第15話 太陽は宿に戻って一休み

「なるほどね。エスメラルダの言いたいことは分かったよ」

「ありがとうございます」

「それで、リヒト君。君はどう思う?」


 僕は今、ビスキュイ冒険者ギルドの奥の部屋で、ギルドマスターであるラトグリフさんと向かい合って座っていた。

 というのも、ビスキュイについてすぐ冒険者ギルドへ向かい、僕のランクを白ランクムーンから黄ランクトパーズに上げていたら、ラトグリフさんに呼び出されたというわけだ。

 ……どういうわけだ? まったく説明になってない気がする。


「そうですね……僕としては、やっぱり何かあると思います」

「ほう。それはどうして?」

「明確な理由があるわけじゃないんですが、何もないことが逆に不自然なんです。異なる冒険者さんが、妙な気配を訴えていますよね? それもここ最近で」

「確かにそうだね。でもそれは、気配に対して敏感になってるだけかもしれないよ?」

「そう言われてしまうと、返せないんですが……」

「ああ、ごめんね。少し意地悪をしてしまった。でも、私もリヒト君と同じく、そう思うよ」


 ラトグリフさんは男性にしては柔らかい口調で僕に謝りつつ、自分の意見を口にする。

 それは僕と同じく、“あそこには何かがある”という漠然とした意見だった。しかし、僕と違うのは、彼が英雄――片翼のラトグリフだということだった。


「私の勘が告げているんだ。あそこには何かがある、とね」

「では……」

「おっと、ちょっと落ち着こう。エスメラルダが動きたいのは分かるけれど、まだ確証になり得てないからね」

「確証、ですか?」

「そう。長年の激戦を乗り越えてきた私の勘は、確かに一考の余地を与えるものかもしれないけれど、今動いても君達の調査と同じ結果になる可能性がある。だから、まだ動けない」


 その言葉に、腰を浮かしかけていたエスメラルダさんは、ソファへと再度腰を落とす。

 何かあると思うけれど、同じ結果になる可能性があるから動けない、か。

 でも僕らだと思い付くことは、うーん……。


「ラトグリフさんは、何か思い付くことがありますか?」

「私かい? そうだね……人数、もしくは時間とかかな?」

「人数は分からないですけど、時間は確か……夜でしたっけ?」

「はい。異変を訴えている冒険者はみな、あの廃教会に泊まった方みたいです」


 この情報は、クエストを受けた時に知った情報だった。

 しかし、異変を感じた時間はバラバラみたいで、夕方から朝方まで、見事にばらけているらしい。

 だから僕達は、時間の事は気にしなくても良いと思ってたんだけど。


「なら、今度は夜に行ってみようか。メンバーは……私とエスメラルダ。それからリヒト君、お願いできるかい?」

「はい、行けます。夜空も大丈夫?」

「ピッ!」

「あの、ラトグリフさん。私は何故……?」

「いきなり、私とリヒト君、そして夜空君の三人だけにするつもりかい? 多少慣れてる者が一緒に行く方が、お互い気が楽だろう?」


 確かに、僕とラトグリフさんだけになるのは、ちょっとまだ慣れないかも。夜空がいてくれるとしても、移動中は夜空の上で二人っきりになってしまうわけだし、それはなかなか厳しいものがあるような……。

 でも、何かあったらエスメラルダさんが危険になるんじゃないだろうか? その辺、大丈夫なのかな?

 そんなことを考えていたら、エスメラルダさんが大きくため息をついてから、「仕方ありませんね」と言った。


「その代わり、しっかり守っていただきますからね?」

「大丈夫。そこは私がしっかりと対応するつもりだからね。では、リヒト君。連日にはなってしまうけれど、一旦解散して夜、ギルドが終わった後に来てもらえるだろうか? 職員がいたとしても、リヒト君は通すように伝えておくから」

「わかりました。ではそのくらいに」

「ああ、よろしくね」


 話が纏まったところで、僕は夜空を肩に乗せたままソファを立って部屋を出る。

 微妙に時間が空いてしまったけど、とりあえず晩ご飯かな? あ、あとティアちゃんにお土産渡さないと。



「あ、おかえり。リヒト、トパーズに上がった?」

「うん。無事上がったよ」

「良かったー。おめでとう!」

「ありがとう」


 “竜の羽休め亭”に戻ると、すぐにティアちゃんが出迎えてくれる。そして、手を引かれるままに食堂に連れて行かれ、椅子へと座らされた。

 もしかして、またしてもお祝いパーティ的なことをするのだろうか? そんなにされちゃうとちょっと僕も反応に困っちゃいそうなんだけど。


「あ、今日はボクだけだから安心してね。さすがにそんな、いつも皆を集められないし」

「そうなんだ。良かった……」

「それに、リヒトから色々話も聞きたかったし。街の外とか、モンテスの事とかさ」

「ああ、うん。そうだね、どこから話そうか」


 ご飯を食べながら、街の外に出てエスメラルダさんが夜空の大きさに驚いた話とか、モンテスの冒険者ギルドで出会った冒険者さんの話とかを色々した。

 ティアちゃんは、話を聞くと笑ってくれたり、質問をしてくれたりと、ちゃんと聞いてるってことが分かるから、話をしてるこっちも楽しくなってくる。

 恐そうな武器防具屋のゴーレスさんとか、別の意味で恐そうな雑貨屋のエルザさんとも仲が良いし、きっとコミュニケーション能力が高いんだろう。なんだっけ、コミュ力お化けって言うんだっけ?


