第11話 侍女とのおつき合いも大変だ。


 侍女って、身の回りの世話をしてくれる女性のことだよね。

 着替えをさせたり、髪を結ったり、お風呂に入れたり。ちょっと、介護職に似ている気がする。

 そこまではいい。

 問題だったのは、つきっきりで側にいられることなんだな。

 ボロを出しそうで、気が休まる暇がないよ。秘密を抱えている身としては。

 味方になってくれたら、心強いと思うけど、初対面で性格もわからないしさ。

 新年度のクラス替えで、友達になれそうな人を探すときより、ドキドキする。

 うまくつきあっていけるのかな。好意を持ってもらえるのかなってね。



「*****、**********」


 わたしが目を覚ましたとき、侍女のパメリーナが、すぐに話しかけてきた。

 この人、ずっと、わたしの様子を見ていたの? 

 時代劇で、お殿様の枕元に、宿直とのいのお小姓が座っていたりするけど、侍女にも、不寝番ふしんばんとかあるんだろうか。

 それとも、わたしが、また騒いだりしないか、特別に監視しているわけ?


「***、*********」


 パメリーナが、小さなマグカップを差しだしてきた。しっかりした持ち手が両側についてるタイプで、どろっとした液体が入っている。流動食っぽくて、見た目はあまりよろしくない。恐る恐る受け取ったわたしは、取り敢えず、臭いをかいでみた。果物系の匂いがしたので、一口だけ飲んでみる。ちょっと苦みのある甘さだけど、まずくはない。バナナジュースみたいに、ミキサーしたものだね。喉が渇いていたわたしは、そのままごくごくと飲みほした。


<もう一杯、欲しいな>


 心の中で言いながら、わたしが、無言でマグカップを差し返すと、パメリーナは、両目を一度伏せた。短くパチンという歯切れのよさで。そこには、ウインクするときのような、茶目っ気が感じられた。どうやら、願いは通じたみたいだね。


 パメリーナが、マグカップを持って、部屋を出て行った隙に、わたしは、周りを見渡した。

 窓がひとつもないけど、右側に開け放した扉から、光が差し込んでいるので、それなりの明るさはある。広さは、二十畳くらいかな。

 そのド真ん中に、わたしが寝ていたダブルベッドがぽつんとある。左側に閉まったままの扉がふたつ。あとはテーブルと椅子に、タンスに戸棚。

 シンプルな家具しかなくて、ひどく地味で殺風景さっぷうけい。王族の寝室らしくないよ。もっとこう、華美な装飾が施されていて、高級そうな雑貨が置かれてるものを想像してたのに。

 寝台だって、あこがれの天蓋付てんがいつきベッドじゃなかった。ふかふか寝心地は良かったけど、シーツもカバーも無地で、可愛さのかけらもないところをみると、子供部屋ですらないと思う。

 というか、これって、軟禁なんきんに近いんじゃないの。


 眠る前とは違って、人はいない。竜もいない。

 ソラはどこだと探したら、頭の方の壁際かべぎわに、鳥かごが吊るしてあった。おおいがかけてあるけど、ソラの竜気を感じるから、そこにいるのは間違いなくて、安心した。


<ソラ、聞こえる?>

<うん。おはよう、マリカ。気分はどう?>

<いいよ。昨日より――って、あれ。昨日でいいのかな。今日は、まだ2日目だよね? それとも、わたし、もっと寝てた?>


 わたしは、寝台の右端までハイハイして行き、下をみた。床まで結構な高さがあって、飛び降りる気にはなれない。シーツを両手で握りしめて、後ろ向きになり、足が床に届くまで、ずりずりと身体を落としていく。幼児体型は実に不便だ。


<えっとね。マリカが魔物に襲われたのは、真夜中だったの。朝になって、発見されて、ここに連れて来られたのが、お昼前。一度目を覚まして、大騒ぎになったのは、夕方で、それから、マリカは、ずっと寝ていたの。今は、二度目の朝を迎えたところ。だから、2日目って言っていいのかな>


 『大騒ぎ』については、あまり話題にしたくない。寝起きのぼんやりしている頭で、面倒なことに立ち向かえる気がしないから、聞き流しておこう。


<そっか。それで、ここは、何処どこなの?>


 無事に床に降り立ったわたしは、ちょっと扉の方を振り返ってみた。パメリーナは、隣の部屋にいるようで、カチャカチャと食器らしき音をさせている。


外帝軍がいていぐん救助隊の救護施設。ショコラがいたのは、第七王寮だいななおうりょうっていう王族の子供専用の寮だったの。そこから移動させるのに、ここが一番近くて安全だと判断されたみたい。王族を他の怪我人や子供たちと一緒にするわけにもいかないから、マリカひとりだけが、この塔に入れられたのよ。落ち着き先が決まるまでの仮住まいね>


 わたしは、忍び足で、ソラの方に近づいた。が、籠は、見上げるような位置にある。いくら跳びはねたところで、手の届かない高さだった。


<それじゃ、パメリーナは、救助隊の人なの? 仮に侍女をしてるだけ?>

<ううん。あの人は、外から急いで連れてこられた貴族なの。第四内王家に仕えていた上級侍女で、幼い王族の世話をしてた経験があるんだって。パメリーナのことは、信用していいのよ。神殿の回し者でも、政敵のスパイでもないからね> 


 『回し者』に『スパイ』だと? こいつ、また、さらりと怖いこと言ってくれちゃって。さすがに聞き流せなかったわたしは、動揺したあまりよろめいて、尻餅しりもちをついてしまった。


<なによ、それ! こんな幼気いたいけな幼女にも、政敵なんかがいるの?> 

<ショコラのお母さん――テレサを死に追いやった政敵がいるのよね>

<えぇっ! じゃ、ショコラの命も狙われてるの? わたしもヤバイわけ?>


 魔物だけじゃなくて、暗殺者にも立ち向かわなきゃならないのかよ。

 なんてこった。恐れおののくべき案件だぞ。やっぱり、王族なんかなるもんじゃないね。


<詳しいことは、今、調べてもらっているの。でも、そんなに心配しなくても、大丈夫よ。マリカには、ソラがついているから。ね?>

<――うん、そうだね。頼んだよ、相棒>

<任せておいて、相棒。でも、まずは、ソラをこの籠から出してくれない? マリカの側にいないと、いろいろと不便だから>


 ソラがそう言ったとき、パメリーナの叫び声が響いた。


「*****!」

<名前を呼んでるよ。『ショコラ様』って>


 ソラの同時通訳が入った。うん。わたしも、今、名前を呼ばれた気がしたよ。

 ごめんね、パメリーナ。部屋に戻ったら、寝台の上にわたしがいないんで、びっくりしたんだろうね。尻餅をついていたせいで、寝台の陰になって、姿が見えなくて、姿を消したと思ったのかも。


 よっこらせと立ち上がったわたしが、ベッドの端から、顔をのぞかせると、パメリーナが、ほうっと大きく息をついた。安堵のあまり卒倒しかねない気配がする。

 まずい。わたし、この侍女さんに心配かけてばかりいるんじゃない?

 言葉が通じないので、謝罪の台詞は、心で唱えて、竜気に乗せてみよう。


 反省してます。ほんとにお騒がせ娘で、困った子ちゃんだと思います。

 でも、わたしも困っているんです。お世話されるのに慣れていないもので。

 これから、がんばって覚えていくつもりなので、どうか呆れないで下さい。

 今後ともかわらずお引き立てのほど、よろしくお願い申し上げます。

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