第5話 亀

金田一

「はい、お次は誰かな?」


司会

「亀ですね、みたところかなり高齢ですね。それでは亀さんどうぞ」


「よっこらしょっと。よろしくお願いするわい」鼈甲メガネをかけた年老いた亀が腰をさすりながら椅子に座った。


司会

「亀さん腰、大丈夫ですか?」


「ああ、昔ウサギと駆け比べしたときに腰を悪くしてな。無理はいかんな」


司会

「それは大変ですね。で、今日の提訴はどのことわざですか?」


「前回までは目をつぶってきたがやはり『鶴は千年、亀は万年』じやろうて」


司会

「あ、それなら共同提訴になりますから鶴さんからの委任状はお持ちですか?」


「ああ、心配せんでもここに用意してあるわい。鶴さんは全てワシに一任しておる」


亀に渡された書類を読んだ司会

「はい、委任状に不備はありません。亀さんの提訴は有効ですね。それではなにが気にくわないのですか?」


「ちょっとこれを見てはくれんか。若い亀に頼んでウェブサイトからプリントアウトしてきた」


司会がまた紙を受け取り目を通す。

動物図鑑の一部をコピーしたらしい。

「ガラパゴスぞうがめ 世界一長寿の生き物。オーストラリア動物園で175歳まで生きたことが確認されている」


司会

「・・・」


「ことわざにある程度誇張があるのは構わん。分かりやすくする効能もあるからな。しかし物事にはおのずと限度があるじゃろう?」


司会

「つまり亀さんの寿命の1万年表記を変えて欲しいというのが今回の提訴内容ですね」


「そうじゃ。今の御時世はインターネットやらがあるから子供でも調べようと思ったらすぐに真実に手が届く。やはりウソはいかんウソは」


司会

「しかしこのことわざで鶴さんも含めて亀さんは長寿と言うことで縁起物の代表格となっていますよね。このことはいかがですか?」


「それはそれでまことに結構なことなんじゃが、最近は亀の社会でもある重大な社会問題が発生して困ってるんじゃ」


司会

「何ですかその社会問題とは?」


「子供が亀を買って家に持って帰ったら必ず亀に言う言葉があるそうじゃ。それは『おい、必ず一万年生きろよ!』と言われるそうじゃ」


司会

「あ、それは私も小さい頃買ってきた亀に同じこと言った記憶があります」


「じやろう?しかも毎朝それを言う子供もいるそうじゃ。そもそもよく生きても200年しか生きれない亀に1万年生きろというのは50倍の要求をしてることになるんじや」


司会

「それは過酷な要求ですね。知らぬこととは言え大変失礼しました」


「50倍の要求とは分かりやすく説明すると42kmのマラソンを2分台で走れ!と言っているに等しい。最近では若い亀はこの過酷な要求に堪え兼ねて毎日ストレスが積み重なり長寿どころか若死にする傾向が出てきている。これが先ほど言ったワシらの社会問題なんじゃ」


司会

「なるほど深刻な事態なんですね。金田一先生よろしくお願いします」


金田一

「えー、亀さん。それではここは思い切ってデノミを実行しましょう」


「ほう、デノミとは?」


金田一

「金融用語で法定通貨の桁を切り下げることですね。この場合二桁切り下げのデノミでいかがでしょうか?」


司会

「二桁のデノミと言うと『鶴は10年亀は100年』となりますね。ことわざ的には全く迫力に欠けますがこれなら間違いなくストレスはかかりませんね」


「なるほどのう。これなら若い亀も毎朝『頑張って百年生きろよ』と言われても多分ストレスにはならんじゃろうから大丈夫じゃて」


金田一

「しかし亀さん、いいことばかりではありませんよ。明日からこのことわざが施行した場合、鶴さんと亀さんには悪いけれど人間世界の『縁起物』からは外れていただきます」


司会

「つまりストレスを取るか縁起物を取るかの選択肢ですね」


「うーむ。結婚式場などでワシらの図柄が消える事はまことに悲しいことであるが、ストレスで若死にする亀のことを思うと仕方がないのう。甲羅に腹は変えれない」


司会

「では明日からはデノミ実行と言うことでよろしくお願いいたします」


「わかったわい。今日は悩みが解決してほっとしたわい。これでワシも長生きできるわい」







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