第6話 配偶竜とペットの違いって何?


 わたしのパパは、がんもどきで、新しい相棒は、竜もどき。

 大笑いすべきか、深い溜息をつくべきか。

 因業爺いんごうじじいなら、絶対に大爆笑するよな。『茉莉花マリカには、お似合いじゃないか』と腹を抱えて。

 わたしは、深く重い溜息をついた。


 でも、がんよりは、竜の方が、まだマシじゃない? 『もどき』でも、竜は竜よ。ちょっとばかり、見た目はアレだけど、いざというときに頼りになるのは証明済。何より、わたしを大事にしてくれる相棒がいるのって最高じゃない?


 そこのあなた、否定はしないで欲しい。物事の明るい面を探そうと、涙ぐましい努力をしている健気けなげな乙女の心意気こころいきを。ここで否定されたら、心がズッシンと折れてしまいそうなんだよ。『ポキッ』なんて、小枝が折れる程度の軽いものじゃなくて、大木の幹がめりめりと音を立てて倒れるときの、最後のフィナーレを飾る『ズッシン』規模でね。


 はじめての失恋(これが、最後でありますように)。

 スリル満点の飛行(爆発シーンの特典付なんて頼みもしてないのにさ)。

 いきなり出くわした御遺体(人外じんがいだったから、二重のショックを受けたぞ)。

 おぞましい魔物との接近遭遇そうぐう(人生十七年、これほど恐ろしい思いをしたことは、いまだかつてないと断言できる)。

 そして、ミラクルな相棒との御対面ごたいめんえて、コメントはさしひかえさせていただきます)。


 これだけのイベントをこなしてきたわたしに、これ以上の難題はいらない。

 もう、いっぱいいっぱいなの。スカスカにすいているのは、お腹だけよ。眠いし疲れちゃったし、もう限界。どうか、優しくいたわってください。 


<難題ってほどのことじゃないから、聞いて、マリカ。今のうちに相談しておかないと、あとが怖いよ。それこそ、難題がバラバラ降りそそいできちゃうかもよ> 


 こいつ、正式に相棒になったとたん、やけに押しが強くなった気がする。正式って言っても、特に儀式があったわけじゃなくて、口約束をかわしただけなんだけど。

 『友達になって』、『うん』のノリに近くて。

 『結婚してください』、『喜んで』的な感動もなかったけど。

 それでも、『相棒になって』と言われて、『いいよ』と答えた瞬間、ソラとがっちりつながったのを感じた。これ、竜気の『気綱きづな』って言うんだってさ。お互いの『気脈きみゃく』が結合した、相棒関係になったあかしだって。 

 どうも、『きづな』と『手綱てづな』を足したような意味合いみたい。わたしに何かあれば、ソラには、すぐわかる。逆に言うと、わたしは、ソラから逃げられないってことね。

 あれ? よくよく考えてみると、これって、飼い犬になって、リードをつけられたようなものじゃない……?


<飼い犬じゃないよ。ソラが配偶竜はいぐうりゅうで、マリカは配偶者はいぐうしゃ。相棒なんだから!>


 ソラが怒った。『ぷんぷん』と強調するように、嘴が、うにゅっと円柱状に丸くなる。太めのマカロニになった先っぽから、「ぷっぷっぷーっ」と効果音まで出してきた。

 おのれ、笛吹き嘴に進化しておるな。でも、わたしだって、負けないぞ。


<配偶者ぁ? わたし、あんたと結婚した覚えはないよ>

<ソラだってないよ。結婚は人同士で結ぶ契約でしょ。だいいち、ソラは、乙女だよ。マリカとおんなじなの>


 そうか、竜にも、乙女がいるのか。

 ふむ。営業妨害レベルのわたしが、乙女を自称している以上、どんな見た目をしていようと、乙女らしくないなどとは言えないよな。仁義を欠くことになる。

 しかたない。ここは、いったん引くとしよう。


<わかった、わかった。それで、相談って、何?>


 ソラの笛吹き嘴が、ふにゃんと力を失った。今度は、象の鼻のように垂れ下がって、ゆらゆら揺れ始めた。

 きみきみ、これは、何を表現しているのだね? 不安か、ためらいか、恥じらいか。最後でないことを祈りたい。乙女の恥じらいの図にしては、あまりにシュールすぎる。わたしの順応力にも、リミットはあるんだよ。


