第10話 ショコラは、王族だが王女ではない。
王族って、アレだよね。
ロイヤルファミリーとか、ロイヤルカップルとか、本物のロイヤルがつくやつ。ロイヤルホテルやロイヤルマンションじゃなくて。
わたし、王女さまに転生したわけね。
これって、喜びうち震えてもいい話?
それとも、恐れおののくべき案件なの?
はっきり言って。どっちか教えてよ。
<どっちって言われてもねぇ。それ以前に、王女さまじゃないのだけど>
わたしは、興奮のあまり、膝の上のソラを撫でるのをやめて、左右二本の指で、トトトン、トントンとドラム叩きしていた。
それに対して、ソラは、キツツキ嘴を象の鼻に変えて、わたしの腿をポンポン叩いている。なだめて落ちつかせようとしてるようだけど、その程度で、この沸騰寸前の興奮が収まるものか。
<王女さまじゃない? それじゃ、王子さまなの? うわぁ、なによ、ショコラって、男の子の名前だったわけ?>
<ちがうの。ショコラは、女の子。マリカも、大人になったら、ちゃんと赤ちゃんを産めるから、心配しないで>
<そんな先のことまで心配する余裕はないよ、今のわたしには。現在、この瞬間、繊細な心をぐちゃぐちゃにかき乱すほど心配しているのは、演技力の乏しさだってば! ソラ、わたしは、一般庶民なの。フランス料理店より、ラーメン屋の方が落ちつく小市民なんだからね。『おほほほ』と笑うだけだって、ひきつっちゃうこと間違いなしよ。王族の真似なんか絶対できないって。どうすんの、わたし。ほんとに、どうすりゃいいっていうのよ。助けて、ソラ。何とかしてよ。あんた、わたしの相棒でしょぉ!>
わたしの
<うん、わかった。それじゃ、ソラ、気絶するからね>
<はぁっ? なんで、『気絶する』になったの? どこが、『わかった』っていうの。これ、ちゃんと【翻訳】できてる?>
<相棒だから助けるのが、『わかった』で、何とかするために、『気絶する』の。マリカが興奮して叫んだから、人が集まってきちゃったのよ。パメリーナだけじゃなくて、他にもいっぱい。ソラは気絶するから、マリカは、ソラが死んだのかと驚いて騒いだことにして。じゃ、また、明日ね>
ソラは、ぴゅうっとすばやくキツツキ嘴に戻して、こてんとひっくり返った。エメラルドグリーンに光っていた翅が、すーっと暗くなっていき、深緑に変わる。
<ちょっと、待ってよ、ソラ。あんた、人がいっぱいのところに、わたしを置いていく気? やだやだ、ひとりにしないでよーっ!>
抱き上げても、揺さぶっても、全く反応しなくなったソラを見て、わたしの興奮は、いや増して、完全な恐慌状態にシフトチェンジしてしまった。
「*****、*****。*********、******」
やっとのことで気を取り直したときは、周りの様子が一変していた。
いや、一変したというのは、違うかな。それまで周りのことなんて、ほとんど意識してなかったんだから。わかっていたのは、自分が、薄暗い中で、ふかふかの大きな寝台にいるってことだけ。目にした人は、パメリーナという侍女だけだった。
「*****、*******?」
今や、あたりは、
その光源は、ほとんどが竜だった。たしか、
「***、****、********」
光らないタイプの竜らしい竜もいた。鷹みたいな小型ドラゴンから、大型犬くらいの四つ足まで。
その竜たちを腕に乗せたり、リードを掴んでいる竜眼族の人たちもいる。口髭やもみあげを生やしていて、おっかない軍人って感じの男の人がいっぱい。まわり中に。わたしが座っている寝台を同心円状に取り巻いているのだ。
そうして、わたしを見てる。人も竜もみんな、竜眼の瞳孔を白く光らせて。
「*****、******、*******」
どんな3D映像でも再現できないほどの迫力満点の場面である。
普通なら、絶叫して卒倒するところだと思うけど、不思議と恐怖を覚えなかった。
それどころか、何となく、周りから心配されてるって気がした。
迷子になってギャン泣きしている幼児を保護した青年が、『どうすりゃ泣き止むんだよ。おい、勘弁してくれよ』的に、ほとほと困りきっていた様子に似ているかも。
『うわぁ、これは、ちょっと手に負えそうにないわ。お母さんを早く見つけないと』と
うん、そう。げっそりしながらも、『よしよし、いい子だね。もう泣かないで。お願いだから』と必死にあやされてる感じがびんびん伝わってくるよ。
「*****?」
気分が少し落ちついたところで、話しかけられていることに、わたしは、やっと気がついた。そう言えば、さっきから、何やら声が聞こえていたわ。意味がわからないから、雑音として流していたけど。
わたしが顔を向けると、相手はほっとしたように、笑顔らしきものを見せた。
たぶん、笑顔だよね。幼女に対して、しかめっ面をしてるわけないものね。
いくら、鋭い歯をむき出しにしていたとしても、これが
まぁ、竜気については、ソラにあとで聞けばいいや、と思ったところで、ソラが
「*****、********」
そちらを見ると、パメリーナがソラを抱いていた。翅の光が少し戻ってる。いつものように鮮やかに輝くのではなくて、ほんのり明るい程度だけど。
パメリーナは寝台に膝をつき、わたしが広げた手に、ソラを抱かせて、膝の上にしっかり乗せるまで、落とさないよう支えていてくれた。
<ありがとう。さっきは、ごめんね>
わたしは、心の中で言った。相手の竜眼を見つめて。言葉は通じなくとも、気持ちは伝わるとわかったから、礼儀はつくしておきたい。わたしなりに。
パメリーナは、驚いたらしく、何度か激しく瞬きをした。それから、鋭い歯をちらっと見せた。
あー、うん。さっきの人よりも、いい感じだよ。これなら、笑顔に見えないこともないね。竜眼族の顔面偏差値の低さに慣れてきただけかもしれないけど。
わたしは、ソラを寝台の上に置いて、
こうして、王族ショコラとしての人生は、お騒がせ序曲を鳴り響かせながら、高らかに幕を開けたのでありました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます