第15話 誓神官接近警報。
人類の半分は女性で、もう半分が男性。
多少のズレはあるにしても、1対1の比率が原則。
それが、あたりまえだと思っていた。生き物は、そういう風にできているって。
ところが、どっこい。異世界は、そのへんの常識までが違っていたのだよ。
なんと、竜眼族は、女性が、圧倒的に少ない。
そして、中には、生殖機能をもたない『中性』もいるというのだからね。
<マリカ、起きて。マリカ!>
ソラの思念に、叩き起こされたのは、7月4日。転生5日目の早朝だった。
これまで、ソラに起こされたことはない。竜眼族の子供は、食事だけでなく、睡眠もたっぷりとらなければならないと言って。丸二日寝ていたときだって、お昼寝をするときだって。講義の途中で、うつらうつらしても、怒らずそっとしておいてくれるくらいだ。余程の緊急事態でもなければ、起こしたりしないだろう。
まして、叫ぶなんて。こんな命令調、魔物に遭ったとき以来だ。
<魔物なの? また、現れた?!>
<大丈夫。魔物じゃないわ。ただ、急いで、話す必要があるの。あ、でも、起き上がらないで。パメリーナに気づかれないように、寝たふりをしていて>
目覚めたことに安心したのか、ソラは、元通りの落ち着いた口調に戻った。
勢いよく飛び起きようとしていたわたしは、そのまま寝返りをうったふりをして、もう一度目を閉じた。我ながら、だいぶ演技力がついてきた気がする。
<何かあったの?>
<うん。ダルカス
<誓神官って、前に、警戒しろって言っていたやつ? わたしが異界から来たってことがばれるとまずい相手なのよね?>
<そうなの。しかも、
【暗示】って、催眠術とか、マインドコントロールとか、その手の怪しげな超能力なわけ? やだやだ、何それ、怖いよ。
<なんで、そんな神官が、わたしに会いに来たの? すでに疑われてるから?>
<異界から来たとは疑っていないと思うの。こんなこと、四百年に一度あるかないかだし、【翻訳】さえ使わなければ、気づかれないはずなの。ただね。マリカは、まだ幼いのに、あの場で一人生き残った王族でしょ。竜気が強いことは知られていて、興味は持たれてる。襲撃のショックで、口がきけなくなったという情報を掴んで、どさくさまぎれに、
どさくさまぎれに、連れて行く? それじゃ、まるで誘拐じゃないのさ。神官って、聖職者なんでしょ。ここは、そんな聖職者がまかり通っているのかよ。
<誓神教国? それ、帝竜国とは別の国なわけ?>
<うん。誓神殿の総本山。帝竜国から独立した宗教国家なの。あそこは、異種族の奴隷が人口の四割以上を占めていて、竜眼族の二級市民は、竜気に乏しいのよね。誓神官は、中性ばかりで、自分たちでは子孫が増やせないから、少しでも強い竜気を持つ女性を引き込もうと、あの手この手を使ってくるの。詐欺まがいの
気迫に満ちた指示に、わたしは、ちょっとばかり引いてしまった。
だって、こんなソラ、初めてなんだもん。キャラクター的にミスマッチだし。
でも、そこまで嫌悪感丸出しで、全面対決姿勢って、よっぽどのことなのよね。
<うっ……うん。がんばるつもりだけど、力づくで来られたら? わたし、この幼児体型で、逃げられるとは思えないんだけど>
<竜気をぶつけてやればいいのよ。思いっきり、『嫌』って叫びながら。『助けて』や『離して』でもいいかな。そのくらいなら、もう、帝竜国語で、発音できるわよね? 間違っても、異界の言葉を口に出さないように注意して>
<――うん。大丈夫だと思う。でも、口のきけないふりはやめていいの?>
一度、話したら、同じ手は二度と使えない。この3日で、ヒヤリングの方は、だいぶ慣れてきたけど、発音には自信がないのだ。単語を並べるくらいなら、何とかなるよ。それでも、ショコラが話していた6歳のレベルには届いていないと思う。
<もう少し、言葉の習得に時間をかけたかったけど、仕方がないの。治療するために連れて行くという名目が、立たないようにするためには。でも、なるべく、喋らないほうがいいのは確かね。できるだけ、『右目で2回ウインク』で答えて>
<それ、『反対です』って意味じゃなかったっけ?」
<反意には、拒否や反抗も含まれるのよ。『やめて』とか『嫌い』とか>
なるほど。瞬きコミュニケーションは、まだまだ奥が深い。今後の課題だ。
<ふうん。感情波で伝えた方が早いと思うけど?>
<感情波は、当事者にしか通じないし、証拠にならないの。第三者の前で、はっきり意思表示したいときには、態度で示すか、声に出すかしないと駄目なのよ。そうすれば、パメリーナにもわかるでしょ。マリカが嫌だって抵抗すれば、パメリーナが、守ろうとしてくれるはず。それに、ここは、外帝軍の施設で、軍人がいっぱいいるの。マリカが叫んだら、すぐに駆けつけてくれるわよ。この前みたいに>
げっ。この前の騒動の再現というのは、できれば避けたいぞ。あれだけ集まってくれると思えば、心強くはあるけど。うん、竜にも、強そうなのがいた。光竜はどれも綺麗だったし、できれば、近くでもっとよく見てみたい気がする。
<竜たちも、また来てくれるかな>
<うん。ソラも応援を呼んでおいたから、たくさん来ると思うの。いざとなったら、ソラも闘うからね。マリカは、一人じゃないのよ。安心して>
<わかってる。頼りにしてるよ、相棒>
<すぐそこまで来たわ。それじゃ、がんばってね、相棒>
ソラとの接触が切れた。
普通モードになって、可愛いペットぶりっ子を演じ始めたソラを撫でながら、わたしは、耳をすませた。
最初に感じたのは、馴染みのない気配だった。大きいのがひとつと、小さいのがふたつ。竜気が強い人が一人と、弱い人が二人ということだと思う。
次に、廊下の方で、足音がかすかに聞こえた。靴ではなく、スリッパで歩くときのパタパタした音。走ってはいないけれど、急いているとわかる早足だ。
それから、扉が開く音がした。隣の続き部屋にいたパメリーナが、応対のために、廊下側の扉を開けたのだろう。
その途端、わたしは、猛烈な悪寒に襲われた。恐怖に身がすくむ。
ロックオンされた――この感覚は、そうとしか、表現しようがない。
標的は、わたしだ。高圧的な竜気が、こちらに食らいつこうと探っている。
なるほど、ソラが、魔物と立ち向かうくらいの気構えを持てと言うはずだよ。
これは、舌なめずりしながら、問答無用で襲いかかってくる捕食者の気配だ。
魔物とは違う意味だけど、敵は敵。侵略者ではなくて、天敵というやつ。
今、人形遣いと呼ばれる誓神官との闘いが始まろうとしている。
この戦いに負けるわけにはいかないのだ。どんな手を使おうと、絶対に。
勝てる相手ではないとしても、せめて、逃げのびなければならない。
ソラと離され、【暗示】で操られる人形になりたくなければ。
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