第57話 首飾り神器の押しつけ先。


 人には、どうしても、似合う物と似合わない物があるでしょ。

 哀しいかな、丸缶マルカン茉莉花マリカには、似合う物なんて、ほとんどなかったよなぁ。

 それでも、できるだけ、見苦しくないように、コーディネートしてたわよ。


 まっきっきショコラには、茉莉花とは違った悩みができちゃったのよね。

 たとえば、金細工に囲まれた、どでかい真っ赤なルビーなんか似合うと思う?

 まぁ、仮に似合うとしても、神器なんか、首にかける気はさらさらないけどさ。



<わたくしに、この首飾りを下さるおっしゃるの? 栄マーヤゆかりの神器というのは、これなのでしょう?>


 聖竜ヒールの感情波は、『頭おかしいんじゃないの?』的な呆れと、『あぁ、そう言えば、この人って、とっくにおかしかったっけ』的な慣れが、ないまぜになって、限りなく『侮辱』に近いものとなっている。

 でも、そんなことは気にしない。


<うん。いろいろ検討したんだけど、聖竜に有効活用してもらうのが一番という結論になったの。だから、あんたが使ってよ、ヒール>

<使うと申しましても、わたくしには、無理でしょう? これは、マリカが、竜神リ・ジンより賜ったものなのですから>


 そう、賜っちゃったのよね。おかけで、大変な思いをするはめになったんで、ありがた迷惑以外の何物でもないんだけど。そんなこと口が裂けてもいえないどころか、感情波で漏らすわけにもいかないから、更に苦労が増しているのだ。


<そんなことないよ。ソラだって、使えたんだからさ>

<それならば、そのまま、配偶竜に使わせるべきでしょうに>


 わたしだって、最初に、それを考えたよ。ソラだって、協力はしてくれたし。わたしの掌サイズの首飾りを首にかけるだけでも、重かったろうに。さすが相棒。


<それが、駄目なのよ。今でも、ソラの方が竜気量が多いのに、神器をつけると、放出できる竜気が四倍くらいに増えちゃって、竜気を循環するときに、わたしに負担がかかり過ぎるんだって>

<でしたら、マリカがつければよろしいだけのことでは?>


 まぁ、普通は、そう考えるよね。でも、わたしは嫌だ。帝女候補の看板をしょって、歩くような真似はしたくない。幸い、お断りできる大義名分があるしね。

 

<わたしは、もっと駄目。まだ神通力の訓練中で、ただでさえ危険物扱いされてるのよ? これ以上、竜気が増えて、制御がきかなくなったら、どうなると思う?>

<より一層危険になりますわね。周囲も、あなた自身も>


 納得してくれて、ありがとう。

 制御しにくいのは本当だし、嘘はついてないんだよ。

 それに、成長期に、神器頼りの癖をつけるのはよくないと助言もされたの。

 電卓を使い慣れても、計算能力は伸びないのと同じ。ずっと、電卓が使えるなら、それでもいいけど、壊れちゃう可能性だってあるし、基礎は大事だって話ね。


<そういうこと。帝家に献上しようとしたら、あっさり断られちゃうしさ。わたしが賜ったものを取り上げる形になるのは、外聞が悪いみたいよ。それなら、栄神殿に奉納しようかと思ったんだけど……>

<命神殿から譲られた神器を、他の神殿に奉納するなんて、ありえないですわ>


 ヒールの竜気は、『侮辱』から、『説教』に移行しつつある。最近、周りの人からは、『畏敬いけい』的な特別視をされて辟易へきえきしてるところだから、上から目線で見られる方が、気楽でいいわ。

 わたしって、根っからの一般人パンピーなんだなぁ。


<うん。ソラにも、すごい怒られた。もともと、これ、命神殿に展示しておくだけでは、あまりにもおそれ多いから、是非ぜひとも活用して欲しいって、譲られたものなんだよね。そのときは、ここの紐の材質を研究するのに使おう、できたら、コピーしたいな、くらいの気持ちで、受け取っちゃったんだけどさ……>

<コピーですって? 神器が、簡単にコピーなどできるわけないでしょうに>


 ヒールが、竜眼をカッと見開いた。

 『お馬鹿』竜気で、ピシパシ切りつけてくる。ちょっと痛いって。体罰反対! 