「モンテス冒険者ギルドで夜空の登録をしてくれた人がね、なんだか色んな意味ですごくて」

「色んな意味ですごいって何があったの?」

「一言で言えば……魔物大好きっ子?」

「……なにそれ」


 変な物を見るような目でそう呟いたティアちゃんに笑いつつ、僕はトビアさんの話続ける。

 夜空を見た瞬間テンションが上がって、僕の手を握りながらまくし立てるようにしゃべり出したとか、エスメラルダさんが彼女の頭に手刀を落としたとか、そんなことを。


「モンテスの人って変な人ばっかりなんだね……」

「え、いや、お店の人とかは良い人ばっかりだったよ!」

「そうなの?」


 訝しげに僕を見るティアちゃん。そんな彼女かれの視線から逃げるように僕は頭の中をかき混ぜた。ええと、話題を変えようと思ったら……。


「あ、そうだ! ティアちゃんにお土産を買ってきたんだった」

「え!? ホントに買ってきたの!?」

「楽しみにしてるって言ってたの、ティアちゃんじゃん……」

「えっと、それは……そうだけど……」


 僕の追撃にティアちゃんはあまり見せない歯切れの悪さを見せて、照れたように顔を俯ける。

 そんな姿が余計にギャップを感じさせてくるのは、いつも元気なイメージが強いからだろう。うん、こういう所をみると男の子って言われてもやっぱり信じられないなぁ。


「はい、ちょっとごめんね」


 席を立って、ティアちゃんの後ろに回り、空間収納からお土産を取り出す。

 そして、ティアちゃんの首を抱くように手を回して……。


「リヒト、これって……首飾りネックレス?」

「うん。ティアちゃんに似合いそうって思ったから。髪の色と同じ、薄い青色の鉱石なんだって」

「綺麗……。リヒト、ありがとう」

「こちらこそ、いつもありがとう」

「で、でも、これよく買えたね。夜空が買わせないように邪魔しそうだけど」

「あー、あはは……」


 僕の反応で分かったのか、ティアちゃんは僕の傍にいる夜空へと目を向ける。

 しかし夜空の反応は無い。

 ……って、寝てるし。


「夜空がご飯食べながら寝るなんて珍しいね」

「今日は朝から飛んで、その後も昼過ぎまで気を張ってたからね。まぁ、この後も飛ぶ予定だし、寝れる内に寝といた方がいいかな」

「え、この後? どこか行くの?」

「あれ? 言ってなかったっけ? 昼に調べた廃教会に、もう一度行くんだよ。今度はラトグリフさんも一緒に」

「言ってない! 言ってないよそんなの! 大丈夫なの!?」

「んー、大丈夫じゃない? ラトグリフさんいるし」

「そ、そうだけど……」


 ティアちゃんの顔が不安げに染まる。なんとなくその気持ちも分からなくはないんだけどね。

 だって、今日トパーズに上がったばっかりだっていうのに、いきなり英雄の一人を連れてクエストに行くとかちょっとおかしいし。

 でもまぁ、僕は行かないといけないんだよね。夜空の移動能力を当てにしてるみたいだったから、僕が行かなきゃ前提から崩れちゃうし。


「大丈夫だって。ちゃんと帰ってくるし」

「うん。でもリヒト、気を付けてね」

「もちろん」


 それから少し暗くなりかけた雰囲気を、ティアちゃんが話題を変えるようにしてどうにか元に戻してくれる。

 ブランディさんのこととか、今日食堂で冒険者さん達が話してたこととか、色んな事を話してくれた。でも、ティアちゃんの瞳からは、不安そうな色が消えてはくれなかった。



「やあ、リヒト君。こんばんは」

「ラトグリフさん、こんばんは。エスメラルダさんも」

「はい。こんばんは、ですね」


 夜、街から灯りが消え始めた頃、僕はギルドの最奥……ラトグリフさんの仕事場にお邪魔していた。

 宿を出るとき、ティアちゃんに「気を付けてね。絶対帰ってきてね!」と散々念押しされた事もあってか、調査に出る前から少し疲れたけれど、同時に嬉しくもあった。

 だから、この部屋に入ってきた時に感じた緊張感も、不思議と受け流すことが出来ていたりする。


「では行こうか。夜に出ることはモーガンに伝えてあるからね、彼が外へ出る手引きをしてくれるはずだよ」

「それと、一応過去の資料を探って、あの廃教会のことを調べていたところ、見取り図が見つかりましたので、写した物をお渡ししますね」

「ありがとうございます」


 エスメラルダさんから筒状に丸められた紙を受け取り、確認するように開く。うん、確かに教会の見取り図っぽい。

 ホールから伸びる道の数や小部屋の数も、記憶と一致してるしね。


 そんなこんなで確認を終えて、モーガンさんが待つ門へと向かえば、暗闇の中、モーガンさんが門の支柱に寄りかかるようにして、暇そうに立っていた。

 それでいいのだろうか……。守備隊長として。


「モーガン。すまないね、いきなり」

「気にすんな。それよりラトグリフ、リヒトとエスメラルダちゃんをちゃんと守れよ?」

「ああ、分かっているよ」


 実はこの二人、何気に仲が良いらしい。

 ティアちゃんいわく“酒飲み友達”だとか。なんでも、非番の日やモーガンさんの夜勤明けの時に、二人して飲みに来るらしい。

 そして、予想通りというべきか、酔うとモーガンさんは面倒くさくなるってさ。極力、僕の前では飲ませないようにしよう。


「モーガンさん。行ってきます」

「おう、気をつけろよ!」

「はい!」


 再召還した夜空に乗った僕らは、モーガンさんに見送られながら、空へと浮き上がり……そして一気に街から離れていく。

 この速度には、英雄であるラトグリフさんも驚いたらしく、後ろの方で「おぉぉ……!?」と変な声を出していたのが面白かった。

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