第3章 : 竜育園編

第27話 外帝陛下と遊覧飛行。


 あなたは、ヘリコプターに乗ったことがある?

 観光地なんかに時々あるじゃない。3分で、5000円とかするやつ。

 ちょっとお高くて、わたしは、乗ったことないけど、憧れてはいたのよね。

 低空での遊覧飛行。飛行機とは違って、わくわくするだろうなって。



<大丈夫だよ、マリカ。落ちたりしないから>

<わからぬぞ、ソラ。マリカは、自分から落ちるのが得意なようだからな>

<外帝陛下。マリカを脅かさないでください>

<脅かしているのではない。事実を述べているだけだ>


 面倒見の良いのソラと、いじめっ子の外帝陛下が何か言ってる。

 わたしは、返事なんてできない。会話に参加する余裕は全然ないの。

 あるったけの竜気を【防御波】に回して、我が身を守ってる最中だから。

 ほんと、なんだって、こんな羽目になっているんだか……。


 そもそもは、わたしが、高熱で、ぶっ倒れたことに、たんを発してるんだけど。

 竜眼族は、病気にかかりにくくて、幼児でも、滅多に熱を出さないものらしい。

 唯一の原因が、力場破裂症りきばはれつしょう。つまり、ダムが決壊して、竜気があふれている状態。

 わたしは、脳味噌が沸騰した気がしたんだけど、似たようなものかもね。


 とにかく、それで、ソラは慌てた。医務官も、侍女も、護衛も泡を食った。

 わたしは、腕が四本あると称されるほどに、力場が大きい王族なのである。

 その力場が決壊してしまった。いきなり。恐らくは、精神的ショックで。

 2オクターブに届くほど強い竜気が、一気に放出されてしまう。


 こりゃ、ヤバいということになって、天竜島に、非常警報が鳴り響いたらしい。

 ちなみに、帝竜国で言うところの非常警報というのは、竜の大合唱のことね。

 前にわたしが聞いたのは、おとなしめな注意報だったけど、警報は強烈だった。

 朦朧もうろうとしながら耳にして、どでかい魔物が現れたんだと確信したくらいよ。


 時は、深夜0時過ぎ。要塞だから、夜番勤務の兵士もいるけど、大半は就寝中。

 その全員が叩き起こされ、殺気立って走り回り、厳戒態勢が取られたわけよ。

 ほとんどの人は、何が起きたかわからないまま。不安にさいなまされた状況で。

 そうして、空中を、地表を、天竜島の外を警戒した。存在しない敵を探して。


 まぁ、ソラが緊急連絡を入れたから、知るべき人は知っていたんだけど。

 竜たちも、すぐに静かになって、混乱もさほど長くは続かなかったようだけど。

 それでも、謁見のときを上まわる軍隊規模の大騒動。なんて、傍迷惑はためいわくな話。

 お騒がせ娘も、ここまで来ると、もうお詫びのしようもございません。

 

 わたしがいる客室の周囲には、退避命令が出され、ソラだけが残っていた。

 そこに、ご機嫌うるわしくない外帝陛下が、お一人で、おなり遊ばされたの。

 すぐに、持ってきた羽衣で、ぐるぐる巻きに、わたしの全身を包み込んでね。

 蓑虫みのむししたわたしは、そのまま、陛下の居室に連れて行かれたのよ。

 

