第37話 野番竜の群れと対決だ。
狼に育てられた少年というお話があるでしょ。
あれ、実話なんだってね。聞いたときは、へぇって簡単に流してた。
そんなこともあるんだ。よく食べられずにすんだね、くらいの感想で。
でも、よく考えてみたら、育てるって、本当に大変なことなんだね。
それって、自分の食い
お金に余裕のある人が、野良猫に餌をやる慈善とは、訳が違うんだよ。
生存競争激しい自然の中で、自分も飢えているのに、分け与えてあげる。
そんなことができるのは、よほど強く結びついた関係だと思わない?
<ロムナンを養ってる群れが、やっとわかったの>
ソラから情報がもたらされたのは、カモミールと初回打合せをした次の日の晩だった。最初にロムナンと会ってから、丸10日経っている。二度目に会ってからだと、6日目。
あのとき、待機していたソラが、ロムナンの後をつけたけど、その晩は、群れに合流せず、木の上で眠ったらしいの。次の日には、見失っちゃって、テリーの竜舎に来たときに居合わせなかったから、足取りが掴めなかったのよ。
ソラには
それに、ペットぶりっ子している手前、わたしの宿舎から、長い時間は抜け出していられないの。夕方には、帰って来てもらわないと、わたしも心配だしさ。
<やったじゃない。どんな群れだったの?>
わたしが、意気込んで聞くと、マカロニ型の
<
<野蛮竜? 野蛮な竜ってこと?>
<ううん。野生の
なんか、番竜って、番犬みたいだね。いろんな犬種があって、訓練次第では、軍用犬や牧羊犬になるし、愛玩犬として飼われる場合もある。で、野良犬は、危険だから、捕獲されて
あれ? [有害竜]ってことは、もしかして、狂犬病かなんかにかかったりする? まずいよ、一緒にいたら、ロムナンも、伝染しちゃうんじゃないの?
<有害って、病気にかかっているとか? ロムナンの身に危険はない?>
マカロニが、象の鼻になって、先っぽを「ピッピッ」と、横に振ってみせた。
<病気じゃなくて、問題なのは、竜気。野生化するような番竜は、平民の手に負えないくらい竜気が強いの。飼い主の気綱を引きちぎるくらいだから、気性も闘竜なみに荒いのよね。闘竜と違うのは、群れの結びつきが強固で、トップ争いはしないこと。個々が互いに優劣を競うのじゃなくて、群れが一丸となって、他の竜や人に挑んで行くの。竜気の循環が上手い群れになると、はぐれ闘竜すら倒すほどの竜気を放つのよ。一度でも、人を襲ったり、害を与えたりすれば、[有害竜]指定されることになるんだけど、ロムナンが属してる群れは、すでに相当の被害を出してるらしいの。飼育されてる竜を狙ったり、飼育員に怪我を負わせたり、食べもしない野菜畑を荒らしたり。飢えて狩りをしているというより、面白半分に追い回して、遊んでいるような
うーん。確かに、性質は悪いけど、何だか、不良少年のグループみたいだね。闘竜が熊だとすれば、番竜は狼って感じ?
<そんな連中が、どうして、ロムナンみたいな子供を群れに加えたのかな?>
<たぶん、竜気が強いから。人の身体は虚弱でも、竜気量が多ければ、群れを強化することができるもの。もちろん、波長が合ったというのもあるのでしょうけど>
<波長が合うって、そんなことがあるの? ロムナンには、狂暴なところなんか欠片だってないじゃない。怯えきっていて、人から逃げ回っているような子よ。面白半分に襲うなんてありえないって。相手が、人でも、竜でもさ>
<怯えているからこそ、強い群れに入りたがるものなのよ。一人でいるのが怖いから。誰かに守って欲しいから。ロムナンが、群れと出会ったのがいつなのか、正確なところはわからないけど、半年前には、離れがたいほど気綱が強くなっていたのよ。今はもう、群れに
そうか。気の弱い子ほど、強さに憧れがあって、悪の道に走りやすいっていうものな。まして、ロムナンは、竜語症なんだっけ。人の言葉がわからないのに、人の倫理を理解しているわけがないか。いや、教えられたことすらないのかも。
<ロムナン、「帰らない」って言ってたもんなぁ。わたし、それでいいって言っちゃったけど、どう思う、ソラ? やっぱり、群れから、引き離すべき?>
<それには、もう失敗してるのよ。マリカが来る前に、いろいろな人が、何度も試みて駄目だったの。マリカが、力づくて引き離してみたところで、ロムナンが、裏切られたと思って、攻撃的になるだけだと思うわ>
うーん、確かに、悪手か。攻撃波を無差別に放つって言ってたものね。わたしの方が竜気が強かったとしても、気絶させることができるだけ。それで、心が掴めるとも思えないし、問題が解決するわけでもないよな。
ちょっと、考えてみよう。これは、弟が不良グループに入って、万引きやカツアゲをしてるような状況だよね。この場合、姉として、どうするべき?
弟が、性悪のろくでなしで、改心不能だと思ったら、放っておくかもしれない。でも、
あぁ、無理だ、あの天然ボケが、悪の道に突入するところは想像できない。カツアゲされてる姿は何度も見たけど、逆はないだろう、逆は。
オカマ道やホスト道に走る可能性はあるかもしれない。でも、不良になるほどの甲斐性はない。
これは、金を稼げないという意味じゃないよ。女遊びができないというのでは尚更ない。あいつが、その気になれば、いくらでも女を
とにかく、わたしが言いたいのは、類には、反抗するだけの根性がないってこと。反骨精神っていうのかな、不良にだって、守るべき仁義はあるでしょ。方向がちょっと狂ってはいても、それなりに理想とするものは持って、筋は通しているわけよ。
類は、そういうタイプじゃない。あいつは、お祖母ちゃん似で、深く考えたり悩んだりしないお気楽な人間なのよ。
いや、類の性格なんて、今はどうでもいいんだ。問題なのは、お気楽さを分けてあげたいロムナンの方。こっちでできた新しい弟。
類のことは、きっぱり忘れよう。アデュー、実の弟よ。元気でな。パパを頼むぞ。ママとお祖母ちゃんは、心配いらないと思う。因業爺のことは、心配してやらない。意地でもね。だけど、パパだけは心配……。
あぁ、駄目。考えるんじゃない、わたし。これ以上考えると、絶対ドツボる。
でも、家族、か。ロムナンにだって、家族はいるよね。
王族は、4歳になったら、帝家の管理下に置かれて、教育される。逆に言えば、それまでは、家族と暮らしていたはず。
ロムナンは、男の子だから、父親の元で。誰かいなかったのかな。もし、父親が忙しかったとしても、兄弟とか、親戚とか。この際、侍女や従者でもいいけど、とにかく、ロムナンの側にいて、親しくしていた人なら、野番竜の群れから引き離すことができるんじゃないの?
<ねぇ、ソラ。ロムナンって、家族はいないの? ロムナンが言うことを聞きそうな人が、ひとりくらい>
<誰もいないわ。いるのなら、とっくに、その人をここに呼ぶか、ロムナンを預けるかしてたもの。言ったでしょ。ロムナンが、初めて【交感】できた人が、マリカだって。親兄弟が何人いても、いないのと同じ。ロムナンにとっての家族は、野番竜の群れなのよ>
そうか、そうだよね。考えつく限りのことは、一通りやってみたに決まってる。それでも、どうにもならないから、自由にさせて、様子を見ていたわけなんだから。
こりゃ、ソフィーヌ寮長先生を責める筋合いのものじゃなかったかも。「何も知らない
<でもさ。このまま、群れと一緒に、放置しておくわけにはいかないんじゃない? [有害竜]の指定を受けたら、普通、どうするものなの?>
<民家の近くにいるものは、討伐対象になって、賞金がかけられるわ。ただ、ここは敷地が広くて、人口密度が低いから、それほど危険度が高いとはみなされてないの。帝家の施設だから、いざとなったら、帝竜軍が出動することになるけど>
<それで、群れが討伐されちゃった後、ロムナンは、どういう扱いになるわけ? [有害竜]と一緒に行動していたということで、罪に問われたりしない?>
<未成年は、共謀罪には問われないの。法的にはね。でも、群れから離されて、特に、群れが殺されるところを見ちゃったりしたら、どうなると思う? ショックと怒りで、【感情波】を暴発させるかもしれない。
たった8歳で、死刑かよ。そんなの、あんまりだ。ひどすぎるじゃないさ。
そりゃ、周りに危険がある以上、放置できないのはわかる。竜気が強ければ強いほど、危険だってことも。
わたしだって、竜育園に送られて、竜気の制御ができるようにならない限り、出さないと脅されているんだから、立場は同じだもん。とても、他人事とは思えないよ。ただ、わたしには、ソラがついていて、訓練をしてもらえて、帝竜語が話せるようになったという違いがあるだけ。
竜語症のロムナンは、そのスタート地点にすら立てずにいる。竜育園が、未成年の王族にとって、
そんなの納得できない。どうしたって許せない。
いや、理屈はわかるよ。頭ではわかってる。でも、心が受け入れられないんだよ。
8歳になるまで、誰とも意思疎通ができなくて、ずっと孤独だった子がさ。やっとのことで、手に入れた家族を失ったら、絶望しちゃうよね。どんな家族だって、家族と離されるのは辛いものなんだから。
別の世界に来ちゃっても、忘れられないのに。向こうで元気に生きていると思っていても、こんなに苦しいのにさ。
もし、家族を殺されたりしたら、恨むのも憎むも当然だって。それを目の当たりにしたら、【攻撃波】を放出するに決まってる。絶対に、人にも被害が出ちゃうはず。そうしたら、ロムナンは……。
<チクショー、何としても、助けてやるからなっ、ロムナン。家族と切り離せないなら、家族ごと更生させてやるまでだよっ。[有害竜]の群れが何だ?! 闘竜から、『
その日、乙女らしからぬ宣言を果たしたわたくしは、相棒ソラと僕テリーの協力を得て、野番竜の群れと対決すべく、計画を練り始めたのでありました。
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