第60話 新参者、顔合わせ会のハプニング。
日本の新年度は、4月。
入学や入社のシーズンで、引っ越しも多いよね。
その後に来るのは、オリエンテーションや研修。
まずは、顔合わせが必要でしょ。
帝竜国では、一年十二か月が、四期に分けられていて、その間に、連休があるの。
転職するときは、期末まで働いて、その公休期間に、引っ越し準備をするもの。
どこの世界でも、いきなり辞められたら、残された人たちの負担になるのは同じ。
だから、途中で引き抜くときは、その分を補償しなければならないんだって。
今回、わたしが、急いで集めさせた人材は、下働きまで含めると、全部で62名。
12月に除隊予定の出向を含めて、一気に引っ越しさせることになっちゃった。
その手配をしたマルガネッタやソフィーヌ寮長は、そりゃ大変だったと思う。
でも、大人数の使用人を抱える羽目になったわたしだって、楽じゃないんだよ。
「それでは、今から、この宿舎に居住することになる側仕えの顔合わせを行います。名前を呼ばれた方は、お仕えするご主人の列にお並びくださいませ」
マルガネッタが、緊張しながら、声を張り上げると、中庭に集まっていた男女が、一斉に注目した。
集合場所を屋外にしたのは、番竜組と、新参者を
わたしは、宿舎を背にしたベランダで、椅子に座ってる。膝の上には、ソラがいるけど、この場では、私語厳禁なので、ペットぶりっ子したまま。
わたしの左隣りには、ソフィーヌ寮長が座り、右隣りに、マルガネッタとパメリーナが立っているの。
わたしの背後には、オランダスとカズウェル、料理人のロペスも控えている。
ユーレカが座っているのは、わたしの右手前方。ベランダより一段低い石畳の上で、3メートルくらい離れてるかな。
ユーレカと反対側にいるのは、テリーで、その左右に、ぺったりくっつく形で、ロムナンとサルトーロを座らせた。
テリーの背中の上には、ヒールが、ちゃっかり乗っていて、何やら内緒話でもしてるみたい。この二人をおとなしくさせておくのに、テリーとヒールは、最強のコンビなんだけど、斥候竜と聖竜が、子守りをしているとは、誰も思うまい。
ベランダの外側には、番竜が12頭、ずらりと『待て』状態で、一列に並んでいる。リードもつけてないから、慣れない者が見ると、ドーベルマンが放し飼いにされてるみたいで、かなり恐いかも。
でも、大丈夫。野番竜あがりの5頭も、勝手に動き回らないように、ちゃんと調教されたのだ。帝竜軍から引き取った7頭は、軍用竜として訓練済だから、ヒールが怪我を治療しただけで、現役復帰できたしね。
「ユーレカ王女様付き神通力教官、[
最初に呼ばれたのは、恵神官。
神官の位には、『大』、『正』、『副』があって、その下に、見習い神官と平信徒がくる。神殿でも、竜気が強いほど、位が高くなるものらしいの。
恵ヘレンは、【心話】と【翻訳】と【遠話】が使える[大巽門]の神通力者なんで、大神官と呼ぶわけ。
いくら王族の要請だからといって、こんなトップクラスが派遣されてくることは珍しいみたいで、マルガネッタが緊張しても仕方がないんだよね。ソフィーヌ寮長だって、びびってるくらいだし。
薄紫の肌に、マリンブルーの髪をした恵ヘレンは、一見すると、品の良い優し気なおばあちゃまという印象だけど、ソラの情報によると、これは
若い頃は、外帝府の司法局で、弁護官を務めていたとかで、頭は切れるし、弁舌はたつし、嘘は通用しないし、非常に
今は、恵神殿のスポークスマン的な立場にいるというのに、なんで、ユーレカの教官に名乗りを上げたのかと言えば、ここに、わたしがいるからなんだよ。
そう、帝女候補のわたしがね。
「ユーレカ王女様付き指導教官、[
恵ヘレンが、優雅に一礼して、ユーレカの向こう隣りに立ったあとに呼ばれたのは、【心話】と【交感】が使えるニキータ教官。
このおばさまだって、恵立大学の名物教授で、初等科の生徒を受け持つような下っ端じゃないのよ。専門は、心理学で、トラウマの治療医なんだってさ。
魔物と遭遇して生き残ったわたしが、トラウマを抱えているからって、好奇心丸出しで、こっちを見ないで欲しい。
わたしは、あなたの患者じゃないし、研究材料でもないんだぞ。
「ユーレカ王女様付き秘書官、[中艮門]アンジェリ」
「ユーレカ王女様付き筆頭侍女、[中艮門]シェルガリ」
この二人は、帝竜国の出身で、ユーレカの母親が、三ノ宮国へ嫁ぐときに、ついて行った貴族で、ユーレカが、帝竜国へ来るときに、一緒に帰ってきた出戻り組。
