこの強さが標準なのか?

 試験の時は他の奴らを俺の目でも少しは追えたし、ユリより弱い感じに見えたが……


「そういえば、ユリって入試の成績は何番だったんだ?」

「え? 知らないのですか?」


 いや、言わなきゃ普通分からないよね?

 と問い掛けてみれば、少し気まずそうに頬を搔きながら口を開いた。


「い、一番です。と言っても実際には先生の評価が一番だったというだけで、強さが一番かはわかりませんが……」


 知らんかった。道理で恐ろしいほどに強いわけだ。

 俺だって一応Aクラスなのに余りの差に愕然としたもんな。

 身体能力強化魔法の有無が理由の大部分を占めてたからもう安心できたけど。


「……すげぇな。

 よし! じゃあ、あれだ。

 婿になりたくば私に勝ってみせろってスタンスで大会でも開こうぜ。

 優勝景品は私です。みたいな?」

「え? ちょ、いきなり何言ってるんですか!? そんなの絶対嫌ですよ!

 というか、一先ずあの話は忘れてください!

 別に、家からの指示ってだけで実際にどうなるかもわかりませんし……

 ねぇ、ふぅちゃん! わかんないもんねっ? ねっ? そうだよね?」


 やばい、ふぅちゃんがめっちゃ撫でられまくって可哀そうな事になっている。

 やめてと言わんばかりに両前足をバタバタさせる様はまるで溺れているかの様だ。

 ユリの頭をポンと叩き「冗談だからおちつけ」と静止させた。 


「それにしても、俺が属性魔法を覚えられる日が来るとは思わなかったな。

 この分なら稼ぎ始めたら念願の強化系魔道具とかも買えるかもな」


 と、先の展望を描いて呟いていればユリは難しい顔をしていた。


「一般的なのは魔導書と比べて安いですからね。ですが、今から魔道具の補助に頼るのは止めて置いた方がいいですよ。物にも因りますがあれらは成長を妨げるものが多いですから」


 マジか……

 多くの魔道具を手にした奴には絶対に勝てないって聞いて居たんだが、俺が聞いた話と違う事ばかりだな。


 けど話を聞いて行けば理にかなっていて、まず間違っていないだろうと思えた。

 例えば、人気の高い命中力を上げる魔道具。

 その補助に慣れてしまうとそれに頼り命中精度が上がらなくなるらしい。そして速射や威力を求め続けるようになるそうだ。

 そうなってしまうと、魔道具が手元に無い時はかなり使えない子になってしまう。

 当然だ。命中精度が低すぎる奴に背中を任せる事は出来ない。

 自分に魔法が飛んでくるかもしれないのだから。


 相手が人であれば当然、魔道具の破壊を狙ってくる。

 魔力消費覚悟で特攻されれば守りきるのは難しいらしい。


 仮に手元に魔道具がある状態でも急所などを狙う場合に精密射撃が必要な時も困ってしまう。

 普段は狙う場所を意識するだけで魔道具が勝手に狙いを定めてくれるが、そこまでの精度ではないそうだ。

 もし使うのであれば、実戦時のみで使用して訓練ではそこを補うつもりで居た方が良いらしい。


「なるほど。強化系魔道具ってそういうものだったのか。俺は純粋に力が強くなったり魔法の効果を上げてくれたりするものかと……」

「あぁ……それもありますけど、希少なので魔導書より高いですよ」


 えぇ……それは絶対に無理だわ。


「うん。素直に鍛えるよ。

 その金貯めるのに時間使うよりも修行に使った方が断然効率いいわ」

「そうです! そうなんです! 私もずっとそう思ってました。

 あのクラスの魔道具になるとただお金があるだけじゃなかなか買えないんですよ。

 私持ってますけど、そこまで効果高くないですし……探し回った時間が無駄だったなって」


 って、持ってんのかーい!

 どんだけ金持ちなんだろ。いや、聞くのは止めて置こう。

 恐れ慄いて謙ってしまいそうだ…… 


「せ、世界が違う人と話すのは大変参考になります」

「え? あ、あの……何故口調が変わったのですか……?」


 いきなり畏まられた彼女は、細く困惑した声を上げた。

 ふむ、俺はもう既に恐れ慄いて居た様だ。


「いや、お金持ちだなぁ……って思ったらついな」

「や、やめて下さいよぉ。私が偉いわけじゃないんですから……」

「わかった。こういうのはユリを弄る時だけにするよ」

「それもダメです! 心臓に悪いので!」


 それからラクたちと戯れつつも、談話しながら魔法陣を描く練習をしたりしていたらあっという間に閉館の時間となっていた。

 商店にて食材をちらほら買って訓練場を出る。

 彼女と共に寮まで戻り「また明日」と別れた。





 部屋に入り、ラクをケージに入れてベットに腰を掛ける。

 頭が熱に浮かされているのか、思考が纏まらない。

 だが、一緒に居る間は何とか平静を保てた。

 気を抜けば思わず「ふぅぅ」と息が漏れる。

 そして、今日の事を振り返れば振り返るほどにテンションが徐々に上がっていった。


「おいおいおいおい。俺、才能無いんじゃなかったの!?

 イケちゃう? イケちゃうの?」


 強者になりたいとずっと焦がれてきた。その為に何年も努力をしてきた。

 そして今日、魔力制御だけとはいえ学年で一番を取った子に天才だと称される程に技術を認められたのだ。

 上位の魔法も覚えられた。その中でも身体強化魔法を覚えられたのは心の底から叫びたいほどに嬉しかった。

 あれを使った瞬間『ああ、俺にはこれが足りなかったのか』と強く実感した。 

 それでも手加減して貰った上に手も足も出なかったんだけど。

 だがそんな彼女が驚愕するほどに技術が認められたという事が嬉しかった。

 彼女は造形美もわかる子だ。最高すぎるだろ。


 俺が学年で最強になれそうなくらい強ければ口説いてたまである。

 明らかに不可能なのでちょっと今は考える事も出来ないが。


 うん。絶対に無理だ。


 だって多分おもいっきり手加減してくれてただけで俺が身体強化使ってても一撃で仕留められたよ。

 それにまだ出会ったばかりで定まった気持ちって訳でも無いしな。

 うん。今は全力で彼女の目的のサポートをしよう。


 でも、彼女のサポートって彼氏作りの応援なんだよな……


 さすがに彼氏出来たら今日みたいに稽古つけて貰う事も難しくなるよなぁ。

 かと言って此処まで恩があるのに手を抜くなんて事は出来ないし。


 むむむむ……



 

 この日、俺は悶々と眠れない夜を過ごした。

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