第59話 側仕え増員のすすめ。

 

 あなたには、誰か、影響を受けた特別な先生っている?

 正直言って、学校関係で、好きな先生や尊敬できる先生はいなかったな。

 中学の担任なんて、ストーカー男とジェラシー女で、最悪だったしさ。


 パティシエ志望のわたしにとっては、パパが師匠で、一番影響を受けたと思う。

 因業爺は、技は目と舌で盗めってセコい主義だから、何も教わってないんだよ。

 それでも、パパをはさんで、孫弟子になっちゃうのが、悔しいったらないわ。


 

「ユーレカ様を呼び捨てになさるのは、おやめ下さいませ、ショコラ様。王族の方たちは、お互いを尊重なさるあかしとして、尊称をつける慣わしでございます」


 ソフィーヌ寮長が、クレームを入れてきたのは、ユーレカの父王から親書が届いた翌々日だった

 『作法』の時間を臨時に増やして、使節団が来たときの応対の仕方を習うことになって、しょぱなに言われたことが、これ。呼び捨ては駄目だって。


「え? でも、わたくし、ロムナンをずっと呼び捨てにしておりますけれど、ご注意を受けたことはありませんでしたよね?」


 わたしの疑問に、ソフィーヌ寮長は、左目一回ウインクで、『肯定』しつつも、ロムナンとユーレカでは、立場が違うと力説する。


「ロムナン様は、別でございます。あの方は、公の席に出られることがありませんので、内々で親愛を込めてお呼びする分には問題がございません。既に、王家より離籍されているサルトーロ様も、庇護下に置かれた幼い方ですし、話し方を変えなくてもよろしいでしょう。しかしながら、ユーレカ様は、三ノ宮国の王女であらせられます。顧問官としてのお仕事をしていただくにしても、他の使用人とは異なり、しかるべき礼儀を尽くさねばなりません。とりわけ、使節団と応対なさるときには、ご注意していただく必要がございます。公使の御前で、ユーレカ様を呼び捨てになさるなど、もってのほかとお心得こころえくださいませ。お相手の立場に立って、お考えいただくことが肝要かんようでございますよ、ショコラ様。自国の王女が、他国の王族から、見下された言動を取られていれば、公使がご不快に感じられると思われませんか」


 なるほど。友達の携帯にかけて、親が出ちゃったときと同じだね。普段、呼び捨てにしていたって、親には、「〇子さん、お願いできますか?」と言うようなもの。

 庶民的な感覚からすれば、子供なら、「〇子ちゃん、いる?」でもいい気がするけど、王女様に対して、それは許されないわけか。フランクな応対が、『わたしたち仲が良いんだよ』じゃなくて、侮辱だと取られら困るもんね。


 すんなり納得したわたしと違って、ユーレカは、反対意見を表明した。しかも、珍しく断固とした竜気で、一歩も譲らない構えだったの。


「ソフィーヌ先生。ショコラ様に、敬称をつけないようにお頼みしたのは、わたくしなのでございます。サルトーロの命を助けていただいた上に、ご援助を受けている身でありながら、対等にぐうしていただくわけには参りません。母国くにの者たちにも、わたくしが、ショコラ様に喜んでお仕えしている姿を見せ、二度と帰国するつもりがないということを理解してもらいたいと願っております。そのためにも、ショコラ様には、マルガネッタ先生に対するものと同様のお言葉遣いをしていただきたいのでございます。ショコラ様、どうか、このまま名前をお呼び捨てくださいませ。ソフィーヌ先生も、お許しくださいますよう、この通りお願い申し上げます」


「そうは申しましてもね。ユーレカ様が、王女の位を返上なさっておられない以上、我が国といたしましては、お立場に相応しく礼遇れいぐうさせていただく必要があるのですよ。外交問題となれば、外帝陛下からもお叱りを賜ることになりますし」


「外交問題などになるわけがございません。我が陛下には、わたくしが、独力で生きて行く手段を見つけた場合には、帝竜国へ永住して良いと、ご許可をいただいておりますもの。サエモンジョーにも、わたくしの意志は伝えてありますので、侮辱などとあらぬ誤解を受けるようなことはございませんわ」


