第2話 失恋ぶっ飛ぶ急展開。



 そういうわけで、わたしは、自作のチョコレートを食べていた。

 陽も落ち切った、二月のクソ寒い風の中。

 公園のブランコに座って、ゆらりゆらりとゆられながら。

 当然、たったひとりで。さみしく、わびしく、ひっそりと。


 確かにさ。プロの味と比べたら、お話にならないよ。

 特に、パパのトリュフを基準にしたら、泣きたくなるレベルだよ。

 だから、わたしは泣く。

 それなりの味しか出せなかったことが悲しくて。


 あいつに突き返されたことが悔しいってのもあるかな。そこまでは認める。

 だけど、振られたからじゃない。断じて、それは認めない。認めたくない。

 なぜって、つりあわないことくらい、七年前から、わかっていたから。

 そう、七年だよ。小五の春からだもん、七年近いんだ。


 あいつは、背が高くて、サッカー部のレギュラーで、かっこいい二枚目。

 たまたま家が近所で、高校まで一緒だから、ちょっと話をする程度の仲で。

 ただ、我が『ショコラ洋菓子店』常連の甘党ってことで、淡い夢をみていた。

 もしかしたら、ママと同じかもしれないじゃないって。

 見た目なんか気にしないで、甘いものを貢いで欲しいタイプかもよって。

 だから、先月、世間話みたいに言われたとき、胸が高鳴たかなってしまったわけよ。


「そう言えば、おまえ、俺にバレンタインのチョコレートくれたことなかったな。今年はくれるのか」


 これを「おまえの店のトリュフを無料ただでくれよ」と翻訳できなかったんだな。

 勝手に期待したわたしが、悪いっちゃ悪い。馬鹿っちゃ馬鹿だわさ。

 あいつに彼女がいるのを知ってたんだし。そう、四人目の彼女がね。


 結局、わたしも、因業爺やパパを責められないほどの面食いなのだ。

 ほんと、どうしようもない。救いようのない話じゃないの。

 看板娘どころか、営業妨害にしかならない現実から目をそらしてさ。

 あいつには、『茉莉花マリカやめて、丸缶マルカンにしろ』なんて言われたこともあったのに。

 中身が最低なやつだってわかっていたのに、好きになっちゃったんだから。

 好きになったあげく、七年近くも、うじうじと諦めきれなかったんだから。

 ほんのついさっきまで。こんなにこっぴどく振られるまでは。


 だから、これで良かったんだよ。良かったと思うしかないよね。

 はっきり目が覚めたんだし、夢は忘れられる。明日には忘れてるって。

 ――うーん、明日は、さすがにちょっと無理かも。

 それでも、いつかは。いつかは、きっと、笑い話になる、はず……。

 

<さみしいの?>


 いきなり声がした。いや、声じゃないな。直接、頭の中で響いてる感じがする。

 これは、あれか。幻聴げんちょうというやつ。


<ねぇ、あなた、ひとりぼっちでしょ>


 おかしい。わたしが飲んでるのは、無糖紅茶だ。お酒じゃないぞ。

 まさか、チョコレートに入れたリキュールに酔ったとか。


<ソラも、ひとりぼっちでね。相棒になってくれる人を探してるの>


 相棒? 刑事じゃないよな。わたし、公務員試験すら受けられない歳だし。

 だいたい、女子高生を勧誘するなんて、ヤバイ系としか思えないね。


<ソラは、けっこう強いよ。ほんとだよ。とっても頼りになるんだから>


 幻聴は、勢いを増している。熱弁口調が、選挙演説に似てなくもない。

 本気で『お願い』していて情熱的。でも、公約内容は、話半分に聞いておこう。


<ただ、今は、ちょっと危なくて。あなただけが頼りなの。助けてくれない?>


 うわぁ、こう来たか。土下座選挙ってことは、かなり劣勢で必死なんだね。

 一票入れてあげたいけど、わたし、まだ選挙権がなくてさ。ごめんよ。


<あなたも、そのままじゃ、消えちゃうでしょ。お互い協力しようよ、ね?>


 何ですと? 消えちゃうって、わたしが?

 おい、こら。それって、脅迫かい。聞き捨てならんぞ。


<ちゃんと、まわりを見てみて。もし、まだ見えるなら>


 まわりって、ここは、公園で。街灯もひとつしかないから、薄暗くって。

 やだ、まさか、無差別殺人鬼が、そのへんにひそんでるというわけじゃ……?


<ない! ない、ない、何にもない。何これ何これ、何なのよーっ!?>


 わたしは、絶叫ぜっきょうした。逆上ぎゃくじょうして、狼狽ろうばいして、頭の血管がぶち切れそう。 

 だって、わたし、ちゅうに浮いてる。見たこともない場所で。

 ふわふわって感じじゃなくて、ビョーンビョンビョンと勢いよく。

 まわり中に、蜘蛛の糸みたいな層がつらなっていて、白くピカピカ光っている。

 その隙間を、超高速で突っ込み、通り抜けていくのだ。ジグザグ航行で。

 宇宙空間で、戦闘機に乗って、敵の旗艦きかんに特攻でもかけてるのかよ。


 そりゃ、わたしだって、ジェットコースターくらいは乗れる。

 でも、バンジージャンプは絶対にパス。そこまでの刺激は欲しくない。

 それなのに。あぁ、それなのに、そんなわたしに、この仕打しうち。

 ここまでくると、スリル満点なんて喜んでいられない。

 怖い。ほんとに、怖いってば。


 もっと怖いのは、そこかしこで、爆発がおきてるって現実ことだ。

 うようようごめく黒いものが、アメーバー状のかたまりをつくっていて。

 それが、光の糸にぶつかっては、細かくくだかれ、外側へはじき飛ばされていく。

 音は全然しないし、背景はぼんやりかすんでいるのに、ものすごい緊迫感。

 わたしも、糸に触ったら、あんな風に、粉々になっちゃうんだろうか。


<大丈夫だよ。あなたは、魔族じゃないし、ソラがついてるからね>


 ソラ……それって、もしかして、もしかすると、名前なの?

 これって、ただの幻聴じゃなくて、わたし、誰かと会話してるわけ?


<そうだよ。ソラがソラ。ただの会話じゃなくて、【遠話えんわ】っていうんだけどね>


 遠話? 電話の親戚か。いや、そんなことより、現在進行形の大問題が。

 どでかく黒いうずが巻いていて、そっちに吸い込まれてるじゃないのよ、わたし。


竜界りゅうかいが破られちゃったの。ソラ、困っているの。それで、助けてほしいのよ>


 いやいやムリムリ。こちとら、平凡無力な17歳。勇者の資格なんてないからね。

 やだ、引っ張るな。助けてほしいのは、こっちの方だってばーっ!


<勇者なんて望んでないよ。ソラが必要なのは、あなただけ。よろしくね、相棒>


 一方的な相棒宣言に、あきれる間も、怒る余裕も、まるでない。

 抵抗むなしく、渦巻きの中に引っ張り込まれたわたしは、ふっと意識を失ったのだった。


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