まぁ、無理心中事件が起きたあとじゃ、三ノ宮国に居場所はないよね。
むしろ、乱心した主人を止められなかったことで、連帯責任を取らされなかったのが、不思議なくらい。
娘のアンジェリの方は、六歳と三歳の子持ちで、生活費を稼ぐ必要があったから、帰国後、ユーレカの曽祖母の家で、四級侍女として働いていたんだけど、労働条件が過酷だったみたいで、今回の申し出に喜び、円満に転職してきたの。
「同じく、ユーレカ王女様付き侍女、[中艮門]ポリアンヌ」
「ユーレカ王女様付き筆頭護衛、[中艮門]ノエビラ」
「同じく、ユーレカ王女様付き護衛、[中艮門]ヨハンナ」
「同じく、ユーレカ王女様付き護衛、[中艮門]ミーナラティエル」
この4人は、マルガネッタとユーレカとソフィーヌ寮長が面接して決めた、若手の女性ばかり。
王寮支給の同じお仕着せを着ているせいで、区別がつかないけど、それが普通。
護衛と言っても、王族付きの貴族女性は、帯剣もしないし、武術の心得もないの。【攻撃波】と、【気配探知】の訓練を受けていて、女主人に
侍女との違いは、外出に付き添うことと、夜勤があること。その分、お給料が高くて、お休みも多いけど、普段は、侍女の仕事もするのよ。
産休を取るものだから、入れ替わりが激しい職種と言える。
「ユーレカ様付き料理人、[中艮門]トトロッティ」
帝竜国では、料理人とか
この料理人は、ユーレカの側仕えとしては、唯一の男性。三ノ宮国出身で、好みの料理を作ってくれる人だから、ユーレカもずっと解雇しなかったらしい。
わたしにとっても、砂糖や乳製品を使ったレシピを知ってる貴重な人材だわ。
これまで、ユーレカが雇っていたのは、筆頭侍女のシェルガリと料理人のトトロッティの他、
これで、ユーレカの使用人は、18人になったわけ。公使に文句を言わせない程度にはなったかな。
中仕えは、豪族や士族だから、礼儀作法は完璧に身についてるのよ。ただ、王族と接するには、竜気量に差があり過ぎるので、主人には、できるだけ近づかないようにして、主に、外から来る商人との交渉や、使いが来たときの取り次ぎなどの日常業務をこなすんだって。
「サルトーロ様付き神通力教官兼武術教官、[
この人こそ、みんなが待ちわびていた、サルトーロに神通力の基礎を叩き込んでくれるであろう教官よ。
外帝軍の
外帝陛下の許可をとってよ。もちろん、その分の費用を払わされたのは、言うまでもなく。あの、因業陛下め。
面接のときは、まだ火傷の痕も生々しかったし、骨折した足を引きずっていて、戦い破れたライオンって風情だったのよ。
子供には慣れていないし、基礎を教える自信もないと断られたんで、こりゃ、警備責任者になってもらうしかないかと思ったんだけど。駄目元で、サルトーロに会わせてみたら、一転して、弟子に取るって言い出したんだよね。
あの子の入隊したいという熱意にほだされたのかな。それとも、理想の人に憧れる『好感』に同調させられちゃったのかね。とにかく、相性がばっちりだったことだけは確か。あっという間に、父と息子って雰囲気になってるもん。
「サルトーロ様付き指導教官、[大艮門]ジョン
命ジョンも、恵ヘレンなみの有名人らしい。
頭脳明晰な切れ者の恵ヘレンとは真逆で、勇猛果敢な脳筋タイプなんだけど、周りに恐れられているという点は共通だね。
マイケル特命官とは、第二大陸の前線で、共に戦ったことのある戦友らしく、お互いに敬意を持ってるみたいだから、その調子で協調しつつ、うまくやっていってもらいたいもの。
とにかく、この人の竜気量なら、ポルターガイストにも動じないだろうし、ロムナンの【攻撃波】だって、軽くはね飛ばせそうだよなぁ。
「サルトーロ様付き秘書官兼執事、[中艮門]マッティオ」
「サルトーロ様付き従者、[中艮門]アーチャー」
「サルトーロ様付き護衛、[中艮門]リカルド」
サルトーロの方は、ユーレカの扶養家族ってことで、側仕えも共有していたのね。人手がなくて、着替えなんかも、ユーレカが手伝っていたというんだから、王族らしからぬ庶民的な生活を送っていたみたい。
それはそれで、仲良し家族っぽくて良いと思うけど、これからは、姉と弟は、別の棟で暮らすことになるから、側仕えも、それぞれ別の者をつける必要があるわけ。
王子様でなくなったサルトーロの方は、王女様のユーレカよりは、人数を少なくしたけど。人材的には、優秀な人たちを揃えられたのよ。
