第23話 謁見は、茶番劇。
謁見室というと、一番に思い浮かぶのは、ヨーロッパの王室じゃない?
映画で見慣れているイメージとしては、豪華絢爛の一言よね。
大きな広間の一番奥に玉座があって、壁の前には、直立不動の衛兵が並んでる。
深紅の絨毯が敷かれた通路の外側には、着飾った紳士淑女たちが立っているの。
シャンデリアが輝き、ファンファーレが鳴り響く中で、王様がご登場――。
――などという華やかさはなく、天竜島の謁見室は、ひたすら堅苦しかった。
うっかり忘れてたけど、今いるのは、空飛ぶ城塞。つまりは、軍事基地なわけ。
ここは、主に、
つまり、何かやらかした人が、呼びつけられて、申し開きをする所なのよ。
わたしも、これから事情徴収されるのだから、似たような立場だけどね。
「ショコラ、怪我はしていないようだが、今の気分はどうだ。立ったままで、話ができそうか?」
「はい、陛下」
謁見は、このお言葉から開始された。
わたしは、王族らしく正装をして、それなりに
ペットは同伴不可だから、ソラは側にいないけど、パメリーナは、わたしの斜め後ろに立っていた。多少は、心強いかな。
「気分が悪くなったら、すぐに申せ。
「はい、陛下」
近くには、子供用の座面が高い椅子(前と同じやつ)が用意されてるし、医務官(シロップを飲ませた人)も控えている。病み上がりの幼児ゆえの特別待遇だ。
「そなた、何歳になった?」
「6歳です、陛下」
外帝陛下は、とっくに知っている質問をする。
これは、
「最近、よく悪夢を見ると聞いたが、どのような夢を見るのだ?」
「――魔物の夢です、陛下」
これは、
そう、ここには、傍聴人がいるのだ。裁判でもないのに、大勢つめかけている。
軍人や文官の高官クラスが来ているらしいけど、気にしない。
百人以上いるみたいだけど。あれは、みんな、かぼちゃ、じゃがいも、さつまいも。見ない、見えない、見られてない。
「ふむ。魔物に遭ったときのことは、覚えておるか?」
「はい、陛下」
ここから、わたしの演技力が試される。
魔物に怯える幼女を演じなければならないのよ。ソラ先生のご指導通り、思い出すのも怖いって感じに、おどおどして。
「どのくらいの大きさであった?」
「頭だけで、わたしくらいの長さです、陛下」
わたしは、思わず身震いしていた。
吹き飛ばされた扉から、顔を突っ込んできた魔物を思い浮かべて。
実際に起きたことを思い出した方が、下手に演技しようとするよりいいと思ったの。本当に怖かったんだから。今だって、怖くてたまらない。
そうよ。もし、あれが、今、ここに入ってきたらと想像すれば……。
「案ずるな、魔物はもうおらぬ。そなたは、魔物を退治されたところを見ていたのではないのか?」
「いいえ、陛下」
外帝陛下は、幼児向けの優し気な声を出した。
なかなか上手いじゃないの。まぁ、因業爺だって、子供連れのお客さんに、お愛想のひとつくらい言えるけど。
「では、誰が、退治したのかも知らぬのか?」
「はい、陛下」
これは嘘だが、外帝陛下も了解済なのだ。
帝竜国の
他人の手柄を横取りしたり、他人に手柄を譲ることが許されないだけで、自分の手柄を黙っていても、罪にはならないんだって。
「そなたが倒れる前、最後に何を見たか、覚えているか?」
「ソラです、陛下」
「あぁ、ペットの翅光竜だな。ソラ以外に、見たものはないか。人や竜でなくともよい。白い光とか、黒い塊とか、何か、常とは違うものを見なかったか?」
そう問われて、わたしは、扉がバラバラに吹き飛ばされた瞬間を思い出した。こちら側へ、細かい破片が降り注いでくる。その間から、火の玉が噴き出して……。
「――火の玉を……」
「火の玉? それは、赤黒い色をしていたか」
そして、熱風が襲いかかってきたのだ。当然、わたしは、悲鳴をあげた。
わたしは、その場にうずくまって絶叫した。あのときと同じように。
「きゃあぁあぁぁあぁぁぁ!」
周囲が一瞬凍り付いて、それから動揺したようにざわめき始める。
がたがた震えているわたしは、もう王族らしさを取り繕っていられる状態じゃなかった。完全な幼女だ。
PTSDにかかって、ヒステリー発作を起こしている、ただの幼女。
中身は、17歳だけど、過激なストレスを受けたんだもの、仕方ないよね。
今まで、何とかがんばってきたけど。
この世界に適応できるように、これからも、がんばるつもりではいるけど。
魔物ショックだけは、どうにもならない。あれを完全に忘れられるとも思えないし、慣れるとは
「
外帝陛下の命令で、わたしは、抱き上げられ、椅子に座らされた。どこからか、ジュースが持ってこられて、パメリーナが飲ませてくれる。指がブルブル震えていて、自分では飲めなかったのだ。その指を見ていて、ふいに思った。
わたし、ずいぶん無理しているんだね。悪夢だって、本当に見てるしさ。
それでも、ずっと、ソラがついていてくれたから、何とかやって来られた。わたしひとりだったら、絶対に耐えられなかった。こんな世界に。こんなストレスに。