「失礼ながら、ユーレカ様。父王様は、貴方様が、この国で、本当に、お仕事を見つけられるとは思っておられなかったのではございませんか」


「何と思われておられようと、ご許可を賜った事実は変わりません。わたくしは、帝竜国で生きて行くつもりでございますし、こちらのしきたりに早く馴染なじみたいと思っております。そのためにも、普通の王族として処遇しょぐうしていただきと存じます」


 ヒートアップした二人のやりとりは、しばらく続いたけど、似たような主張が繰り返されるだけだったから、以下略。

 それでも、最終的に採用されたのが、『姫』と呼ぶ妥協案だったの。

 三ノ宮国では、予知力者が、『宮』で、それ以外の未婚女性の王族は、『姫』と呼ばれてるらしいから、礼儀的にも問題はない。

 対して、帝竜国では、『姫』は、親しい王族同士の間で、名前代わりに使う呼称で、尊称とは言えないから、ユーレカも受け入れやすかったみたい。

 ちなみに、帝竜国の王女は、王子と一緒で、『殿下』と呼ぶもので、『姫』だと不敬になるんだってさ。


 おまけに、ユーレカが他国の王女であるが故に生じる問題は、呼び方だけじゃなかったの。あんまりくだけた話し方もまずいから、丁寧語にしろとか、立たせるのではなくて、隣に座らせろとか、細かいチェックが入る。

 更には、使節団が来る以上、ユーレカ姉弟の生活環境を王族に相応ふさわしく整えて、客人待遇で迎え入れたとアピールしなければならないみたい。

 侍女や護衛を増やすことは、わたしも考えていたから、そのへんは、ソフィーヌ寮長にお任せすることにした。王族として恥ずかしくない格式なんて、わたしには、わからないしさ。お好きなようにやっとくれ。


 ただ、それにも、倹約思考のユーレカは反対したけどね。これについては、わたしの面目めんぼくに関わるからと、ソフィーヌ寮長が押し切った。

 二人が入居した別棟に、それぞれ家具や調度品を買い入れ、服飾関係を揃え直すことも決めた。

 二人とも、去年のものを無理して使い続けていたみたいなんだよね。成長期だから、服や靴が合わなくなってしまったのに。いくら品質は良くても、袖や裾がつんつるてんになっていたら、そりゃ、みっともないって。

 小さい靴はもっとまずいよ。一日中、履いているんだから、指を痛めて、外反母趾がいはんぼしとかになっちゃうぞ。


「それから、ユーレカ様とサルトーロ様には、それぞれ、専属の指導教官をおつけしなければなりません。とりわけ、心話力者と瞬動力者の神通力者二名は、できるだけ早急に招聘しょうへいしていただく必要がございます」


 ソフィーヌ寮長は、あくまで、わたしの指導教官なんだよね。外帝陛下に任命されちゃった以上、これは変えようがないの。

 それに、本来、サルトーロは、男性の指導教官、ユーレカには、初等科の教育を専門としている教官が必要なのよ。それより急ぐ必要があるのが、神通力を訓練してくれる同門の教官ということ。

 金欠姉弟が、一人の教官も雇わないから、仕方なく、ソフィーヌ寮長が代理で、教えられる範囲のことを教えていたけど、限界だったみたい。そう考えてみると、ソフィーヌ寮長って、何人分もの仕事を抱えて、孤軍奮闘こぐんふんとうで頑張っていたんだなぁ。


「神通力者の教官というのは、どうやって招聘すればいいのですか。わたくし、ロムナンの指導教官も、探せずに困っているのですけれど……」


 ついでに言えば、わたしにだって、神通力の教官はついていない。まぁ、わたしには、ソラがいるから必要ないんだけどさ。

 表向きは、わたしより竜気が強くて、竜気量が多い女性教官がいないから、竜に囲まれて、自主訓練していることになってるのよね。[神艮門じんごんもん]の王族の場合、それしか方法がないんだって。


「ロムナン様は、募集に際しまして、かなり特殊な条件を課しておりますので、お探しするのが難航しているのでございますが、お二方につきましては、恵神殿にご相談すれば、すぐにどなたかをご推薦していただけると存じます」

「ユーレカ姫はともかく、サルトーロも、恵神殿でいいのですか?」


 帝竜国では、原則として、同性の教官をつけることになっている。だから、七門系のサルトーロには、中性の誓神官を呼ばなくてはならないのかと思っていたよ。

 恵神殿にいる神通力者は、女性ばかりのはずなのに、いいのかな。


「実費で招聘するのであれば、誓神官でなくても、認められております。法的には。慣習から申せば、誓神殿にご相談するべきところなのですけれども、三ノ宮国の方には、恵神殿の方が馴染み深いようでございますし、ご本人が、誓神官を拒否なさっている以上、いたしかたないでしょう」

 

 そうだったね。サルトーロは、誓神殿に連れて行かれそうになったとき、迎えの誓神官に重症を負わせているんだっけ。

 ユーレカも、誓神殿には拒否感を示しているし、その点は、誓ダルカスに襲われたわたしだって同じだもん。

 誓神官のみんながみんな狂信者とは限らないけど、できるだけ関わりたくないってのが本音だよ。


「失礼ですが、ソフィーヌ寮長様。アリューシャ宝家ほうけに、ご協力を要請することもできるのではありませんか。あちらは、伝統的に、中性の庶子を誓神殿には送らず、養育なさることが多く、独自の訓練技術をお持ちだと伺ったことがございます」

 

 マルガネッタの提案に、ソフィーヌ寮長は、左目一回ウインクで、『肯定』しつつも、竜気では、『反対』と伝えてくる。

 アリューシャ宝家は、六十四ある宝家の筆頭でセルシャ系の大富豪だ。神器や竜気具を作成する宝館が何十もあるせいで、神通力者を神殿には送らずに、がっちり囲い込んでいると言われてる。人材は豊富でも、教官として貸し出してくれる可能性は低いということかな。


「アリューシャ宝家には、門外不出の技能が多いそうで、情報が流出することを好まれません。率直に申し上げますが、ご協力いただけるとしても、恵神官を招聘するより、はるかに高額な対価を要求されると思われます。寮長としては、正直なところ、お勧めいたしかねますね。もちろん、秘書官が、瞬動力者に伝手つてをお持ちで、直接交渉していただけるのであれば、喜んでお任せいたしますけれど」


「わたくしの伝手ではなく、オランダスの紹介なのですけれど、外帝軍の遊撃隊ゆうげきたいにおられた中性の瞬動力者が、来月、退役たいえきなさるというお話なのでございます。ただ、その方は、教官を務めたことはないようでして、戦闘訓練はともかく、幼い方に基礎教育を施すことができるかどうかは……」

 

「外帝軍でございますか? その方は、中性なのに、軍にいらしたのですね?」


 マルガネッタの説明の途中で、ユーレカが、急き込んで聞いてきた。『興奮』が勝った『期待』の竜気が波打っている。

 それで、わたしは、以前に、サルトーロから、聞きだした話を思い出した。その夢に合わせて、契約に入れた条件のことも。


 わたしは、サルトーロの教育費や生活費を貸し出すことにしたけど、それは、成人後、護衛任務につくという前提の上。法的には、既に、わたしの使用人になったということなの。

 ただし、成人するまでに、軍の入隊資格を得られたら、その俸給ほうきゅうで、借金返済をしても良いし、それで返済しきれなければ、除隊後に、わたしの子供か孫の護衛になるのでも良いという条件をつけてあげたのよね。

 わたしに、子供や孫ができるとは限らないけど、先行投資って形にして。


「サルトーロの夢は、軍人になることですものね。退役軍人の中性であれば、教えをうのに理想的と言えますけれど、その方は、教官を希望されているわけではないのでしょう?」


