ことわざ見直し委員会

胡志明(ホーチミン)

第1話 鬼

司会

「さあ、今年も100年に1度の『ことわざ見直し委員会』がやってきました。テレビやITの発達によって100年前と違い今回からは一般公開と言う形でやるようになりました。委員長は金田一冬彦先生です。それでは先生の方からこの委員会の趣旨の説明をお願いいたします」


金田一

「皆さんはじめまして。委員長の金田一です。皆さんが日常使っていることわざ・慣用句なんですが、さすがに長い期間使っているとその時代にそぐわないような状況やもっとわかりやすく例える方法が出てくるようになります。つまりその時代時代に則した言い回しが求められるのではないかとわれわれは考えております」


司会

「そうですね。やはりその時代に一番適した言葉や意味を選ぶことがわかりやすいし国民に馴染んで頂くための得策だと私も思います」


金田一

「ですから今回もことわざの主になっている各動物たちに来ていただき、『提訴』という形で彼らが今後変えて欲しい言葉や言い回し、意味などをご本人から直接聞いていきたいと思っています」


司会

「なるほど、それで100年に一度の見直しなんですね。今日も朝から会場にはたくさんの動物たちが詰めかけています。さぞや皆さん言いたい事がたくさんあるんでしょう。では早速ですが金田一先生よろしくお願いいたします」


金田一

「はいわかりました」


司会

「ではトップバッターは鬼です。それでは鬼さんどうぞ」


「やっと100年経ったな。言いたいことがいろいろたまってるわい」


司会

「はい、鬼さんそれでは率直に忌憚のない意見を言ってください。いったいどのことわざが気に入らないんですか?」


「知れたことよ。『鬼のいぬ間に洗濯』だ」


司会

「なるほど、一般には『鬼さんのような怖い存在がいない間にやりたいことをやっておけ』と言う意味ですが、何かご不満でもあるんですか?」


「我々、鬼がことわざに使われるのは別にかまわん。いやむしろ光栄といってもいいだろう」


司会

「ではなぜ今回の提訴に敢えて踏み切ったのですか?」



「最後の『洗濯』が気に食わないんじや」


司会

「洗濯・・・別にいいじゃないですか。鬼さんがいない間にやりたかった洗濯をさっさとやってしまおうと言う意味でしょ?」


「そこなんだ問題は。せっかく怖いワシがいないんだぞ。滅多にない貴重な時間なんだぞ。そんな大切な時間にたかだか洗濯みたいな地味な作業をやると言う性根が気に食わないんだ」


司会

「はあ・・・」


「せっかく怖いワシがいないんだからハイジャックやハッキングとか銀行強盗とかもっとスケールのでかいことをやって欲しいんだ」


司会

「なんとなくわかってきました」


「しかもだ、このことわざは逆に言えば洗濯ごときの細かいことをワシがいちいち怒るようなスケールの小さい人間に思われる危険性をはらんでいる。これだけは全くもって不愉快だ」


司会

「なるほど、お怒りはよくわかりました。それでは金田一先生いかがですか?」


金田一

「うん、たしかに一理ありますね。せっかく怖い鬼さんがいないのに洗濯やるなんて確かに勿体ないし無駄ですよね」


「おお!わかってくれるか!」


金田一

「しかも今の世の中、電気自動洗濯機が出てきたので鬼さんがいようといまいが自動で洗濯ができてしまいますし、場合によっては乾燥までできますね。確かにこれは変更の余地ありです」


司会

「じゃあ鬼さん、代わりは何がいいですか?」


「そうじゃなぁ・・・やはりどうせ代えるならスケールのでかいことがいいな。核戦争あたりはどうだ?ゴロもいいと思うが」


司会

「では『鬼の居ぬ間に核戦争』が希望ですね。わざわざゴロのことまで考えていただきありがとうございます。金田一先生いかがでしょうか?」


金田一

「それでいきましょう。洗濯よりははるかにスケールがでかいし、何よりも鬼さん自体の価値が上がりますよね」


「わかってくれるか!100年間待った甲斐があったわい」


司会

「はい。じゃあ決定と言うことで。おめでとうございます」


「ありがとうな、また100年後に会おう」

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