帝女マリカ誕生記

彼方廻

第1章:相棒との出会い

第1話 バレンタインデーの独白。


 あなたは、無駄になったバレンタインのチョコレートをどうしてる?

 そう、無駄になったとき。つまりは、振られたときに。

 そんな経験ないから、知らないって? それは、どうも失礼しました。

 ともかく、わたしは、断然、食べる派でした。もったいなくて捨てられなくて。

 チョコレートに気持ちがこもっているかどうかは、まぁ、ともかくとしても。

 労力をしこたま注ぎ込んだのは、そりゃもう間違いないわけで。

 ついでに、ドキドキ急転直下型のズブズブ的にずっしり重い心労もひどくて。

 心も体も、カロリーを要求している、くれくれ状態で、はたして、手にしたチョコレートが捨てられるものであろうか。

 いや、無理だって。わたしには、絶対不可能。

 たとえ、それが、初恋相手から、冷酷に突き返されたものであろうとも。


「誰が、おまえの手作りチョコなんか欲しいもんかよ。俺が『くれ』って言ったのは、おまえの父ちゃんが作った高くてうまいトリュフだ」


 そうですか。お目当ては、うちの店の高額商品でしたか。

 そんなものが欲しけりゃ、金だして買えよ。コノヤロー!

 いらん期待をさせやがって。ただのであったとは、どうしてくれよう。

 諸行無常しょぎょうむじょうの鐘がびんびん鳴っている。ああ無情なり、我が人生。


 ここで、そもそもの話からしておこう。

 わたしのルーツとも言うべき、『ショコラ洋菓子店』の歴史から。

 今を去ること七十余年前、戦後の混乱期に、腹ぺこ少年であった曽祖父ひいじいちゃんは、運よく進駐軍に拾われて、一時期コックの下働きをしていたそうな。そこで覚えたパンケーキ。これを必殺技にして、外国人向けのホテルに就職したらしい。おまけに、甘党の美人の嫁さんまでゲットできたのだから万々歳ばんばんざい


 母親にケーキをみつぐ父親を見ながら、そのお相伴しょうばんにあずかり育ったお祖父じいちゃんは、自分も甘党であったがゆえに、なんの迷いも疑いもなく菓子職人パティシエをめざした。努力の甲斐かいもあり、とあるコンクールに受賞し、おフランスへ留学して、パリジェンヌの嫁を連れ帰り、故郷に『ショコラ洋菓子店』を開いたとさ。めでたし、めでたし。


 その二人の間に、生まれた一人娘が、わたしのママである。当然ハーフで、モデルばりのルックスの美女。クォーターのわたしは、そばかすだらけの白豚だというのに、なんという格差。自分の体内にひしめく遺伝子の悪意を感じるほどだ。

 どこをどう組み合わせたら、ここまでひどくなるんだよ、コンチクショウ!

 まぁ、実の所はわかってるけど。もう半分の供給者が問題だったってことは。


「マリちゃんは、ほんとに、お父さん似ねぇ」


 いったい何万回、このセリフを聞かされたことか。

 そりゃ、普通なら、たいして意味のない感想なんだと思うよ。

 どちらかと言えば、父親よいしょの御挨拶というか。

 でも、うちのパパは、このセリフを喜ばない。喜べるはずもない。

 むしろ、喜んだりしたら、はったおしてやるぞ。愛娘である、このわたしが。

 なんとなれば、小学生のパパにつけられたアダ名は『がんもどき』。

 知ってるよね。あの丸くて、でこぼこした揚げ豆腐。

 お祖父じいちゃんが、ママの結婚にあたって放った言葉はもっとひどかった。


「おまえ、あのおたふく風邪かぜわずらったような顔の奴で、ほんとにいいのか?」


 いくら娘の選んだ男が気に入らなかったにしても、あまりにも容赦がない。

 この話を聞いたとき、わたしのあどけない子供時代は終わりを告げた。

 つまり、なにか。父親似のわたしも、おたふく風邪を患っているのかよ。

 もともと、お祖父ちゃんに、爺馬鹿じじばかの甘さなんて期待してないけどさ。


「コレが孫だと思うから、可愛く見えるんだろうなぁ」


 ハイハイしていたわたしを見て、しみじみと呟いたという因業爺いんごうじじいだ。わたしがいないと思って、こうのたまっていたこともある。


茉莉花マリカは、看板娘にゃならんなぁ。かえって、営業妨害じゃないのか。アレが売り子をしてたら、女性客は、ケーキを買うのをやめて、ダイエットを始めるぞ」


 悪かったな、営業妨害で。今まで、無料奉仕ボランティアしていた分のバイト代よこせー!

 あの日、わたしの繊細な思春期は、鉄面皮てつめんぴ装甲仕様そうこうしようへとチェンジしたのだ。 


 ふん。一応は、可愛がってくれたわよ。この顔コレでも、孫娘だもの。

 それでも、母親似の弟の方が、よりいっそう可愛がられていた。

 目に入れても痛くないってやつ。もうデレデレに。あの面食めんくいめ。


 面食いというなら、パパだって同罪だ。ママにべた惚れなんだから。

 見た目にこだわらないのはママの方。よくぞ、あのパパと結婚したもんだ。

 何年か前の結婚記念日に聞いてみたら、ママはあっさり答えてくれた。


「だって、最高のチョコレートケーキを作れるじゃないの」 


 どうやら、手作りケーキの味が、理想とすべき第一条件だったらしい。

 夫にケーキを貢がれる妻の伝統を踏襲とうしゅうしたかったわけね。超甘党だし。

 

 うん。パパの作る濃厚なチョコレートケーキは、そりゃもう絶品。

 祖父ちゃんが、しぶしぶながらも、婿入りを認めたほどの腕前だもの。

 トリュフも美味おいしくて、バレンタインの時期には山ほど売れる。

 ここで、話が戻るわけよ。パパのトリュフがお目当てだったってオチに。


   

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 


   ライトノベル初挑戦となります。

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   どうぞ、よろしくお願いいたします。

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