第29話 竜育園は、ブートキャンプ?


 保育園に通っていたときは、わたしの『もてもて』黄金時代だった。

 男の子にも、女の子にも。ついでに、保母さんたちにも。

 なぜかと言えば、お祖父ちゃんが、時々、ケーキを差し入れしてたから。

 要するに、保育園中に餌を振りまいたわけ。初孫をよろしくとばかりに。


 我が『ショコラ洋菓子店』は、県内では、それなりに有名でね。

 ガイドブックに載ってて、外国人観光客も来るくらいには、評判が高いのよ。

 そんな有名店の美味しいケーキが食べられる。わたしと仲良くしていれば。

 純粋で欲望に忠実な幼児が、群がってくるのは、そりゃ当然というものでしょ。


 それで、いい気になって、ボス猿になってたわたしも、アホなんだけど。

 まぁ、わたしだって、まだ幼児ガキだったからね。人生経験が浅かったのさ。

 小学生になって、『ブタ』、『ブス』と罵られたときは、ショックだったねぇ。

 茉莉花7歳。現実を知る、ってなもんだったわ。『ガーン』という効果音付で。

  

 

「どうした、ショコラ。竜気が弱くなっておるな。疲れたのか」


 えぇ、えぇ、疲れましたとも。あなた様の暴走飛行術に、ボディブローを食らった気分でございますよ。病み上がりで、ふらふらしてるところを、しこたまに。

 その上、エネルギッシュな園長先生に、愛玩竜の売り込みをかけられて、断るのにも疲れましたの。

 精神的にも、くたくたで、ノックアウト寸前でございます。

 また、熱が上がるかもしれませんが、そのときは、よろしくお願いいたします。


「はい、外帝陛下」


 わたしは、長いベールを被ったまま、優雅にお茶をお飲み遊ばされている外帝陛下をじっと観察しながら、うやうやしく答えた。

 この技術は、わたしにも必要だ。わたしのベールは短いのに、竜車の中で出されたドリングをはね飛ばして、早々に汚してしまったのよ。

 あのどぎつい紫色、ちゃんと落ちるのかな。洗濯係の人、ごめんね。手間をかけさせちゃって。神通力にも、『クリーン』的な生活魔法があればいいんだけど……。


<マリカ、今は、会話に集中して>


 ソラから注意が飛んでくると同時に、ラピリズ園長先生が、気づかわしそうに、こちらを見た。わざとらしく溜息をつきながら。


「あら、ごめんなさいね。うちの竜たちをお見せするのは、明日にすれば良かったかしら。ちょうど、通り道にあったもので、ついご紹介したくなってしまって」


 確信犯のくせして、よく言うよ。あんた、最初から、売りつける気満々だったじゃないの、園長先生。

 わたしの『やだやだ』竜気が通じてなかったとしても、あれだけ、はっきり「いらない」って言ったんだよ。

 それなのに、全然、『No』を受け付けず、ごり押ししようとするんだから。パワハラだよ、完全なパワハラ。

 わたしが、ぶすっとして何も答えずにいると、外帝陛下が面白そうに言った。


「ラピリズは、なかなかの商売人であるからな。朕も、新種の卵を売りつけられたところなのだ。そなたも、気に入った竜がいれば、飼えばよいのだぞ、ショコラ」

「わたくしには、ソラがいますから」

「竜は、4頭以上で飼うものだとお話ししたのですけれどもねぇ。ショコラ様は、こうおっしゃるばかりなのですよ、外帝陛下。どういたしましょうか」


 わがままな子供を持てあますような言い草に、わたしは、カチンときた。

 勝手なのは、あんたの方じゃないのさ。うまく丸め込もうったって、そうはいかないよ。見た目は幼児でも、こちとら接客経験豊富なセミプロなんだからね。


「ここの竜はいりません。一頭も」


 わたしが、『おまえからは、買わないぞ』とばかりに睨みつけると、ベール越しなのに、園長先生がたじろぎ、慌てて竜眼を閉じた。


「ふむ。竜は押し付けるものではなかろう。波長が合わねば、それまでのことよ。竜も……、人もな。そなたは、今後、ショコラに近づかぬようにせよ、ラピリズ。それより、ショコラの世話は、ソフィーヌ寮長に命じたはずだが、あれは、何故なにゆえ、この場に、来ておらぬのだ?」