 わたしの問いに、マルガネッタが、左目一回ウインクをして、『肯定』した。


「オランダスは、宿舎の警備責任者にうってつけだと推薦してきたのでございます。わたくしは、ご本人とお話ししたわけではありませんので、ご希望については、面会してお伺いしてみなければわかりませんけれど、アリューシャ宝家のご出身ということですし、お弟子を育てるための知識はお持ちだと思われます」


 あぁ、なるほど。昨日、[竜糖派]対策として、オランダスとカズウェルに、護衛を増員する相談をしたから、早速、推薦する人選にかかってくれたんだね。

 警備責任者として挙げられた人なら、かなりの凄腕なんだろうな。ついでに、同門の中性ってことで、サルトーロの教官も務めてくれれば助かるよ。 

 サルトーロとの相性もあるから、会わせてみないとわからないけど、かなり有望株と言えるんじゃない。子供の相手が駄目そうだったら、警備だけ任せたっていいわけだしさ。


「オランダスの推薦なら、間違いないわね。早速、面会の予定を入れてちょうだい、マルガネッタ。他にも、良さそうな人がいたら、どんどん雇っちゃっていいから。使節団が来る前に、ユーレカ姫の護衛も揃えておかないと、まずいでしょう」


 使節団が来るまで、早ければ、半月くらい。遅くても、一か月以内だろうと言われてるのよね。三ノ宮国は、比較的、帝竜国に近いけど、海を渡ってくるのには、船を使うことになるから、天候によって予定がくるくる変わる。

 帝竜国の港に入ってから、入国手続きを取る間に連絡をくれるそうなので、いきなり来訪される心配はないにしても、準備期間はたいしてないの。忙しいったらないわよ。


「ショコラ様。ユーレカ様の護衛は、女性からお選び下さいませ。ユーレカ様も、来月で、10歳になられます。三ノ宮国のしきたりから申しても、異性をお側におつけするのは、好ましくありませんので。そうそう、それで、思い出しました。ユーレカ様は、どちらの神殿で、誕生参拝をなさいますか。ショコラ様と同じ命神殿でよろしければ、準備も竜車と御者くらいですみますけれど、恵神殿にお行きになられるのでしたら、園外に出ることになりますので、それまでに、護衛が最低二名と、付き添う秘書官の手配を終えていただく必要がございます」


「わたくしは、竜育園の命神殿で、参拝させていただくつもりですので、護衛や秘書官などは必要ございません。マルガネッタ先生が、付き添って下さるということですし、それだけのために、秘書官を入れるのは……」


 またまた、ユーレカが、人件費削減方針を打ち出してきたことで、ソフィーヌ寮長の堪忍袋の緒が切れてしまった。『苛立ち』竜気が、MAXで吹き上がってくる。


「ユーレカ様! 帝竜国のしきたりに早く馴染みたいとおっしゃいましたよね。こちらには、側仕えを持たぬ王族など、お一方たりとおられませんよ。秘書官がいなくては、手紙すらお出しできないではありませんの。まさか、ショコラ様に、封筒にも入れずに、悪筆のお詫び状を出されたときのような、無作法な真似を繰り返すおつもりなのでしょうか。今後、あなた様が社交上の失敗を犯せば、ショコラ様が批判されるお立場になられただけでなく、栄マーヤの御名まで汚すことになると、先ほどお教えしたばかりだというのに。もう、お忘れなのでございますか」

「も、申し訳ございません」


 ソフィーヌ寮長に、ものすごい勢いでまくしたてられながら、『いい加減になさい』竜気を叩き込まれて、ユーレカは、身体も気脈も縮こまっている。二重瞼にじゅうまぶたのおかげで、涙は流さないけど、泣いているのは間違いないな。

 ただ、今の場合、ソフィーヌ寮長の方が、正しいと思う。見栄を張って浪費するのと、体面を保つために支出するのは、違うんだよね。

 その程度のこと、庶民育ちのわたしなんかより、王女様の方が、知ってるはずなのに、どうして、ここまで、かたくななんだろう。ユーレカの心って、借金地獄一色で、押し潰されそうになってるんじゃないの。


