第14話 感情波でもコミュニケーション。


 いつか、結婚できたらいいな、とは思っていた。

 好きな人と両想いになれたら。そんな奇跡が起きたとしたら。


 でも、子供が欲しいと思ったことはなかった。

 だって、自分とそっくりな子が生まれちゃったら、可哀想なんだもの。


 可愛くなければ、愛せないって意味じゃないよ。

 愛するからこそ、申し訳なく感じてしまうだろうってこと。


 その子が容姿のことで悩んで、責められるたびに。

 誰かに言葉の暴力を受けて、傷つく姿を見るだびに。


 自分に似たせいだって、後ろめたさを覚えるに違いないの。

 パパが、わたしに対して感じているのと同じように。


 それを、いきなり、『8人以上産んで』とか言われても困るよ。

 そりゃ、『ショコラ』の産む子が、『マリカ』に似る心配はないけど。

 想像ができないっていうか、意識の切り替えが難しいっていうか。

 第一、義務で出産するという、ここの常識そのものについていけない……!



<焦らないで、マリカ。婚約できるのは、16歳になってからで、結婚するのは、20歳過ぎてからだもの。10年以上も先のお話でしょ>


 デリケートな話題に、乙女心がかき乱されてしまったが、ソラの冷静な指摘に、すとんと落ち着いた。こうなると、逆に、恥ずかしさが込み上げてくるけど。


<あー、まぁ、そりゃ、そうか。わたし、まだ、6歳なんだっけ>

<正確には、6歳と9ケ月は過ぎたの。あと3ケ月で、7歳よ>


 日常生活に直結した情報が出て来て、わたしは、飛びついた。はるか先の出産より、喫緊きっきんの問題。忘れないうちに、確認しておかなくてはならない。


<それじゃ、1年は、12か月なのね? 1ケ月は、何日?>

<奇数月が、24日で、偶数月が、32日。その他に、公休日や祭日もあるから、全部合わせると、1年は、365日ね。一週間は、8日で、半分の4日を『半週はんしゅう』って言うの。お勉強は、『半週単位』で進むから、覚えておいて>


 24日と32日。8日と4日――わざわざ4の倍数になるように、調整しているのか。1年は、365日の12ケ月で同じなのに、月や週の長さが、微妙に違うなんて。はぁ、面倒くさいねぇ。


<半週、ね。わかった。1日は、何時間?>

<24時間。1時間は、60分だけど、今は、そこまで計れる時計は少ないから、時報の鐘を鳴らしているの。0時、4時、8時、12時、16時、20時の4時間ごとに長く。昼間は、一時間ごとに、9時、10時、11時と、13時、14時、15時に短く。全部で、12回ね>


 12回。鐘を打つ回数まで、4の倍数ではありませんか。こだわりもここまで来ると、いっそ見事だね。まぁ、その方が、覚えやすいし、助かるじゃない? 

 そうだ、そうだ、その通り。狂信的でうそ寒いなどと、思ってはいけない。ここで生きていく以上、慣れるしかないのだよ。がんばれ、わたし。



「ショコラ様、**********。*********?」

<お飲み物のご用意ができました。召し上がりませんか、だって>


 寝台に潜り込んで、ソラから講義を受けているうちに、少しうとうとしていたらしい。いくら幼児だからって、ちょっと眠り過ぎなんじゃなかろうか。まぁ、パメリーナが声をかけて来たときに、わざとらしく寝たふりをしなくてすんだのは助かったけどね。


 目をこすりながら、もぞもぞ起き上がったわたしは、ソラを抱いたパメリーナの後について、寝室の外に出た。その前に、ソラを一緒に連れて行く交渉をしなくてはならなかったけど、身振りと瞬きで、何とか任務を達成できたぞ。


 パメリーナに連れていかれたのは、さっき朝食を摂った隣の続き部屋じゃなかった。廊下を出た先の、大きな窓のある会議室みたいなところ。どっしりとした四角いテーブルの周りに、椅子がたくさん並んでいるだけで、シンプルなのは一緒だけど、陽光が差し込んでいて明るい。