「申し訳ございません。ソフィーヌは、ショコラ様のお部屋を急ぎ整えねばならないため、わたくしが、宿舎までご案内するつもりでおりましたので」

「わかった。そなたは、もう良いから、ソフィーヌを呼んで参れ、ラピリズ。給仕も護衛も全員、下がらせよ。朕から、ショコラに話しておくことがある」

「かしこまりました、外帝陛下。それでは、御前失礼させていただきます」


<さて、マリカ。なぜ、そこまで気脈きみゃくとがらしておるのか、話してみよ>


 気脈を尖らす? そんなこと言われても、わからないよ。

 そもそも、気脈って何だっけ? わたしと配偶竜を結んでいるのが気綱で、それと似てたような……。


<気脈は、普通に、人と人を結ぶ竜気の流れのこと。それを尖らすのは、拒絶するって意味なの。外帝陛下は、マリカが、どうして、そこまでラピリズ園長を嫌ってしまったのかを知りたがっておられるのよ>


 どうして嫌うかって、嫌いだから、嫌いなんだよね。

 強いて理由を言うなら、感じ悪い人だから、かな。

 うわつらは優し気だけど、おためごかしな感じがしてイヤ。

 親切なふりして、自分の都合しか考えてないのがありありで、むかむかする。


<お為ごかし、か。それを言うなら、王族、貴族は皆、そうであろうよ。この私も含めてな。異界の流儀は知らぬが、竜眼族にとっては、が礼儀である故、そなたの方が慣れるしかあるまい>


 え? その『』って、何を指してるの? 

 お為ごかしが、礼儀だってこと? 

 まさかね。【翻訳】が利いてないよ、ソラ先生。ヘルプ・ミー。


<えっとね。前に、外帝陛下も言ってたでしょ。『神通力で得た情報で、罪には問われぬ』って。覚えてる?>


 あぁ、うん。できたら、忘れてしまいたいんだけど。わたしが、外帝陛下を『因業爺』呼ばわりしちゃったときのことだね。


<あれは、【交感】でのやりとりだけじゃなくて、【感情波】も含めた話なの。たとえば、【感情波】で、自分を嫌っているとわかっても、相手が、それを言葉や態度に出さない限り、わからないものとして流すのが、竜眼族の礼儀なのよ。心の中で、いくら『因業爺』と罵っても、それは、マリカの自由。それが、【感情波】で伝わっても、外帝陛下は、罪に問えないの。ただし、それを口に出したら、不敬罪になってしまうわ。内心と態度は違っていて、あたりまえ――それが常識で、お為ごかしと言われれば、そうなのかもしれないけど、礼節を保った態度を取っていれば、非難されることではないの。今日のマリカは、【感知波】を強めていたから、ラピリズ園長の本音が見えすぎて、気脈がとげとげしくなっちゃったみたいね。まぁ、たしかに、しつこく押し売りされてたし、うんざりしても仕方ないところはあったけど……。でも、悪い人ではないのよ>


 ソラが庇うように言うのを聞いて、わたしは、頭に血が上るのを感じた。


<幼児相手に、押し売りするなんて、充分、悪い人よ。わたしに言わせれば。ここの常識では、許されるの? 教師が生徒にお金をせびるような真似も?>


 わたしが吐き捨てるように言うと、外帝陛下の竜気が、きゅっと鋭くなった。

 そうか、これが、気脈なんだ。『尖る』って感触がわかる。よくわかったよ。


<金をせびるだと? そのような真似をしたのか、ラピリズは?>

<いえ、そこまでは。ただ、何とか、マリカに愛玩竜を飼わせようとしていただけです。それも、翅光竜が1頭だけだと寂しいだろうと思ってくれてのことで……>


 わたしが返事をする前に、ソラが慌てて答えた。まだ、庇うのか、こいつは。


<嘘よ。あの人、ソラのことなんて、考えてもいなかった。本当に、ソラが寂しくて可哀想だと思っているなら、愛玩竜を探すとき、あんたを一緒に連れて行ったはずよ。だって、そうでしょ。竜が4頭でグループになるんだったら、わたしでなくて、ソラとの相性をみるべきじゃない? それなのに、竜車に置き去りにしてさ。そうよ。そもそも、最初から、ソラには冷たかったわ。わたしに、お愛想を言うのに忙しくて、『お利口そうなペットですこと』の一言ですませやがったのよ、あいつ。まともに見もしないでね。ソラが、あれだけ心配してたっていうのに!>


 わたしが怒鳴りつけるように主張すると、外帝陛下の竜気が、ふっと緩んだ。

 そこって、緩むところなの? 何だか、一人で納得してるみたいだけど。


<なるほど。ソラ、そなた、ラピリズに気づいてもらえなくて、傷ついたのだな>

<――すみません、陛下>

<謝ることはない。だが、まぁ、ラピリズがわからなくとも、無理はなかろうよ。あれは、毎年、何百という卵をかえしておるからな。雛のときに手元を離れて、16年も経つのに、覚えていられるわけもあるまい>

<はい。それは、わかっています>

<わかっていても、傷つくものは傷つく。それが、マリカに伝わって、ラピリズに対する反感に変わった。ふむ。事情がわかってみれば、さほど問題になるようなことでもないか>


 え、何よ、どんな事情なわけ? 

 二人……じゃなくて、一人と一竜で、わかりあっちゃってさ。わたしだけ、わからなくて、仲間外れじゃないの。

 不満に思っていたら、外帝陛下が、説明して下さった。


<ソラは、竜育園ここで、卵から孵ったのだ。つまり、ソラにとって、ここは故郷であり、ラピリズは、養母のようなもの。懐かしく思っても不思議はあるまい? だが、ラピリズの方は、1歳仔までのソラしか知らぬ。当時、非常に頭が良いということで、帝家で引き取ったのだが、さすがに、ここまで知能が発達するとは、誰も思っておらなかったからな。まして、中型竜までしか育てたことにないラピリズには、16年も前に手放した竜が、自分を覚えていてくれるなど、想像もできないのであろうよ。そなたの方から、挨拶してやれば良かったのだぞ、ソラ>


<いえ。ラピリズ園長は、隠し事のできない方です。ソラの秘密を知れば、負担になるだけだと思います。それに、変異種へんいしゅのソラの飼い主として、マリカに、これ以上の注目が集まるのだけは、避けたいので……>


<そなたが、どう庇おうと、マリカが注目されることに変わりはないと思うがな。その方が安心できるというのであれば、それでもかまわぬ。ただのペットを演じているが良い。それよりも、今、問題なのは、マリカの方だ。この喧嘩腰の性格をどうにかしろとまでは言わんが、喧嘩を吹っ掛け回るのだけは、何としてもやめさせよ。特に、ラピリズと本気で反目はんもくさせてはならぬ。マリカが怒りを放出させたら、竜どもが騒ぎたてて、今日以上の狂乱を引き起こすことになるぞ>


<そう言えば、竜たちは、どうして、あんなに騒いでいたのですか。ラピリズ園長は、かすり傷を負っただけで、お元気そうでしたのに>


<新種の卵を発見した者は、闘竜隊とうりゅうたいの退役兵でな。自分で育てようとしていて、竜医りゅういに密告され、逆上し切りつけたらしい。双方とも、それなりに竜気が強く、殺気を放ったせいで、それぞれの【感情波】に同調した竜同士が、殺し合いを始めてしまった。ラピリズは、二人を止めようと、【攻撃波】を放ったが、失神させるには至らず、短剣を取り上げるときに、もみ合いになって、少しばかり手を切った。それで、動転したせいで、余計に混乱が広がったというわけだ>


 は? 今、何て言ったの? 

 人の【感情波】に同調した竜同士が、殺し合い? そんなことがあるの? 

 それじゃ、わたしが逆上したりしたりしたら、もっとヤバくない?


<マリカ、よく聞け。【感情波】をしっかり制御できなければ、周囲を巻き込むことになる。そなたのような強大な竜気に、周りは、引きずられるのだ。否も応もなくな。人も、竜も、そなたの感情が強烈であれば、それに同調してしまう。完全に理性を失って、狂う場合すらある。竜気の制御がいまだままならぬそなたを竜育園ここに置くことにしたのは、被害を受けるのが、脆弱ぜいじゃくな人よりは、耐久力の強い竜の方が、まだましだと判断したからだ。ここで、竜どもを相手に、そなたに実地訓練させる。竜気の制御を習得できない限り、ここから出られないと思え。よいか>


 外帝陛下の厳しい視線と竜気を浴びて、わたしは、がくがくと頷くしかなかった。瞬きコミュニケーションのやり方なんて、どこかにふっ飛んでしまったよ。


<それと、もうひとつ。金の使い方も学べ。王族は、研究者や芸術家のパトロンとなって、国が発展していくよう、出資や寄付をするものなのだ。ラピリズには、これから多大な迷惑をかけることになるのだから、竜の4頭と言わず、40頭くらい買ってやれ。自分で飼いたくなければ、飼い主として名前を登録するだけでもかまわぬ。竜を選ぶのが面倒だというなら、ソラに任せてサインだけすればよい。とにかく、それ相応そうおうの礼をするのだぞ、わかったな?>


 はい、外帝陛下。

 喜んで、外帝陛下。

 仰せのままに、外帝陛下。

 よくわかりました、外帝陛下。

 わたくしが悪うございました、外帝陛下。


 だから、お願いです。

 そんなに睨まないでください。

 ベール越しでも、迫力があり過ぎます。

 とてもとても怖いんです。



 竜育園の生活が、保育園の生ぬるさではなく、新兵訓練ブートキャンプに等しいものだとわたくしが悟ったのは、外帝陛下のお叱りを受けたときでございました。

 

 

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