第39話 王族らしいお金の使い方。


 わたし、寄付金とか義援金って、苦手なのよね。

 趣旨には賛同するし、ボランティアする人って偉いなとは思うよ。

 地震があったときに、お小遣いから、二千円寄付したこともあるし。

 

 でも、半強制的に、募金を迫られるのは嫌い。ちょっと反感を覚えない?

 一度、さる慈善団体に、使い古しの切手をちまちま集めて送ったことがあるの。

 そしたら、定期的に、募金の依頼が来るようになった。振込用紙を同封して。


 そりゃ、資金がなかったら、慈善事業も続けられないのはわかるけどさ。

 なんか善意を踏みにじられた気がして、協力しようって気が失せちゃった。

 募金するのと、集金されるのは、大違い。税金を払う気分にさせないでよ。


 ただ、資金繰りに苦しむ経営者の苦悩は、それなりに、わかるつもり。

 うちも、二号店を出した頃は、銀行から借り入れするのに苦労していたし。

 でもなぁ、まさか、貸し出す方の立場になるとは、思ってもみなかったよ。


 

「本当に、申し訳ございませんでした、ショコラ様」

 わたしが、テリーの背中から吹っ飛んだ日の夕方、知らせを受けたカモミールが、クレーム処理のために、駆けつけてきた。どこの世界も、経営者は大変だ。そりゃ、冷や汗が止まらないのも、無理はないよ。洋菓子店が食中毒を出したようなものだもんね。いや、うちの店は、食中毒を出したことなんかないよ。ただ、近所の焼肉店が、それで潰れたことがあったんで、気持ちがわかるだけさ。


「もう、いいのです、カモミール。わたくしは、この通り無事でしたから」

 意外と早く目が見えるようになっていたわたしは、「まだ、お休みになっていた方が……」と止めるパメリーナを押し切って面会した。ショコラ・シートの品質改良は、優先課題だもん。今のままじゃ、安心して、テリーに乗れないし、わたしが乗れなきゃ、テリーが寂しい思いをするじゃないの。運動不足にならないように、調教師はつけて訓練はさせてるけどさ。主人が騎乗しない斥候竜なんて、イチゴが乗ってないショートケーキと同じなんだよ。


「それでも、このような欠陥品をお納めしてしまった責任は、わたくしどもにございます。何とお詫び申し上げたら良いか……」

「今回は、試作品だったのです。欠陥が見つかったなら、改善していけば良いだけのことでしょう。次からは、もっと丈夫で切れない紐に変えてください。たとえば、伸び縮みをする材料にしてみるとか」

 くどくど謝罪の言葉を繰り返されるのも、飽きてきたわたしは、平身低頭へいしんていとうといったカモミールの台詞も竜気も、スパッと切って言い返した。本当に、申し訳ないと思っているのはわかったよ。技術者としてのプライドが粉々になってることもね。でも、いい加減に頭を切り替えて、もっと有意義な打ち合わせに入ろうよ。


「伸び縮みする材料でございますか?」

 技術的な話になると、カモミールは、人が変わったかのように、生き生きとしてくる。こういうところ、パパと同じだね。社長として(因業爺は、会長よ)、営業や接客もこなすけど、根は製造畑の職人なの。とにかく作るのが好きで、いろいろトライしてみるのも好きで、新しい商品を生み出すのが、ほんとに楽しそうでさ。


「えぇ。こう、強い力で引っ張ったとき、切れずに伸びるものです」

 こっちに、ゴムがあるかどうかわからなくて、説明してみたら、カモミールが、左目で一回ウインクした。これは、肯定だから、「あります」という意味だね。そう思ったら、慌てたように、目を伏せた。そうか。瞬きコミュニケーションは、生活言語だから、仕事がらみや公の場で、使うのは失礼にあたるのだっけ。でも、ついつい使っちゃうよね。別に気にしてないから、話を続けてよ。ほらほら。


「失礼しました。その、ゴムという伸縮材はございますが、竜気を通す性質がないため、それほど耐久性に優れたものではございませんので……」

 おっと、ゴムがありましたよ! まぁ、そっくり同じものではないだろうけど。だいたい竜気を通す性質って、何なの? 耐久性が関係してくるということは、竜気を加えると、強化ができるってことかな。

 そう言えば、羽衣製の領巾ひれには、竜気が込められるよね。それで、【防御波】のバリアが張れるわけだし。わたしも、昨日、怪我せずにすんだもの。考えてみれば、すごい技術だよ。下手したら、首の骨を折って、死んでたかもしれないのに。


「竜気を通せるように性質を変えれば、耐久性が良くなるものなのですか」

 わたしは、わくわくしながら聞いたのだけど、カモミールは、「お勧めはできません」的な竜気で、残念そうに答えた。

「はい。ただ、材料の配合研究は、あまり進んでいないのです」

「なぜでしょう。研究する人がいないのですか」

 帝竜国の技術力は低い。電気の代わりに竜気を使う感じで、生活水準はそこそこだけど、それは、わたしが王族だから。光竜を照明に使っていたり、羽衣が防具になるように、元の世界では想像もできない道具もある。とても真似できないような便利グッズも。でも、新しく開発されているものは少ないの。建国から八千年以上も経っているのに、それほどの技術革新も、産業革命もなかったみたいで。日本だったら、続々と新商品が発売されて行くし、八年もあれば、次世代型が生まれてる頃だよね。だから、研究者がいないのかな、と思っていたんだけど……。


「いえ、研究者は何人かおりますし、材料専門の匠舎しょうしゃもございます。ただ、開発費がかかりすぎて、利益になりにくいので、なかなか補助金が得られないようでございます。資金が続かず、開発途中で、断念する場合も多いということですし……」

 資金の問題か。そう言えば、この国にも、日本との共通点があったわ。哀しき借金大国なのだよ。赤字国債を発行する代わりに、王族の私有財産を借り入れて(時には、巻き上げて)、経済を回してるの。その経済が停滞していて、慢性的に不況なものだから、帝家や王家の補助金が、あちこちで削減されてるという話は、ソラから聞いていた。出資や寄付は、どこも大歓迎だって(ラピリズ園長も含めて)。

 経済不況の方は、どうにもならないし、どうにかしようとも思わないけど、研究者に資金援助をすることくらいは、わたしにもできる。いと尊き外帝陛下も、国の発展のために、研究者や芸術家のパトロンになれって言ってたもんね。

 

「それでは、わたくしが、そちらの支援もしましょう。耐久性に優れたゴム材の開発をしてくれる研究者を紹介してください」

 わたしの提案に、カモミールが高速瞬きをした。わたしの背後に控えているマルガネッタからも、驚き呆れたような竜気が流れて来る。

「え? わ、わたくしが、ご紹介するのですか?!」

 どうやら、常識外のことを頼んでしまったみたいだね。紹介って、簡単にしてもらえないものなのかな。ま、いいや。このまま、押し切ってしまえ。カモミールは、嫌だとか、荷が重いって竜気ではないし。わたしは、わがままな幼女なのだよ。諦めておくれ。お金は出すからさ。


「えぇ。匠舎のことは、匠族の方がよく知っているでしょう? 宝族や豪族を間に立てても、時間とお金が無駄になるだけですもの。仲介料を払うくらいなら、その分、開発費に回します。契約は、わたくしの秘書官が代理で行いますから、心配いりませんよ。カモミールと結んだ条件と同じでいいかしら?」

 カモミールが、何だか、やたらと心配そうなので、「幼女の気まぐれなんかじゃないよ」というアピールのために、契約条件を持ち出したのだけど、余計に不安を倍増させてしまったみたい。カモミールの視線が、ちらちらとマルガネッタの方に流れて、「この子の好きにさせていいの?」的な竜気も送られている。


「それですと、専属長期契約になりますが、よろしいのですか? 匠舎を丸抱えすることになって、毎月の開発費の他に、材料費や雑費まで、必要経費として、そっくり負担していただくことになりますけれど……」

 うん。そうだったね。匠舎を買い取った方が安いと言われたくらい、大盤振おおばんぶいの条件をつけたんだっけね。ちんたら仕事されたんじゃ困ると思ってさ。わたしは、一日でも早く、少しでも良いものを開発してもらいたいの。技術者は、やる気に火をつければ、不眠不休で頑張ってくれるものでしょ。いや、そこまでは、要求してないけど。過労死されたら、責任感じちゃうし。とにかく、急いでもらうためには、特急料金くらい上乗せするわよ。ボーナスだって、つけちゃうぞ。


「いいですよ。腕が良くて、熱心な研究者なら。あなたと共同開発することになるのですから、波長も合う人でなければならないでしょうね、カモミール」

「はい。心当たりの者がおりますので、急ぎ打診してみます、ショコラ様」

 良かった。やっと納得してくれたわ。前向きな返事がもらえたところで、わたしは、秘書官に声をかけた。マルガネッタは、後ろにいるけど、この場合、振り返ってはいけない。訪問者の前で、自分の使用人と視線を合わせるのは、失礼なんだって。視線を合わせるということは、【感情波】のやりとりをします的なメッセージになるから。人前で、あからさまに内緒話をするようなものみたいね。


「マルガネッタ」

「はい、ショコラ様」

 マルガネッタが、わたしの視界に入る位置に移動して一礼する。さっきは驚いていたけど、特に不満や批判は感じられないな。この秘書官は、教官としては未熟かもしれないけど、管財人としての経験は積んでるの。契約関係は、得意中の得意だから、全部、丸投げしちゃう。よろしくね。

「すぐに専属長期契約の文書を作成して、カモミールに渡してあげてちょうだい。正式な契約書ではなくて、条件が確認できるようなものを」

「かしこまりました。条件提案書でございますね。お帰りになる前に、お渡しできるようにいたします」

「カモミール、文書が用意できるまで、別室で待っていてください。それと、今後、面会の予約をとるときは、このマルガネッタを通すように。わかりましたね」

「かしこまりました。ありがとうございます、ショコラ様」

「お下がりなさい」



<もうっ! マリカったら、どうして、寝室にいなかったの? ソラが戻るまで、ちゃんと休んでるって、約束したのに。ロムナンのこと、教えてあげないからね>

 面会を終えて、寝室に戻ると、お怒りのソラ先生のお出迎えを受けてしまった。

嘴が、太めのマカロニ型で、『ぷんぷん』動きながら、『ブッブ―、ブブブーッ』と連続音を出している。警戒音なみに長くて、不満と非難が充満してるよ。

 まずい。わたしは、慌ててぺこぺこ謝った。カモミールの平身低頭ぶりを真似マネっ子してみよう。誠に申し訳ございません。非常に反省しております。二度とこのようなことがないように努めます。どうか、どうか、お許しくださいませ。


<ごめん。わたしのことは、怒っていいからさ。ロムナンのことは、教えて。意識は戻ったの? ほんとに、怪我はしてなかった?>

 回転ジャンプを華麗に決められずに、転倒したわたしは、オランダスに抱かれて早々に退場した。まぁ、目が見えない状態で、その場に残ったところで、何もできなかったけどさ。後始末をする人たちの迷惑になるだけで。それでも、ロムナンのことは心配だったから、ソラに頼んだのよ。様子を見てきて。せめて、意識が戻るまでは側についていて。わたしは、ちゃんと部屋で休んでいるからって。


<怪我は、右足首の捻挫ねんざだけ。当分、走らせない方がいいけど、今のところ、落ちついているから、逃げる心配はないかな>

<え? 落ちついてるの? 闘竜に襲われかけたばっかりなのに?>

<勿論、相当なショックは受けたでしょうね。でも、あまりにも怖い思いをしたあとだから、助かったって安堵感が強いのよ。群れとも、無事に再会できたし、ホッとしたみたいで、野番竜の雌に抱きついて眠ったわ。見たところ、ロムナンは、群れの一員というより、その雌に拾われたペットって立ち位置らしいの。4頭の雄は、ロムナンのことをほとんど構わないし、雌が可愛がってるから、仕方なく受け入れてるって感じだったわ>

