第41話 三ノ宮国の王子様。
小さい頃、宮家というのは、日本の王家なのだと思っていた。
でも、ちょっと違うよね。宮家は、国にいくつもあるから。
もしかしたら、称号とか、位に近いのかも。
こちらの
予知力は、七門系の神通力だから、艮門系の帝竜国には、生まれにくい。
宮家のほとんどは、
「ぶれいものぉ! われは、おうじなるぞ。そこ、のけー!」
時代劇の台詞のような
声は偉そうで、ふんぞり返ってる姿まで見えそうだったけど、
でも、王子?
帝竜国の王子っていうと、
明らかに、今のは、20歳過ぎてる男の声じゃない。変声期前なのは間違いないし、
「誰か来ているようですけど。連絡は受けてますか、オランダス?」
竜車を降りるところだったわたしは、足台を置いて、片膝をついているオランダスに聞いてみた。念のために。連絡を受けたら、とっくに話してくれていたことはわかっているけど。
それでも、現に、誰かいるわけだから、見学者なのか、侵入者なのか、はっきりさせておきたいでしょ。心構えが違って来るもの。
オランダスは、わたしの御者兼護衛で、竜育園の訪問客や業者の出入りなどを把握している。それで、王族や貴族の男性が来訪する予定がある日は、午後の外出を控えることにしてるの。どこかで、バッティングすると面倒なことになるからね。女性王族がここにいると知られて、婚約希望者が殺到されても困るのよ。
もっとも、最近、わたしの行動半径は狭くて、テリーと番竜組のいる(ロムナンも、半ば住んでる)、この竜舎に来るか、調教してるところを見るために、訓練場に行くくらいなんだけど。
竜舎も訓練場も借り切っている(賃貸料に大枚出して)から、私有地扱いで、関係者以外立ち入り禁止になってるしさ。今まで、知らない人と
「連絡は受けておりませんが、
そうか、第十七王寮幼年科には、わたし以外に、3人いるって話だったもんね。宿舎も教官も別だし、紹介されたことすらないけど。
どこかで、ひょっこり出会っても、おかしくはない。むしろ、今まで、一度も会わなかったことの方が不思議なくらい。
いくら、竜育園が、広大な敷地面積を誇っていると言っても、同じところに住んでるわけだしさ。もしかして、王寮って、わざわざ宿舎を離して建てるものなのかな。幼児同士を引き合わせたくないとかで。
「そうですか。その王子様と、わたくしは、会っても大丈夫なのですか?」
わたしは、竜気の制御力を学ぶまで、
ロムナンは別。あの子は、わたしより危険人物だし、わたしがついていないと、更に危険度が上がりかねないから、同居が認められたの。外帝陛下に。
それで、余計、ぼったくられる羽目になったけどさ。
わたしの宿舎に、ロムナンの部屋を用意して、専属の侍女と護衛を雇わされたのよ。もともと、ロムナンの宿舎にあった私物や食器に使えるものはあったけど、その移動費用は持たされたし。成長期だから、衣服とか靴とか新調しなきゃならないものも多いのに、全部、わたしが立て替えさせられたんだよ。
なんで、わたしが?――って思うよね。
理由は、帝竜国の相続法にあったの。ちょっと長くなるけど、こういうこと。
その1。 女性王族には、一姓の財産の相続権がある。(男性王族は、四姓)
その2。 但し、そのうち、四分の一は、王族税として、帝家に貸し出す。
その3。 更に、四分の一は、一姓の共有財産として、管財人が運用する。
その4。 残り半分が、嫡流子孫により等分され、私有財産となる。
その5。 個人の私有財産のうち、毎年、四分の一を分割調整費とする。
その5。 分割調整費とは、相続人が増減した際、分割し直すための元本である。
その6。 私有財産は、満4歳で、相続手続きが取られ、管財人が決められる。
その7。 4歳以降の生活費、教育費、その他の費用は、私有財産から支払う。
その8。 私有財産の少ない王族は、帝家より、必要なだけ借り入れられる。
その9。 4歳から、成人するまでの支出総額を相続税として、帝家に支払う。
その10。 相続税を支払い終わるまでは、管財人を通さない支出はできない。
財産管理と徴税方法については、他にも、覚えきれないほど、細かくいろいろあるけど、今の話に関係あるのは、その7とその9。
8歳のロムナンにも、当然のことながら、私有財産があるわけよ。でも、管財人が、できる限り支出を抑えようとしているの。
もともと、ロムナンの四姓は、軍人の家系で、共有財産が少ない方らしい。逆に、相続人は多くて、均等割りされた取り分は、もっと少なくなってしまう。
そして、その総額では、ロムナンが一生食べて行けるかどうかわからないんだって。何しろ、ロムナンは竜語症でしょ。自分で稼げるようになる見込みはないと思われてるわけ。
しかも、竜眼族の王族は、長生き。個人差も大きくて、二百年生きるか、三百年生きるかもわからないのに、浪費する余裕はないってことよ。
特に、未成年の間は、できるだけ節約する必要がある。20歳の誕生日を迎えるまでに支出した金額が多ければ多いほど、相続税が高くなっちゃうから。その分、私有財産が目減りして、成人した後の生活が、もっときつくなっちゃう。
でも、これって、わたしにも適用される話だよね。
それなのに、どうして、みんな、どんどん支出させようとするかな。相続税を増やそうとする陰謀なんじゃないの。わたしの管財人は、ぼったくり外帝陛下の回し者かよ。
そう疑ってしまっても無理はないと思わない?
でも、ソラに説明されて納得した。
百万貨しか持ってない人が、十万貨使って、十万貨税金を持っていかれたら、八十万貨しか残らない。でも、一億貨持っていたら、十万貨使うところを百万貨使っても、全体から見たら、微々たる違いにしかならないでしょって。
そうか。わたしって、そんな
ありがとう、ご先祖様方。わたしのご先祖ってわけじゃないけど。ショコラの代わりに、有難く使わせていただきます。
でもさ。嬉しい、助かると思う一方で、後ろめたいというか、詐欺を働いてるような罪悪感もあるんだよね。
この私有財産って、本当に、わたしが貰っちゃっていいものなの? よく、あのぼったくり外帝陛下が許したよね。
ソラ
もし、わたしが、ショコラの身体を引き継いでなかったら、マーヤ家系が断絶して、その財産分与を巡る争奪戦が
ぞっとするね。もし、わたしが、娘を産まずに死ねば、同じことが起きるってことだもん。
好きな人と結婚できないなら独身でいいだの、子供を産むのは当人の自由だのと言えるような状況じゃないよ。ものすごく責任重大なんだ、血を継いでいくってことが。竜眼族の人口を増やすって義務だけじゃすまなかったのか。
いや、これは、今の話に関係ない。ロムナンの話に戻そう。
ともかく、わたしは、財産を有効活用すべく、管財人を通して、ロムナンが成人するまでの生活費を出してあげることにしたの。正確に言うと、生活費は貸すけど、相続税はそっくり肩代わりするということ。
裕福な母親が、父方が貧しい息子や障害を持つ子を援助するときに使う方法で、王族同士であるなら、法的に認められてるらしいのよ。まぁ、帝家としては、相続税がどこから入ろうと、同額払ってもらえれば、構わないってことよね。
無期限無利子の貸し付けだから、最悪、返されない場合もある。ロムナンが亡くなったときに、私有財産が残っていれば、清算されることになるけど。
わたしが、早死にしたら、その時点で、援助はストップされちゃうから、ロムナンより、長生きしないとね。できれば、自立できるようになって欲しいから、そのための教育費は惜しまないよ。
今は、そう割り切ることにしたの。すっぱりと。
元々、わたしのお金じゃないんだし、困ってる人を助けるくらいいいじゃないの。まぁ、ロムナンは、自分が困っているという意識すら持ってないんだけどさ。『お姉さま』に立候補してなった以上、面倒みるしかないわよ。もう、こうなったら、とことんやってやるーっ!
「外国の宮家と言えど、サルトーロ様も、王族ですから、竜気量は多い方です。お会いになっても、さほどの危険はないと思われますが、【攻撃波】は、お控えいただく必要があります。【防御波】でしたら、問題がないかと……」
オランダスの声に、わたしは、現実に引き戻された。えっと、何だっけ?
そうそう、
答えが返ってくるまで、ずいぶん時間がかかったんじゃない、オランダス? それほど、悩むようなことなわけ?
さほどの危険はないって、言い換えれば、多少の危険はあるって意味だよね。
「防御するほどの危険があるということですか? わたくしの方に?」
自慢じゃないが、わたしの竜気は強い。ロムナンより、はるかに強いんだよ。そんじょそこいらの幼児に攻撃されても、びくともしないはず。
それとも、わたしが負けるほど、強い王子様ってこと?
「私も直接お会いしたことはないので、情報として知っているだけなのですが、サルトーロ様は、
【念動】か。それなら、話は別かも。単純な竜気勝負と違うもんね。
刃物が飛んできたり、重い物を落とされたり、物理攻撃を受けるとしたら、確かに、【防御波】でバリアをかけておく方が安全だね。でも、今日は、
ちょっとばかり不安に思いつつも、念動力を使うところは見てみたい気がする。
【心話】とか【翻訳】も、七門系の神通力だけど、目に見えるものじゃないし、【転移】のときは、自分の目が見えなくなっていて、後から聞かされただけだったしさ。竜気が神通力に変換されると、どんなことができるのか、そりゃ、興味はあるよ。テレキネシスって、SFでもポピュラーな超能力だもんね。近くで、本物が見られると思ったら、ワクワクしてきても当然じゃない?
「それでは、中に入りましょう、オランダス。何を騒いでいるのか、確認しなければなりませんものね」
大義名分を掲げ、身の周りに【防御波】を流しながら、わたしは、竜舎へ向かって歩き始めた。
オランダスは、わたしの後ろにぴったりくっついてくる。こういう場合、護衛って、先に入って、安全確認するものだと思っていたんだけどね。
ほら、洋画によく出てくるじゃない。ボディガードが、ドアの前で、「下がって」とか言いながら、護衛対象を後ろに
ところが、帝竜国の常識は違う。
竜眼族は、身分が高いほど、竜気が強いものだから、そもそも、貴族の護衛が、王族に
かえって、視界を
だから、護衛は、護衛対象者の背後で、竜眼の死角を守るのが基本。あとは、倒れたときに、安全な場所まで運びだすこと。まぁ、自分も一緒に倒されなければ、の話だけど。
そのときは、身につけている携帯発信器(わたしが、金貨3枚出して買ったのと同じタイプ)を使って、帝竜軍に緊急連絡が行くことになってるらしい。王族は、国の財産という扱いなんだってさ。
「サルトーロ様、おやめ下さい! その方も、王族なのですよ!」
ミロノフ調教師の叫び声が聞こえてきて、足を速めたわたしは、石につまづき転びそうになった。すかさず、後ろから、オランダスの手が伸びて、支えてくれたけど。
この、走れば転ぶ幼児体型は、実に不便なのだよ。そろそろ、体育のお勉強もするべきなんじゃないのかな。
「うそをもうすな。こぎたないおうぞくなどおるものか」
小汚い王族と言えば、ロムナンしかいない。
確かに、あの子、王族には見えないよな。定期的にお風呂に入れてるから、最初の頃よりは、マシになったものの、スケ婆に年中しがみついてるせいで、服は泥だらけで、すぐにボロ雑巾になるんだもん。
おい、それ、わたしが、買ってやってるんだよ。もっと大事にしろって。
いや、経済観念を持たせるのは、あとでもいい。衛生観念を植えつけるのが先決問題だ。
いやいや、そんなことより、今は、地雷を踏みかけてるお子様をどうにかしなくちゃならない。こっちが先。とにかく先。
おーい、ロムナン、絶対に、攻撃するんじゃないぞぉ。
人を傷つけたら駄目だって、教えたよな? 覚えてるよな?
同族殺しになっちゃったら、お姉さまにも、庇いきれないんだよ。
小うるさい餓鬼なんか、気にしないで放っておこう。
いいね? わかったね?
ほんと、頼むよ、ロムナン。お願いだから……。
「嘘など申しておりません。それに、テリーの主人は、既に決まったのです。何度も、お話しいたしましたでしょう? もう、こちらの竜舎は、ショコラ様のものなのだと。ショコラ様の許可がない限り、サルトーロ様は、お入りになってはならないのですよ。どうか、お帰りになって下さい」
そうとも。テリーも竜舎も、わたしのものなんだよ。関係者以外は立ち入り禁止なの。部外者は、出て行っとくれ。ロムナンの【攻撃波】を食らう前に。
「テリーは、われになついているのだ。そのりゅうをわれにかえせ!」
サルトーロ王子が叫び返したとき、わたしは、やっとのことで、竜舎の出入り口に着いた。
そして、目の前の光景に、怒りが一瞬で沸騰し、赤毛の幼児を怒鳴りつけていた。『
「うちの弟に、なにすんのよーっ、このクソ餓鬼がぁ! 高額の損害賠償を請求してやるからなーっ! 覚悟しやがれよぉ」
王族らしからぬ雄たけびは、幸いにして、ロムナン以外の人の記憶に残ることはございませんでした。(ロムナンは、話せないので、セーフであります。)
何故ならば、わたくしの
その結果、緊急連絡を受けた帝竜軍が出動する騒ぎとなりまして、わたくしは、ぼったくり外帝陛下より、その費用も払わされる羽目になったのでございました。
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