第13話 帝竜国の基礎知識


 元の世界でも、数字でげんかつぐことはあった。

 ラッキー7とか、13は不吉だとか、4は死に通じるから避けるとかね。

 逆に、竜眼族にとっては、4が聖数せいすうなんだって。じゃないよ。なる

 この帝竜国は、4と4の倍数にこだわりまくっている。法律も制度も。何から何まで。そりゃもう、強迫観念としか言いようがないほどに。


 そもそもの始まりは、神話なんだよね。お定まりだけど。

 王族の祖先に、帝母ていぼマーヤ、教導きょうどうタウリ、竜帥りゅうすいテ・ジン、時宮ときのみやセルシャという【王祖四子おうそよんし】の姉兄弟妹きょうだいがいて、【四祖律法しそりっぽう】っていう教えをのこしたそうな。


 その後、信者が四派に分かれたので、竜神教りゅうじんきょうには、【四神殿ししんでん】の宗派があるの。

 その中で、わたしが、特に警戒しなくちゃならないのが、【誓神殿せいしんでん】らしい。


 もちろん、最大の注意を払うべきなのは、最高権力を持つ帝家ていけの方。

 帝家は、未成年の王族の保護者でもあるから、ショコラにとっては親と同じ。

 いや、そこまで近い相手ではないか。親のような情は期待できないもの。

 孤児院の院長さんみたいなものかも。養育しながら管理するって意味で。


 王族の子供は、4歳になると、親元から離されて、帝立の王寮に入れられる。

 6歳のショコラがいたのは、第七王寮の幼年科。

 まぁ、わかりやすく言えば、お泊り型の幼稚園だね。

 8歳になれば、初等科に上がることになる。これは、小学校かな。

 そこで、王族としての教育が、本格的に始まることになるらしい。

 12歳になる前に、お受験があって、その成績で、およその進路が決まる。

 神通力の種類や強さ、知力や武力によって、振り分けられるんだって。

 16歳からは、実習生みたいな扱いになって、20歳で、成人したら一人前。


 ちなみに、帝竜国に、成人前の王族は、37人いるとのこと。

 37人! どれだけ子沢山こだくさんなんだよ。男が泣いて喜ぶハーレム帝王ってやつか。そう思ったら違っていた。根本から、考え違いをしていたのだった。


 王族の定義は、王族を両親として生まれた者。

 その数、なんと1000人以上。

 神話の時代から、連綿と続く血統が何十とあるから、それだけの人数になる。

 王族というのは、あくまでも、一番上の階級という位置づけなのよ。

 つまり、37人は、異母兄弟というわけではなくて、親戚に過ぎなかった。

 血が何重にも入り混じっているけど、ひとつの家族というわけじゃない。

 そして、帝位や王位を継ぐのが、帝や王の実子というわけでもなかった。  

 

 現在、帝竜国には、女系の八内王家はちないおうけと男系の八外王家はちがいおうけがある。

 それぞれの王家には、後継者候補として選ばれた王族が、4人ずついて、王女、王子と呼ばれている。王の子供という意味ではなくて、地位を表しているのね。

 だから、ショコラは、王族だけど、王女様ではないと。


 王家の上に君臨している帝家も同じ。世襲制ではない。

 帝家の定数は、4人。聖数どおりに。

 女性の内帝ないていと男性の外帝がいてい。その後継者である帝女ていじょ帝子ていし

 今は、どちらも後継者が決まってなくて、内帝と外帝しかいないらしい。


 帝子の方はいい。外帝が、まだ70歳代で若いから、慌てる必要がないの。

 問題なのは、先代の帝女が、6年前に、亡くなってしまったこと。

 内帝は、300歳を超えているのに、次の帝女が、なかなか現れない。


 今回の魔族の襲撃を防げなかったのも、それが原因なんだって。

 竜界の防衛力は、内帝と、それを補佐する帝女の竜気に左右されるもの。

 現状は、内帝が高齢で、帝女が空位。どうしても、穴が生じやすくなるみたい。


 それじゃ、外帝は、何をしてるんだって思うよね。内帝を助けてやれよって。

 当然、助けようとしてはいる。でも、そもそもの役割が違うんだってさ。

 どうやら、内帝っていうのは、ゴールキーパー的なポジションなんだな。


 外帝は、その前を走り回って、飛んでくるボールを蹴散らす役回りで。

 ボールが、突っ込んでくる角度や速度によっては、防ぎ切れない場合もある。

 最終防衛線を担っているのが、内帝という守護神なんだね。


 それに、内帝が弱っていても、外帝が、ゴールキーパーになれるわけじゃない。

 選手交代できるのは、そのための訓練を受けている帝女だけなのだ。

 でも、帝女はいない。ゴールは割られて、次のボールが飛んでくるのに。

 そこで、総力戦に突入して、若いソラまで駆り出されることになったんだって。


<そんなに被害が、大きかったの?>


 一通りの説明に区切りがついたところで、わたしが聞くと、ソラの嘴は、また象の鼻になった。今度は、左右に揺れることもなく、だらりと垂れ下がっている。


<うん。まだ連絡がつかないところもあるから、はっきりしてはいないのだけど、200年に一度の災厄だと言う人もいるの。でも、マリカのおかげで、食い止めることができたから。ほんとに、ありがとう>


 真正面からお礼を言われることって、あんまりないよね。すごくこそばゆい。


<わたし、何もしてないよ。ほんとに頑張ったのは、ソラの方じゃない>


 気恥ずかしくなったわたしが、ソラをぽんぽんと叩くと、ソラも、象の鼻を持ち上げて、わたしの腕をぽんぽん叩き返した。


<ソラひとりじゃ、全然ダメだったの。どうにもならなかったの。もうおしまいだと思っていたのよ。すごくすごく怖かった。誰かに助けて欲しくて。でも、誰もこたえてくれなくて。相棒もいなくて、ひとりぼっちだなって。このまま消えていくんだなって諦めかけたとき、マリカと繋がったの。いきなりだったから、びっくりして。でも、とっても嬉しくて。絶対に放したくなくて。それで、思いっきり引っ張って、竜界の中に突入させちゃったのよ。マリカは、嫌だって叫んでいたのに。勝手なことして、ごめんなさい>


 今度は、ド直球な謝罪がきたぞ。慌てたわたしは、強引に話題を変える。


<あれは、もういいって。終わったことだし。まぁ、二度目はナシにして欲しいけどね。それより、問題はこれからのことよ。わたし、この先、どうなるの?>

<えっと、まず、竜眼族の身体と言葉に慣れることでしょ。次に、王族としてのお勉強をしなくちゃね。それから、どんなお仕事につくか決めるの。あとは、婚約者を8人選んで契約して、8人以上の子供を産むくらいかな>


<8人以上!? そんなに子供産めって……いや、それ以前に、婚約者8人って、どういうことよ。ここの女性は、逆ハーレムを作ってるの?>

<ううん。結婚するのは、一度にひとりだけよ。王族には、【八八義務はっぱちぎむ】があってね。男女とも、8回結婚して、8人の子供を誕生させないと、義務を果たしたことにならないの。大丈夫。竜眼族の女性は少なくて、相手は見取みどりだからね。圧倒的で、プリティなマリカなら、もてもて間違いなしなの>


 もてもて? ひゃっほう! そいつは嬉しい。ありえない話だけど、ただの夢でも見てみたい――以前だったら、素直に、そう思ったに違いない。

 

 でも、わたしは学習した。この異世界で、甘っちょろい話に乗ってはいけない、と。王族だって、王女ではなかったのだ。砂糖すらなくて、食生活だって悲惨なのだ。きっと、罠がある。ろくでもない落とし穴が。


<女性の方が、選べるのね? 嫌いな相手と政略結婚させられたりしない?>


 わたしは、確認するというより、保証を求めたい一心で尋ねた。


<うん。嫌いな相手とじゃ、竜気の波長が合わなくて、子供ができないもの。ただ、中性ちゅうせいの人を好きにならないように気をつけてね。結婚できないから>


 中性の人――何だ、それは? そんな人がいるの?

 こりゃ、王族のお勉強よりも先に、竜眼族の特性について知る必要があるぞ。



 漠然とした不安が、『急いで、この国の常識を覚えなくてはヤバイ』という危機感に変わったのは、不可解な『中性』の存在を知ったときでありました。



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