第24話 竜気のコントロール。


 感情って、勝手に湧き出してくるものだと思わない?

 められれば、嬉しいし、けなされれば、へこむものでしょ。

 反射的に感じるもの。いやおうでも、感じてしまうもの。完全に受身よね。

 傷つけられたときに、腹立つか、悔しいか、悲しいか、程度の違いはあるけど。


 【感情波】も、似ている。というより、感情とあまり区別がつかない。

 竜気に思念を乗せて送るのが、【感情波】なのかと思っていたんだけど違うの。

 【感情波】は、感情そのものが、竜気に乗って流れていくことなんだって。

 竜眼族にとっては、初歩的な竜気だけど、意図的に使える人は少ないみたい。


 この上の初級クラスに、竜気を内に巡らせる振動型しんどうがたの【感知波かんちは】がある。

 次の中級クラスが、竜気を身にまとう反射型はんしゃがたの【防御波ぼうぎょは】になって。

 上級クラスが、竜気を外に向ける発散型はっさんがたの【攻撃波こうげきは】だというの。

 そして、増幅型ぞうふくがたの【感電波かんでんは】は、帝家、王家レベルのトップクラス。


 やれやれだわ。わたしが、帝女候補と騒がれる理由がやっとわかったよ。

 訓練も受けてない幼女が、増幅型の竜気を放てば、候補にもなるさ。

 実際は、ソラに教えられたのだけど、最初から、簡単にできた気がするし。

 そうは言っても、それが、きちんと制御コントロールできてるとは言えないわけ。

 

<マリカ、集中して。8番の穴を狙って>


 かくして、わたしは、ソラ先生に、竜気の制御訓練を受けているのであった。

 いつもより、スパルタ気味だけど、わたしも真剣だ。

 なんせ、外帝陛下にあれだけ脅かされちゃったからね。人殺しの奴隷落ちは、嫌だもん。そりゃ、がんばるよ。


<あー、駄目だぁ。また、入らなかったなぁ>


 訓練に使っているのは、パチンコ台みたいなゲーム盤。

 ころころ転がる玉に竜気を送って、あちこちに、8つ開いてる穴のどれかに入れる。1番が最も簡単で、1点。今のところ、7番までは入れられたけど、8番の8点が取れていないのだ。


<今度は、もう少し、回転するような感じでやってみて>

<回転ねぇ。難しいな>

<マリカなら、できるわよ>

<うーん。まぁ、やってみるか>


 このゲーム機は、遊び感覚で、竜気の流れをつかみ、制御力を身につけるものらしく、結構楽しめる。王族は4歳から、貴族は8歳から、学習機材として与えられるのだとか。当然、ショコラも使っていたわけで、客間に戻ったわたしは、これで遊んでいてくれと言われ、一人にされたのよ。ソラがいるから、別にいいけどね。


<そこで、右に回転。回して。もっと早く>


 なんで一人かと言えば、パメリーナが倒れてしまったからだ。倒れたうちの一人だと言うべきかな。

 何しろ、わたしが、感情波をまき散らしたときに、一番近くにいたんだもん。被害も一番ひどかったんじゃなかろうか。

 ごめんね、パメリーナ。どうか、早く元気になってくれますように。できれば、戻ってきて欲しいなぁ。


<あー、やっぱり、駄目だったぁ>


 わたしにつける侍女は、もっと竜気の強い人じゃないと無理だという話になっているんだって。ついでに、どこで、わたしを養育するか、誰を教育係にするかについても、揉めてるらしいね。

 わたしとしては、気心が知れたパメリーナに続投してもらいたいけど、もうりだと断られても、仕方ないかなとは思ってる。


<疲れてきたみたいね。ちょっと、休む?>


 わたしの扱いには、みんな、困っているみたいで、謁見のあと、わたしは、客室に連れ戻されて、軟禁状態に置かれているの。

 処罰されるということではなくて、下手に刺激して、感情波を爆裂されるとまずいし、取り敢えず、隔離しておこうという感じ。

 おかげで、部屋の中には、誰もいない。侍女も護衛も、部屋の外よ。


<うん。ちょっと、横になるわ>


 わたしには、大人用の寝台から勝手にすべり降りたり、転がり落ちた前科があるせいか、今度の客室には、ローベッドが用意されていた。マットレスよりは、高さがあるけど、幼児でも簡単に昇り降りできる。一人で放置されていても、困ることはないから助かるよ。


 寝室自体は狭くて、ここにも窓がない。

 ゲーム盤が置かれた子供用の机と椅子。バイキング方式で、ドリンクやお菓子が並べられているローテーブル。それだけでいっぱいだから、八畳間くらいかな。

 食事の時は、隣の続き部屋に連れて行かれるけど、その居間も似たようなもので、広くはない。


 いや、茉莉花わたし六畳間じしつに比べたら広いし、調度品もお高そうなものだけどさ。天蓋付き寝台のあった部屋から比べると、明らかに劣るわけよ。

 「騒動を起こしたせいで、また待遇が悪くなったの?」ってソラに聞いたら、「考えすぎなの」って怒られた。

 「王族だから、この特別室に入れてもらえたのよ」って。これでも、天竜島では広い方らしい。

 しかも、わたしのために、家具の入れ替えもされてるから、王族としても、特別待遇を受けているのだとか。

 それは、失礼をばいたしました。ちょっと、不安になっただけなんだよ。許して。


 そう言えば、豪華クルーズの大型客船でも、それぞれの個室は狭かったはず。ここは、城塞なんだから、むしろ、兵士がいっぱい乗っている空母に近いかもしれない。当然、人口密度がすごくて、スペースが限られているから、大部屋に詰め込まれるのが普通で、個室だっていうだけでも感謝すべきなのかもね。


<マリカ、先に何か食べたら? 竜気を使ったあとは、補給しないと>


 ソラに言われて、わたしは、ピンク色のキャンディをひとつ口に入れてから、寝台に横たわった。

 残念。今度のは、味だった。時々、ハチミツ味があって、それは美味しいのだけど、の確立は低い。せいぜい一割なんだよね。


 成人しなければ、甘味官には任命されない。見習いになれるのも、16歳。

 あと十年も、こんな味に耐えなくちゃならないのか。ブルーになるよなぁ。

 いや、それより、先立つ問題は、帝女候補を押しつけられるかどうか、だった。 うっかり、忘れていたわ。今度の茶番劇の結果をまだ聞いていなかったよ。


<ねぇ、ソラ。結局、帝女候補は、避けられそうなの? 魔物に怯える幼女だってことは、充分にアピールできたと思うんだけど?>


 枕元に飛んできたソラに聞くと、キツツキ嘴が、うにょりと象の鼻になって、先っぽを横に振ってみせた。「ピッピッ」と効果音付で。

 この部屋では、ふたりっきりで、あまり邪魔が入らないので、ソラの嘴形状表現が、復活している。


<ちょっと、アピールし過ぎちゃったからねぇ。保留になってるの>

<保留? うわっ、それじゃ、英才教育は?>


<それも、保留。8歳になるまでは、様子を見ようって結論になったの。竜気が帝家レベルだってことは、完全にバレちゃったけど、魔物に対抗できる精神状態じゃないことも知れ渡ったからね。どんなに竜気が強くても、弱気な幼女に、帝女候補は務まらないもの。さすがに、今すぐ訓練を始めろなんて言える人はいないわ。それでも、諦めきれない人たちは大勢いるの。しばらく時間をおいたら、落ち着くかもしれない。もう少し成長したら、いい方向に変わるかもしれないって。それで、8歳の誕生日に、もう一度、マリカの意思を確認することになったわけ>

<もう一度って……、謁見では、帝女になりたいか、なんて聞かれてないよね>


<誰が、魔物を殺したか知らないって言ったでしょ。あれが、意思表示になるの>

<へ? なんで、そうなるの?>


 わたしとしては、シナリオ通りに答えただけで、深い意味があるとは知らなかったけど、シナリオを書いた外帝陛下は、全てを計算していたらしい。



 その1。状況証拠から、生き残ったショコラが、最終的に、魔物を退治したものと、すでに推測されていた。


 その2。謁見室にいた人たちは、身をもって、ショコラの竜気がいかに強大かを思い知らされ、推測は、確信に変わった。


 その3。ショコラは、魔物が退治されたところを見ていないと言った。これが、嘘であることは、感情波で伝わった。


 その4。外帝陛下に再度問われても、誰が、魔物を退治したのか知らないと答えた。これも、嘘であることは、明白だった。


 その5。つまり、ショコラは、魔物を退治されたところを見ていて、誰が、魔物を退治したのか知っているということである。


 その6。生き残ったのは、ショコラとそのペットの翅光竜だけである。その周囲にいた人や竜の力を結集して退治したのだとしても、ショコラの功績は大きい。


 その7。それにもかかわらず、ショコラは、自分の関与を否定した。魔物に対する恐怖感から、記憶を失ったわけではないのに、功績を申告しなかったのである。


 結論。ショコラには、帝位や王位をめざす意思がない。魔物に立ち向かおうとする気概もない。帝女候補になるだけの覚悟はない。今のところは。


 びっくり仰天だわ。たったあれだけの質疑応答から、ここまでの裏読みができるなんて。それ以上に、思い通りに裏読みさせるシナリオライターの凄腕に、驚愕きょうがくしてしまう。これが政治力ってやつなの? 

 周りを自由自在に操るなんて、【暗示】より陰湿じゃないの。

 怖いよ、あの外帝陛下。ほんと、空恐そらおそろしいって。わたしなんて、簡単に踊らされちゃうよ。



 波乱を呼んだ謁見のあとで、茶番劇の意味を知らされたわたしは、外帝陛下を怒らすような真似はしないぞと、心に誓ったのでありました。

 そして、外帝陛下のご命令に従って、竜気の制御力を早急に会得するべく、必死に訓練に励むことになったのでした。  

 



 

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