第50話 救出ミッション始動。

 

 わたしは、一度死んだのよね。

 茉莉花マリカとしての人生で。

 幸か不幸か、その記憶はないけど。

 たぶん、幸せなことなんだろうな。

 痛みも、苦しみも感じず、死の恐怖を味わずにすんだわけだから。


 でも、その前にも、死にかけたことはあるのよ。小四のときに。

 天然ボケの類が、車にかれそうになって、それをかばったせいでさ。

 肋骨は折れるし、頭から血がだらだら流れて、全治三か月の大怪我だったの。


 あのときの恐怖は、忘れられないな。

 あまりの痛みで、息をするのも苦しくて。

 このまま死んじゃうのかと思うと、怖くて怖くて、意識を失うのも怖かった。

 それでも、ギャン泣きする弟の手前、虚勢きょせいを張り続けたわたしは、偉いでしょ。



 <マリカ! どうしたの?!>


 ソラの思念が、混濁こんだくしてくる意識を切り裂くように響いてきた。

 頭の中が、ぼうっというか、もわっというか、どんよりして重い。視界も霞んでいて、よく見えないし、胸が痛くて、息ができない。

 これ、絶対に、肋骨が折れてるよ。もしかして、肺に突き刺さっているんじゃないの?


 痛くて、寒くて、でも、身体の中は、ものすごく熱い。

 竜気が駆け巡ってる感覚とは違う。

 どこかへ竜気がポタポタと流れ出して、減っていくような怖さがある。

 また、死にかけている気がするよ。

 どうなっちゃたのよ、わたし。


<助けて、ソラ!>


 わたしは、縋りつくように叫んだ。

 相棒ソラには、虚勢を張る必要がないからね。


<落ちついて、相棒。まずは、深呼吸を四回して。はいっ、息を大きく吸ってー、それから、ゆっくり吐いてー>


 言われた通り、深呼吸を繰り返しているうちに、気分だけでなく、眩暈も落ちついてきた。目を開けたら、今度は、視界がクリアになっていたし。

 ロムナンも、一緒に深呼吸していたのには、びっくりしたけど。

 これまでは、ソラとロムナン、別々に【交感】してるだけで、外帝陛下のときみたいな同時通話はできなかったのに。

 今は、しっかり繋がっているね。おかげで、正気に戻れたみたいだよ。

 

 登山をするときに使う命綱。ちょうど、あんな感じで、気綱が繋がっているの。

 ソラが一番上にいて、次がわたし。わたしが、ロムナンを掴んでいて、そのロムナンに、サルトーロがぶら下がっているイメージだな。

 二人分の体重をかけられて、わたしには、持ちこたえられなかったけど、ソラに、力強く、引っ張り上げてもらえて、何とか立ち直れたのだと思う。

 ロムナンも、わたしも、ひとまとめに。

 

<ありがとう、ソラ。ロムナンにも、あんたの【交感】が届いてるみたい。少し落ちついてきたよ>


 パニックが収まったら、身体は元通りで、どこも悪くはなっていないことがわかった。あの、今にも死にかけてるような、底抜けの恐ろしさも消えた。


<良かった。一体、何があったの?>

<ロムナンが、サルトーロの感情波を受け取ったのよ。痛いとか、助けてとか。それに、わたしも同調したの。怪我してるようだけど、間違いなく生きてるわ。でも、居場所はわからない。どうすればいい? わたしに、何ができるの?>


 思いつくまま話し始めると、ソラに、待ったをかけられた。


<とにかく、落ちついて。興奮すると、竜気がもっと増幅しちゃうの。竜気それを制御できなきゃ、助けられる者も、助けられないわよ>

<う、うん。わかった>


 わたしが、もうワンセット深呼吸している間、ソラも何か考え込んでいたようで、少し沈黙していた。


<感情波を受け取ったってことだけど、それは、あり得ないわね。感情波っていうのは、視界に入る距離しか届かないのよ。目の前に、サルトーロがいるわけじゃないのでしょ?>


 ソラに『あり得ない』と断言されて、わたしは、いきり立った。


<いないけど、間違いないよ。あの生々しい思念は、絶対、サルトーロだってば>

<どうして、サルトーロの思念だってわかるの? その根拠は?>

<ロムナンが、赤毛の子って言ったからよ。前にも、ロムナンは、サルトーロの感情波と同調したことがあるんだもの、間違いないと思う>


 それまで、冷静だったソラの竜気が、いきなり熱を帯びた。


<同調って、それ、いつの話?>


 そう聞かれて初めて、説明が足りていないことに気づいたの。

 ソラと最後に話したのは、昨日の夜。今日になって知った情報は、まだひとつも伝えていなかったんだ。

 ソラは、マルガネッタとのモーニングミーティングの内容も、ソフィーヌ寮長とのお茶会の結果も知らない。当然、成績表と門系図のことも、ロムナンから聞いたアレコレも。

 一日で、いろいろあり過ぎたもんで、うっかりしてたわ。


<あ、そうか。あんたには、まだ話していなかったんだっけ。わたしも、夕食前に聞いたばかりだし……。テリーの竜舎で、怪我させられたときよ。サルトーロは、あのときも、「助けて」とか「熱い」って、訴えていたって言うの。どうやら、勝手に、【念動】が発動しちゃったらしいのよ。攻撃するつもりじゃないのに>


<そう……前兆があったのね。サルトーロの教官は、気がつかなかったのかしら>

<それがさ。サルトーロには……、あ、ユーレカの方もだけど、神通力の教官がついていないんだって。ほら、私有財産がほとんどないって話していたでしょ。サルトーロは、【念動】で、ユーレカは、【心話】の門系で別々なのよ。二人も神通力者を雇うとなったら、お給料も倍かかるわけだし、すごい高額になるから、諦めちゃったんじゃないのかな>


 あくまで想像だけど、ユーレカの節約思考からすると、外れてはいないと思う。

 でも、ソラには、全く理解できないみたいで、唖然としている。


<いくら高額だって、帝家から、借り入れればすむだけなのに。それじゃ、二人して全くの未訓練者だってことなの?>


 ソラは、信じがたい愚行ぐこうだと思ってるみたいだけど、帝竜国では、借金生活を送るのが、恥ずかしいことではないのかな。

 それとも、ソラは自分でお金を使わないから、消費に関する常識が違うだけ?


<たぶん。今日、ソフィーヌ寮長が、あの姉弟の成績表と門系図を貸してくれたんだけど、二人とも、座学の授業すら、まともに受けていないのよ。そのことで、ソラに相談もあったんだけど……、いや、それは、今はいいや。急ぎじゃないし>


 話したいことは、山盛りあるけど、そんな時間はないものね。

 緊急性のないことは、後回し。後があれば、だけど……。

 いやいや、今のはナシ。悪い方に考えるのは、駄目だって。

 後はあるんだ。とにかく、後にしよう。


<そうね。最初に、怪我させられたときに、ロムナンが、サルトーロの感情波と同調したのは、間違いないでしょうね。その時点で、二人の間に、気綱が結ばれていたのだと思うわ。そして、今回、危機的な状況に陥ったサルトーロが、本能的に、【交感】で助けを送信して、ロムナンが受信した――だとすれば、それは、ただの感情波じゃなくて、交感波よ。それなら、居場所も特定できるはずなの>


<え、ほんと? どうやって?>


 期待で吹きあがるわたしの竜気を、ソラは、ぴしっと抑えつけてきた。


<簡単なことではないわ。四の四乗を尽くさないと。命を賭けるほど危険かもしれないけど……、マリカは、サルトーロのために、そこまで覚悟を決められる?>


 慎重派のソラは、危険に際しては、必ず確認を取ってくる。

 こういうとき、弱虫の小心者としては、座右ざゆうめいを叫ぶしかない。


<相棒よ。『乙女は度胸』だ!>


<あぁ、うん、そうだったね。マリカは、『やるときゃ、やれる乙女』だもんね。でも、ロムナンは? 『乙女』じゃないのに、危険に引きずりこんじゃってもいいの?>


 痛いところを突かれて、わたしの竜気は、穴の開いた風船のごとしなびた。

 

<うっ……。ロ、ロムナンも一緒にやらせなきゃ、駄目なの?>

<四の四乗を尽くすっていうのは、みんなが一致団結して、力を出し尽くすって意味なのよ。それに、サルトーロと気綱が繋がっているのは、ロムナンなんだもの。ロムナンの協力なしで、捜索できるわけがないでしょ?>


 そうか。確かに、そうだよな。

 ロムナン抜きでは、サルトーロにたどり着けないと思う。

 でも、ロムナンを危険な目にはわせたくない。

 かと言って、このまま何もしなければ、サルトーロは、死んじゃうよね。

 究極の選択だ。どうする?


<ロムナン、たすける>


 悩んでいるわたしの後押しをするように、ロムナンの思念が、割り込んできた。

 これは、思念というより、信念に近いな。断定口調で、迷いが欠片もなかった。


<いいの? ロムナン、また、痛くなるんだよ。熱くて、辛くて、怖いかも>


 わたしは、なんとか止めたくて、同時に、ロムナンを誇らしくも思って、竜気がぐらぐらに揺れていた。


<あかげのこ、たすけて。おねえさま、たすける。やくそく、まもる>


 約束か。そう言えば、約束しちゃったね。

 姉としては、弟の信頼を裏切る真似はできないよ。

 仕方がないや。わたしは、腹をくくることにした。


<そうだね、さっき、助けてあげるって、約束したよね。それじゃ、一緒に、頑張ろうか>

<うん>

<ソラ、ロムナンも協力するって。何をすればいいの?>


 そう言うと、わたしたちの【交感】を黙って聞いていたソラの竜気が、引き締まった。ソラも、迷いをきっぱり捨てて、やる気になってくれたね。


<今いるのは、どこ? マリカの寝室?>

<ううん。サルトーロの寝室の隣にある居間>

<それじゃ、南東側の地下ね。ロムナン、ソラの言うこと、聞こえる?>


 ソラが、初めて、ロムナンに話しかけたけど、ロムナンは、警戒したように黙っている。

 わたしは、答えるように促すことにした。『安心』竜気を向けながら。


<ロムナン、返事して>

<ソラ、だれ……?>

<ソラは、お姉さまのペットの翅光竜よ。ロムナンも、毎日会ってるじゃない。ほら、ちっちゃい緑の竜よ、あなたも、好きでしょ?>


 ソラの外見と思念が結びついたようで、ロムナンの竜気が、『好意』に転じた。


<みどり、きれい>

<そうそう、あの子が、ソラ。綺麗なだけじゃなくて、とっても、優しい竜なの。テリーと同じでね。ロムナンも、ソラとなら、お友達になれるんじゃない?>

<ソラ、すき。ロムナン、ともだち>


 よしよし。納得してくれた。竜なら、友達オーケーだもんね。


<友達だね、ロムナン。それじゃ、ソラの言う通りにしてみて。いい?>

<うん>

<立ち上がって、両手を真横に広げて。指先まで、ピンと伸ばすの>


 ロムナンは、膝をがくがくさせながらも、何とか立ち上がった。

 でも、その後は、どうすればいいのかわからないようなので、わたしが、腕を直角に上げさせて、丸まってる指先をさすりながら、伸ばさせた。左右で直線を作るように。


<サルトーロの竜気は、どっちから流れてきた?>

<さるとろ?>


 名前は教えてなかったかも。わたしは、ソラの質問に、解説を加えた。


<サルトーロ。赤毛の子のことよ。さっき、ロムナンを痛くした力は、こっちとこっちの、どっちの方から来たかわかる?>

<こっち>

<右だって、ソラ>


 この場にいないソラに、『こっち』ではわからないと思って、『右』と言ったんだけど、立っている角度が見えないんじゃ、わかるはずがないよね。

 それでも、ソラは、ほっとしたようだから、全くの無駄ではなかったみたい。

 

<良かった。判別できるようなら、まずは、地上まで上がって欲しいの。一階で、もう一度、同じように確認して、そちらの方向にある扉から庭まで出て。少し建物から離れた方が、感度が良くなるかな。とにかく、屋外に着いたら、声をかけてね。その間に、ソラは、あちこちに連絡を取らないとならないから、一旦、【交感】を切るけど、何か質問はある?>


