第42話 侍女志願の王女様。
王女様と言うと、我儘で、プライドが高いイメージがあるでしょ。
まぁ、アニメなんかだと、素直で可愛い妹系なんかもいるけどね。
逆に、男子の願望が入りまくりの色っぽいイケイケ美女姫とかも。
でも、こっちでお会いした王女様は、想像を絶した苦労人タイプ。
三ノ宮国のご出身のせいか、帝竜国とは、またまた違う常識をお持ちでさ。
まだ9歳なのに、荒れた手に、家計簿を握りしめた勤労少女だったのよ。
「本当に、申し訳ございませんでした」
ユーレカ王女は、勧めた椅子に座らず、床の上に膝をつき、深々と頭を下げた。
反応に困ったわたしは、パメリーナをちらりと見た。他国の王女様に、土下座されたときの対処法なんて、『作法』で習ってないよ。こういうときは、どうしたらいいの? 何て声をかけるものなの?
残念ながら、パメリーナも、頼りにはできないみたい。高速瞬きをしてるだけで固まってる。たぶん、わたしの助けを求める竜気にも気づいてないね。
そうか。これって、経験豊富な侍女を呆然とさせるほどの異常事態なんだ。
それだけは、わかったよ。わかっても、何の助けにもならないけどさ。
「お気持ちは受け取りました、ユーレカ様。もうよろしいのですよ。どうぞ、お顔をあげてください。そして、どのようなご相談があるのか、お話しくださいませ」
仕方なく、わたしは、日本流の無難な台詞を言ってみた。
ユーレカ王女は、おずおずと顔を上げたけど、視線は下げたまま。竜気も身体も、がちがちのピリピリ。
どうして、わたしに会いに来る人って、みんな、こうなるの?
もしかして、わたしって、メデューサ化しちゃったのかね。ほら、ファンタジーによく出てくるあれ。見た者を恐怖で石に変えちゃう怪物の女。
やだやだ、完全に敵役じゃないの。
いくら、ギョロ目だからってさ。それは、わたしだけじゃないでしょ。
じゃ、何で、そんなに怯えて縮こまってるわけ? わたし、いたいけな少女をいたぶる趣味なんかないんだよ。あんたの弟がやったことで、あんたを責めようとも思ってないってば。
そう。このユーレカ王女は、四日前に、テリーの竜舎に不法侵入したサルトーロ王子の姉君なのよ。いろいろ行き違いがあった
でも、一応、和解したいって申し出たんだからさ。そんなに、死刑宣告を受けたみたいな悲愴な竜気を出さないでよ。確かに、わたしが悪かった。ほんとに、ごめんね。ちょっと誤解してただけなんだよ。
まず、初日に、ユーレカ王女からお詫び状が来たけど、それに、薄っぺらい安紙を使っていたのが、誤解の始まりだった。謝罪の言葉が書き連ねてあっても、喧嘩を売ってるとしか受け取れない代物だったもんでさ。
日本でも、結婚式には、メールじゃなくて、麗々しい招待状を出すものでしょ? 帝竜国の王族から王族へ送る正式な手紙は、ちょうどあんな感じ。便箋も厚くてツルツルした高級紙。更に、汚い字では失礼になるらしくて、
それが、誤字脱字だらけの
珍しく、マルガネッタが怒っちゃってねぇ。「封書なしで、
難しい字が多くて、わたしには、ほとんど読めなかったんだけど。聞かされた内容自体は定型文で、お手本を一生懸命に書き写したんだろうなって習作だった。
漢字を習い始めの頃って、字画が多いと、マス目に入りきるように書くのに苦労するじゃない? 逆に、字画が少ない文字だと、バランスが取りづらくて、
それで、一応、返事は出したの。こっちも、当たり障りのない定型文で。
マルガネッタを何とか
でも、そこで、使った定型文がまずかったらしいの。
「お互いの管財人を通して、調整することにいたしましょう」ってやつ。これは、交通事故を起こしたときに、お互いに保険会社に連絡を取るのと同じこと。
普通は、当事者同士が直接話し合ったりしたりしないでしょ。どっちがどのくらい悪いとか、示談金をいくらにするとか。そういう交渉は、専門家に任せるものじゃない。
まぁ、車で歩行者に怪我させたり、何かにぶつかって壊したり、一方的に悪い場合は話が別で、お詫びに行くものだと思うけど。
今回の過失割合がどうなるかわからないけど、わたしとしては、賠償金をもぎ取ってやる気満々でいたの。
だって、サルトーロの餓鬼は、ロムナンに怪我させたんだからね。
わたしが、竜舎に入ったときは、既に、ロムナンは額から血をだらだら流していたのよ。それを見ただけで、怒りが沸騰しちゃって、鉄拳竜気(【攻撃波】じゃなくて、殴りつけるレベルの軽いやつよ。無意識のうちに、ちゃんと制御ができるようになったのだ!)を放っちゃったんだけど、わたしは、悪いとは思っていない。
癇癪王子に対しては、1パーセントたりとも。
オランダスとミロノフの二人には、巻き添えを食わせて悪かったと思うけどさ。
ほんとに、ごめんなさい。気絶させちゃった分の
ともかく、あの糞餓鬼王子が、100パーセント悪い。
第一に、不法侵入。それも、何十回も。後で知ったけど、今までも、勝手に入り込んでいたらしいの。ショコラのものだと教えられても、見つかる度に注意されても。全く悪びれずに。
第二に、人に対しての傷害罪。神通力を使ってのことだから、これだけでも重罪だって。血を流したのは、ロムナンだけじゃなかったのよ。
止めようとしていたミロノフ調教師の方だって、腕や指を切られていたんだから。肩も打撲していたし、仕事ができなくなった分の保証金まで、
もちろん。ロムナンの分だってね。もう少しで、竜眼が傷つくところだったんだぞ。これ以上、障害が重くなったら、どうしてくれるんだよ。
第三に、竜の
もともと、サルトーロは、テリーに会いに来ていたらしいのね。どうやら、テリーは、ロムナンだけじゃなくて、サルトーロにも優しく接していたらしいの。
それを、あの餓鬼は、自分だけが特別で、テリーの主人に選ばれたと思い込んでいたんだってさ。だから、他の人に買われたと聞かされても、自分の竜なんだから、取り返してやると執念を燃やし続けたというわけ。
片思いして、ストーカーして、
だいたい気綱も結んでないのに、どこが、主人だって言うの。全然わかっちゃいないお子様が、テリーを盗み出そうとしたって、命令を聞くわけがないでしょうが。たとえ、テリーの購入費(竜貨160枚だぞ!)を払えたとしても、眷属竜を所有できるわけじゃないんだからね。
それから、テリー。優しくして、誤解させて、期待させる方が、酷なものなんだぞ。八方美人的な人たらしは、ほどほどにしてくれないと困るよ、ほんと。
第四に、
サルトーロは、扉に鍵がかかっているもんで、窓を壊して侵入したんだって。更に、ナイフまで持ち込んでるの。小刀みたいなものだけど、それで、テリーにつけられてる首輪を切ろうと思ってたらしいのね。
そんなもので、羽衣製の首輪が切れるわけもないのに。ほんと、無知。でも、確信犯だよ。
とにかく、誰もいないと思って入ったら、そこには、ロムナンがいて、テリーと仲良く、糖卵竜の卵を食べていた。それを見たサルトーロは、自分の竜に馴れ馴れしく触るなと怒鳴り始め、その声を聞きつけたミロノフが駆けつけてきたわけ。
最初に、ロムナンを下男の小僧かなんかと間違えたのは、仕方がないよ。あんなに泥だらけで、こっちが恥ずかしいくらいだし。
でも、ミロノフに、王族だと教えられても、嘘つき呼ばわりして、「小汚い」とか「無礼者」とか喚き続けたのは、完全に礼儀はずれ。
まぁ、ここまでは、幼児のことだと、百歩譲って許すとしても、その後、【念動】を使って、二人を傷つけたのは許せないよ。竜舎に置いてある道具類がビュンビュン飛びまくって、相当危険なポルターガイスト状態だったらしいんだからね。下手したら、死んでいたかもしれないんだぞ。
現場に踏み込んだときに、わたしの目に入ったのは、ロムナンだけだったけど、まだ飛び回っている危険物があったらしいのよ。もし、わたしが、サルトーロを気絶させてなかったら、わたしの方が傷ついていたかもしれないの。
これは、後になって、ミロノフから聞いた話だけど、「むしろ、気絶させて下さったおかげで、助かりました」と感謝されたのよ。帝竜軍の調査(警察の現場検証みたいなもの)でも、わたしは、被害者として扱われたし、オランダスだって、「あのような不測の事態が生じたときは、まず、ご自分の身を守ることを優先させていただけばよろしいのです」と評価してくれたんだもん。
どう? わたしは、悪くないでしょ?