側仕えが4人、中仕えが2人、下働きも2人。全員新規で、8人ね。
「ロムナン様付き秘書官兼執事、ジョーイ」
「ロムナン様付き従者、ベンジャミン」
「ロムナン様付き護衛、モースティン」
この三人は、【防御波】が得意で、王族に仕えたことのある熟練者から選んだ。
サルトーロの方の三人は、20代、30代の若い世代だけど、こちらは、全員、50歳以上。カズウェルも、67歳だし、平均年齢は、倍くらい高くなる。
ソフィーヌ寮長は、野生児の相手をするには、若手の側仕えがいいと思っていたらしいけど、長続きをした例がなかったので、今回は、相性が合ったカズウェルタイプを探すことにしたのよ。中仕えの2人と下働きの2人は、問題ないので据え置いたけどね。
「ショコラ様付き通訳兼楽師、[
そして、ユーレカが推薦してくれた声楽家のジョアンナは、名目上は、わたし付きの楽師とすることになったの。外国語の基礎も教えてもらうし、使節団が来たときは、通訳も務めてもらう。
いきなり、マンツーマンでぶつかっていって、警戒心の強いロムナンが逃げ出したら、元も子もないでしょ。だから、わたしと一緒に、歌を聞かせることから始めて、徐々に慣れさせていこうって方針になったわけ。
恵ジョアンナは、結局、
恵技官っていうのは、恵神殿に、籍を移してはいるけど、神官とは違って、冠婚葬祭の儀式を執り行う資格のない、楽師や産婆など、専門職の総称。
たいていは、結婚式やお祭りに呼んで、音楽を奏でてもらったり、妊婦の往診を頼んだりと単発の派遣になるらしい。今回は、長期依頼なので、謝礼として、竜育園の中に、恵神殿を新しく建設する資金を寄進することになっちゃったよ。
「ショコラ様付き侍女、ソフィア」
「同じく、ショコラ様付き侍女、クロエ」
この二人は、パメリーナの下につくことになるので、適当な女性を推薦してもらった。ソフィアは、学生時代の友達で、クロエは、従妹なんだって。竜眼族の間では、縁故採用の方が信用できるということで、推奨されているらしいわ。
「ショコラ様付き護衛、グレイソン」
「同じく、ショコラ様付き護衛、エリオット」
「同じく、ショコラ様付き護衛、ルーカス」
こちらは、オランダスの下につく男性陣で、わたし付きではあるけど、宿舎全体の警備にあたることになる。番竜組の世話や、竜車の御者も、仕事に含まれるから、この人数でも少ないくらい。
ただ、わたしは、あと1年で、王寮を出る予定なもんで、あまり増員するわけにもいかないのよね。初等科に移るときに、何人も連れて行けないし、残るロムナンに振り分けることになるから。
「同じく、ショコラ様付き次席護衛、キャロライナ」
「同じく、ショコラ様付き護衛、オードリー」
「同じく、ショコラ様付き護衛、レベッカ」
「同じく、ショコラ様付き護衛、イザベル」
こちらの女性陣は、外出の際は、オランダスの下につき、宿舎の中では、パメリーナの下につくの。ユーレカと同様、女性護衛の最重要任務は、虫退治。
命神殿のご加護騒動で、わたしが、
相手の四姓や年齢、恋文を寄越した回数、贈り物の明細なんかを記録して、そいつが来訪したときに、わたしが対応できるように管理するのも護衛の仕事のうちらしい。
わたしの側仕えは、一気に、10人増えて、15人。
これだけ大所帯になると、食事の支度も大変だし、雑用だって増えるから、中仕えも、4人から、10人に、下働きに至っては、4人から、16人に増員された。
わたし付きの使用人だけでも、40人。宿舎全体では、なんと74人になったんだよ。
これ、もう中小企業なみの規模じゃないの。宿舎だけでは、部屋も足りないもんだから、中仕えと下働き用の寮を別に借りる羽目になったし、ばかばかとお金が消えていくぞ。わたしのお小遣いでも、
「以上24名が、新参の側仕えでございます。次に、古参の側仕えをご紹介いたします。こちらが、[中艮門]ソフィーヌ寮長様。現在、ショコラ様の指導教官を務めておられますが、同時に、第十七王寮の最高責任者でもあります。何か問題が生じた場合は、必ず、ソフィーヌ寮長様にご報告していただくようにお願いいたします。これは、寮内だけではなく、竜育園の住民や商人などとのトラブルも含みます。詳しいことは、配布した寮則および、契約書に記載されておりますので、内容をよくご確認の上、ご不明な点があれば、明日の側仕え総会で、ご質問くださいませ」
側仕え総会って、ちょっと不穏な感じがしない?
