第38話 大将マリカの采配。
近所のお
特に、武田信玄のファンで、『風林火山』の旗竿を店先に飾っていたほど。
お煎餅焼くのに、戦いの心構えが必要なのかよ、と思わないでもなかったけど。
とにかく、聞いたことあるでしょ。あの有名なやつ。
其の
動かざること山の如し。
爺ちゃんの自説によれば、この四点を守れば、戦に勝てるらしい。
攻めるときは、ガンガン行って、攻められたときは、ドーンと構えてろ。
ひっそり身を潜めていて、すばやく襲い掛かれ。静と動を使い分けろ。
敵の不意をつくこと、敵が予想してないことをするのが、勝敗を決めるって。
わたしが知ってる兵法って、これだけなのよね。
類を虐めていた悪餓鬼グループと対決する前に、教えてもらったんだけどさ。
あぁ、タイマン張ったときに気がついたポイントが、もうひとつあったわ。
動揺したら負け。意地でも、落ち着き払っていなくちゃダメだってこと。
<ソラ、用意はいい?>
わたしは、試作品第一号のショコラ・シート(カモミール発案による商品名)をつけて、テリーの背中に乗っている。
テリーの体高は、四つ脚状態で、1メートル半ちょいあるから、パパに肩車されたときくらいにはなる。目がくらむほどじゃないけど、視線がいきなり高くなって、正直なところ怖い。テリーが歩くと、かなり揺れるし、バランスを取るのも難しいな。明日は、間違いなく筋肉痛になる。
<
ソラは、今、上空にいて、偵察ドローンの如く、情報を送ってくれている。
<よし。
わたしは、円筒形の発信器を握りしめ竜気を込めた。
これは、使い捨てランプみたいなもので、こっちから竜気を送ると、受信器が光るという単純な装置。それでも、一応、軍需物資らしくて、1セットのお値段、金貨3枚也。完全に、ぼったくりだよね。あの因業……じゃなくて、いと高貴なる外帝陛下が、特別に購入できるよう取り計らって下さったのだ。その寛大さに感謝しなくてはならなかったわ。
とにかく、これで、我が配下の闘竜たちが、進軍を始めたはず。実際のところは、帝竜軍の訓練生16名が、
波長の合う乗騎を探すために、この手の実習訓練は、あちこちでやっていて、珍しいことではないらしいの。ソラが外帝陛下を説得して、訓練教官付で、借り出してくれたのよ。
受信器は、その訓練教官が持っていて、今日は、わたしの指示に従うよう命令を受けてるわけ。まぁ、指示を出しているのが、わたしみたいな幼女とは知らないだろうけど。
ロムナンの群れは、野番竜が5頭で、草原をテリトリーにしている。5頭というのは、野生竜としては、小さいグループで、その分、隠れやすくて、今まで、なかなか発見されなかったらしい。身を潜めながら、狙った獲物を取り囲むように近づいて、竜気を放って動けなくしてから、飛びかかるのが得意なんだってさ。
こいつら、『風林火山』をちゃんと実践してるよ。
早い話、群れの方から、わたしのところへ来ることはないってこと。
それ以上に、テリーのことを避けているのよ。一度、まだ小さかったテリーに、ちょっかいをかけに来たことがあったんだけど、竜気で
でも、テリーは、そのとき、群れに置き去りにされたロムナンには、危害を加えなかった。それどころか、そのときに初めて、糖卵竜の卵をあげたんだって。
あんたって、なんて寛大な子なの、テリー。計算高い外帝陛下なんかより、はるかにピュアだし、腐れ外道と哀れな子供の区別がつくなんて、竜気を見定める竜眼もあるし。
道理で、ロムナンが、テリーの竜舎へ現れるときは、一人だったはずね。群れと一緒にいるときには、近づかないわけよ。ロムナン自身は、テリーのことを「やさしい」と言っていたけど、野番竜たちは、テリーを危険視しているんだから。
このいきさつを知ったとき、わたしは思った。
ちょうどいいじゃないの。テリーを怖がっているんだったら、野番竜のボスに、テリーを
甲子園ならぬデスマッチで、優勝も夢じゃないかもしれないぞ。性根を変えさせるためなら、わたしも、野蛮だなんて言わずに、調教師をつけてやるからな。
ロムナンも、テリーが
どう、これなら、行けそうでしょ?
