第8話 魔石の使い道。


 平和は、大事で、貴重で、感謝しなければいけないこと。

 頭では、わかってるつもり。でも、正直なところ、実感はない。

 因業爺いんごうじじいから、『曽祖父ひいじいちゃんが少年ガキの頃は、いもの皮を取り合うくらい、ひもじかったんだぞ』と説教されることがあるし(自分で体験したわけでもないくせに、偉そうにさ)、『ショコラ洋菓子店』のある近くでも、爆弾が落ちたっていうくらい身近な話。

 それでも、今は遠い昔って感じ。


 この帝竜国の人たちにとっては、魔族との闘いも、そんな感じだったんだって。

 大昔には、生きるか死ぬかの竜魔大戦があったし、他の国では、今でも、襲われているところがあるけど、竜界の中心のこのへんは大丈夫、みたいに安心していて。

 たまに、魔物は現れるけど、簡単に退治できる程度の小物ばかりで、何百年も竜界が破られることはなかったって言うから、きっと、平和ボケしちゃったんだね。


 だから、今回の襲撃は、いきなりミサイルが落ちてきたようなものらしい。

 ソラによれば、広い範囲に被害が広がっていて、国を揺るがす規模の大騒動になっているとか。『まさか、こんなことが起きるなんて』って、驚愕きょうがくしてるわけね。


 その気持ち、わかるよ。よくわかる。わたしだって、そうだもの。

 こっちを向いているミサイルがあることは知っている。少なくとも、ニュースは聞いているし、避難訓練したこともあった。

 怖いな、不安だなと、漠然ばくぜんと感じてはいる。ここまで飛んで来たら、どうしようと考えたこともある。

 でも、ほんとに落ちてくると思う? 

 わたしは、誰かが、何とかしてくれるものだと思ってたよ。政治家とか、お役人とか、自衛隊の偉い人たちが、何とか食い止めてくれるだろうと。


 ソラは、何とかしなきゃいけない側にいる。まだ、17歳だけど。

 外国映画で言うなら、特殊部隊員とか、秘密エージェントの役回りなのかな。ちっこい竜もどきだけど。

 単独で動いていて、ほとんどの人に知られていない秘密兵器というのだから、結構お偉い立場なのかもしれない。とても、そうは見えないけど。

 まぁ、竜界の常識を知らない幼女としては、これ以上、無駄に突っ込まないでおこう。


 とにかく、ソラは、責任を感じていた。襲撃を食い止められなかったことに。

 あせりも感じているようだった。竜界の破れ目が、広がり続けていることに。


<それって、やばいんじゃないの?>


 わたしの問いに、ソラの嘴は、指揮棒と化した。ピンと張ったままで、先っぽが、くるくる複雑な曲線を描き始める。この動きは、たぶん、表情筋のかわりだね。何を表しているかは、いまいちわからないけど、不安は感じ取れる。


<うん。かなり、やばいの。穴が広がるほど、修復するのが大変になるのよ。せめて、応急処置をしないとね。魔力が流れ込んできてる間は、魔物があちこちで実体化し続けちゃうの>


 わたしは、ぞっとした。それって、今、この瞬間も、どこかに魔物が現れてるってことじゃないの。うじゃうじゃと、際限さいげんなく。それでもって、どこかにいる誰かが、襲われてるってことじゃない。これ、空襲警報発令なみの非常事態だよ。


<応急処置って、どうやるのよ?>

<魔石を使うの。えっと、竜界の穴っていうのは、魔力に竜気が押し負けてる状態なのね。だから、竜気が魔力を上まわれば、魔素まそが弾き飛んで、穴はふさげる。一番手っ取り早いのは、魔石に、【防御波ぼうぎょは】をどんどん注ぎ込んでいくことなの。魔石は、魔素の塊で、他の魔物とも魔力を通して繋がっているから、近くにいる魔物から消えていく。どこまで穴をふさげるかは、どこまで竜気がもつかによるんだけどね>


 竜気と魔力――白と黒のエネルギーが衝突してるのか。ビジュアルにわかりやすい。白いバリアに弾き飛ばされて、爆発する黒い魔素を見たばかりだから。あの、うようようごめくアメーバー状の塊が、魔力ってことかな。


<その【防御波】とかいうやつ、あんたも使えるの、ソラ?>

<ひとりじゃ、無理なの>

<わたしが、一緒なら?>

<一緒にやれば、できるかもしれない。でも、危険なのよ。とっても>

<今更なに言ってるの。さっきだって、相当危険だったはずよ。あんた、すごくあせって、強引に【攻撃波】出してたじゃない>

<あのときは、マリカが、そんな小さい身体に入ったって知らなかったから、強行しちゃったの。幼い子供の竜気を増幅しちゃうなんて、ほんとは、いけないことなのに>

<うまく行ったんだから、結果オーライよ、ソラ。もし、強行してなかったら、今頃、わたしは生きてなかったはず。そうでしょ?> 

<それは、そうかも。でも……>


<あんたは、わたしたちならできるって言ったよね。こうも言った。『ソラを信じて』って。わたしは、あんたを信じた。今でも、信じてるよ、ソラ。あんたは、できるだけのことをしてくれるって。そして、わたしを守ろうとしてくれてるって。でもさ。あんたが守らなきゃならないのって、わたしだけじゃないんでしょ。今、できることがあるのに、それをしなかったら、後悔するよ。あんたのことだから、絶対に。助けることができたのかもしれないのに。助けなきゃいけなかったのにって、うじうじとね。ちがう?>

<――うん。そうだね。でも、マリカは、それで、いいの? もし、ソラが失敗しちゃったら……>


 まだ迷ってるソラにかつを入れるべく、わたしは、めいっぱい叫んだ。


<相棒よ、『乙女は度胸』だ!>


 これは、わたしの座右ざゆうめいである。

 弱虫で小心者しょうしんものの乙女であるが故に、気力をふるいい立たせなくてはならない場面が多くてね。

 実は、今朝も、この言葉を叫んだばかりだったりする。自らに活を入れようとして。手作りチョコレートを持って、家を出る前に。

 そこのあなた、不吉だと思ってはいけない。思ったら負けなのだ。


<そ、そうなの?>

<そうともさ!>

<マリカって、強いのね。わかった。ソラも、負けないように、がんばるよ>


 やる気になったソラは、わたしの肩から飛び上がって、魔石をはさんだ反対側に位置取りした。半円を描くように向きを変え、わたしの対面に空中停止する。


<魔石を睨みつけていて、マリカ。でも、もし、気分が悪くなったり、めまいがしたりしたら、すぐに目を閉じてね。いい?>

<いいよ>

<それじゃ、行くよ、相棒>

<いつでも、来い、相棒>

<睨みつけて――防御波――放出!>


 『防御波』というところで、また異変が起きた。わたしの身体に。

 何だか、今度は、『わたしの』身体っていう実感がある。人形から、人間になったって感覚。いや、もう人間じゃないから、逆か。竜眼族としての機能が目覚めたってことかも。


 『攻撃波』のときは、血の流れとしてとらえていた体内の動きが、竜気そのものとして、感じられる。

 それが、増幅されていく過程がわかる。

 ソラから、一方的に押し出されてくるのにまかせるだけじゃなくて、自分でも動きを加速させていくことができる。

 だから、さっきより、ずっと早くずっと速く、流れるようになった。


 耳元で、ゴーゴーと音がする気がする。

 急流の川下りって、こんな感じかも知れない。すごいスピード。

 この勢いにうまく乗らないと駄目。川にまれたら、そこでエンド。

 舟がひっくり返らないよう、微妙にバランスを取っていく。

 そのスリルと爽快感そうかいかんがたまらない。


 『放出!』と言われた瞬間、やっぱり、視界いっぱいに、白い濃霧が立ちこめた。

 今度は、目が見えないと怯えたりしなかった。慣れって、すごいね。

 相手が魔物じゃなくて、動かない魔石だからかもしれないけど。

 とにかく、しっかり踏ん張って、頭を動かさないように気をつけた。

 魔石に竜気を注ぎこまないとならないのだから、視線が外れるとまずいはず。

 わたしは、気合を入れて頑張がんばった。

 そうして、どのくらいの間、睨みつけていたのかわからない。


<終わったよ、マリカ>


 ソラの声がした。いかにも疲れ切ったというような、か細い声だった。

 同時に、わたしは、膝の上に子猫のような柔らかい生き物が乗っているのを意識した。これは、きっと、ソラだ。

 でも、わたし、いつの間に座り込んでしまったんだろう。


<穴はふさげた?>


 まだ目の見えないわたしは、手探りで、ソラの硬い翅をなでた。

 お返しに、うにゅっと弾力のあるものが、わたしの手首に触れた。『チュッ』と音をたてて。こいつ、また、マカロニ形状の笛吹嘴になっとるな。

 この動きは、さすがにもうわかるよ。親愛の情ってやつだよね。キスと同じ。唇はないけど。


<うん。だいたいはね>

<良かった。よくやったね、ソラ>

<マリカがいてくれたからだよ。ありがとう、相棒>


 ソラの力が抜けて、こてんと倒れるのを感じて、わたしはぎょっとした。


<ちょっと、相棒。あんた、大丈夫なの!?>

<大丈夫。ぎりぎりまで竜気を放出したから、眠いだけなの。マリカだって、疲れたでしょ?>


 言われなくとも、その通り。気がついたときには、座り込んでいたくらいだもの。正直なところ、くたくたのへろへろよ。


<そうだね。ひと眠りしようか。一緒に>

<うん。一緒にね>


 わたしも、その場にこてんと横になった。細い腕で、ちっこいソラを抱きしめて。こいつ、意外と抱き心地いいじゃないと、にんまりしながら。


 本当に、長くてきつい一日だった。

 人生史に残ることまちがいなしの波乱万丈はらんばんじょうに満ちあふれた一日だった。

 明日からは、もっとお手柔てやわらかにお願いしたいな。よろしく、相棒。

   


 

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