第6話 牛

金田一

「さーて。お次は誰かな?」


司会

「えと、牛ですね。まだ来ませんね、いやにゆっくりだなあ」


チリンチリンと首の鈴の音がして、ゆっくりと大きな乳牛が登場した。


司会

「あ、牛さん。あとがつかえてますから早く来てください。今日の提訴は何ですか?」


「遅くなってごめんなさいね。私は『牛の歩み』を提訴しにきたのよ」


司会

「一般に『動作が遅く、仕事などが早く進まない時』に使われますね。まさに今の貴方の登場姿そのものと思いますがお気に召しませんか?」


「そうなのよ。ことは日本国内の問題ではなくなったの」


司会

「え?どういうことですか?」


「この百年で牛の世界も国際化の波が押し寄せてきて神戸牛や松阪牛は海外に出るはスペインの牛を呼んできて闘牛ショーをやるわで情勢が変わってきたのよ」


司会

「そのことと、ことわざに何の関係があるんですか」


「実はここ数年スペインやメキシコから来た牛にわたしたちは叱られているの」


司会

「叱られるとは、穏やかではありませんね。何か悪いことをしたのですか?」


「なんでも私たちは彼らにとって名誉毀損にあたるらしいわ」


司会

「名誉毀損?詳しく話してください」


「彼らは何世紀にも渡って牛は『俊敏で獰猛』というイメージを築き上げてきたらしいわ。その集大成としてランボルギーニのエンブレムのデザインに牛が使われた事を彼らは誇りに思っているの」


司会

「たしかにスピードの象徴であるスーパーカーのメーカーに牛さんが選ばれるのは誉れですね」


「しかし彼らは『俺たちがこれほどまでに努力して俊敏で獰猛のイメージを勝ち得たのにもかかわらず日本の牛はどうだ?遅いものの例えにされる位の体たらくじゃないか!これを恥とは思わないか!』とまくし立てるのよ」


司会

「まさにランボルギーニと牛の歩みではイメージは正反対ですものね」


「だから『百年に一度の見直しの機会で反論してこい』と言われているのよ」


司会

「なるほど、提訴内容はよくわかりました。扱いを間違えたら国際問題になるほどかなり込み入った現状ですが金田一先生よろしくお願いします」


金田一

「まず日本国民を代表して率直に尋ねます。牛さん、そもそもあなたは今までに早く走ったことがありますか?」


「いえ、生まれてこのかたそのような走らなければいけない非常事態がなかったので走った事はありません」


金田一

「では質問を変えます。もし非常事態が発生したなら早く走る自信はおありですか?」


「それは命がかかってるような出来事が発生したら一生懸命走るわよ」


金田一

「なるほど、早く走れるんですね。ではこうしましょう。現行のことわざに少し手を加えます。遅いものの例えとして『平時の和牛の歩み』としましょう、いかがですか?」


「まあ!それなら日本以外の牛は関係なくなるから彼らから、とや角言われる筋合いは無いわよね」


司会

「少し長いことわざになりましたがこれは使うほうの我々が少し我慢することで牛さん達の立場が守れるのであればある意味仕方がないことですね」


「お気遣いありがとうございます。今日は来てよかったわ。ではさようなら」


チリンチリンの音が去っていった。





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