第12話 瞬きは、竜眼族のお返事。


 ボディーランゲージが、国によって違うってことは知っていた。

 日本で、掌を合わせるのは、『お願い』や『ありがとう』だけど、外国人のお客さんには通じないし、親指と人差し指で作る丸は、『OK』や『お金』と違う意味を持つから、絶対に使っちゃ駄目だと言われている。

 でも、頷く『はい』と、首を振る『いいえ』は、世界共通だと思っていたよ。

 残念なことに、異世界――ここ、帝竜国では通用しなかったわけ。

 ギョロ目の竜眼族らしい文化とは思うけど。すごく微妙なんだな、これが。



 右目で、1回ウインク――賛成です。(同意)

 左目で、1回ウインク――そうです。(肯定)

 両目で、1回まばたき――わかりました。(理解)


 右目で、2回ウインク――反対です。(反意)

 左目で、2回ウインク――違います。(否定)

 両目で、2回瞬き――わかりません。(不明)


 両目で、3回瞬き――もう一度言って下さい。(確認)


 4回以上の瞬きは、無意識の反応で、驚きや喜びを表すことが多い。



<わかりにくいよ、ソラ>

 わたしは、ソラの方を見ないように気をつけながら、文句を言った。パメリーナに給仕される朝食を摂りながら、密かに、オリエンテーションが始まっているのだ。消化に悪いから、後にしようよと抗議したら、竜眼族の胃腸は丈夫だよと返されてしまった。ソラ先生は、ソフトなようでいて、結構ハードな要求をしてくる。

<それは、両目で2回瞬き、だね>

 泣き言が流され、例題として扱われたわたしは、口に入れていたスプーンフォークを思わず噛みしめた。幼児用らしきそれは、給食用の金属製のものとは違って、弾力性がある。おかげで、四本の細長いフォーク部分が変形してしまったぞ。

<そうじゃなくて! 覚えられないって意味だってば>

<でも、ショコラの身体は覚えてるみたいよ。マリカ、今、瞬きしてたもの>

 わたしが、使えなくなったスプーンフォークをおずおずと掲げてみせると、パメリーナが、代わりのものと交換してくれた。両目で、一回瞬きをしてから。なるほど。今のが、『わかりました』なんだね。納得。

<え、ほんとに?>

<ほんとに。難しく考えなくていいの。『はい』は、1回で。『いいえ』が、2回。『もう一度』が、3回。それだけ、わかっていればすむのよ>


 ソラの楽観的な指導方針に基づいて、ぶっつけ本番の実地訓練は、粛々しゅくしゅくと進められた。神経をすり減らすって、こういうことを言うんだと思う。

 だって、見るもの触るもの、みんな初めてのものばかりなんだよ。冷たいジュースのつもりで飲んだものが、温いポタージュスープだったり、パンだと思って素手でちぎったら、中からどろっとしたソースが飛び出してきたり。サイコロステーキは血のしたたるレアだし、目玉焼きは、鶏卵の何倍も大きくて、かなり気持ちが悪い。これが何の肉や卵なのか想像するだけでも怖いって。

 第一ね。どれもこれも、味付けが甘すぎる。それも、お砂糖の甘さじゃなくて、安物の人工甘味料っぽい癖があるのよ。大学イモ系の揚げ物に、栗の甘露煮風の煮物なんて、歯が浮きそうだった。切り身の煮魚も、甘辛いし、野菜にかかっているドレッシングまでが、甘酸っぱい。極めつけが、ピザもどきの味。極甘のケチャップの海に、ピザの島が浮いてるのを想像してみてよ。 


<ねぇ、どうして、こんなに甘いものばかりなのよ?>

 不満たらたらのわたしに、ソラは、竜眼族の驚きの特性について教えてくれた。

<マリカは、ずっと眠っていて、二日以上、何も食べてないでしょ。急いで栄養を摂らないと、餓死しちゃうの。だから、できるだけいっぱい食べてね>

<餓死って、たった二日で?>

<うん。竜気を使うときは、その燃料分の食事をしないといけないのよ。糖分が足りないと、身体に蓄えていた脂肪をどんどん吸い上げていって、一気に衰弱してしまうの。特に、幼い子共は、身体自体が小さくて、蓄えがほとんどないの。あっという間もなく、倒れっちゃうこともあるから、パメリーナは、とっても心配してるのよ。それに、まだ、マリカの好き嫌いも知らないでしょ。だから、取り敢えず、用意できるものを全部持ってきたんだと思うの>


 ソラの説明には、良い知らせと悪い知らせと、もっと悪い知らせが含まれていたことにお気づきだろうか。

 良い知らせ――いくら食べても太らないこと。ダイエットよ、さらばじゃ。

 悪い知らせ――食べて美味しいものが、ほとんどないこと。甘すぎるっての。

 もっと悪い知らせ――それでも、食べないわけにいかないこと。餓死は嫌だよ。


 仕方なく、わたしは食べた。食べているうちに、味覚が麻痺した気がするけど、とにかく食べられるだけ食べた。そりゃ、ここまで脅かされたんじゃ、食べないわけにはいかないでしょうが。

 宴会レベルの量と品数にもめげず、果敢かかんに挑んだわたしは、実に偉かったと思う。それも、パメリーナに、じーっと観察されつつ、こちらも、パレリーナを観察して、瞬きを解読しながらだよ。更には、同時通訳付きのヒヤリングの合間に、ソラ先生のご指導の下、瞬きでお返事をしなくちゃならなかったのだ。


 食事が終わったときには、完全にキャパオーバーになっていたわたしは、へろへろのへとへとだった。一日の大仕事を終えた気分になっても当然でしょ。

 寝台を指さして、横になりたいと意思表示をすると、パメリーナが聞いてきた。

「**************?」

<トイレに行きたくありませんか、だって>

 トイレか。そう言えば、全然行きたいと思わないな。『いいえ』なので、左目で、2回ウィンクすると、パメリーナが、『わかりました』と、両目で、1回瞬きをした。

 寝台の側に、足台が置かれて、自力で上がることができたわたしは、早速横になりシーツを被る。普通ぶりっ子のソラが、パメリーナに抱き上げてもらって、枕元にうずくまるのを見て、目を閉じると、パメリーナが、静かに部屋を出て行った。

 やっと、二人っきりになれたね。これで、ゆっくり話ができる。


<竜眼族って、トイレが遠いのかな。わたし、2日前から、一度も行ってないけど……、まさか、寝てる間に、おらししてたとか言わないよね?>

 笑われるかとびくびくしながら尋ねたのに、ソラは、真面目そのものだった。

<残念だけど、そうじゃないの。竜眼族は、寝る前に一度トイレに行くのが普通でね。排泄物が出るってことは、栄養が足りてるって証拠だから、大人は、その量を目安にして、食べる量を調節するのよ。ただ、成長期の子供は、どうしても不足しがちで、なかなか溜まらないの。マリカも、がんばって栄養を摂らないとね>

<うわぁ、これ以上、食べろっていうの? そんなの無理だって>

<せめて、水分だけでも、多く摂るようにして。ジュースとかスープとかね。ちょっとずつでもいいから、回数を増やしていくの>

<はぁ。せめて、もう少し、飲みやすければなぁ>

<バナナジュースは、飲みやすかったでしょ。そうやって、気に入ったものだけ選んでいけばいいの。マリカが残すものを見て、パメリーナは好みを把握するわけだから。味付けだって、だんだんと好みのものに変わっていくはずよ>


 ソラが気を引き立てるように慰めてくれたけど、わたしは、非常に憂鬱ゆううつだった。

 甘さを抑えた味付けにしてくれるとしても、甘味料自体が、問題なのよね。

 家業が洋菓子店だったわたしにとって、甘味は嗜好品ではなく、生活とプライドがかかった商品なんだからさ。易々やすやすと妥協ができるものではないのだよ。

 ここは、ひとつ、異世界転生の主人公らしく、砂糖や蜂蜜を探して、食生活の改善を図るべきなんじゃないの?


 幼き竜眼族マリカが、大志を抱いたのは、転生2日目のことでした。






 

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