番竜の群れっていうのは、まず、ボスがいて、自分の手下を集めて行くことで、大きくなるものらしいのね。でも、時には、ボスより強いやつがやって来て、「おまえら、俺の子分になれ。ここは、俺が仕切るからな」と、ボス戦を挑むことがあるんだって。そうすると、ボスは、四択を迫られる。受けて立つか、闘わずに配下に入るか、自分だけ逃げて、群れを明け渡すか、群れもろとも逃げ切るか。
一番最後の選択は、持久戦になる。相手が諦めなければ、他の三択のうちから選ばなきゃならなくなるわけ。
ほら、わたしが、闘竜の群れを追い回したときみたいに。三代目ボスは、最初のうち逃げていたけど、結局、配下に入ることを選んだじゃない。あれと同じことなの。逃がすつもりがないとわからせないと、いつまでも決着がつけられないって、ソラが言ったのは、こういう意味だったのか。
あれ? それじゃ、わたしって、ボス戦を挑んでいたわけ? うえー、知らなかったよ。
まぁ、いい。とにかく、問題なのは、どうやって、群れをテリーとの対決に持ち込ませるかだった。
いくら、テリーの足が速くても、野番竜は、
そこで、思いついたのが、キツネ狩り。イギリス貴族の昔のスポーツで、フランス人のお祖母ちゃんが、珍しく眉を
ふむ。これで行くか。ちょうど良いお仕置きにもなるんじゃない?
弱いものいじめの連中が、さんざんやって来たことなんでしょ。面白半分に、狩りをしているんだから。
こら、
今回、野番竜は、キツネ役。猟犬役の闘竜たちに追わせて、逃げ惑わせてやろうじゃないの。闘竜は、
難しいのは、野番竜の群れが逃げる先をうまく誘導して、テリーがいるところへ飛び込んで来させること。殺さない程度に攻撃して、ほどよく消耗させて、テリーと会ったときに、逃げられないと観念させること。
わたしに、そんな細かい戦術を考えるのは無理。結局、ソラ経由で、外帝陛下に『ご相談』して、コースやタイミングは帝竜軍に検討してもらえることになった。
訓練教官や闘竜の貸し出し料の他に、計画立案料までもぎ取られたけど。あの因業……陛下め(残念ながら、爺とは呼べない。あまりにも、若作りすぎて)。
<マリカ、5頭とも、そっちに向かってるわ、気をつけて!>
<了解。ロムナンは、無事に保護できた?>
<うん。転んだときに、
<訓練生や、他の人たちに、被害は出なかったの?>
<大丈夫。闘竜が近づいてくると、すぐに気絶しちゃったから、ロムナンは、【攻撃波】を全然放ってないの>
<え? でも、ロムナンの方が、闘竜より、竜気が強いよね?>
<竜気勝負まで行かなかったの。闘竜の群れが、
<たしかに、アレは、ビビるよね。ただでさえ、ごつくて迫力ある見た目なのに、「ヒャッホー、殺したるぜー」的に、
<マリカは、それでも、倒しちゃったじゃない。しかも、一撃で>
<反射的にやっちゃっただけだからなぁ。今度は、倒すのはテリーに任せるから、まぁ、安心だけど>
<ソラは心配なの。ちゃんと、
今回、野番竜と竜気戦をするのは、新ボスになる予定のテリーなので、わたしは、バリアを張るための領巾を持ってる。領巾は、【防御波】を通しやすい羽衣製。攻撃の余波を食らったときのための防具なの。
<うん。念のため、両端を手首にも巻いてるし、ばっちりだって>
<【防御波】を流し始めて。先頭のリーダーが、そろそろ着くわよ>
<どっちから来る?>
<マリカから見て、右寄り正面>
<了解>
「テリー、進め!」
わたしが竜気で方向を指示すると、テリーは、ゆっくり歩きだした。
対決するのはテリーなのに、なんでわたしが一緒にいるかと言えば、離れていると、明確な指示ができないから。【感情波】を察知しただけで動かれると、誤解が生じやすいのよね。
だから、命令は、口頭でしなくちゃならないわけ。軍でも、それが基本なんだって。竜とは声が確実に届く距離にいるってことが。つまりは、この場合、騎乗しないと駄目なのよ。
ソラは、最後まで反対してたんだけどね。