わたし、最初聞いたとき、組合の集会みたいなものかと思ってさ。労働条件改善要求とか出されたら、どうしようかと不安になったよ。
でも、これ、側仕え同士の懇親会みたい。どうせ、主人の扱い方に関して、ノウハウとか裏情報とかは、飛びまくるんだろうけど、貴族階級にとっては、社交の延長らしくて、その場で結婚相手を見つけたりもするんだって。
「わたくしは、ショコラ様付き秘書官、[中艮門]マルガネッタ、こちらは、ショコラ様付き筆頭侍女、[中艮門]パメリーナ、その後ろが、料理長の[中艮門]ロペス。あちらのお二人が、ショコラ様付き、筆頭護衛の[中艮門]オランダスと、ロムナン様付き筆頭護衛の[中艮門]カズウェルでございます。人事や契約に関することや、警備上の問題につきましては、わたくしども古参の五名に、お問い合わせいただいても結構です」
パメリーナが、言葉をきって、ぐるりと四角に列を作った側仕えを見回す。
こちらのベランダに、わたしと古参の6人がいて(ソフィーヌ寮長を含めて)、対面側には、わたし付きになる新参の10人が横一列に並んでいる。
右手のユーレカの向こう側にいるのが、ユーレカ付きの9人。
左手は、テリーを中心として、向こう側が、サルトーロ付きの4人で、手前に、ロムナン付きになる3人がいるわけ。
顔を覚えるだけでも、大変なのに、一番遠いところの人は、10メートル以上離れていて、その顔すら、よく見えないんだよ。これだけの大人数に、ずっとお給料を払っていくんだと思うと、気が遠くなりそうだわ。
「最後になりますが、重要な注意事項がございます。皆様は、お仕えするご主人の棟と、共有施設のある本館以外の立ち入りは禁止されております。また、ご主人以外の王族の方に、ご自分の方から、話しかけたり、近づいたりなさらないでください。既にお聞き及びとは存じますが、ユーレカ様は、三ノ宮国の王女であらせられますし、他の御三方は攻撃力が極めて強く、制御力を訓練中でいらっしゃいますので、人身事故を避けるため、ご指名を受けた側仕え以外の者には、帝家より、接近禁止命令が出されております。この命令が適用外となるのは、ソフィーヌ寮長様と、ジョアンナ恵技官のお二方だけでございます。恵ジョアンナは、ショコラ様付きではありますが、以前、ユーレカ様とサルトーロ様の教官をなさっていたことがおありですし、今後、ロムナン様のご指導もなさることになっておりますので、特別に許可されたものとご承知おきくださいませ」
接近禁止命令が出てるのは、嘘じゃないんだよ。でも、本当は、それほど厳格なものじゃなくて、「勝手に近づいて、死傷しても補償はしないよ」的な意味なの。
ただ、それで、自分の側仕え以外の者に、話しかけられるのは、時間も惜しいし面倒でもあるから、契約に「側に寄って来るな」条項を入れておくことにしたのよ。
ついでに、恵ジョアンナが、特別扱いされてることに不満が出ないように、最初に説明しておいてもらったわけ。
「また、この宿舎の周りは、昼夜を問わず、番竜が放たれております。この後、番竜たちが皆様の竜気と臭いを認識できるように、お側近くに参ります。これは、今後、誤って攻撃を受けないために、必要な処置でございます。
ここで、わたしの出番だ。今こそ、特訓の成果を見せるとき。
さぁ、みんな、ショータイムだぞ。カッコよく決めてやれ!