<あのね。実はね。ソラは、秘密兵器なの>


 なに? 秘密兵器とな? 悪の秘密結社から逃げ出してきた実験体とかいうのかね。最強の正義の味方系? それとも、追いつめられて苦悩する爆誕系? どっちも似合わないな。ソラは、癒し系にはなれないとしても、マスコットキャラ系だ。


<もしかして、追われてるの?>


 わたしは、恐る恐る聞いた。この答えによって、わたしも一緒に逃亡生活を送ることになるかもしれないのだから、真剣そのものだ。

 ソラは、象の鼻先をうにょりと持ち上げ、横に振ってみせた。「ピッピッ」と効果音付で。おかげで、深刻な気分が消し飛んだよ。計算してやってるとしたら、たいしたもんだ。


<ううん。帝家の承認はおりてるから、非合法ってわけじゃないの。ただ、ほとんどの人は、ソラのことを知らないから秘密ってだけで。あっと、翅光竜しこうりゅうは、他にもいっぱいいるよ。照明として使っていたり、ペットとして飼ってたりするから。ただ、ソラみたいに、特殊な力を持ってる子はいないってこと。【翻訳】とか【攻撃波】は、大竜でも使えるのって、ほんと少ないんだよ。ソラは特別。いろんな竜種を組み合わせて、やっと成功した魔物対策用の試作型だからね>


<つまり、ソラは、品種改良されたハイブリッドってことか>

<うん、そんな感じ。それでね。これからも、できるだけ秘密は守りたいの。配偶竜は、知能が高くて、【心話】が使えないとなれないから、普通の翅光竜には無理なのよ。だから、ソラ、マリカのペットのふりをしようと思うの。そうすれば、いつも一緒にいられて、マリカがここに馴染なじめるようにお手伝いもできるし。それでも、いい?>


<そりゃ、かまわないけど。わたしには、配偶竜とペットの違いもわからないから、『ふり』につきあえる自信がないな。何か、注意点とかあるの?>

<会話してるって、ばれないようにすることね。人前で、【心話】や【翻訳】を使うときは、ソラの方を見たり、声に出して話しかけたりしないで>


<うーん、まだ、よくわからないな。【心話】と【翻訳】の違いは、何?>

<今、話してるのは、【翻訳】ね。言語が違う異種族に対しても、意思を通じ合える力。知能がつりあっていて、波長が合わないとダメなんだけど、人と竜の間だけじゃなくて、動物や魔族とも話せることがあるのよ。【心話】の方は、声に出さずに、同じ言語をやりとりする力。マリカが、帝竜語を覚えて、【心話】を使えるようになったら、もっとうまく説明ができるようになるはずだよ>


 ん? さらりと話された中に、さらりと流してはならない内容があったぞ。


<ちょっと待った。わたし、この国の言葉を覚えなきゃならないわけ?>

<うん。覚えないと、ソラ以外の人とお話しできないの。大丈夫。ソラが、つきっきりで教えてあげるからね。きっと、すぐ覚えられるよ>

<その『すぐ』って、4時間くらい?>

<えっと、4年くらい、かな>

<4年! そのどこが『すぐ』だってぇ?!>

<だって、人の子供が言葉を覚えるときって、そのくらいかかるのが普通よ>

<わたしは、もう17歳だってば!>

<うわぁ、ほんと? ソラも17歳なの。でもね、今のマリカは、幼児なのよね。身体が未発達だと、舌もよく回らないものでしょ>

<へ? 幼児?>

<うん。6歳か7歳くらいかな。たぶん、8歳にはなってないと思う>


 幼児に転生か。確かに、ファンタジーとしては、定番っちゃ定番だ。

 今までは、若返ってやり直せるのは、なんだかお得って気がしていたよ。

 こうして、わが身に降りかかってくるまでは。

 実際に、語学レッスンもろもろの特訓を受けるはめになるまでは。

 必修の英語だって避けたいくらいの語学オンチに、なんて無慈悲なこの難題。

 なせばなる。なさねばならぬ、なにごとも――ってか。勘弁してくれ。


 嗚呼ああ、わたし、これから、異世界言語を叩き込まれることになるようです。

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