 さすがに、わたしは、抗弁することにした。


<だって、知らなかったんだもん。わたし、まだ7歳なんだよ。教えてもらってないことが、たくさんあるの。お馬鹿だって、しょうがないじゃない>

<7歳……。そうでしたわね。とても、そうは思えないのですけど……>


 ヒールが、きょかれたように、気脈を引っ込めたので、『叱咤しった』攻撃が止んだ。ここぞとばかりに、わたしは、押せ押せで、『説得』竜気を打ち込む。


<ともかく、匠族しょうぞくの技術者には、分解も分析もできないって言うんじゃ、このままの形で使うしかないわけよ。どうやれば、有効活用できるかって考えたら、答えはひとつ。貴重かつ有用な[神乾門じんけんもん]の治療力を持つ聖竜しかいないでしょ。あんただって、竜気量が足りないせいで、治せない場合があるって言ってたじゃない。これをつけてると、竜気の不足分を補ってくれるから、今までは諦めていた重度の怪我でも、治せるようになると思うの。やり直しだって、できるようになるかも。どこまで効果があるかは、実際に、試してみてもらわないとわからないけどね。試してみるくらいは、別にいいでしょ? 取り敢えず、つけてみてよ。ほら、頭を下げて。あんたが、その上に乗ってると、わたしじゃ、手が届かないんだから>


 神器にはそれぞれ特性があるらしいんだけど、この首飾りは、外付け充電器バッテリーみたいなものなの。本当に、竜神のご加護だったのかどうかはともかく、今は、竜気が満タンにされた状態。普段は、自分の竜気だけを使っておいて、ここぞというときに、こっちから不足分を引き出してくればいいのよ。

 ハイブリッドカーと同じで、2つの動力源を持つような感じ。とにかく、燃費が良くなるのは確かだし。


<ソラは、何と言っていますの? 配偶竜じぶんを差し置いて、わたくしに神器を渡すことを……>

<ヒールなら、似合うんじゃないって言っていたよ。確かに、良く似合ってるね。まるであつらえたみたいだわ。重さは、どう? 首が痛くない?>


 不思議なことに、ヒールの首にかけると首飾りは、自動でシュッと締まって、首輪みたいになっちゃった。

 ソラのときは、わたしが、首回りの長さを調節したんだけどな。

 まぁ、首輪の方が、竜石部分がゆらゆら揺れない分、安定していいかも。


 どっちにしても、神器これが、ヒールに似合ってるのは、間違いない。

 何しろ、この聖竜は、孔雀の雄よりもド派手で、何十色混じっているのかわからないくらい(わたしは、数えてみようとして、挫折した)カラフルなのである。

 金細工にふちどられた、どでかいルビーをつけても、全然浮いていないよ。むしろ、鮮やかな赤が、ちょうど良いアクセントになって、バッチリ決まってるじゃないの。


<えぇ。重さも、ほとんど感じませんわ。それで、どなたを治療すればいいのですか>


 わたしの『称賛』に気を良くしたのか、ヒールは、パラパラパラと羽を扇状に広げた。ホントに凄いぞ、このデモンストレーションは。

 某女性歌劇団とタメを張れるくらい、過激に麗しく華やかだ。

 孔雀の雄にとっては、雌の気をひくための求愛行動だと聞いたことがあるけど、聖竜の場合も、何か意味があるのかね。


<誰って? 別に、誰でもいいよ。そんなの、わたしが決めることじゃないし>

<どなたか治療して欲しい人がいるのではないのですか。それで、わたくしに、これを使ってみるように依頼したのではありませんの?>


 疑わしそうなヒールの問いに、わたしは、説明が足りていなかったことに気づいた。神器を押しつけることばかり考えていたから、誤解されてたみたいだな。


<あぁ、ちがうよ、条件つきで、貸すわけじゃないからね。あんたは、確固たる信念の持ち主なんでしょ。治療者には、患者を選ぶ権利だってあると思うし、わたしは、口をはさんだりしないよ。その手の判断は、いつも通り、自分でやって>

<でも、ここに同居している限り、表向き、あなたは、わたくしの主人ということになりますのよ。わたくしが、勝手に、患者をることはできないでしょう?>


 そりゃ、一応、ヒールの法的な所有者は、わたしなんだけどさ。おこがましくて、気位の高い聖竜様に、主人面なんて、できっこないし、する気もないよ。

 