「番竜組、立て」
わたしが、声を張り上げると、12頭が、「待て」の体勢から、四つ脚で立ち上がった。四郎が、ちょっとフライングしたけど、まぁ、揃ってる方かな。
元帝竜軍の7頭は、番竜組の訓練にも、すぐ馴染んだし、初期メンバーの一班よりも、動きがきびきびしてスマートだから、完全に負けてるけどね。この子たち、二班の名前は、英語の数字で、「ワン」から、「セブン」にしたの。
ネーミングセンスがない? ふん。覚えやすいのが一番よ。
「一班、右から確認。二班、左から確認。行け」
番竜組は、二班に分かれて走り出し、新参の側仕えが立っている列にそって、鼻をクンクンさせながら嗅ぎまわっていく。同時に、[探知]を発動させて、『悪意』や『殺意』がないかを探ってもいる。
こんな人数を一度に調べるのは初めてだけど、竜気と臭いを覚えさせるのが、主な目的だったんで、さくさく終わらせるつもりでいたのよね。
このあとは、各棟に分かれて、側仕えと中仕えと下働きの顔合わせと、担当部署で引き継ぎが行われるし、スケジュールが過密状態なんだもの。
それにさ、正直なところ、意識の上っ面を[探知]する程度で、引っかかる容疑者が見つかるなんて思ってもいなかったの。
だって、みんな、推薦状を持っていて、書類審査から面接を、選抜されてきた人たちなんだよ。わたし目当てにやってきたのが見え見えの人が約三名いるにしろ、別に、害意があるわけじゃないから、問題はないと考えていたのに……。
「グゥオオルゥウグオゥオオーン」
いきなり、ワンが、ぐわっと歯をむき出しにして威嚇したと思ったら、ツーからセブンまでが、一人の男性を取り囲むように集まってきて、二班が合唱を始めた。
「あの男の人は、誰だっけ」とか、とか、「この鳴き方は、何を訴えているんだっけ」とか、混乱しているわたしの頭に、テリーの思念が響いた。
<あぶない。みんな、はなれて>
ぎょっとして、わたしが、テリーを見たときには、ヒールが羽ばたきながら、空に高く舞い上がり、ロムナンが、サルトーロの手を引っ張りながら、わたしの方に、走ってくるところだった。
思わず立ち上がろうとしたわたしの膝の上にいたソラも、カパッと翅を広げて,飛び上がりながら、甲高い声で鳴き始める。
<キュルルン! キュルル、キュルル、キュルルン!>
これは、前にも聞いたことがある。たしか、注意報だ。天の橋立で、天竜島が接岸するときに聞いたやつ。
人形遣いに襲われたときほどは、興奮していない。だったら、それほど、危機的な状況じゃないはず。
でも、ソラが鳴くのと前後して、番竜組の一班も、合唱に加わり、警戒音とともに、『怒り』と『興奮』が入り乱れた竜気が、あたり一帯に立ちこめ始めた。
何よ、何ごとなの、これ?
わたしが、呆然と立ち尽くしていると、威嚇されていた男が、身を翻して逃げ出そうとした。次の瞬間、一番近くにいたワンとスリーが、男に飛びかかり、引き倒すのが、遠目に見えた。
これが、一班だったら、わたしも、止めたと思う。でも、二班は、索敵訓練を受けた軍用竜たちなんだよ。
つまり、この男は敵だってこと。敵意を抱いた男が、側仕えとして、宿舎に潜入しようとしていたってことなのだ。
それに、こいつ、一人とも限らないんじゃない?
中仕えや下働きにだって、いるかもしれないし。疑いだせば、きりがないよ。
この日、集められた側仕えのほとんどは、わたくしたちに長く仕えてくれる忠臣ぞろいで、後に、『ショコラ親衛隊』と呼ばれるほどの結束力を誇ることになります。
しかし、同時に、平和ボケしていたわたくしが、常に人を疑うようになったのは、側仕えに裏切られる危険を思い知らされた、この日だったのでございます。
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