第64話 クジラ
金田一
「次は誰かな?」
司会
「次は大きいのが入ってきますよ。そもそもこの会場に入るかな?次はクジラです。それではクジラさんどうぞ」
クジラ
「会場に入らないから、ここからお話しさせてもらっていいかな?」
会場の入り口から顔を出すクジラ。
大きな声が会場内に響く。
司会
「いいですよ。声も大きいからちゃんと聞こえますので大丈夫です」
クジラ
「はじめまして、今日はよろしく」
司会
「こちらこそよろしくお願いします。クジラさん、早速ですが今日の提訴はなんですか?」
クジラ
「今日は、昔から言われてる『鯨飲馬食』を提訴したいのです」
司会
「ということは共同提訴ですね。だったら馬さんからの委任状はありますか?」
クジラ
「はいここにあります」
紙を差し出すクジラ。
司会
「はい。書類に不備がありません。クジラさんの提訴は有効です」
クジラ
「そうか、ありがとう」
司会
「提訴の『鯨飲馬食』ってあれですよね。やたら大酒を飲んで、やたら飯を食う奴の例えですね。そう言えば私の大学の後輩で『鯨飲馬食』のやつがいました。かなり嫌われていました」
クジラ
「そうなんですか。確かに馬さんがたくさん食べるっていうのはこれはこれでいいと思うんですが、どうやら皆さんは鯨がたくさん飲むようにイメージされていて心苦しいです」
司会
「と言いますと?」
クジラ
「鯨飲っていうのは『鯨が飲む』と書きます。確かに私たちは海水を大量に飲み込みます。これは認めます。しかしその後は飲んだ海水を全部吐き出すんですよ」
司会
「えー!飲まないんですか?」
クジラ
「そうなんです。皆さんは海の中に住んでいないから私たちの生態はよく知らないと思いますが、私たちは海水を飲むのではなく吐き出すんですよ」
司会
「そうだったんですが、それは知りませんでした。金田一先生よろしくお願いします」
金田一
「そうですね。最近は鯨の生態もよくわかってきまして、実はクジラさんは海水を飲むのではなく、いったん飲んだ海水からオキエビなどの小さな餌を食べるために濾して、含んだ海水を吐き出すんです」
クジラ
「全くその通りです。ご理解ありがとうございます」
金田一
「一般に大型のクジラには『ヒゲ』と呼ばれる上顎の皮膚が進化したと言われる数十枚の髭状の板が生えています。ヒゲのあるクジラはみんな海水ごと飲み込み、小魚やオキアミを濾して食べます」
司会
「なるほど真の目的は海水ではなく、小魚やオキエビなんですね」
金田一
「一度に大量の海水を口にふくむため、のどもとからへそにかけて延び縮みする畝(うね)と呼ばれるヒダがペリカンの口のようにふくらみます。体長約12mのザトウクジラの場合で、一回に飲み込む海水の量は約55トンにもなります」
クジラ
「小魚やオキエビなんで、むしろ身体が大きい私たちに比べたら微々たるものです。むしろ私たちは小食ですよ」
金田一
「ちなみにクジラのヒゲは、文楽の人形やさまざまな工芸品に利用しています」
司会
「しかし金田一先生、やはり鯨飲と言えば『大酒飲み』のイメージが拭い切れませんが」
金田一
「あ、それは幕末の土佐藩主・山内容堂が大酒飲みで『鯨海酔侯』と呼ばれたことに起因します。鯨海とは高知沖です。土佐藩といえばクジラが名物ですからね」
司会
「なるほど、ということはクジラさんの今日の提訴は意味の変更ですよね」
クジラ
「はいそうです。後半の『馬食』は据え置きで我々の『鯨飲』の部分だけ意味を変更してほしいのです」
金田一
「なるほどわかりました。ではこうしましょう。『鯨飲馬食』とは大喰らいで酒の席でゲロゲロ吐くやつと言う意味にしましょう。それなら間違いないですよね」
司会
「大喰らいで酒のみのくせに、後からゲロゲロ吐くやつのことを『鯨飲馬食』と言うんですね」
金田一
「はい、そうなります」
司会
「なんか豪快なことわざがいきなり弱っちくなりましたが、クジラさんいかがでしょうか?」
クジラ
「はい。意味はその通り合っていますので納得しました。ありがとうございます」
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