 帝家の居住区は、羽衣と同じ遮蔽性しゃへいせいがある壁に囲まれているんだって。

 そこなら、竜気の激流も遮断できるから、周りに被害が及ばないというわけ。

 『入るな、危険』的な区域に、隔離されてるのよ。普段から、外帝陛下も。

 そうか、なるほど。帝家の竜気って、放射能なみの危険物質だったのか。


 どうりでね。謁見のとき、外帝陛下が、銀色の羽衣を被っていたはずよ。

 どこの花嫁だよって、突っ込みたくなるような優雅なベールだったんだけどさ。

 あれ、高貴なお方は素顔を見せないとか、勿体もったいをつけた慣習じゃなかったんだね。

 もっと、実際的な理由。竜眼をさらすと、周りが危険だからなんだ。


 そのベールを装着する勅命ちょくめいが、わたしにも下っちゃったの。短いやつだけど。

 ほら、養蜂家が被っている網目状の面布めんぷがあるじゃない。あんな感じの羽衣。

 やれやれだわ。花粉症対策に、マスクをするだけでも鬱陶うっとうしかったのに。

 でも、これをつけてれば、不慮の事故も起こりにくいらしいし、仕方ないよね。


 結局、熱が完全に下がるまで、丸三日かかってしまった。

 その間、外帝陛下の居候となっていたおかげで、新たなる発見もあった。

 初めて、ベールを取った外帝陛下のご尊顔そんがんはいたてまつったのよ、わたし。

 信じられなかった。竜眼がぶっ壊れたんじゃないかと疑ったほどだった。

 

 若い。あまりにも若すぎる。たしか、七十歳代って、言ってなかったっけ?

 外帝陛下このひとって、六歳児ショコラのお祖父ちゃんだよね。お父さんにも見えないぞ。

 護衛のお兄さんより、年下みたいなの。せいぜい二十歳そこそこの青年。

 【翻訳】を通していたときは、年寄っぽい口調に聞こえていたのにさ。


 まさかの不老不死か――と思ったけど、老化が遅いだけらしい。

 竜眼族は、力場が大きいほど、成長速度が遅くて、長命になるんだって。

 配偶竜の力場が大きければ、相乗効果があって、更に伸びるというから驚き。

 平民の平均寿命は、百歳くらいだけど、帝家になると、四百歳近いとか。


 だったら、わたしも、長生きできるのかな。若さを保ったままで。

 喜びを感じたのは、実に久しぶりだった。淡雪のごとく、すぐに消えたけど。

 このご面相めんそうじゃねぇ。若くても、年とっても、代わり映えしないかも。

 それは、まぁ、いい。あまり良くはないけど、本題はそこではないからね。


 とにかく、わたしの熱が下がると、外帝陛下がのたまわれたのだ。

「そなたを預ける先が決定したぞ、。明日、私が連れて行く」

<良かったね、マリカ。今度行く竜育園りゅういくえんは、伸び伸びできて、いい所だよ>

 ソラは、補足説明もそこそこに、栄養補給させることに集中していた。

 

 それで、わたしは、空を飛ぶ竜の背中にいるのだ。そう、今まさに。

 空母の天竜島じゃなくて、そこから飛び立った飛翔竜ひしょうりゅうに。

 胴体がヘリコプターくらいの大きさで、戦闘機なみにカッ飛ばしている。

 いや、正確な時速はわからないけどさ。そのくらい風圧がすごいんだって。


<外帝陛下、【防御波】のシールドをもっと強めていただけませんか>

<それでは、スピードが落ちるであろう>

<ですから、もっと、スピードを落としてくださいよ>

<できるだけ早く、竜育園むこうに着かねばならぬのだ>

<緊急事態なのですか>

<あぁ、そうだ>

<どのような?>

<新種の卵が見つかったようでな>

かえりそうなのですか>

<いや、それは、まだだ>

<でしたら、急ぐ必要などないのではありませんか>

<発見者と通報者が、報奨金をめぐって争い、仲裁に入った園長が刺されてもか>

<えっ、ラピリズ園長が? 刺されたのですか?!>

<そうだ。傷は浅いそうだが、竜どもが逆上して、手に負えぬらしい>

<それは……。ともかく、急ぎましょう>

<だから、こうして、急いでおるではないか>


 誰かが刺されたって。物騒な話だね。

 ソラが心配してるみたい。園長さんと知り合いなのかもしれないな。

 ん? 知り合い? それじゃ、ソラの秘密を知ってる人ってこと?

 外帝陛下も、結構気にかけるてるようだし、身分の高い人なのかも。


 そんなことをぼんやり考えながら、わたしは、両手で領巾ひれを握りしめていた。

 遊覧飛行といっても、景色を楽しむゆとりなんか、欠片もなかったんだよね。



 こうして、わたくしが、8歳になるまで過ごす竜育園へ到着したのは、転生後、16日目のことでございました。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます