第26話 狼

金田一

「はい、お次の方」


司会

「次は狼ですね。それでは狼さんどうぞ」


「よろしくお願いします」


司会

「あれ?あなたはたしか羊さんですね。狼さんはどちらですか」


「あ、わかりませんか?実は私が狼なんです」


司会

「え、え?ひょっとして羊の皮を被っているのですか?」


「ああ、そうです。厳密には皮を被ってはいないのですが。でも全然分からなかったでしょう?」


司会

「はい、全く。お見事な変身ぶりです。それではこのままの流れからいくと今日の提訴はズバリ『羊の皮を被った狼』ですね」


「その通りです。よろしくお願いします」

狼は初めて被りモノを脱いだ。

ギョロ目で大きいな口の狼が現れた。


司会

「はい、やはり中身は狼さんですね。ただし今回は羊さんとの共同提訴になりますから委任状をお願いします」


「はい、これでいいかな?」

受け取った書面を確認した司会

「はい、たしかに委任状に不備はありません。狼さんの提訴は有効です。それでは提訴に入ってください。


「はい、マイケルジャクソンの『スリラー』以来、世界中の特殊メイク技術というのは非常に高度に発達しました」


司会

「はい、私も学生時代はマイケルのフアンでしたからあのビデオは強烈でした。あれはもう完全に本物と見分けがつきませんね」


「でしょう?ですからわれわれは昔のことわざのようにわざわざ本物の羊さんの皮を被らなくてもよくなったんです。実はこれもハリウッドの特殊メイク会社に頼んで作りました。最高の技術なので実に軽いし通気性も抜群です」

先ほどの羊の被りモノを司会に手渡す狼。


司会

「なるほど、この100年間で『化ける技術』が格段に進歩したということですね」


「はい、特に長時間相手を騙す場合はこの『通気性』が大事で、今までの羊の皮は本当に苦しかったんですが、全て改善されました」


司会

「なるほど、呼吸が楽になったんですね」


「そうなんです。しかも羊だけでなく必要に応じて相手を騙す際には、時にはもっと弱いうさぎさんやリスさんにも化けることも可能になったんです。本当に便利な世の中になりました」


司会

「わかりました。それでは提訴の内容はことわざそのものの破棄でよろしいですか。」


「いえ、上の句を少し変えてもらって、意味は同じにしてほしいと思います」


司会

「なるほど、よくわかりました。それでは金田一先生よろしくお願いします」


金田一

「このことわざは一般には『本当は強い人がわざと弱いフリをする』例えです。人を欺く場合と『最後まで正体を明かさない寡黙な人』を現す二通りの使い方があります」


「そうですね」


金田一

「要するに狼さんの主張は、わざわざ重たい羊の皮を用意しなくても現在の特殊メイク技術を使ってどんなものにでももっと精巧に化けれるということですね」


「はいそうです。ご理解いただきありがとうございます。今の特殊メイクがあればお婆さんにも化けれたから、赤ずきんちゃんも簡単に騙せたと思います。悔しいです」


金田一

「それでは、これでいかがでしょうか?『羊の皮を被った狼』を改めて『特殊メイクを駆使する狼』で。意味は同じです」


司会

「なんかいきなり幅広い表現になりましたね。しかも今まで通り、『狼さんを警戒してくれ』と言うメッセージ性はそのまま残ってますね。狼さんいかがでしょうか?」


「悪くはないですね」


司会

「それでは明日から『特殊メイクを駆使する狼』に交換と言うことで施行されます」


「わかりました。ありがとうございます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る