<なんで? 治せると思う患者なら、治してあげればいいじゃない。人でも、竜でも。あんたの負担にならない範囲で。それが、聖竜の天職なんだからさ>

<つまり、わたくしに、無料で、無差別に、治療をしろと? そんなことをしたら、あなたが、矢面やおもてにたって、責められることになりますわよ>


 なるほど。「あっちは無料で治してやったのに、なんで、こっちは、診てもくれないんだ」的な苦情が来る可能性はあるか。

 そういう心理はわかるし、それも当然だと思うけど、ヒールがこの世の怪我を全部治せるはずがないのも、理の当然。どこかで線引きは必要だもん。患者の選択は、治療者本人に任せるしかないよね。


<いいよ、勝手に言わせておけば。もし、うるさいようだったら、「聖竜って、気まぐれなものなのですから。ごめんあそばせ」とでも、返しておくよ>

<それで、本当によろしいんですか。約束は、最初に、きちんと結んでおかなければ、トラブルの素となりましてよ>


 脅すように確認されて、わたしは、ちょっとばかり、たじろいでしまった。

 うーん。竜にとって、約束は神聖なものだと、前に言っていたもんね。これには、いい加減な答えを返せないよ。

 アバウトに、成り行きまかせでやってみましょで通せないとすると、やっぱり、ソラに丸投げするしかないな。


<約束かぁ。そのあたりのことは、ソラと話してくれない? まぁ、今時点で、わたしが思いつくのは、「治療して欲しい怪我人や病人がいたら、一番に連絡入れるから、優先的に診てやってちょうだい」ってことくらいなんだけど>

<診るだけでは、すまないでしょうね。あなたのことですから、治せないと言ったところで、引き下がるはずがありませんし>


 ヒールが、『疑惑』と『皮肉』が混じった竜気を投げてきたので、それを払いのけつつ、わたしは、『ゴメン』竜気をパタパタとリフレインして送ることにした。

 

<あはは……確かにね。そのときは、どうぞ、よろしくお願いします、聖竜様>

<ふう。わかりました。取り敢えず、ソラと交渉することにしますわ>


 ヒールの竜気が、『諦念ていねん』に塗り変わった。

 やったよ、押しつけ成功! ほっとしたあまりに、わたしは、思わずガッツポーズを取ってしまった。


「ショコラ様? いかがなされました?」


 怪訝けげんそうなパメリーナの声に、わたしは、我に返って、自分が振り上げた両手の拳を、右、左、右と見た。

 まずい。これは、全くもって、乙女らしくない恰好である。

 更に悪いことに、王族らしい態度とも言い難い。

 ガッツポーズ自体が知れてないとしても、はしたないと顰蹙ひんしゅくを買いそうだよね。ソフィーヌ寮長に見られたら、間違いなく、お小言が飛んでくると思う。


「えっと。ちょっと嬉しくて。その……、ヒールが、神器の首飾りをつけてくれたものだから。ほら、見て。とっても、似合うでしょう?」

「まぁ! 本当に、お似合いでございますこと」


 幸いにして、パメリーナには、誤魔化ごまかしがきいた。

 もちろん、ばつの悪さを誤魔化しきれるわけじゃないんだけど、上手く誤魔化されたふりをしてくれるの。触れられたくないことには、近づこうとすらしないパメリーナは、主人の竜気に敏感対応できる侍女のかがみなのだ。

 もっとも、今は、本気で、ヒールに目を奪われただけなのかもしれないけど。それくらい、熱をめて、うっとり見入っているよ。


「ロムナンも、こうして、ヒールが神器をつけてれば、横取りしようとはしないと思うのだけど、どうかしら?」

「むしろ、お喜びになって、ヒール様をお手元から、放されなくなるのではないでしょうか。本当に、目を離せないほどのお美しさでございますもの」


 そうかもしれない。今でさえ、派手好みのロムナンは、ヒールに食べ物を貢ぎつつ、しょっちゅうでているの。神器の首輪付きになったら、もっと鑑賞頻度が上がることだろうね。

 でも、それくらいならいいんだよ。ヒールも、ロムナンのことは気に入っているみたいで、まとわりつかれても苦にはしないと思うし、テリーの竜舎に行く時間が減れば減るだけ、番竜組引き離し作戦が進んで行くしさ。

