第16話 竜気で、勝負だ!
わたしは、弱虫な小心者だ。物心ついたときから、ずっと、そう。
何か大変なことが起きても、一番先に逃げるタイプではないけど。
そこまで、すばしっこくなくて、それほど、ちゃっかりもしてないから。
冒険者のヒロインが活躍する話は好きだし、スカッとして楽しめるよ。
でも、それは、フィクションだから。同じ体験をしたいわけじゃない。
自分とは、切り離して見てるだけのことね。憧れや理想とは違う。
だいたいさ。絶体絶命の危機に、普通、あれだけ
どうして、すぐに解決策を思いつけちゃうの。ありえないでしょうが。
わたしだったら、固まって動けないうちに、エンドを迎えるのが関の山よ。
「ショコラ様。お目覚め下さいませ」
パメリーナが呼びに来たとき、わたしは、シーツを
頭の中を『あぁ、どうしよう』だけが、リフレインしてる。エンドレスで。
なんてポンコツ仕様なの、わたしの頭は。こんなときくらい、ちゃんと働いて。
脳味噌だって
「******が、お話しになりたいそうです。隣の部屋に参りましょう」
ソラの同時通訳がないと、聞いたことのない単語が伏字になってしまう。
今のは、『誓神官』だと思うけど、意味を取り違えて返事をするとまずい。
わたしは、そっと目から上だけを出して、パメリーナに竜気を送った。
『拒否』、『恐怖』、『不信』、『不安』――否定のミックス旋風を。
わたしの方に
『
そして、次に、目を開けたときには、『心配』混じりの『決意』になっていた。
「ご安心下さいませ。*ダルカスは、お優しい******でいらっしゃいますからね。それに、*****がお使いになれるので、お声をお出しにならなくとも、お話しができるのですよ。わたくしも、お側におりますから、*****ことなど、何も起きません。痛い思いをなさることもございません。ショコラ様が、ご不安になられるようなことなど、何ひとつありませんよ」
大ありだよ! パメリーナは、完全に騙されてるじゃないの。人形遣いに。
これは、怖がる子供をなだめすかして、医者に連れて行く親の決意だ。
良かれと思ってるから、泣こうがわめこうが、絶対にひいてくれないだろう。
かと言って、思いっきり竜気をぶつけて、抵抗するわけにもいかない。
パメリーナは、いい人だし、好きだもん。傷つけたくなんかないんだよ。
「キュルル、キュルリル、キュリル、キュルリルリーン」
お互いの
そうだ。わたしには、ソラがついているんだった。助けてくれ、相棒よ。
わたしは、がばっと身を起こすと、枕元にいるソラを抱きあげた。
重い。普通モードのソラは重すぎるが、構っちゃいられず、抱きしめる。
重力にあらがおうと、背筋を伸ばして、ソラを持ち上げるために力を入れる。
そして、斜め後ろにひっくり返った。カックンとバランスを崩して。
そのせいで、ソラを手放してしまい、更に押しつぶしそうになって焦る。
反射的に体勢を変えようとして、変な勢いがついたまま、ころころ転がった。
「ショコラ様!」
パメリーナの叫び声が響く中で、わたしは、寝台からころんと落ちた。
あぁ、なんて
「キュルン! キュルキュル、キュルリンリン!」
騒がしい鳴き声に、
ふわふわした気分で、うっとりする。気持ちが安らぎ、
このまま静かに眠っていたいのに、何だか、やけにうるさいな。
「その翅光竜を***に連れて行って下さいませんか、侍女殿」
耳元で、知らない声がする。男の人? それにしては、ちょっと声が高いけど。
「ショコラ様は、ペットがお側におりませんと、*****ないのです。*****、*********存じます。誓ダルカス」
誓ダルカス! 要注意神官の名前を聞いて、わたしの危機意識が再起動した。
「では、せめて籠の中へ。このままでは、邪魔になって診察もできませんので」
やばい。やばいよ。すぐ近くにいる気配がするのに、身体に力が入らない。
わたし、頭でも打ったの? それとも、もう、【暗示】にかけられちゃった?
