第3話 ソラを信じて。
意識を失ったというのとは、ちょっと違うかもしれない。正しくは、意識が転じたというか、視点が切り替わったというか。
映画を見ていて、シーンが変わるときみたいと言えばわかるかな。『主人公Aさん危うし! はい、カット。次の場面は、Bさん登場』って感じね。
何かの衝撃をグワンと受けて、一瞬、ふっとブラックアウトしたのは確か。
その前は、宙を飛んでいて、その後は、すでに地上にいたのだから、ちょっとやそっとの混乱じゃなかった。地面に激突したのではないとわかったのは、そこがカーペットの上だったせい。
最初に感じたのは、全身が
仕方なく、視線だけ動かしてみる。そして、後悔した。すぐに、目を閉じる。
深呼吸する。ゆっくり静かに、二回、三回と。七回目で、覚悟を決めた。
もう一度、目を開いて、すぐそばに倒れている人を見る。ぴくりとも動かない人。たぶん、息が止まっている人。明らかに、『人間』ではない人を。
目を閉じているけど、
肌はシルクみたいになめらかで、すごく綺麗。羨ましくて、自分のと取りかえて欲しくなったと思う。もし、これが水色でなければ。
髪の毛も見たら、同系色の青や紺のまだらだった。どこをどう見ても、『人間』じゃない。
パニックを起こしそうだ。これほど泣きわめきたい気分になるのは、何年ぶりだろう。でも、声を出したらまずいとわかっていた。なぜかはわからないけど、静かにしてないとやばい状況だと知っていた。それで、震えながらも、必死に耐えた。
<落ち着いて、相棒。ソラがついてるからね。今、そっちにむかってるよ>
再びソラの声が聞こえたときは、もうそれだけで嬉しかった。ひとりぼっちでいるより、相棒がいてくれた方がいい。ほんとに、心強いよ。たとえ、それが、正体不明の押しかけ相棒であっても。
わたしは、会話に集中することにした。とりあえず、目の前のことは、ぜんぶひっくるめて無視しておこう。
<そっちって、どうして、わかるの?>
<いる方向がわかるの。【
<それで、どのくらい待ってれば、ここに着くの?>
<10分か、20分くらい。とにかく、そこの様子を教えて>
<様子って?>
<今いるのって、屋外、それとも、屋内?>
<たぶん、屋内。カーペットの上にいるから>
<窓はある? 空が見えるような>
<わからない。わたし、ぜんぜん動けないんだもん。指先まで痺れてて>
<顔は動かせる?>
<うん、少しは>
<だったら、大丈夫。
<竜気って、何?>
<さっき、見たでしょ。
<あのバリアみたいの? それが、わたしの身体に入ってるって言うわけ?>
わたしの声は悲鳴じみていたと思う。【遠話】でも、耳が痛くなったりするのかな。次のソラの声は小さくなっていた。受話器を思わず遠ざけたときみたいに。
<ねぇ、相棒。先に、名前教えてくれる?>
<わたしは、
<やった。初めて、名前を呼んでくれた。ありがとう、マリカ>
ソラはほんとに嬉しそうで、それにはほんわかしたけど、聞くべきことは聞く。
<どういたしまして。それで、質問の答えは?>
<あたりよ。その身体は、竜気が体内を循環しているのが、正常だからね>
<その身体って……>
<マリカは、竜界の外から来たの。元の身体は置いたまま>
ソラの声音は、ソフトで優しかったけど、内容は、
<これ、別の身体ってこと? それじゃ、何、元のわたしは、死んだわけ?>
わたしが、
<たぶん。異界との裂け目を通ってきちゃったら、もう戻れないもの>
<やだ。ウソでしょ。ありえない。事故にあった覚えもないのに>
<そのへんはわからないけど。今のマリカは、竜界の中にいるのよ>
はっきりきっぱり言い切られて、わたしとしては、反論したい気分だったけど、それどころじゃない事態が進行していた。もう、無視しきれないレベルで。
<ソ、ソラ……>
<何? どうかした?>
<な、何かいるよ。扉の外で、ガンガン音がしてる>
ほんとは、さっきから、ドシンドシン、ズシンバタンと音がしていた。最初のうちは、遠くの方だったから、聞こえないふりもできたけど、それがだんだん近づいて来た。今はもう、振動がすごくて、地震みたいに床が揺れている。
<マリカは、動けるようになった?>
<上半身は……。でも、足は全然ダメ。これじゃ、逃げられないよぉ>
絶望一色のわたしの泣きにも動じず、ソラは、辛抱強く、質問を重ねてくる。
<見まわすだけでいいから。そこは、狭い部屋?>
<けっこう広い。教室くらいはありそう>
<窓はある?>
<……ないよ。ひとつも>
<扉は、ひとつだけ?>
<うん、そう>
<今いるところから、扉は近い?>
<ううん。5メートル以上は離れてる>
<そこで、座れる?>
<たぶん。壁に寄りかかれば>
<じゃ、そうして。扉の方を向いてね>
<ソソソソラ!>
<落ち着いて、相棒。座れたの?>
<座った。座れたけど、扉がバリバリ鳴ってる。今にも、ぶち破られそうだよぉ>
恐ろしさのあまり、わたしは
<遠隔で攻撃してみるから。力を貸して、相棒>
<わたし、何の力も持ってないんだよ、ソラ>
<ここは竜界。まわり中に竜気はあるの。それをうまく使えばいいの>
<使うって、どうやって?>
<ソラがやるから。マリカはソラを信じていて>
<そ、それだけ?>
<一番大事なことなの。あとはね。怖くても、絶対に目を閉じないで。視線もそらさないで。魔物を
力強いソラの
<わかった。信じるよ、相棒>
<マリカとソラならできるって。敵は睨みつけるのよ、いいわね、相棒!>
ソラが叫んだ。できると言いつつ、声には初めてあせりが感じられた。
同時に、扉がバラバラに吹き飛ぶ。
こちら側へ、細かい破片が降り注いでくる。
その間から、赤黒い火の玉が見えた。
次いで、熱風が襲いかかる。
弱虫のわたしは、悲鳴をあげた。
この状況で、あげずにいられようか。
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