第28話 4が聖数になった理由。


 動物園やサファリパークに連れて行かれたのは、子供のとき。

 その頃、わたしは、動物を見るのが、あんまり好きじゃなかったの。

 檻の中で閉じ込められて、一生を終えるなんて、すごく可哀想に思えてさ。


 でも、ペットショップの子犬や子猫たちを見るのは大好き。

 いくら見ても飽きないな。めちゃくちゃ可愛いっていうのは勿論だけど。

 この子たちは、お金を出しても欲しいっていう人に大事にされると思えるから。


 本音を言えば、わたしも、ペットが欲しかった。もふもふできる室内犬がね。

 だけど、我が家は洋菓子店。お願いするまでもなく、諦めるしかなかったのよ。

 そりゃ当然でしょ。ケーキに、犬の毛が混入するなんて許されないもの。


 そんな訳だから、ソラが側にいてくれるのは、夢が実現したってことなの。

 まぁ、その、わたしの理想からは、度外どはずれたタイプではあったけどさ。

 うちの相棒は、有能で頼りになるし、他のペットなんていらないよなぁ。


 

「小型種の中でも、おとなしくてお利口なこの子たちは、愛玩竜あいがんりゅうと呼ばれているのですよ。ほら、とても可愛らしいでしょう?」


 ラピリズ園長先生の言葉に、わたしは、右目1回ウィンクで、同意した。

 園長先生が撫でているコバルトブルーの竜は、蜥蜴型とかげがたで、てのひらサイズ。イボイボした見た目は、イマイチどころか、イマサンくらいだけど、そこはかとなく漂う竜気は、とても可愛い。明朗快活な甘えん坊だってことがわかるのだ。


 わたしは、今、竜育園にいる。そう、てる、に。

 動物園とサファリパークをミックスしたような感じの広大な施設。中にいるのは、みんな竜だけど。ここで、二百種以上、千数百頭が飼育されているらしい。

 飛翔竜の上から見たときは、放牧場と森ばかりかと思ったけど、あちこちに温室や竜舎があって、見学者のための散策コースが設けられていたの。


 そこを、わたしたちは、竜車に乗って移動してるところ。サファリパークの中を車で見て回るみたいに。

 竜車は、四人乗りの荷馬車型で、八本足の竜がいてる。ここには、天井はあるけど、壁はなくて、四方の柱の間に金網が張り巡らされているの。獰猛どうもうな竜もいるので、危険防止用の檻の中に入っているわけ。


 乗っているのは、わたしとソラとラピリズ園長先生だけ。あとは、飲み物やお菓子がつめられた大型バスケット。馬車と同じで、前の席には、竜の手綱を持ってる御者の人もいるけど、口は一切きかないから、いないのと同じね。


 外帝陛下は、小高いところにある発着場に飛翔竜を着陸させると、出迎えに来ていた軍人風の人たちを従えて、竜にまたがり去って行った。

 その早駆竜はやがけりゅうというやつも、大型バイクなみの馬力とスピードで、スっ飛ばしていた。竜眼族は、みんな、スピード狂なのかね。それとも、外帝陛下が、特別なだけかな。


 ともかく、残されたわたしを歓迎してくれたのが、園長先生だったのよ。おっとりと品が良くて、子供の扱いに慣れている感じのおばあちゃま。刺されたと聞いていたけど、ほんとのかすり傷だったようで、元気いっぱいで生き生きしてる。心配していたソラが、呆気に取られていたくらい。


 挨拶が終わるとすぐに、わたしは、竜車に乗せられて、ここまで来るのに、もう一時間以上はかかってると思う。向かってる先は、園内にある第十七王寮という宿舎のはずなのに、観光コースで遠回りされてるみたいなのだ。

 早く着いてくれないかな。高速飛行で疲れてるし、病み上がりなんだぞ、こっちは。


 その願いもむなしく、愛玩竜のいる区域に入ると、「この中は安全なので、少し、歩きましょうか」と園長先生に言われて、わたしは、降りなければならなかったのだ。竜車に残ったソラは、助けてくれなかったしさ。どうも、園長先生には、遠慮がちだよね。外帝陛下に対しては、結構言いたいことを言ってたのに。


「もし、気に入った子がいれば、ペットとして、お側に置くこともできますよ。そうそう、この子なんて、どうかしら?」


 園長先生は、この帝立竜育園の管理責任者であると同時に、第十七王寮の教官も務めているんだって。でもさ、何だか、ペットショップのオーナー的な臭いがするんだよね。そりゃ、卵から育てた可愛い子供たちを自慢したいって気持ちは、わからないでもない。ところが、それが、セールストークにしか聞こえなくてさ。

 いたずら予約されたクリスマスケーキを何とか売りさばこうと、声をからした一昨年のクリスマスイブを思い出すよなぁ……。


「もう、ソラが、いますから……」 


 わたしが何度目かのお断りをすると、園長先生は、いきなり質問口調になった。


「あら、竜は複数飼うものなのですよ。少なくとも、4頭ですわね。どうしてだか、わかりますか」

「――4が、整数だから……?」 

「はい。よくできました。では、なぜ、4が整数なのか、ご存知でしょうか」

「おうそよんしが、4人きょうだいだったから」

「まぁ! ショコラ様は、そのお歳で、歴史も、きちんとお勉強なさっているのですね。ご褒美の飴をさしあげましょう。どうぞ、召し上がれ」


 口調はソフトだけど、竜気はハードで、食べなさいと命じられてるみたい。

 ご褒美というよりは、半強制的な給餌だよね、これ。

 園長先生も、ソラと同じで、やたらと栄養補給させようとするの。ここの飴は、どれもこれも美味しくないのにさ。


「では、今度は、算数の問題を出しますよ。4+4は、いくつですか」

「8」

「はい。そうですね。では、4×4は、わかりますか」

「16」

「まぁまぁ。ショコラ様は、掛け算もおできになるのですか。素晴らしいわ。きっと、もっと難しい問題も解けますね。4+4+4+4は、いくつでしょう」

「16」

「はい。そうです。それでは、4×4×4は?」


 16×4だから、40+24だよね。


「64……?」

「もうひとつ4を掛けたら? 4の4乗は、おわかりになりますか」


 4×4×4×4は、16×16だけど……、いくつになるんだろ? わたしに、これ以上の暗算は無理だよ。電卓か、せめて、紙とペンをくれないとさ。

 わたしが、両目で2回瞬きをして、『わかりません』と伝えると、園長先生から、ちょっとほっとしたような竜気が漏れた。


「64よりも、大きい数字ということはわかりますか」


 今度は、両目で1回瞬きをして、『わかります』と伝える。


「さて、仮に、王族の竜気量を4とします。王族2人が、別々に竜気を使えば、それは、足し算で、4+4。つまり、8にしかなりません。王族2人が、竜気を循環させれば、4×4で、16となります。なんと、2倍の威力が出せることになるのです。どうでしょう。ここまでは、わかりますか」


 もう一度、両目で1回瞬きをして、『わかります』と伝える。


「更に、王族3人が竜気を循環させると、4×4×4で、64になります。これは、別々で使うときの、4+4+4の12より、ずっと多いことになります。いくつ多いかわかりますか」


 今度は引き算か。これは簡単。64-12だね。


「52」

「はい、その通りです。それでは、王族4人が竜気を循環させた場合はどうなるでしょう。4の4乗は、256。別々で使う時の、4+4+4+4の16より、はるかに多くなります。この事実を明らかにしたのが、王祖四子おうそよんしだったのですよ。そうして御姉兄弟妹ごきょうだいが、竜気を増幅することによって、第一次竜魔大戦を勝利に導かれたのです。それから、4が聖数と定められました。また、竜眼族一丸となって、魔族に立ち向かうことを『4の4乗を尽くして』と言うようになったのです」


 そう言えば、ソラが、いつか言っていたっけ。『4の4乗をめざします。ソラは。竜界に帰すまで』って。外帝陛下に。

 あれって、『死ぬまで、魔物に立ち向かい、全力を尽くします』って意味だったのか。そんな決意表明だなんて、知らなかったよ。


<ただの慣用句なの。『がんばります』くらいの意味だと思って>


 視界の隅にある竜車から、ソラの思念が飛んできた。照れてるね、あんた。


「今は、王族を例にとって、お話しいたしましたけれど、竜たちも、竜眼族と同じなのですよ。竜気を循環させるパーティに属している方が、より安全ですし、長生きもできます。この子たちも、それが本能でわかっているのでしょうね。こうして、一つの囲いの中に入れておくと、相性の良いもの同士が集まって、グループを作るものなのです。ペットとして飼う場合は、餌代や竜舎のことも考えなければなりませんから、増やすほど良いとは申せませんが、4頭はそろえてあげないと、この子たちが可哀想なのですよ。特に、小光竜しょうこうりゅうは、寂しがり屋の子が多いですからね」


 園長先生にうながされて、わたしは、愛玩竜の間を歩き回ることになった。

 幸い、近づいてくる竜はいない。何となく、敬して遠ざけられてる雰囲気がある。

 わたしは、ペット候補を探すふりをしながら、ソラに呼びかけた。


<ソラ、あんた、寂しがり屋だっけ? 他にお仲間がいた方がいいの?>

<ううん。ソラは配偶竜だから、マリカがいるだけでいいの。でも、気に入った竜がいるなら、飼ってもいいのよ。ソラが、ちゃんと面倒みてあげるし>


<おいおい。これ以上、面倒を背負い込んでどうするのよ。あんた、わたしひとり相手にしてるだけで、もう手一杯でしょうが。わたしだって、ペットをでているゆとりなんかないし。いらないよ、別に>

<でも、ペットが一頭しかいないって、あまり外聞がいぶんが良くないのよ。お金のない平民みたいだって言われて>


<言わせておけばいいよ。だいたい、稼ぎもない6歳児に、ペットを養う経済力があるわけないじゃないさ。あれ? そういや、あんたの餌代って、どこから出てるの、ソラ。もしかして、自分で払ってるわけ?>

<えっと、ごめんね。まだ話してなかったけど、マリカに、払ってもらってるの>


<へ? わたしが? そりゃ、払えるもんなら、喜んで払うけど、お金なんて持ってないよ、わたし。やだ、考えてみたら、貨幣の一枚すら見たことないわ。貨幣単位も教えてもらってないし。こんなんで、どうやって、払えるっていうの?>

<ショコラが相続した財産から、自動的に引き落とされてるの>


<あー、相続財産があるのか。そりゃ、王族だもんね。それって、成人するまで、お小遣いに不足しないですむくらい、かな?>

<うん。一年分のお小遣いで、ここの竜を全部買い占められるくらい、かな>


<は? 全部って、ここにいる愛玩竜を? 何十頭もいるじゃないの>

<そうじゃなくて、竜育園の竜よ。千頭以上全部>


<はぁあぁぁあ?!>

<ショコラは、マーヤ嫡流の最後の後継者だって、言ったでしょ。帝家よりもお金持ちで、帝竜国に貸し付けしている筆頭債権者ひっとうさいけんしゃ――その相続人なのよ>


<この国に、お金を貸してる立場だってこと? 幼女のショコラわたしが……?>

<うん。実際に、お金を動かしているのは、管財人たちだけどね。マリカが希望すれば、何でも買ってくれるはずよ。常識の範囲でなら、ね>


<それで、竜育園ここの竜を買い占めるのも、常識の範囲だって言うの?>

<まぁ、そのくらいなら。たぶん>


 竜千頭で、そのくらい? 

 それじゃ、どのくらいまで行けば、常識を超えるっていうのさ?

 園長先生が、ペットを飼えって、わたしに、猛プッシュしてくるわけだよ。これって、キャッチセールスじゃないの。

 教育者の立場で、問題にならないわけ? 

 もしかして、そのうち、寄付のお願いとかもされちゃったりして……。


<あー、うん。それは、あるかもね。最近は、どこも、帝家や王家の補助金が削減されてるから、経営が苦しくて、寄付は大歓迎だと思うの>


 なんてこった。

 宝くじで億万長者になった途端、親戚が押し寄せてきたあげく、あっちからも、こっちからも、寄付をせびられて、どこかに雲隠くもがくれしたお客さんがいたけど、嫌気いやけがさす気持ちが良くわかる。

 今、同じ立場に立ってみて初めて、切実にわかってしまったよ。

 わたしだって、できるなら、逃げ出したいぞ。

 今日から、ここで、暮らしていかなきゃならなくなったばかりだっていうのにさ。



 竜育園に到着した日、わたくしは、国一番の大富豪であると知らされたのでありました。


 そのとき、喜びではなく、怖れと不安を感じたわたくしの予感は、残念ながらも正しく、後に、現実のものとなってしまったのでございます。 

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