それで、わたしは、管財人に、損害賠償を請求するように指示したわけ。相手から、むしり取れるだけ、むしり取れってね。もちろん、もっと『作法』に
もし、交渉が決裂すれば、そのときは、帝家がサルトーロを処罰することになるだけで、こっちは痛くも痒くもない。
うん。その程度の軽い気持ちだったんだよね。わたしとしては。
それで、管財人経由で、「お支払いできません」って回答が来たとき、「あ、そう。じゃ、勝手にすれば。あとは帝家にお任せするわよ」的な突き放した気分で流したの。
「ロムナンとミロノフの慰謝料すら払わないって、どういうことよ。人を傷つけたっていうのに、罪悪感すらないわけ?」と怒りは覚えたけど、それ以上、そんなことで腹を立てているのも、馬鹿らしいと思って、忘れようとしたの、これでもね。
それなのに、更に、手紙がやって来たわけ。例の悪筆の姉君から、例の如く、安物の紙で、面会依頼が。
「どの面下げて、会いに来る気なんだよ」とムカっ腹を立てたわたしは、そっけない断りの返事を出した。
うーん。そっけないというより、皮肉っぽいという方が近いかな。わたし以上にお怒りモードのマルガネッタが書いた文面は、難解な表現を駆使していたもんで、いまいち理解しきれなかったんだけど。「弟をしっかり監督しろ」という趣旨だけは、伝わったはず、だった。
でも、また、手紙がやってきた。今度は、ソフィーヌ寮長経由で、「ご相談したいことがあるので、どうか会って欲しい」ってお願いが。
「ご相談」に面倒な臭いをかぎ取ったわたしは、これにも、断りの返事を出した。今度は、「二度と、関わり合いたくない。もう、連絡してくるな」とはねつける勢いの文面で。
ソフィーヌ寮長が、「直接、お詫びしたいというのですから、一度くらいお会いしてさしあげては?」と食い下がって来たけど、「お詫びなら、姉じゃなくて、当の本人が、怪我したロムナンとミロノフにするのが筋でしょ。わたしは、たいした被害は受けてないし、会いたくもないわ」的なトゲトゲ竜気付きで断ったのよ。
でもねぇ。その晩、ソラから入って来た情報で、一気に頭が冷えちゃった。
損害賠償を「お支払いできません」って回答は、「お支払いする気はありません」という意味ではなくて、「お支払いするお金がありません」って訴えだったんだって。
嘘! 王族なんでしょ?
請求額は、真っ当なものだよ。むしり取ってやるとは思ったけど、管財人が相場を踏まえて計算した金額なんだからさ。節約必須のロムナンの私有財産だって、楽勝で払えるはず。お小遣いでは無理かもしれないけど(わたしなら、払えるけど)。
別に、全財産を寄越せと言った覚えはないのに。
覚えはなくとも、そう言ったも同然だったみたい。
もっと悪いかも。「臓器を売って、金返せ」ばりの取り立てに近かったのよ。
実は、この姉弟、王族とは名ばかりで、私有財産をほとんど持っていないんだってさ。何でも、母親は、帝竜国の王族で、三ノ宮国の王家に嫁いだんだけど、嫡男を産めないまま亡くなって、二人は、継母に体よく追い出されてしまったとか。
え? サルトーロ王子は、嫡男じゃないの?
と、思ったら、男の子でも、中性では、王家を継ぐ資格はないんだって。念動力者だとわかった時点で、「王子」の肩書も失っていたみたいね。幼いながらに、それがショックだったようで、帝竜国にやって来たときには、問題行動ばかり起こすようになって(ポルタ―ガイスト的な攻撃性も含めて)、父王に持たされた財産は、全部、損害賠償で消えてしまったとか。
既に、生活費は、帝家より借り入れている(利子付きで)状態で、借金地獄にはまり込んでいて、抜け出せる見込みが全くないっていうの。
つまりさ。礼儀に外れると承知の上で、あの手紙を出すしかなかったってことだよね。秘書官を雇うゆとりがないから、姉君が自分で書くしかなくて、王族としての体面を保つための封筒や便箋すら、用意できなかったってことなのよ。
わたし、そこまで貧しくて困ってる姉弟に、「本当に悪いと思うなら、金を寄越せ」って迫ったわけ?
有り余るほどの私有財産を持ってる、このわたしが?
うっわー、なんて血も涙もない因業幼女なの、わたしってば!
でもでも、そんなつもりはなかったんだよ!
ほんとだよ。知ってたら、もっと何とか穏便に対応したのに。
やだやだ、全く、もうっ!
ソフィーヌ寮長ってば、どうして、教えてくれなかったのよ。
絶対に、知ってたよね。知ってたから、あんな風に、「情け知らずで、本当に冷たい方ですこと」的な竜気を浴びせてきたんでしょ。
まわりくどいことばかり言ってないで、情報をくれなくっちゃ、わからないじゃないの。非難するなら、それからにしてよね。
管財人だって、そうだよ。
帝家に仕えている役人なんだから、お互いが担当している王族の経済事情くらいわかってるはずでしょ。
元管財人のマルガネッタから、聞いているんだからね。管財人には守秘義務があって、外に個人情報は漏らさないけど、取り引き相手のおおよその資産は、調べられるものだって。その上で、助言をしているのだから、信用して下さいって。
どうして、助言してくれなかったのよ。もう、信用してやらないからね。
まぁ、それもこれも、八つ当たりだって自覚はあるんだけどさ。
確かに、わたしも、冷静さを欠いていたから。ロムナンに治療を受けるよう説得するのが大変で、そっちに気をとられていたんだよね。
あの子も動揺していたせいか、警戒心MAX状態で、医者も、なかなか寄せ付けようとしなかったんだもん。切れた額の傷を縫い合わせなきゃならないっていうのに。
あぁ、でも、これも、弁解だよねぇ。
ソフィーヌ寮長の仲介を受けなかったのも、向こうサイドの肩を持ってるのがありありで、気に食わなかったからなのね。被害者意識丸出しで、
そう言えば、管財人も、「利子付の分割払いを認めて差し上げませんか」って聞いてきたっけ。それを突っぱねて、全額即金で払わなきゃ、帝家に訴えろって指示したのは、わたしだわ。
あーぁ、失敗したなぁ。
後悔後を絶たず。ソラから話を聞いた昨晩は、ほとんど眠れなかったよ。
わたしって、いつの間にか、本物の悪役令嬢みたいになってない?
権力と財力を(ついでに、竜気も)振り回して、周りのことを考えようともしない冷酷で横暴な人間に。それが、ものすごく嫌で、怖くなっちゃった。
ソラは、「知らなかったんだから、しょうがないよ」と慰めてくれたけど、問題はそこじゃないの。
今のわたしは、お金があって、竜気も強くて、帝女候補になるほどだから、王族としても権力者に近いわけでしょ。
ただの我儘な幼女が意地悪しても、たかが知れてるけど、わたしがやったら、人を破滅させちゃうことだってあるんじゃないの。
ちょっと感情的になっただけで。
考えなしに命令を出したりしたら。
それが、怖いの。また、似たようなことをやりかねない自分も怖いけど、怖いって思わなくなるのも怖い。自分が信用できなくて、不安がどんどん
ともかく、これから、気をつけて行くしかないね。
やってしまったことは、取返しがつかないけど、ユーレカ王女とは和解をしよう。『ご相談』っていうのも聞いてみて、何か力になれないか、考えてみよう。
そう決めたのが、今朝のこと。
それで、朝イチで、連絡したら、ユーレカ王女は、すぐに飛んできた。朝食もすまないうちに。面会を承諾して、都合の良い日時を問い合わせただけなんだけど。
ここで、冒頭の謝罪にもどるわけよ。
そうね。順序だてて、考えてみたら、この子が、ガチガチに緊張して、死にそうな竜気を発してるのも当然だわ。わたしが、まだ怒っていると思い込んでいるなら、尚更だよね。
<もう怒ってないよ。大丈夫。怖くない、怖くない……>
テリーの穏やかな竜気を真似て、おまじないのように繰り返してみると、ユーレカ王女も、少し気を取り直したようで、視線をあげた。
そして、『決意』と『懇願』のミックス竜気を
「ご相談と申しますより、お願いがあって参りました。ショコラ様。わたくしを侍女としてお雇いいただけませんか?」
は? 侍女? わたしが王女様を雇うってこと……?
え、えっ、えぇ?!
損害賠償交渉に
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