 問題なのは、ロムナンが、神器の首飾りに執着してるってことなの。


 思い出すのも嫌なご加護事件(前座の酔っ払い阿鼻叫喚事件を含む)の四日前は、宿舎に戻ってからが、また大変だったんだわ。

 命神殿からは、逃げるが勝ちとばかりに、そそくさと返って来たんだけど、何しろ、わたしの誕生日でしょ。

 お昼には、お祝いの誕生会があって、内輪ばかりとは言え、知人や使用人やペット(ソラやヒールを含む)がフルメンバーで集合したわけよ。

 当然ながら、その席で、神器の首飾りを御披露目おひろめするはめになったのよね。熱に浮かされたようなマルガネッタの解説付きで。

 まぁ、身内に、事情説明をしないわけにはいかないんで、わたしも、熱弁を止めなかった。自分で話すよりはマシだと思ってさ。


 ところが、問題は、別の方向から近づいてきていた。

 激震に見舞われて、半ば呆然としている間に、どこかで発生していた台風が、直撃コースでやってくるようなもんよ。

 どうして、不幸って重なるのかしら。泣きっ面に蜂。神器に地雷よ。

 行いが悪いからだとは言わないで欲しい。これでも、精一杯やってるつもりなんだぞ。


 ともかく、地雷とは、言わずと知れた、わたしの弟一号ロムナンである。

 この子は、竜語症で、マルガネッタの熱弁は、からっきし理解してなかった。

 それでも、竜眼は健全である。視力は良いし、派手好みで、光りモノが大好きとくる。

 それを知っていたのに、予測できなかったわたしが、馬鹿だったのかもしれないけどさ。神器の首飾りのとりこになってしまったんだよね。


<ロムナン、これ、ほしい>


 主役のわたしが座っているところまで、トコトコやって来たロムナンは、テーブルに置いてあった首飾りをひょいとつかんだ。幼児が、「これ、僕の!」と勝手に宣言するのと同じで、当人に邪気はないから、悪びれもなく堂々と。

 類にも、よくやられたもんよ。姉のものであろうが、お値段がどうであろうが、おかまいなし。自分が気に入れば、自分の物にしたい。本能に近いんだろうね、所有欲って。


 この時点では、危機感がゼロだったわたしは、「気に入ったなら、ロムナンにあげてもいいか。でも、先に、紐の研究をしないとな」くらいの気分で、ぼへっとしていたんだよね。

 ところが、周りの人たちにとっては、ロムナンがいきなり窃盗を働いたとしか見えなかったようなの。

 一番慌てて止めに入ったのが、ロムナン付きのカズウェルよ。主人の犯行を止めるのは、護衛の役割を越えてる気がするけど、その素早い対応力は、退役兵らしく見事なものだったね。


「いけません、ロムナン様。それは、ショコラ様の神器でございます!」


 言葉が通じないのは、百も承知だったはずなのに、カズウェルは、必死の形相で叫びながら、がしっとロムナンの腕を掴んだの。

 それでも、首飾りを取り上げることはできなかった。

 普通だったら、骨を折る勢いで、腕をひねり上げたはず。だけど、相手は、子供で、しかも、保護対象。手加減し過ぎたせいで、逆襲されてしまったんだな。

 まぁ、竜気勝負じゃ、最初っから、勝てるわけもないけどさ。


<いたい。はなして>


 ロムナンが、カズウェルの腕を振り払って、『苛立ち』竜気を向けようとしたところで、わたしも、このままじゃ、ヤバいと思って、『叱責』竜気を投げつけた。

 その日、平民相手に、『苛立ち』をぶつけて、阿鼻叫喚を引き起こしたばかりのわたしは、カズウェルが死んじゃうかもと恐ろしくなって、かなり本気で怒った。


<やめなさい、ロムナン!>


 いつもならば、そこで、おとなしく『ごめんなさい』するのに、このとき、ロムナンが、初めて、わたし歯向はむかってきた。

 たぶん、攻撃波まで出すつもりはなかったと思うのよ。せいぜい、『反抗イヤイヤ』程度の可愛いもので。

 ところが、ロムナンは、充電器たる神器を握っていたわけよ。どうなると思う? 

