第10話 蚊

金田一

「動物たちもいろいろ大変なんだな。はい次は誰かな?」


司会

「えと、蚊ですね。蚊さんいますか?」


「はい、先ほどから鵜さんの頭に止まっていました。鵜さんと一緒に来たんです」


司会

「鵜さんとは仲良しなんですか?」


「はい、人間には分からないと思いますが、鵜さんと蛾さんとは『一文字生き物の会』でよくお会いしますから」


司会

「はあ、そういう会があるんですね。わかりました、では本題に入ります。今日の提訴内容は何ですか?」


「はい、ズバリ『虫が好かない人』です」


司会

「一般に『なんとなく嫌いな人』という意味ですが何がご不満なんですか?」


「これって別に『虫』いらなくないですか?

例えば『今日来た客は虫が好かない』を『今日来た客は好かない』にしても意味は同じですよね」


司会

「たしかに言われてみればそうですね。しかも『虫が』と二文字書く手間が無駄ですね」


「でしょう?『好かない』だけで充分意味が通ると思うのですが何故わざわざ我々『虫』が呼ばれているかが理解できません。ていうか、そもそも『客を好かない』と判断している主語は虫なんですか?人なんですか?」


司会

「これは気付きませんでしたね。たしかに意味はない。金田一先生助けてください」


金田一

「まず蚊さんにお尋ねします。やはり『虫が好かない』に使用されることは嫌ですか?」


「正直言いますと、この話にかぶせて言うようになるので気が引けるんですが、ほとんど我々の『虫』が登場する言葉っていうのは否定的なシチュエーションが多いんです。これは何とかならんですか?」


司会

「え、例えば?」


「例えば『腹の虫がおさまらない』、『今日は虫の居所が悪い』など使われるたびにこっちは萎縮してしまいます」


金田一

「わかりました。そろそろ双方の大きな誤解を説かなければならない時期が来たようですね」


「ご、誤解ですか?」


金田一

「そうです。そもそも100年前の人間の生活はまだまだ科学が発達していなくて、人間には理解のできないもの例えば魂や精神、第六感などを『虫』と表現していたんです。例えば『虫の知らせ』なんて言う言葉もありますがこれは人間が知覚できないものを『虫』のせいにしたわけですね」


「なるほど、人間が理解できないものを全部我々虫に押し付けたと言うことですか。これは全くの濡れ衣ですね。それでは我々は今の刑法でいうところの冤罪扱いと言うことになりませんか?」


金田一

「ですから今日の『見直し委員会』が存在します。明日からは『虫』の登場することわざは『精神』に置きかえます」


司会

「ぜっ全部ですか?」


金田一

「もちろん『飛んで火に入る夏の虫』、『一寸の虫にも五分の魂』など本当に『虫』を現す場合は違います」


司会

「そんな・・・人間側の負担が大きくなりかなりややこしそうですが」


金田一

「ああ、すぐに慣れます。ここは百年以上冤罪に苦しんだ『虫』の気持ちを汲んでやりましょう」


司会

「ということですが蚊さん、いかがでしょうか?」


「はい、これで私の腹の虫が・・・おっと間違えました。『精神』が収まりました」









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