第4話 魔物を退治しましたとさ。
わたしは、ファンタジーが好きだ。ほのぼの系の映画や小説ならば。
でも、リアル過ぎるのはダメ。生理的に受けつけない。ゾンビとかスプラッターなんて、もってのほか。ゲームだって、シューティングやアクションは苦手で、乙女ゲーム専門の乙女らしい乙女なんだから。
そんなわたしに、おどろおどろしい
冗談はやめてくれ。気絶しなかっただけでも、奇跡だってのに。
部屋の扉は大きくなかった。天井ぎりぎりの高さから、床上半分くらいまでしかない。その扉の前まで行くには、階段を八段上がらなければならないところをみると、ここは、地下か半地下のような気がする。窓がないのもそのせいか。
おかげで、爆風に直撃されることはなかったし、魔物の体は、どでかいらしくて、中まで入って来られなかった。ただ、顔を突っこんできて、首を回しただけ。
そのライオンっぽい狂暴な顔だけでも、わたしの身長と同じくらいの長さがあった。ふさふさ毛じゃなくて、ヌメヌメしたアメーバー状のたてがみは、どす黒くて、うようよと動いてる。
これほどおぞましいものは、いまだかつて見たことがない。スクリーンの中でさえも。想像を
<視界に、敵の姿が入ったら教えて!>
ソラの声に、
<入ったよ! もう、とっくに入ってる!>
<それじゃ、身体のまんなかを睨みつけて>
<
<それなら、鼻か口。とにかく、中心あたりを>
<わかった。口にする>
<睨みつけて――
『攻撃波』というところで、異変が起きた。わたしの身体に――じゃなくて、わたしが入り込んだ今の身体に。やっぱり、ここをはっきり区別しておかないと。
ところで、あなたは、
それは、ともかく、目下の主題は、造影剤。これが静脈に注射されると、けっこうな量が、シューッと一気に入り込んできて、足の指先まで、ザーッと流れていくの。鉄砲水みたいな勢いで。驚いているうちに、全身が、カーッと熱くなってきて、血液の流れが猛烈に早くなって、心臓がどくどく脈打つことになる。
あぁ、ほんとに、血管って全身
今のわたしは、まさしく、その状態。何事も経験しておいて損はないという教えは正しかった。これが初体験だったら、それだけで
たぶん、ソラが、わたしの身体に、竜気なるエネルギーを注いできたのだと思う。どうやってかは知らないけど、その勢いで、体内にある竜気も押し流されるように動き出した。それが、ぐるぐる
『放出!』と言われた瞬間には、目が見えなくなった。光を浴びた感じなんだけど、目がくらんだわけじゃない。目の前が真っ白になったというのとも、ちょっと違う。濃い霧がかかったという方が近いかな。視界がモヤモヤでボケてて、すりガラス越しに見てるみたいな……あ、もしかして、これって、
<ソラ、わたし、目が見えない!>
<大丈夫。すぐおさまるよ>
わたしが、怯えて、パニクって、訴えたのに、ソラは、のほほんとしている。
<『すぐ』って、いつ?>
<4分から、4時間くらい>
4時間で、『すぐ』なのかよ。温厚なわたしでも、さすがに腹がたつぞ。
<『くらい』じゃないよ、それ。アバウトすぎる!>
<ごめん。でも、個人差があるからねぇ>
<『ねぇ』じゃ、ねぇって。目が見えない状態で、どうやって、魔物を睨めっていうの。無理ゲーでしょうが。わたし、完全に詰んでるよ。ねぇ?>
<魔物なら、ちゃんと退治できたから、安心して>
<へ? 退治できた……?>
ソラが、あんまりあっさり言うもんだから、まるで実感がわかない。
安心していいの? バトルらしいバトルもしてないのに、もう、エンド?
<うん。もう魔石に変わってる。それより、マリカは、どこにいるの?>
<どこって、さっきから、動いてないよ>
<がれきの下に、埋まってない?>
<うん。地下室みたいなところだけど、埋まってはいないと思う>
<あ、地下室か。それで、下の方に
<気脈?>
<竜気の流れのこと。それをたどっていくとね……ほら、この通り!>
得意そうな声がするのと前後して、何かが飛んでくる気配を感じた。
わたしは、何度か
ぽわっと明るいグリーンの光が近づいてくる……?
<ネオンランプ?>
ここで、余談をひとつ。我が『ショコラ洋菓子店』本店の看板は、LEDではなく、いまだに緑のネオンなの。会長であるお祖父ちゃんの『
和菓子屋でもあるまいし、たかだか創業40年の洋菓子店で老舗を気取ってみたところで、ただ古くさくて、みっともないだけなのにさ。デパ地下にあるパパの二号店の方が、はるかにスタイリッシュで、売上だってずっと上だぞ。ざまあみろ、
まぁ、いい。とにかく、わたしは、ネオンランプを見慣れている。そして、その光は、雨降りの夜に見る看板の灯りによく似ていたというわけ。
<ソラだよ! お待たせ、相棒>
体育座りしていた、わたしの膝の上に、ピリッと重みがかかった。重みには、ピリッという表現はおかしいか。言い直そう。重みがかかると同時に、静電気が生じてピリッときた。そのピリッと同時に、視界が晴れた。一瞬で、驚くほどクリアになる。あまりにクリアすぎて、びっくり仰天するはめになったけど。
<ソラなの?!>
わたしは、間違っていた。魔物との
想像を絶するという言い回しは、今こそ使うべきだったのよ。
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