 そう。竜気が増幅しちゃったの。ボワワワァって赤く光るのが、目でみえるくらいに。


<マリカ、気をつけて! ロムナンの竜気が増幅してるわ!>


 ソラに忠告されるまでもなく、わたしも、臨戦態勢に入っていて、そこから、おはつの姉弟喧嘩が勃発ぼっぱつしたの。

 結果? もちろん、姉の権威を知らしめてやったさ。この勝負に、負けるわけにはいかなかったからね。

 欲望のまま、他人様の物に手を出すのも悪いけど、竜気づくで、自分の意志を押し通すような真似は許せない。いつまでも、野生児のままでいられたら、危なくってしょうがないもん。

 何がなんでも、そのまっさらな心に、善悪というものを叩き込んでやるぞ。


 姉としての義務感で燃え盛ったわたしは、相棒ソラとタッグを組むことによって、神器を持った弟など物ともせず、愛の鉄拳を打ち込んだ。

 もちろん、素手ではなく、竜気で。

 ロムナンが、ギブアップして、姉には敵わないという真理を学習し直すまで、何分もかからなかったよ。

 ふふん。わたし(とソラ)の完全勝利である。


 幸いにして、周囲にも、死傷者が出ずにすんだし、穏便に解決できたと言ってもいいんじゃないかな。

 残念ながら、失神者は、若干名出てしまったし、誕生会は、即刻中止となっちゃったけど。更には、そのあと、ロムナンがわかるように説教するのが、そりゃもう大変で、ぐたぐたに疲れ切ったけど。


 今度の一件で、ロムナンは、『他人の物は、勝手に取らない』という人間社会のルールと、『欲しくても、我慢しなければならない』という悲しくも厳然たる現実を理解してくれたと思う。

 でもさ。理解したからって、欲望が消えるわけじゃないでしょ。

 つまり、未練は残ってるのよね。それも、ほとんど熱が冷めない状態で。


 わたしだって、できれば、ロムナンの熱望を叶えてあげたいよ。意地悪したいわけじゃないしさ。

 だけど、この首飾りだけは駄目。神器が、充電器と判明した時点で、ロムナンにあげる選択肢は消えた。ただ持たせるのだって、危険だとわかったんだから。

 テロリストに爆弾。地雷に神器。最悪の取り合わせじゃないの。


 かと言って、他の人にあげたら、ロムナンは納得できないだろうし、下手をすれば、横取りしようとするかもしれないでしょ。

 可能性は低くても、危険度は高い。危ない橋は渡れない。

 その点、聖竜なら、まだしも安心安全なのよ。


 ロムナンは、ヒールの派手派手しさを賛美してるだけじゃなくて、サルトーロの命を助けてくれたことに感謝もしてる。あの子は、あれで、律儀な性格をしてるから、恩人に仇なすような暴走はしないはず。

 弟よ、姉は信じてるからな。この麗しき信頼を裏切ってくれるなよ。


 それ以上に、わたしは、ヒールの危険回避能力を信じてもいる。

 こいつってば、誕生会のときだって、トラブルの竜気を嗅ぎつけるや、いち早く、すっ飛んで逃げちゃったんだから。それにつられて、他のみんなも逃げ出したから、被害が少なくてすんだとも言えるけど。

 気絶したのは、その場に踏みとどまったカズウェルとオランダスだけ。

 二人とも、ごめんなさい。危険手当を増額させてもらいます。


 ともかく、ヒールが、神器の首輪をつけていれば、ロムナンは、好きなときに、好きなだけ、眺めていられるでしょ。見るだけなら、ノープロブレム。

 ヒールは、使える竜気量が増える。助かる患者も増える。ロムナンは、眼福がんぷくできる。何より、わたしが、神器を手放せる。これぞ、一挙得。

 わたしも、聖数に毒されてきた気がするけど、気にしてはいけない。見事な大団円だいだんえんだと喜んでちょうだいな。



 ヒールに神器を永久貸与えいきゅうたいよしたおかげで、わたくしの目論見もくろみ通り、ロムナンの『未練』を『賛美』に昇華させることには、成功したのでございます。


 しかしながら、常識知らずのわたくしが、自己満足に浸りながら、平穏な日々を夢見ていられたのは、ごく短い期間となりました。


 竜に(聖竜とはいえ)神器を装着するなどというのは、空前絶後の行為であったらしく、この事実が世に広まると、賛否両論が沸き起こり、やがて、それが宗教論争にまで発展してしまうこととなったのでございますよ。

 

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