「**********」

<こちらにお座りください、だって>


 思わず目を瞬いてしまったけど、4回以上だったから、眩しいだけで、意味はないよ。そう思いながら、クッションを置いた高い椅子に座らされたとたん、また、目を瞬いてしまった。今度は、外の光景に驚いて。


<うわーぁ。絶景かな>


 モコモコのひつじ雲が、そこら中に浮かんでる。目線の高さで。ここって、高山の頂上? それとも、天空の城とか。

 いいね、最高。わくわくしてくる。やっぱり、こういうファンタジー的な醍醐味もなくっちゃね。受験生なみに詰め込み教育されるばかりじゃ、正直やってられないもん。


 見上げると、虹色の薄雲を通して、光がキラキラ輝いていた。今まで見たどんな虹より綺麗。まさに神秘的。日の出じゃないけど、御来光ごらいこうを拝んでるって感じ。

 しばらく、ぽーっと眺めていると、パメリーナが、マグカップを手渡してきた。


「***、*********、********」

<どうぞ、お飲みになりながら、ご覧ください、だって>


 ハイハイ。水分補給ね。上の空で受け取ったわたしは、そのまま口をつけ、こくっと飲み込んでから、その味に驚き、改めて、マグカップの中を覗き込んだ。薄紅色のさらっとした液体が入ってる。


<おいしいよ、これ。変な甘みがなくて。フルーツそのままの味だね>

<搾りたてのオレンジジュースみたいね>

<オレンジ色してない……って、今更か。うん。柑橘系の味なのは、確かだわ。おかわりしたいときは、どうすればいいの?>

<左目で1回ウインクしてから、マグカップをテーブルの上に置いて。それから、パレリーナのいる方に、ちょっとだけずらして、もう一度顔を見るの> 


 ソラの指導の通りに動くと、パメリーナが、両目で1回瞬きした。

 ほっとした様子で、かわいいお花柄がついてるピッチャーからおかわりを注いでくれる。その手元をみていて、マグカップもお揃いなのに気がついた。バナナジュースを飲んだときの物と違う。今度のセットは、明らかに、女児用の食器だ。急いで、用意してくれたのかな。少しでも、飲む気になるようにって。


<ありがとうって伝えるときは、どうするの?>

<身分の下の者には、お礼を言っちゃ駄目なの。褒めるのはいいけど、その時は、一緒に何かご褒美を与えるものだから、普段は気にしなくていいのよ>

<そうなの? 竜気に乗せて、感謝の気持ちを伝えるのも、駄目? わたし、もう、一度やっちゃった気がするんだけど>

<え? いつ?>

<ソラが、気絶ぶりっ子してたとき>

<わぁ、すごいのね、マリカ。もう、感情波かんじょうはを操れるようになったなんて>

<感情……波?>

<竜気に、感情を乗せて、相手に伝えること。逆に、感情を抑えて、漏れないようにすることもできるのよ。その方が難しいけど。とにかく、感情波で気持ちを伝えるのは、かまわないの。ただ、マリカの竜気は強いから、力いっぱい投げつけないように気をつけて。そっと押し出す感じにしてみてね>


 そっと押し出す、ね。団扇うちわで、軽く風を送るような感じかな。

 パメリーナから、マグカップを受け取りながら、わたしは、微風で竜気を流してみた。


<ありがとう、パメリーナ。これ、おいしいよ>


 わたしの気持ちは、無事に届いたらしい。パメリーナが、ちらっと歯を見せた。


「************。ショコラ様」

<お口に合ったようで、幸いです、だって>


 おう、やったじゃないの。成功よ、コミュニケーション成立!

 無事に、侍女と意思疎通が果たせたわたしは、言葉がわからないストレスが薄れて、ぐんぐんテンションが上がっていくのを感じた。切羽詰せっぱつまって、ガチガチに固まっていた気分が、一気にほぐれていくみたい。いや、これは、気分じゃなくて、竜気のしこりだったのかも。


 この短いやり取りをきっかけに、わたしは、パメリーナと仲良くなれたのでありました。

 そして、また、帝竜語をすいすい理解できるようになっていったのでした。


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