<ううん。何かあったら、すぐに叫ぶから>

<そうして。急いで怪我したりしないようにね>

<ロムナン、歩ける?>

<うん>

<それじゃ、行こう>


 わたしは、ロムナンの手を引いて、部屋を出ると、廊下を右の方に進み、最初の階段を上がった。

 そこは、ロムナンのいる塔の一階部分で、小さなホールになっている。

 立ち止まって、ロムナンの手を離したわたしは、身体の向きを変えさせた。

 右手が、正面玄関、左手に、裏口が向くような位置に固定してから、指示する。


<ロムナン、さっきのやつ、もう一度、やってみて>


 今度は、そう言うだけで、ロムナンは理解した。目を閉じて、両手を伸ばす。 


<こっち>


 ロムナンが指さしたのは、裏口側だった。

 もう一度、手をつないだけど、今度は、わたしが、引っ張られる形になった。

 早足になったロムナンの勢いに、ついていけず、転びそうになったわたしは、腰に抱きついて止める。

 何しろ、ロムナンは、番竜組と暮らせるくらい活動的アクティブで、身体能力に優れた野生児なのだ。

 本気を出されたら、チビのわたしに、伴走なんかできるわけがないのよ。


<待って。ロムナン。もっと、ゆっくり>

<うん。こっち>


 気がいているのは、わたしも同じだけど、怪我するのは困る。

 できるだけ早足になって、裏口を抜けようとしたとき、背後の表玄関の開く音がした。


「ショコラ様?!」


 カズウェルの声に、わたしは、立ち止まって振り返った。

 驚いた拍子に、握っていた手の力が緩んだせいで、ロムナンは、そのまま裏口を抜けて行ってしまう。


<待って、ロムナン!>


 わたしが呼び止めると同時に、背後から、追いすがるような声がかけられる。

 あぁ、もうっ! 【交感】と会話の同時進行は、難しくて、無理なのに。


「どちらへ行かれるのですか? ロムナン様のご容体は……」


 そう言えば、カズウェルは、医官を連れに行ってくれていたんだっけ。そんなこと、すっかり忘れていたよ。

 わたしは、質問を遮って、叫び返した。


「ロムナンは、大丈夫。医官が必要なのは、サルトーロ様なのよ。ちょうど良かったわ。一緒に来てちょうだい、カズウェル」


 一方的に命じると、わたしは、ロムナンの後を追って、裏口を走り出た。

 セーフ。ロムナンは、一人で突っ走ってはいなかった。建物から、10メートルくらい離れたところで、立ち止まっている。正確には、両手を横に広げたまま、時計回りに足踏みして、方向を確認してるところだ。

 わたしが、ロムナンの側についたとき、裏口から、カズウェルを先頭に、人の集団が吐き出されてきた。でも、いちいち顔を確認している余裕はないよ。


<こっち>


 最終的に、ロムナンが、指し示したのは、テリーの竜舎がある方向だった。


<ソラ! 方向がわかったわよ!>


 空に向かって叫ぶと、ほとんど間を置かず、ソラとの【交感】が繋がる。


<良かった。どっちの方向?>

<裏口を出たところから見て、テリーの竜舎がある方向よ>

<ということは、乾門方向ね。わかった。それじゃ……>


「サルトーロはっ? サルトーロが、こちらに、いるのですか、ショコラ様?!」


 悲鳴のような甲高い声に、意識を取られて、ソラとの【交感】は、中断してしまった。

 思わず舌打ちしてしまったけど、走り寄ってくるのが、ユーレカだと気づいた途端、忌々しさは霧散した。

 さすがに、サルトーロの姉を無視するわけにはいかないよ。事情を説明してあげないと。絶対に引き下がらないだろうし。


「ここに、おられるわけではないのです。ただ、こちらの乾門方向に跳ばれたことだけは、確かだと思われます」


 わたしが、人差し指で指し示す先には、ロムナンが走り去る後ろ姿があった。

 もうもう! 

 ロムナンってば、あんたが一人で行っても、どうにもならないでしょうが! 

 じっとしてられない気持ちはわかるけどさ。サルトーロは大怪我してるのよ。素人が下手に動かしたりしたら、悪化させちゃうんだからね。


「カズウェル、ロムナンを追って! テリーの竜舎がある方向に向かったわ。あの子には、サルトーロ様の居場所がわかるのよ。絶対に、止めないで。後ろをついて行って、帝竜軍に出会ったら、乾門方向を捜索するように言って。さぁ、早く!」

「はっ」


 走り出したカズウェルに届くように、声を大きくして、情報を追加する。


「サルトーロ様は、肋骨を折る大怪我をしていて、視力も利かなくて、動けない状態よ。それも、伝えてちょうだい!」

「了解ですっ!」


「ショコラ様、これは、一体どういうことなのでございましょう? ご説明いただけませんか」


 いつの間にか、ソフィーヌ寮長まで側に来ていて、わたしに掴みかかりそうな気配のユーレカの肩を抱いている。

 その後ろには、見たことのない顔が、ずらりと七、八人並んでいた。そのうち、一人は、たぶん、医官なんだろうけど。


「この場で、お話しした方がよろしいのでしょうか」


 その人達のこと、紹介してもらっていないよ。サルトーロの個人情報に関わることなんだけど、聞かせちゃってもいいの? 

 視線と竜気で問うと、ソフィーヌ寮長は、「そうでしたね」という感じで、一回瞬きをした。


「こちらは、帝竜軍光竜隊の隊員方です。ショコラ様が、光竜を十五頭供出して下さると伺いまして、ご紹介しようとお連れしたのですけれど……。ホウスバリー隊長様、ご一緒に、お話しをお聞きいただいてもよろしいでしょうか。ショコラ様は、サルトーロ様失踪に関わる情報を何かお持ちのようでございますので」


是非ぜひとも、お伺いしたいと思います。できましたら、本官より、いくつかご質問もさせていただきたいのですが」


 ホウスバリー隊長らしき中年男性が、一歩進み出て、わたしを見下ろしてくる。

 軍人が主人公の洋画に出てくるような、強面軍曹こわもてぐんそうタイプだね。竜眼族の男性には、もともと怖い顔が多いけど、更に輪をかけた迫力がある。体格も珍しいがっしり型で、顔には大きな傷もあるし、ちょっと、威圧感あり過ぎ。

 ちょっと、やめて。そんなに、牙をむき出しにしないでよ。悪いけど、それ、笑顔には見えないってば。


「喜んで、お話しいたしますけれど、わたくしも、ロムナンの後を追いたいので、竜車をご用意いただけませんか。サルトーロ様と気綱が繋がっているのは、ロムナンの方ですし、あの子と意思疎通ができるのは、わたくしだけなので、ここに留まっていては、捜索のお役に立てないと思うのです」


 話すのはいいけど、竜車の中でね。ロムナンが暴走しないように、いや、もう既に暴走しているけど、これ以上は暴走しないように、追わなきゃならないのよ。


「サルトーロと気綱を結んでおられるというのですか? ロムナン様が?」


 ユーレカが、縋りついてきたので、わたしは、よろめきながらも踏ん張った。


「えぇ。わたくしも、つい先ほど知ったばかりなのですけれど、その気綱を通して、ロムナンには、サルトーロ様の居場所がわかるようなのです。最初は、胸のあたりを押さえて、痛みを訴えていたので、カズウェルに医官を呼びに行かせたのですけど、その後、わたくしも、【交感】に同調いたしましたので、間違いはございません。サルトーロ様は、大怪我をされましたが、まだ生きておられます」

「あぁ! 恵セルシャよ、慈しみを賜り感謝いたします」


 ご先祖様に感謝するには、まだ早いよ。あんたの弟を助けられるかどうかは、時間との勝負なんだから。

 この手をもう放して。これ以上、邪魔しないでよ。


 もちろん、そんなことを言えるはずもなく、『希望』の竜気を振りまきながら、わたしは、ホウスバリー隊長と交渉をして、竜車をゲットすることに成功したの。

 

 この後、用意された四人乗りの竜車には、わたしとユーレカ。ホウスバリー隊長とレジナルド医官が乗り込み、ソフィーヌ寮長は、他の光竜隊員を連れて、光竜の貸し出し手続きをしてもらうことになったわけ。かなり不満そうではあったけど。



 このとき、わたくしは、ロムナンを追いかけることしか考えておりませんでしたが、ロムナンには、想定外と言うべき、別の考えがあったのでございます。

 

 それは、結果的には、救出ミッションを成功に導くことになりました。しかしながら、わたくしの心と懐を痛めることになったのでございました。

 

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