<へぇ。竜の方が、人の子をペットにすることもあるの?>

<あまりないわね。でも、家族同然に飼われてる番竜は、子守を任されることも多いし、ペットに近い感覚は持っていても不思議じゃないの。自分に懐いていて、可愛くて、大切で、守ってやりたい相手――ペットって、そういう存在でしょ>

<あぁ、そうか。気綱で繋がってるなら、ありそうな関係だね。で、野番竜の方の怪我は、どんな具合?>

<テリーに飛ばされたリーダーの雄が、軽傷で、他は、気絶しただけだから、かすり傷ね。治療の必要もないくらいだけど……、どうする?>

<どうするって、何が?>

<治療するかどうかってこと。あとは、この後、引き取るかどうか、ね。もし、所有者登録をしたら、今日以降の餌代とか治療代は、マリカが、全部支払うことになるのよ。あ、そうだ。外帝陛下の伝言もあったんだわ>

 いと尊き外帝陛下の伝言――猛烈に嫌な予感がする。前にも、あったよな。この聞きたくないけど、聞くしかないって気分。予感よ、どうか外れてくれ。

<――伝言って、何……?>

 わたしが、おどろおどろしい竜気を放つと、ソラがおどおどし始めた。

<えっと、野番竜を所有するつもりなら、その前に、群れが引き起こした被害全ての損害賠償を請求するって……>

<えぇ?! そんなの聞いてないよ>

<ごめんなさい。ソラが、すっかり伝えるのを忘れてたの。いろいろ忙しくて>

 ソラに、いろいろ仕事を振って、忙しくさせていたのは、わたしだ。忘れていたのはいいよ。別に責めない。でも、請求内容には、不服を申し立てたい。

<なんで、わたしが、損害賠償費用まで、支払わなくちゃならないのよ? 所有する前のことなんて、わたしには、全然関係ないじゃないの>

<関係はないんだけど、清算する必要があるの。法的には>

<清算……? なに、それ? 意味が分からないよ>

<あのね。野番竜は、所有者がいないでしょ。だから、被害を受けても、損害賠償を請求できる相手がいないわよね。それで、退治や捕獲されたとき、被害者には、有害竜を財産とする法的な権利があるの。生きたまま売却できればそれでもいいし、できなければ始末して、肉とか毛皮とか、素材を手に入れて換金するわけ。この群れに関しては、被害者は帝家になるの。ほら、竜育園ここは帝立で、怪我した飼育員に保障をしたのも、修理費用を負担したのも、帝家だから。それで、帝家としては、今までかかった費用を補填ほてんしてもらわない限り、所有者登録は認められないってことで……>

<――いくらなの、群れの総額は?>

<えっと、竜貨12枚>

<高っ! 闘竜より高いなんて、嘘でしょ?!>

 闘竜でさえ、1頭あたり竜貨2枚だぞ。番竜なんて、ずっと小さくて竜気も弱いし、もっと安いはずじゃないさ。5頭で、竜貨12枚ってことは、1頭あたりの値段は、闘竜より高いってことになるぞ。こんなの、ぼったくりもいいところだよ。

<でもね。これは、野番竜の値段じゃなくて、あくまで、被害総額だから……>

 ぼそぼそ言ってるけど、あんたが弁解する必要なんかないんだよ、相棒。わたしは、あんたに怒ってるわけじゃない。怒りの矛先ほこさきは、あいつに向いてるのよ。


 チクショー、あの因業陛下め。こっちの足元を見て、吹っかけやがったな。

 王族らしいお金の使い方を覚えろってのは、こういうことなのかよ。

 もういい。あいつは、今この瞬間から、因業陛下に決定だ。これからは、『いと尊き』なんてつけてやらない。『ぼったくり』の方がお似合いだもんね。



 翌日、わたくしは、怒りに燃えながらも、致し方なく損害賠償費用を支払い、野番竜の5頭の所有者となりました。


 ぼったくり因業陛下は、その後も、帝家の借金を減らすべく、事あるごとに、筆頭債権者わたくしから集金しようと画策し、わたくしは、『踏み倒しVS取り立て』戦において、連敗を重ねていくことになったのでございます。


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