「キュルルン! キュルル、キュルル、キュルルン!」
ソラの鳴き声が、甲高く、興奮して、非常ベルのように響き始めた。
必死で、瞼に竜気を押し出すように力を込めると、目が開いて、ぞっとした。
パメリーナが、ソラを抱き上げて、籠の中に入れようとしているじゃないの。
うるさく騒ぐペットは、診察の邪魔になるなんて正論みたいだけど、違うから。
悪事を働くのに邪魔なだけなんだから、
ソラはペットじゃなくて、配偶竜なんだよ。わたしから離さないでってば。
竜気で、『やめて』と伝えたかったけど、怯えと混じって、意味が通じてない。
『籠に入れないで』じゃなくて、『怖いからやめて』的に解釈されたみたいだ。
こっちを見てないから、瞬きコミュニケーションも使えないし、どうする?
パメリーナは、籠の上から、
こういうときは、やっぱり、言葉でしっかり意思表示しないとね。
そう思ったんだけど、言葉が出てこない。頭の中が真っ白になっちゃった。
何ていうんだっけ。ほらほら。帝竜語で、『やめて』とか『嫌』は?
――駄目だぁ。思いだせないよぉ。ついさっきまで覚えていたのに。
泣きたい思いで、パメリーナを見つめていると、視界の端に動きがあった。
パメリーナの背後から、口髭を生やした男が近づいてる。その手には――。
「パメリーナ!」
わたしは、思わず叫んでいた。
その声に、パメリーナが、驚いて振り向く。
そして、わたしの視線を追って、今にも襲いかかろうとしていた男に気づいた。
パメリーナが、男に、【攻撃波】を放ち、男は、パメリーナの首に針を突き刺した。
一瞬の
男は仰向けにばたんと倒れ、パメリーナはよろめく。
「ショコラ……さ……」
パメリーナが、首に刺さった針を抜きながら、こちらを見た。
それから、床に、がくりと膝をつき、手をついて、ゆっくり倒れていく。
悲鳴をあげようとしたわたしは、
「翅光竜を黙らせろ。人が集まって来る前に、終わらせるぞ」
背後から、押し殺した声が命じて、脇にいた一人が離れていく。
暴れるわたしを後ろから抱きとめている方が、誓ダルカスだ。
もう一人は、すばやく籠に走り寄って、どこからか小瓶を取り出した。
パメリーナが襲われ、倒れた。たぶん、針に薬品が塗ってあったんだろう。
わたしの身体も、痺れ始めている。これ、痺れ薬入りの
しかも、その上、ソラまで。ソラまで、殺そうとしてやがる!
わたしは、逆上した。
怒りが、血を沸騰させるというのが、誇張でも何でもないと身をもって知る。
いや、沸騰しているのは、竜気だ。
ぐんぐんと熱を帯び、ぐらぐらと沸き立って、体内を駆け巡ってる。
<放出!>
思念で叫ぶと同時に、わたしは、うねりくねる竜気を放出した。
それは、わたしを中心にした渦をまいて、竜巻のように広がっていく。
全身にビリビリと静電気が走って痛い。
いきなり拘束が緩んだのを感じた。
身体を支えていられなかったわたしは、横倒しになる。
視界いっぱいに、白い濃霧がたちこめて、もう何も見えない。
ソラの鳴き声が聞こえなくなっている。
気絶ぶりっ子してるのか、本当に気絶させられたのかは、わからないけど。
でも、気綱が繋がっているのはわかるから、そんなには心配してない。
ソラは、生きてる。
生きてるなら、それでいい。
取り敢えず、わたしも生きてるし。
「****! *******、******。*******!」
誓ダルカスが、何やら
低音でグルグル唸る声とか、ギャオーッと吠える声も入り混じっている。
ソラが呼んだ応援の竜たちかな。恐竜館に流れる効果音みたいだ。
他の人の声も聞こえてきた。怒鳴ったり、問い詰めたりしてる。
良かった。みんな、来てくれたんだね。ありがとう。
安心したら、眠気がひどくなってきた。
わたしは、目を閉じた。
もう、限界だった。
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