「姫。こちらを向いて」


 深くうつむいて、身をこわばらせているユーレカに声をかけると、のろのろ顔を上げた。

 わたしは、『好意』と『安心』の竜気をシャワーのように浴びせてあげる。


「あなたは、わたくしに、何事であれ、つき従うと約束しましたよね」


 視線を合わせたあとで、左目一回ウインクが返ってくる。

 わたしは、何と言ったら納得しやすいか、必死に考えをまとめながら、ゆっくり語りかけていく。

 

「それならば、わたくしが与えるものを受け取りなさい。教官であれ、側仕えであれ、衣服であれ、本や文具であれ――これらは、みな、信頼の証なのですから」

「――信頼……で、ございますか?」


「えぇ。あなたが、わたくしの役にたってくれると信じればこそ、わたくしは、あなたに投資することにしたのです。今、あなたがすべきことは、わたしが与えたものを有効的に使って、自らの技能や知識を高めること。そうして、成人するまでに、できる限り有能な女性となってください。いつか、わたくしが困ったときに、手助けして欲しい――それが、わたくしの希望であり、あなたに期待していることなのです。正直なところ、サルトーロには、何も期待していません。あなたの弟だから、お世話することにしただけで、将来、護衛になって欲しいと思っているわけではないのです。だから、軍に入隊できるのであれば、夢がかなうような条件を入れておきました。でも、あなたのことを手放すつもりはありませんよ、姫。借財を返済しようがしまいが、あなたには、わたくしの右腕としての務めを果たしていただきますからね。今のうちに、少しでも多くの能力をつけておいてくれなければ、将来のわたくしが困ります。その覚悟を持って、利用できるものは、利用しておきなさい。如何いかに費用をかけずにすませるかと悩むのではなく、如何に効率よく成長できるかを考えるのです。そのために必要なものは、経費と割り切るように。よろしいですね」


「かしこまりました。ご信頼は、決して裏切りません、ショコラ様。本当に、本当に、ありがとうございます」


 わたしの『願い』が通じたらしく、ユーレカは、『感激』『感謝』『決意』のミックス竜気で、わたしを見つめてくる。その熱っぽい視線も竜気も、ちょっとばかり怖いものがあるんだけど。何だか、サルトーロを救出した後みたいな感じだよね。

 まぁ、取り敢えず、落ち込んだ気分は盛り上がったみたいだし、いいとするか。


「わかってもらえたようで嬉しいです。それでは、今一度、聞きましょう。これから、あなた方姉弟の生活環境を整える上で、何か必要とすることはありませんか」


 わたしの質問に、ユーレカは、素直に希望を述べ始めた。竜気からも、『躊躇ためらい』や『強張こわばり』が抜けてるね。

 よしよし、いい傾向じゃないの。


「そ、それでは、以前、わたくしやサルトーロに仕えてくれていた貴族を何人か雇っていただきたいと存じます。半年前に、解雇したときに、三ノ宮国に帰らず、こちらへ残った者たちもおりまして。そのうちの一人は、恵神殿に入ったのですけれど、心話力者なので、もし可能であれば、ロムナン様の教官として招聘していただければ、お役にたつのではないかと……」


「ロムナンの教官? あなた付きではなくて?」


 いきなり、ロムナンの名が出てきたことに、思わず聞き返すと、ユーレカは、左目一回ウインクをした。

 ちょっと考えをまとめる間をとってから、推薦理由を話し始める。それは、思いもかけぬ耳寄り情報だった。


「ジョアンナは、元々、帝竜国の出身で、母が三ノ宮国に嫁ぐときに、通訳として伴ってきた声楽家なのでございます。心話力者には、時折いるそうなのですけれど、語学の天才で、どのような言葉も、すぐに話せるようになりますし、自作の歌を歌い聞かせて、人に言葉を覚えさせるのも得意なのです。わたくしやサルトーロも、ジョアンナから帝竜国語を習いましたけれど、読み書きや神通力については、他の教官につくように言われてしまいました。ジョアンナの専門は、あくまで歌であって、心話力者としても、語学教官としても、基礎的なこと以外は教えられないそうなのです。それでも、基礎を習うには、最高の方だったと確信しております。歌を繰り返し聞かされ、自分でも歌ううちに、外国語が、するりと理解できるようになるのですもの。それで、先ほど、ロムナン様の教官をお探ししているとお聞きしたときに、ふと思ったのです。もしかしたら、ジョアンナならば、竜語症の方でも……」