ショコラ・シートの試作品ができてきたのは一昨日で、まともに騎乗訓練もしてないのに、いきなり実戦で動くのは危険だって。
確かに、若葉マークがついてるどころか、教習所に通い始めたばかりの超初心者だもんね。いきなり路上に出るのは、自分でも無謀だと思うよ。
でも、帝竜軍の貸し出し期限があるから、仕方なかったの。今日やるか、三か月後にするか。そんなに、先延ばしにはできない。
ロムナンは、
「テリー、用意!」
わたしは、領巾に送り込む竜気を強めながら命じた。竜気を放出するための準備をしろと言うこと。
だけど、ちょっと遅かった。そう命じたときには、もう、先頭のリーダーがすぐ側まで来ていた。
こいつは、逃がせない。何としても。
「テリー、攻撃!」
わたしは叫んだ。竜気を循環させて、
任せたわよ、テリー。何とか、足止めだけでもしてちょうだい。
テリーは、わたしの意図を正しく理解した。そして、たぶん、【攻撃波】では、足止めができないと判断したのだと思う。
尻尾をスパッとぶん回して、脇をすり抜けて行こうとするリーダーの体を叩いた。
バシッと小気味よい音が響くと同時に、リーダーは、ギャウンと鳴きながら吹っ飛んだ。
そこまでは、良かった。成功だ。
ところが、予期せぬ失敗もあった。わたしも、吹っ飛んでしまったのだよ。
宙を飛びながら、わたしは、「耐久性が低すぎるよぉ」とクレームを叫んでいた。
こりゃもう、ショコラ・シートの品質改良をするべく、全力で
テリーが、尻尾を動かしただけで、ブチ切れる紐なんか使うんじゃないよ。わたしが死んだら、カモミールは責任を取らされちゃうぞ。どうするんだよ、これ。
どうするも、こうするもないけどさ。わたしにできるのは、ただ、ガンガン竜気を流し込んで、【防御波】を少しでも強化することくらいだ。上空から見ていたソラも、慌てて竜気を注ぎ、循環させてくれてる。
幸いにして、放物線を描くように投げ出されたので、地面に叩きつけられることはなく、無事に着地ができたよ。ストンとまで、軽やかにはいかなかったけど、ドッスンくらいの衝撃ですんだわ。
ただし、そこで、ほっとするわけにはいかなかった。
次なる問題が迫っていたのだ。
やだやだ、残りの四頭が、猛スピードで、走ってくるじゃないの。
竜眼を限界まで広げ、牙をむき出しにした恐ろしい形相で。
よりによって、群れの進行方向に落っこちなくてもいいのに!
怖い怖い怖い!
これって、暴走バイクが、ぶつかってくるようなもんだよ。
恐慌状態に陥ってる群れに負けず劣らず、身の危険を感じたわたしは、精一杯【攻撃波】を放った。
竜気のほとんどを【防御波】に使っていたせいで、たいした威力は出なかったけど、取り敢えず、ぶつかって来られずにはすんだよ。
でも、またしても、視界は白い濃霧に満たされちゃった。
いつの間にか、頭を抱えて蹲っていたわたしは、その状態で震えながら、ソラに尋ねた。
<ソラ。野番竜たちは、どうなった? 逃げたの?>
<みんな、気絶したわ。マリカは? 怪我してないの?>
<大丈夫。ちょっと、ひりひりするとこはあるけど、擦りむいたくらいよ>
<『くらい』じゃないわよ、もうっ! ソラをこんなに心配させて!>
<ごめん。ほんとに、ごめん。こんなはずじゃなかったんだけどさ……>
<マリカは、いつも、そうなんだから。今度は、ソラの言うことも聞いてよね>
<――はい。わかりました。ソラ先生>
いつもは、温厚なソラが、トゲトゲしい竜気でお怒りあそばされ、それからしばらくの間、わたくしは、ひたすら謝るしかなかったのであります。
また、こうして、野番竜の捕獲計画は、波乱の内にも成功を収めたのではありましたが、計算違いのことが、ひとつ生じたのでございます。
テリーがボスになる予定でしたのに、何故か、わたくしが、その座につく羽目になってしまったのでございますよ。
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