第2章:王族としてのお勉強

第9話 たじろぎの新事実。

 

 わたしは、なんで死んだんだろう。

 突然死するなんて、死因は、何?

 そりゃ、無性に『死にたい気分』ではあったよ。

 失恋した乙女なら、そんなの、あたりまえじゃないの。

 7年ちかくも抱えていた想いが、びりびりに破かれちゃったんだからさ。


 でも、それは、本当に『死にたい』ってことじゃない。

 わたし、自殺なんて、考えてもいなかったって。

 思いっきり泣いてはいたけど、あれは、吹っ切るための涙だった。

 最初っから、ダメ元だったんだもん。命まではかけてなかったよ。


 歩いていたなら、事故にあった可能性もある。

 車にひかれたとか、上から何か落ちてきたとか。

 あっと意識する間もないイベントが発生してもおかしくはない。

 でも、あのとき、わたし、公園にいたんだよ? 

 まさか、ブランコからずり落ちて、頭打ってエンドなんて、間抜けな幕引きじゃなかったよね……?


 泣きはらしたせいで、まぶたは、四谷怪談よつやかいだんのお岩さんのごとれあがってて。

 鼻水をかみすぎて、鼻は、真っ赤なトナカイさん状態で。

 かぴかぴのハンカチを握りしめ、ラッピングをひっちゃぶいたゴミに囲まれて。

 『バレンタインデーの夜の喜悲劇。17歳失恋女のみじめな悶絶死もんぜつし』決定かぁ。

 嫌だーっ! そんなの、絶対イヤだぁぁ。

 誰か、違うと言ってくれぇぇぇ!




「******、*******?」


 うなされていたわたしは、誰かに肩を揺さぶられて、目が覚めた。

 そして、目と鼻の先にあった、不気味なギョロ目に驚いて、悲鳴を上げた。


「ぐぎゃぁぁあぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁ」


 我ながら、乙女らしくない悲鳴であったと思う。でも、悲鳴としての効果は、遺憾いかんなく発揮はっきされた。ギョロ目は、わたしから遠ざかったもん。切なる願い通りに。


 相手が身を引いたことで、顔全体が見えて、クローズアップされていたギョロ目が、竜眼だってことに気づいた。

 うん、思い出した。それ、わたしも持ってたね。

 悲鳴をあげたりしてごめんよ、竜眼族の人。不気味なのは、お互いさまだったわ。


「***、*****、*******」


 しばらく静かに動かず、こっちの様子をうかがっていた相手が何か言った。必死に伝えようとしてることはわかるけど、何を言ってるのかは全然わからない。

 そうか、これ、この国の言葉なんだ。わたしが、覚えなきゃいけないっていう異世界言語。今のわたしが話せるのは、ソラだけなんだよね。

 そういや、ソラは、どこだ? 眠る前は、しっかり抱いていたはずなのに。


<ソラ! どこにいるの?>


 わたしは、声を出さずに叫んだ。

 目の前にいる人を無視するのは失礼だけど、わたしにも、優先順位というものがあるのよ。知らない人より、相棒の竜もどき。知らない言葉を話す人より、わたし専属の通訳兼チューター。

 それより何より、とにかく、ソラの無事を確認しないことには、わたしの気がすまない。


<ソラは、無事だよ。ほら、ここにいるからね>


 ソラの声――いや、声じゃないな。これは、【翻訳】された思念だ。【心話】や【遠話】と同じハンズフリーの通信機能。たしか、神通力って言ってたっけ。 

 実際の声は別にした。どこか右の方から。耳に届いたのは、かわゆくて綺麗な小鳥調の鳴き声。


「キュルル、キュルリル、キュリル、キュルリルリーン」


 意外や意外。笛吹きくちばしは、こんないやし系の曲もかなでられたのかい?


<気に入った? これが、普通の翅光竜しこうりゅうの鳴き声なの>

<あ、そうか。人前だから、あんた、今は、普通ぶりっ子してるわけね>

<うん、そうなの。マリカも気をつけてね>

<どう気をつけるんだっけ? えっと、ソラをペットとして扱うんだよね。配偶竜ってことがばれないように。それで、注意点は……、何だっけ……?>


<会話してるって、ばれないようにするの。人前で、【心話】や【翻訳】を使うときは、ソラの方を見ないで。しばらくは、声に出して話すのもやめて。マリカが、異界の言葉をしゃべると、ヤバイことになるかもしれないの>

<ヤバイって、なにがヤバイの?>

<詳しい話は、あとでね。他の人がいないときにしよ。今は、かわいいペットを取り戻して喜ぶ、幼い女の子になりきって。無邪気に。でも、怯えたままで>


 何気なにげに細かい演技指導が入った。ちょっと、要求が高すぎるんじゃないのかね。わたしは、演劇部じゃないんだぞ。子ぶた役と大根の精しかやったことがないっていうのに。『無邪気に、怯える』なんて、どう演じろっていうのよ。


<マリカなら、できるって。ソラは、マリカを信じてるからね>


 そう言いながら、ソラが登場した。竜眼族の人が両手で抱えた、鳥かごのようなものに入れられたままで。

 ソラが訴えるように鳴き続けているせいで、わたしのそばにいた竜眼族の人が、連れてきてくれたらしい。

 そして、わたしが女の子座りしている寝台の端に鳥かごを置いて、扉を開けた。


 止まり木に乗っていたソラは、はねを数回パタパタといわせてから(ぽんと広げなかったことに注目!)、『巣立ちのとき』というキャプションがつきそうな、危うげな飛び方で、扉の外に出ると、寝台の上に、ぽすんと降り立った。


 今まで、一度も羽ばたきなんかしなかったソラが。

 ツバメのように見事な高速飛行をしていたソラが。

 空中停止も方向転換も音なしで軽くこなしていたソラが!


<やだ、ソラ。あんた、どこか怪我したの?!>


 わたしが本気で心配したのに、ソラは、しれっとして言いやがった。


<ううん。かわいいペットに見えるように、演技してるだけなの>


 ソラの熱演は、その後も続いた。

 ヒヨコみたいなひょこひょこしたおぼつかない足取りで、翅をぴこぴこ動かしながら、さも『バランスを取るのが大変なの』的な雰囲気をかもしだしている。

 おまけに、観客のハラハラ度が上がってくるタイミングを見はからって、絶妙ぜつみょうに『くにゅっ』とコケる技まで披露ひろうした。

 そこまでやるか。あまりにも、あざとい。あざと可愛すぎるぞ、おい。


<それ、演技とは言わないよ、ソラ。そこまでいったら、完全に詐欺だから>


 わたしは、コケたまま翅をパタつかせているソラを抱き上げて、一度、ぎゅっと抱きしめてから、膝の上に乗せた。かぼそい幼児の腕の力じゃ、抱き続けていることができないのだ。ソラが反重力装置を稼働していない『普通』モードでは。


 それから、わたしは、うつむいたまま、ソラの翅を撫でていた。演技派女優でないわたしに、これ以上のことは期待しないで欲しい。目をうるうるさせたり、上目づかいで見上げるなんて真似はできないぞ。だいいち、このギョロ目でやってみたところで、可愛げはないよね。むしろ反抗的に見えるだけじゃないの。


<パメリーナが席を外したね。すぐに戻って来るはずだけど>


 しばらくすると、ソラが会話を再開させた。「キュルキュル」の鳴き声は止めずに。副音声というより、バックミュージックみたいだな。


<パメリーナって、今、そこにいた人?>

<うん。新しくマリカのお付きになった侍女なのよ。ショコラも会ったことのない人だから、ちょうど良かったの。怯えて話をしなくてもおかしくないからね>

<ショコラっていうのは、誰?>

<亡くなった女の子の名前なの。たぶん、【翻訳】でなじみがある名前に変換されてると思うけど。とにかく、みんなは、その身体に、マリカが入ったっていうことは知らないから、元の名前で呼ばれてるのよ>


 そうか。この身体、本来の名前なのか。確かに、なじみがある響きだね。因業爺が、店につけた名前ときたもんだ。


 それにしても、中身が入れ替わってるってことは、言わなくていいの? この子の家族に対してフェアじゃないと思うし、わたしもだますような真似はしたくないんだけど。後になってバレて責められるよりは、先に話して謝っておきたいよ。


<ショコラの家族は、どこ? 両親とか、兄弟はいないの?>

<両親は、ふたりとも亡くなったって。姉妹もいなかったみたい。襲撃の影響で、どこも混乱してるから、マリカの保護者が誰になるかも、まだ決まっていないの。それにね。マリカが、異界から来たってことが知られるとまずい人たちがいるのよ。主に、誓神殿せいしんでんの神官たちなんだけど……>

<神官? 宗教がらみってこと?>

<うん。だから、できるだけ、目立たないようにしていて欲しいの。さっき、マリカが悲鳴をあげたとき、どきっとしちゃった。あれ。異界の言葉なの?>

<いや、言葉ってわけじゃない、かな。ただの意味のない叫び、みたいなものよ>

<そう……。意味がないならいいの。【心話】で聞かれても、異常に思われないから。えっとね。しばらくは、魔物にショックを受けて、帝竜語がわからなくなったふりをしているのが、一番安全だと思うの。ほんとに、そういう病気があるのよ。他にも、しゃべれなくなった子が何人もいて、珍しいことでもないしね>

<そっか。演技には自信がないけど、言葉がわからないのは嘘じゃないし、まぁ、何とかやれるかな。それには、ショコラが、どんな子だったのか知りたいけど。そのへんの情報は何かある?>

<今のところ、ひとつだけ>

<ふうん。どんなこと?>

<ショコラは、王族なの>

<は?>

<王族。この国で、一番身分の高い階級ってこと>


 ソラのこともなげな説明を聞いて、わたしは、またしても絶叫してしまった。


「うぎゃあぁぁあぁぁぁあぁぁぁ」


 ソラ、あんた、今さっき、できるだけ目立つなって言ったよね。

 王族なんて、そこにいるだけで、目立ちまくりの存在なんじゃないの?

 女優ビギナーのわたしに、一体どう演技しろっていうんだよ!




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