「その人を招聘して、マルガネッタ。教官でも、声楽家でも、名目は何でもいいから、とにかく、なるべく早く、引っ張ってきてちょうだい」


 最後まで聞くのももどかしいほど興奮して、わたしは、叫ぶように命じた。

 対するマルガネッタの方は、難問を突き付けられた感じで、何やら考え込んでいる。


「恵神殿に入られて半年ということでございましたね。そうだとすれば、まだ見習い期間で、王族に派遣される資格は、お持ちではないでしょう。普通の指名依頼とは異なり、恵神殿との交渉は、かなり困難になると予想されますが……」

「いくら出してもいいわ」


 わたしは、ずばりと言った。

 神殿相手の『困難』は、ほとんど『寄進』で解決できることを習得済みだからね。王族としての品位には欠けるけどさ。ソフィーヌ寮長から、お小言は飛んでこなかったし、『批判』の竜気は気にしないでおこう。


還俗げんぞくしていただき、生涯雇用するという条件でもよろしいですか。もちろん、ご当人の承諾をいただけた場合ですけれど、費用が非常にかかることになります」


 還俗って、神殿を出るってことだよね。簡単に、許されることなのかな。

 まぁ、生活費に困って、避難所シェルター代わりに、恵神殿に入る女性もいるとは聞くから、そのあたりは、融通が利くのかもしれないけど。

 わからないことは、丸投げしちゃうぞ。


「かまわないけど、強制はしないでね。嫌々来てもらっても、ロムナンのためにならないもの。飴をいっぱい渡して、鞭はいっさいナシってことで、よろしく」

「かしこまりました。ソフィーヌ寮長様、こちらの王寮で、受け入れ可能な職種と人数を伺いたいのですが……」


 マルガネッタが、ソフィーヌ寮長と、細かい打合せに入ったので、わたしは、ユーレカの方を向いて、『称賛』竜気を注ぎながら、お礼を言う。

 この王女様は、出会った頃のロムナンと同じで、不安と緊張に満ち満ちていて、自分に自信がもてないタイプ。叱るより、褒めた方が伸びるよね。

 そうだ、ご褒美をあげる方が、もっとやる気がでるかも。

 ロムナンには、光りモノ。ユーレカには、現金キャッシュだろうな。


「ありがとう、姫。良い情報をもらえて助かりました。その調子で、他にも思いつくことがあったら、何でも話してくださいね。三ノ宮国出身だからこそ知っていることや、帝竜国に取り入れた方がよいこともあるはずですもの。どのようなアイデアや情報でも、大歓迎ですよ。採用した場合には、臨時賞与ボーナスを出すことにしましょう」


 わたしの言葉に、ユーレカは、『喜び』竜気をにしみ出させながら、両目で一回瞬きをした。そして、実際に、思いついたことを提案してくれるようになったのよ。


 

 この日を境にして、ユーレカは、一転して明るく外向的になり、新しい衣装の採寸をするときには、デザインに注文をつけるほどに変貌へんぼうげました。


 同時に、宿舎の人員は、一気に膨れ上がり、内装や調度も豪華になって、護衛も四倍以上に増え、生活環境も様変さまがわりすることになりました。


 しかし、なにより大きな変化は、ロムナンの身に起こりました。ジョアンナ先生は、ヘレンケラーにとってのサリバン先生と同じく、ロムナンに、言葉を理解させるという『奇跡』をもたらしてくれることになったのでございます。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る