第43話 押しかけ求職者の面接。
国と一口に言っても、いろいろな違いがあるよね。
国土が広くて大きな国。ひとつの街に収まるくらい狭い国。
人口が多くて、人種の
ひとつの民族だけが肩を寄せ合う国。
信仰も、法律も、習慣も、それぞれ違って、資源のあるなしで、経済力も違う。
国家元首にも違いがある。国王、女王、大統領、首相、議長、エトセトラ。
でもさ。どこかの国の王族が、他の国で、使用人になるなんて聞いたことある?
革命とか内乱で、政治家や貴族が亡命したって話なら読んだことがあるけど。
資金を海外に移していれば、生活費くらいは最低確保できるはずだよね。
もしかしたら、亡命先の国や支援者から、援助を受けてる場合もあるのかな。
だとしても。一国の王女様が、侍女になるなんて、あり得ない話だと思わない?
「わ、わたくしの侍女になりたいと? 一体全体、どうして、そんなことをお考えになったのですか、ユーレカ様」
予想外。これは、全くの想定外。
なんと、押しかけ求職者であったとは!
でも、ユーレカ王女の「ご相談」内容に、ぶっ飛ばされたのは、わたしだけではなかったよ。高速瞬きを再開したパメリーナは、硬直したままだし、お金絡みの話になると思って呼んであったマルガネッタは、竜眼を見開いて(かなり怖いんだけど、それ)、『警戒』から『驚愕』の竜気に変わってる。
「お恥ずかしながら、わたくし、帝竜国語は不得意でございまして、秘書官を目指すには、『文書』の成績が悪すぎるのです」
そうか。ユーレカ王女にとって、帝竜国語は、外国語なんだね。悪筆なんて言って悪かったよ。
わたしだって、小学生の頃は、ブロック体でしか、アルファベットが書けなかったと思う。話すのだって、「ハロー」、「グッバイ」、「サンキュー」くらいのものだったし。あと、「ウエルカム」と「ウエイト・プリーズ」ね。これが、店番には必須だったわ。外国人のお客さんが来たときのために。
「発音は、とても綺麗だと思いますよ。これだけ、上手にお話しになられるのでしたら、練習さえなされば、読み書きも上達されるのではありませんか」
わたしの言葉に、ユーレカ王女は目を瞬いた。三回。
「もう一度、言ってください」ってことかな? でも、何となく、「え?」って反射的に聞き返した感じに近い気もする。自分の耳を疑ったというか、幻聴が聞こえた気がしたというか。
「今の成績がどうあれ、諦めるのは早いと思うのです。秘書官にしても、もっと王族にふさわしい官職を目指すにしても。別にお勉強が嫌いなわけではないのでしょう? 他の座学も不得意なのですか。たとえば……、そう、『計算』とか」
もう、気分は、面接官というより、進路指導の教師だよ。「家計が苦しいので、就職希望です」と俯いてる生徒に、「進学を諦めないで。バイトをすれば何とかなるよ」と励まさなきゃいけない心境だなぁ、これ。
「『計算』は、合格いたしました。六桁の加減乗除もできますので。でも、『歴史』や『地理』は、やはり苦手でございます」
ユーレカ王女は、恥ずかしそうに俯いた。
『計算』が合格したなら、『経理』に進んでるはずだよね。六桁の計算ができるなんて、かなり優秀じゃないの。恥ずかしがることなんかないってば。
卑屈にならないで。胸を張ってもいいんだよ。
「それは、帝竜国語の本が読みづらいから、覚えられないだけではありませんか。科目は同じでも、生まれ育った国とは別の内容でしょうし、無理もありませんわ。あら、そう言えば、ユーレカ王女様は、お幾つのときに、
「わたくしは、来月で、10歳になります。
つまり、この王女様は、わたしより、学年三つ年上ということか。歳のわりには、大人びているよね。
でも、なんで、第十七王寮にいるんだろ。もう9歳なのに。竜育園にあるのは、幼年科でしょ?
それで、ロムナンも、8歳になったときに、他へ移されることになったって話だし。結局、まだ、
ロムナンと違って、特に問題はなさそうだけど。弟がらみかな、やっぱり……。
「
わたしの問いに、ユーレカ王女は、左目で一回ウインクをした。竜気は、重く
「最初は、曾祖母を頼って来たのですけれど、わたくしは、8歳を過ぎておりましたので、初等科へ、弟のサルトーロは、5歳でしたので、幼年科へ入ることになると言われました。わたくし、その……、帝竜国のしきたりを知らなかったものですから、弟と離れたくないと我儘を申しまして、弟の移動について行く形で、五カ所ほどの王寮を点々といたしました。
うん、わかる。そりゃ、姉の気持ちとしては、当然だよね。
異国へ二人でやって来てみれば、身内が歓迎してくれるわけでもなく、王族は4歳から、帝家の下で教育されるものだと言われたって、「はい、わかりました」と頷けるはずがないよ。
まだ5歳の弟は、
たとえ、それで、自分には教官がつかずに、独学することになったとしても。
「お気持ちは、よくわかりますわ。わたくしも、ロムナンのことが心配で、あの子を残して死ねないと思っておりますもの」
わたしが、右目一回ウインクで、『同意』しつつ、『共感』の竜気を向けると、ユーレカ王女は、高速瞬きをした。パメリーナに負けず劣らずの速さで。
「――あの、ショコラ様も、サルトーロと同じお歳と伺ったのですけれども……、ロムナン様よりも、お歳が上でしたの……?」
「いいえ。ロムナンは、8歳で、わたくしは、今月7歳になりますから、年下ですわ。そもそも、実の兄妹というわけでもありませんしね。それでも、わたくしは、ロムナンの姉のつもりでおりますの」
「まぁ。帝竜国では、そのような……、義兄妹の関係を結ぶような制度があるのですか」
「制度、と言うより、助け合いの精神でしょうか。王族は、王祖四子の血を濃く引き継いだ親族ですもの。困っている方がいれば、手を差し伸べても、おかしくはないでしょう? もちろん、誰でも援助するというわけではありませんし、わたくしとしても、条件は、それなりにございますけれど」
条件次第では、あなたのことも援助するよ、という意図は通じたらしく、ユーレカ王女が、背筋をぴんと伸ばして、こちらを凝視した。膝はついたままだけど。
「どのような条件なのでしょうか」
声が少し
「やはり、一番は、相性の良し悪しですわね。わたくし、ロムナンと初めて会ったとき、【交感】で繋がりまして、気綱を結んだ、その瞬間から、放っておくことができなくなりましたもの。どうなさいまして? 何か、ご質問でも?」
あれ? いきなり、竜気が、ぷしゅっと潰れて、『困惑』に変わってしまったよ。話の運び方を間違えたかな。
「あの、わたくし、艮門系の知識に
「えぇ、その通りです。普通でしたらね。でも、ロムナンは、竜語症ですから、人というより、竜に近いのですって」
「竜語症……で、ございますか……?」
「竜とは会話ができるのに、人の言葉を解せない障害ですの。それでも、わたくしとは、【交感】で、意思疎通ができるようになったのです。他の方では、無理だったそうなのですけれど。ロムナンと話が通じるのは、わたくししかいないのですもの、わたくしがお世話をするしかないではありませんか。それで、帝家に同居を願い出て、こちらの宿舎に引き取ったのです。年下ですけれど、姉代わりとして」
「そういうご事情でしたの」
わたしの説明に、やっと納得できたというように、ユーレカ王女が、両目で、一回瞬きした。感情波も落ち着いてきたね。
よし。ここらで、謝罪をしておこう。
「えぇ。ですから、血を流しているロムナンを見て、怒りの竜気を放出してしまいましたの。その後も、治療を受けさせるのが、大変だったものですから、お手紙をいただいても、それどころではないという気持ちが強くて……、大変失礼をいたしました。この数日、ご心痛をおかけしたこと、深くお詫び申し上げます」
「そのような、お詫びなど……、こちらこそ、本当に、申し訳ないと思っております。悪かったのは、サルトーロの方でございますもの」
わたしは、『同意』の右目一回ウインクをした。アメリカ人っぽいやつ――ほら、あの、「これは、ジョークだよ」的な、茶目っ気のあるウインクを。
「えぇ。わたくしも、悪いのは、サルトーロ様だと思っておりますわ。でも、それと、姉君のユーレカ様に対するお詫びは別ですもの。実を申しますと、ロムナンの方も、問題児なのですよ。【攻撃波】で、人を殺傷する心配がございましてね。それで、竜舎も立ち入り禁止にしているのです。今回、サルトーロ様がご無事で、本当に良かったと思っております。けれど、次に会ったとき、ロムナンが、どのように反応するか予測がつきません。サルトーロ様を、二度と、竜舎やロムナンに近づかせないように、それだけは、くれぐれもお気をつけくださいね」
ここは重要。ほんとに大事。
うちの地雷とおたくのポルターガイストは、混ぜると危険。
単体でも、充分ヤバいのにさ。別々に、きっちり分けておこうよ、ね?
「はい。あの後、ソフィーヌ寮長様から、ご叱責を受けましたし、注意するようにしております。あれ以来、サルトーロも、すっかり大人しくなりましたので、もう、ご迷惑をおかけすることはないのではないかと……」
ユーレカ王女が、口ごもって、また俯いてしまった。
うん、うん。「ない」とは言い切れないんだよね。それが困るんだけど、どうしようもないものね。
「それでも、何をしでかすかわからないところが、不安なのでしょう? 手のかかる弟を持って苦労しますわね、お互いに」
「えぇ、本当に」
わたしが、『共感』の竜気を向けると、ユーレカ王女から返ってきた『共感』の竜気と繋がり、お互いの感情波が溶け合い、気脈が安定して流れ始めた。
あぁ、これ、気綱が結ばれたわ。まだ、細くて頼りないけど、友情の第一歩にはなるね。
「さぁ、どうぞ、お立ちになってください。わたくし、お腹がすきましたわ。ユーレカ様も、朝食はまだ摂られていないのでしょう? まだお話ししたいこともありますし、ご一緒に、いかがですか」
わたしが伸ばした手をユーレカ王女は、握り返して立ち上がったけど、「朝食」と言ったところで、狼狽して、バランスを崩しそうになった。
「あ……、も、申し訳ございません。わたくしったら、お約束もないのに、朝食前に伺うような失礼な真似を……」
また、お詫びのループに戻りそうな竜気をいなして、わたしは、言葉も遮った。
「よろしいのですよ。さぁ、こちらへ、おかけになって。マルガネッタも、そちらにお座りなさいな。パメリーナ!」
「はい、ショコラ様」
「今日は、こちらに用意してちょうだい。ロムナンは、起きているのかしら?」
「昨夜は、竜舎の方に、お泊りになったそうでございます」
「そう。それでは、三人分でいいわ。マルガネッタにも、同席してもらうから」
「かしこまりました」
パメリーナが朝食の配膳の準備のため、出て行くと、わたしは、隣り合わせの席につかせた二人を紹介することにした。
「そうそう、まだ、ご紹介していませんでしたね。こちらが、わたくしの秘書官ですの」
「お初にお目もじいたします。わたくしは、[
「こちらこそ、よろしくお願いします。わたくしは、ユーレカ一世です。三の宮国の出身ですので、四系もありませんの」
「あら、そうなんですか」
「はい。母が三ノ宮国に移籍した際に、帝竜国の王籍からは、除籍されているので、ご先祖様の名を継ぐ資格を失なったのだそうです。一応、王族とは認められておりますけれど、外国人留学生として扱われておりますし」
「留学生? 帝竜国の王族と何が違うのですか」
「外帝府や内帝府の官吏にはなれませんし、男性の場合、軍にも入隊できないようです。わたくしの場合、結婚相手を探すのも、難しいだろうと言われております」
「まさか。女性王族は、とても少なくて、その血は貴重だというのに、そのようなことはないでしょう」
「わたくしの血は、
こりゃ、想像以上にヘビーな身の上だわ。
曾祖母の立場から見れば、娘が罪を犯して、孫娘が外国に逃げて行ったのに、その夫から、曾孫たちの面倒を押しつけられたってことなのか。
そりゃ、歓迎できないかも。こっちでは、世間の目が厳しくて幸せになれないのに、なんで来ちゃったんだよ、みたいに感じるよね。
「母君は、亡くなられたのでしたか。お悔やみ申し上げます」
「痛み入ります。わたくしの母は、自殺でしたの。それも、父上と無理心中を図ろうとして、毒死したのでございます。幸い、父上は助かりましたけれども、わたくしと弟は、罪人の子となりました。三ノ宮国にいたとしても、結婚はできなかったでしょうし、弟は中性なので、王子の位も失っておりました。二人して、神殿に入るか、
うわぁ、なんて悲惨なの。ここまで、壊滅的だと慰めの言葉もないわ。
継母に追い出されたと聞いていたけど、まだしも、その方が外聞がいいよね。もしかして、これって、三ノ宮国の王家で、内々に揉み消された醜聞で、帝竜国では知られてないのかも。
だとすると、今の話が広がるとまずいんじゃないの? ただでさえ、祖母が刑死してるのに、この姉弟の将来、真っ暗闇になっちゃうよ。
「そのようなお話、わたくしにしてもよろしかったのかしら?」
「侍女にしていただきたいとお願いしているのですから、最初に、お話ししておくべきだと思いましたの」
先に、素性を自己申告しておくってことか。後からバレて、トラブルになると困るから。まぁ、それもあるだろうけど、嘘が嫌いで、隠しておきたくないって感じが強いな。この子、ほんと真面目そうな性格だもんね。
うん、気に入ったよ。
「マルガネッタ、パメリーナ。今のお話は、決して、他の者にしてはなりません。これは命令です。二人とも、よろしいわね」
「かしこまりました、ショコラ様。お約束いたします」
「
強調するために、竜気を強めて放ちながら命じると、パメリーナは簡潔に、マルガネッタは、堅苦しく答えながら、両目で一回瞬きをした。
「ユーレカ様は、本心から、侍女になりたいのですか? 他の仕事につくのは無理だと諦めているだけではありませんの?」
わたしは、ユーレカ王女に向き直って。確認することにした。
侍女にするとしても、成人してからのこと。あと10年もあるんだし、まずは、教師をつけてあげないとね。どうせ、お勉強するんだら、焦らずに、適正に合った進路を選んだ方がいいと思うよ。職業選択の自由くらい認めてあげるからさ。
「それは……。先ほども申し上げましたけれど、わたくしは、官吏にはなれませんし、あとは、どちらかの王家にお仕えするしかありません。そうしますと、どなたかの愛人になるか、お客様の接待をするしかなくて、子供が生まれても、父親の名を継げぬ私生児として扱われるということなので、わたくしとしましては、できることならば……」
「ちょっとお待ちください。そのようなお話、どなたから聞いたのです?」
わたしは、話の途中で、強引に割り込んだ。
聞き捨てならないぞ、なんだ、それは。
愛人に、接待だと? ここは、女性上位の国じゃなかったの?
「曾祖母からです。祖母の話を聞かされたときに。現実を知らなければ、後でより傷つくことになるから。それに、自分には守ってあげられる力がないからと、詳しく説明されました。わたくしだけ、にですけれど。弟は知りませんので」
ちょっと待ってよ。ソラから聞いていた話と違うよ。違い過ぎて混乱しちゃう。
これ、王族の女性が、援助交際みたいなことをやらされるって話だよね。それでもって、子供ができても、認知してもらえないっていうわけ?
「お話の途中、大変失礼ですが、ユーレカ様。ショコラ様は、まだ6歳でございます。そのようなお話をされても、お困りになるだけかと存じますが」
絶句しているわたしを見かねたのか、マルガネッタが口をはさんできた。「幼児に話して理解ができるわけがないでしょう」的な責める竜気も、放たれてる。
「そ、そうですわね。申し訳ございません。とても大人びていらっしゃるので、年上の方とお話ししているような錯覚にとらわれてしまいまして、つい……」
ユーレカ王女が、狼狽して口ごもった。
いや、大筋は理解はできてるよ。中身は、17歳だからさ。
ただ、帝竜国の慣習が理解できていないだけさ。
マルガネッタが、説明を始めた。ビジネスライクに。わかりやすく。
「ショコラ様。このようにお考えください。女性には、大きく分けて、四通りの生き方がございます。一つ目は、ショコラ様のように多額の財産を相続した場合ですね。そのような方の多くは、研究者や芸術家のパトロンとなって、国を繁栄させる道を取られます。結婚のお相手もお好きに選べますし、趣味を持たれたり、慈善事業をされたり、お望みのままに生活ができるのです。二つ目は、わたくしのように、文官の道を選ぶ場合で、三つ目は、パメリーナのように、女官の道を選ぶ場合ですわね。それなりの財産と、それなりに由緒ある四系を持っていれば、能力次第で、自分の望む道に進むことができます。ただ、財産が少なかったり、借金を負われたりした方は、普通に働いていただけでは返済ができないため、その……、別のお仕事もしなければならなくなります。ユーレカ様は、それがお嫌なので、『家』ではなく、女性個人にお仕えしたいと希望されておられるのです」
「そのように、特別なお仕事を要求される『家』は多いのですか」
わたしが尋ねると、マルガネッタが、左目一回ウインクで『肯定』した。
「ユーレカ様は、王族ですから、お仕えされるとしたら、『王家』になるでしょうが、貴族でも、裕福な『家』では、ままあることでございます」
なんてこった。財産の
そりゃ、日本でも、お金のあるなしで、生活は全然違ったよ。
それでも、最低限の保証はあったのに。
マルガネッタは、当たり前の常識として説明してるし、パメリーナをちらりと見ると、やはり、左目ウインクが返ってきた。
何より、まだ9歳のユーレカが、平然としているのが、すごく痛くて哀しい。
でも、これが、帝竜国の常識なんだ。女性の保護とか、基本的人権とか、そういうことを期待できないんだね。
「わかりました。取り敢えず、ユーレカ様のことは雇い入れることにしましょう。ただし、侍女とするかどうかは、適正を見てから決めます。よろしいですね」
ユーレカが、今日一番という強い竜気で、『感激』『感謝』『安堵』を放ちながら、お礼を言った。
「はいっ。ありがとうございます!」
ファンタジー世界のぬるま湯に浸っていたわたくしが、これは、
魔物と闘うのとは次元の違う現実。ここには、生活していくために
そして、この日、侍女志願のユーレカを二人目の扶養家族にする決心をしたのでありました。
更に、この後、「もう1個は無料」を歌うセット販売の如く、
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