「ショコラ、魔物の話は、もうよい。別の話を聞きたいのだが、良いか?」
小休止のあとで、外帝陛下が声をかけてきた。今度、わたしは、座ったままだ。
「はい、陛下」
「ダルカスという誓神官を覚えているか?」
「はい、陛下」
「侍女の証言によると。そなたは、ダルカスの姿を見る前から、ひどく怯えていたようだな。話をするのも嫌だと強く拒否していたと。これは、本当か?」
「はい、陛下」
「何故だ? 何が嫌だったのだ?」
ソラに警告されていたというのもある。でも、その事前情報がなかったとしても、あいつとは話もしたくなかったと思う。あんな捕食者みたいな
「――竜気が、魔物みたいで……」
「ダルカスがまとう竜気が、魔物のようだったと? それほど、不気味で怖かったということか」
「はい、陛下」
「ふむ。他にも、そのように感じる者に会ったことはあるか」
「いいえ、陛下」
「そなたは、この天竜島へ来る前、迎えの者たちから、逃げ出したのであろう。その中に、誰か、ダルカスのように怖い竜気を放つ者がいたのではないのか」
ここは、はっきり否定しなければならなかった。ソラにも念押しされてる。
あのとき、パメリーナは、怯えるわたしを見て、ダルカスの時と同じ反応だと思ったらしいのね。それで、誰かが、また危害を加えようとしていると誤解したんだって。
護衛の人たちも、迎えに来た軍人さんたちを警戒していたもので、わたしが走り出したときに、止めるのが遅れてしまったという
わたしは、力をこめて否定する。疑いを持たれただけでも、迷惑な話だっていうのに。この上、無実の罪まで着せるわけにいかないからね。
「いいえ、陛下」
「では、何故、急に、走り出したのだ?」
外帝陛下が、不思議そうに聞く。この人は、ソラの上を行く名優かもしれない。
「――口を開いた竜が、怖くて……」
「竜……天竜島そのものが、怖かったということか?」
「はい、陛下」
「こうして、その天竜島の中にいるわけだが、今も、怖いか」
「いいえ、陛下」
「ふむ。では、
あたりまえじゃないの。嘴を出入りするという発想そのものが信じられないよ。
「魔物が口を開けたときみたいで……」
「そなた、魔物が、口を開けたところを見たのか。そのように近くで?」
「はい、陛下」
そうだった。ライオンっぽい狂暴な顔をして、ヌメヌメした黒いたてがみが、うようよ動いていたのだ。マグマみたいな
必死に封じていた、おぞましい記憶の蓋が緩んだせいで、全てが、一気にフラッシュバックしてきた。
何か恐ろしいものが近づいてくると感じていたときの怯えと焦り。
身体が痺れて逃げられないと悟ったときの恐怖と絶望。
魔物を
それらが
<落ち着け、マリカ! 自分で竜気を制御できなくば、気絶させるぞ>
厳しい叱責の思念が、切り込んできた。
風紀指導の体育教師タイプの迫力に満ち満ちた威圧に、わたしは、反射的に息を止めた。
<あ……、え……?>
煮えたぎっていた竜気がスーッと冷めていくのを感じる。お湯に大量の氷を叩き込まれたような変化だ。どうやら、外帝陛下の
<正気に戻ったか。恐らく、目は見えないのであろうな>
わたしは、目を
<えっと、あの……はい、見えません>
<感情波をまき散らしたという自覚はあるか>
<はい、でも、その、これは、……
もごもごと弁解しようとしたが、皮肉まじりの切り返しが飛んできてしまった。
<不可抗力で、何度、騒動を起こせば気がすむのだ、そなたは>
騒動か。今まで、何度あったかな。三度かな、四度かな。これからも、ないとは言えないよな。
うん。こりゃ、弁解の余地がなさそうだ。潔く謝るしかない。
<――すみませんでした。えっと、今回は、何が起きたのでしょうか>
<ソラが気絶したふりをしたというときの騒動は覚えているであろう。そなたが興奮して、それに
<え? ひ、人が倒れてるって、まさか、わたしが、倒しちゃったんですか?!>
わたしは、ひっくり返りそうになった。むしろ、わたしも、倒れてしまいたい。
そんなつもりはなかったんだよ。弱虫なだけなんだよ。ホントに、ごめんよ。
<気絶してるだけだ。私が介入していなかったら、竜界へ還る者が何人も出るところだったがな。マリカ、今のそなたは、危険すぎる。その自覚を持って、竜気の制御力を学べ。早急に。さもなくば、
外帝陛下に一喝されたわたしは、直立不動になって(心の中では)、体育会系の威勢の良いお返事を返した。声も限りに叫ぶようなつもりで。
<はっ、はいぃぃ。わかりましたっ。今後は、気をつける所存であります!>
わたしだって、人殺しになんてなりたくないよ。竜眼族が、『人間』でなくたって、嫌だし、奴隷になるのは、もっと嫌だ。
それにしても、外帝陛下は、さすがに怖い。因業爺よりも、相手がしづらいぞ。
とにもかくにも、わたしは、この一件で、お騒がせ娘のキャリアを更に積み上げ、幼くして、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます