第16話 英雄による英雄の裏話
凄まじいスピードで通り過ぎていく景色。
でもね、まったくわからない。いや、月明かりもあるから分かるけど、わからない! 速さと暗さのダブルアタック! こうかはばつぐんだ!
「これはすごいね。リークランシェの召喚獣に乗せてもらったことがあるけれど、その時以上かもしれない」
「そうなんですか?」
「うん。飛行系ではないんだけどね、馬みたいな魔物がいて、その子に乗せてもらったことがあるんだ。あれはあれでなかなかすごかった」
「馬、ですか……。扱いが難しそうですね」
「そうだねぇ。降りた時に腰とお尻が使い物にならなかったよ」
腰はわかるけど、お尻が使い物にならないってどういうことだろう……。お尻を使うのって、トイレの時くらいだよね? もしかして英雄くらいになると、戦闘で使ったりすることがあるんだろうか。
「ま、まぁ夜空に乗ってれば、お尻が痛くなることはないと思いますので……」
「それだけでも快適だね。いやー、リークランシェも飛行系の召喚獣を増やせば良かったのに」
「そういえば、リークランシェさんの話題をよく出されますけど、ラトグリフさんはリークランシェさんと仲が良かったんですか?」
「ああ、もちろん。今でも連絡を取っていたりするからね」
英雄同士の文通! なんだろう、普通の手紙だったとしても、すごい秘密とかが書かれてそうに感じてしまう……!
世界を揺るがす悪の話とか、数々の武勇伝の話とか!
「まぁ、もっぱら、うちの娘の話ばかりだけどね。可愛いんだよ、うちの
ただの親バカレターだったようだ。
うん、英雄の前に一人の親だもんね、仕方ないよね。
「まぁ、それは置いといてさ。エイジアやペピルが死んでしまってからは、小さいことでもお互い連絡を取るようにしてるんだよ。私達もいつ亡くなるかはわからないからね」
「エイジアやペピルって、英雄の方々でしたっけ? どういう繋がりなんですか?」
「おや、リヒト君は知らないんだね。もしよかったら道中、話そうか」
「お願いします」
その提案に即座に乗って、僕は大きく頷いた。
英雄の物語は気になっていたけれど、ポルカさんに教えてもらえたのは名前だけだったし、ティアちゃんからは“魔槍のフライオーデン”の話しか聞けていない。
つまり、ラトグリフさん達の話はまったく知らないのだ。
「では始めようか。英雄物語はある出来事を中心に物語が展開していくんだ。それは、人魔大戦。人と魔が戦った世界大戦だよ」
◇
人魔大戦。
それは、エルフやドワーフといった精霊種、獣人やドラゴニュートなどの亜人種、そしてヒューマンが力を出し合い、魔族と呼ばれる魔物や魔人達と戦った出来事らしい。
事の始まりは、三百年ほど前。ヒューマンの暮らす街を魔人達が襲い、崩壊へと導いてしまったことがきっかけだそうだ。
「圧倒的な魔力を以て攻め込んできた魔人達には為す術もなく……それから数ヶ月が経った頃には、世界のほぼ八割が魔人達の手に落ちていたんだ」
「世界のほぼ八割……」
「そう。だけどある日、一人の
「おぉ……!」
「エイジアは街を開放しては、次の街に移り……とまるで流れ者のように移動していった。その道中で、私やリークランシェ、ペピルにグラーバルといった仲間を増やしつつね」
なるほど、ラトグリフさんはリークランシェさんと仲間だったのか……。だから、今でも連絡を取り合ったりしてるんだ。
「私達は順調に街を開放していってね、途中で他の英雄達にも会ったんだよ。もちろん、出会った当初は英雄なんて言われてなかったけれど」
「ラトグリフさんと仲間だった四人を除くと、漆黒のバルトフェルトさんと、魔槍のフライオーデンさん、あと
「そうだね。その中で、最も最初に出会ったのはバルドフェルト。確かバルドフェルトとは最初、敵対関係だったんだよ。彼は暗殺業を生業にしていた冒険者で、魔人の罠によって僕らが賞金首にされてしまったんだ」
「それで、戦ったんですか?」
「もちろん戦ったよ。でも、その時はちょうどエイジアが倒れていてね。ずっと戦い続けだったから仕方ないんだけど」
「倒れてたって……じゃあ、誰が戦ったんですか?」
「私だよ?」
「えっ」
事もなげに言われてしまい、一瞬思考が止まる。この人が? どうみても、ちょっと体格の良いおじさんって感じの人なんだけど……と、そこまで思ってようやく頭が動き出した。
そうだった、この人も英雄なんだった。
「それで今生きてるってことは、ラトグリフさんは勝てたんですか?」
「なんとかってところでね。魔眼使いと戦うのは初めてだったから、最初はかなり苦戦したよ。なにせ、目で見るだけで魔法が発動するなんて、卑怯にもほどがあると思わないかい?」
「たしかに、それは難しいですね」
「しかも相手は、今でも“稀代の天才”と呼ばれるバルドフェルト。もうね、魔法の質があり得なかった。一瞬でも気を抜けば、焼かれると思ったほどだ」
その時のことを思い出しているのか、渋い顔を見せつつラトグリフさんは話してくれる。
彼の顔を見ているだけでも、その戦いがどれほど熾烈だったのかを推測できるくらいだ。それで、その戦いはどうなったんだろう?
「あの、それで……」
「うん。結果としては分かってるとおり私の勝利だった。相手の武器が魔眼だったからね、目を潰すことを最優先にした結果だよ」
「目を潰しちゃったんですか!?」
「ああ、物理的にじゃないよ? 水属性の魔法を空中に薄く展開して、生活魔法のライトによる目くらましさ。戦っていた時間が夜だったのも効いたね」
妙に手の込んだ事をやってる気がするんだけど、もしかしてバルドフェルトさんは「三秒間だけ待ってやる」とでも言ったんだろうか……。いや、そうじゃなかったとしても、ここはやっぱり言っておくべきなんだろう。バ○ス!
「あの時のバルドフェルトは見ものだったけどね。“目が、目がァ!?”と言いながら、のたうち回っていたんだから」
「その顔を見るに、本当に面白かったんですね。バルドフェルトさんにとっては、災難極まりないですけど」
バルドフェルトさん、完全に某大佐の反応と同じだ。
やはり、世界が変わっても、人の行動は変わらないのかもしれない……。
「その後、魔力封じの縄で簀巻きにしてエイジアと会わせたら、自分の過ちを認めたって流れだったかな。あとは物語で語られてる通り、人に害を為す魔人達を駆逐する暗殺者になったはず。もちろん語られてる物語としては、襲ってきた話はカットされてるわけだけど」
ああー、騙されてた英雄っていうのはかっこ悪いからかな。バルドフェルトさんが活躍したっていうのは本当のことだし、そこは上手いこと辻褄を合わせればすむだろうし。
たぶん、襲ってきたってところをカットして、街でエイジアさんに出会い、正義に目覚めた! とかって話になってるのかもしれない。間違いじゃないし。
「フライオーデンに会ったのは、私達が魔人達の勢力をかなり削った頃だったね。時期的にはバルドフェルトと会った二年後くらいだったと思う。その頃には色々なところで魔人達に対抗する集団が現れていたこともあって、拮抗状態に移行できていたんだ」
「解放してきた街が再度取られないようにって感じですか」
「そうだね。しかし、フライオーデンの故郷はまだ取り返せていなかったんだ。彼の故郷は魔人達の住処である、魔族領に近くてね。家族ぐるみで避難している人達も多かったんだ」
つまり、フライオーデンさんとは避難先で会ったということなんだろう。
たしか、ティアちゃんが教えてくれた話では、フライオーデンさんは故郷を取り返したけど、その戦いで死んでしまったという話だったはず。
「まだその頃はグングニルを持ってなくて、少し槍の扱いに長けている青年という感じだったね。リヒト君にはまだ見せてないけど、私も戦いでは槍を使うから、エイジアに“彼は伸びる気がする。少し面倒を見てやってほしい”と言われて、私が修行したりしたんだよ」
「まさかの師弟関係ですか!?」
「そういうことになるのかな? でも私が見れたのはその街にいた一ヶ月程度のことで、彼がグングニルを手にしたのは、それから数ヶ月後のことだったはずだよ。だから、私は少し手助けをした程度なんだ。彼には元々それだけの素質があったんだろうね」
懐かしむように語るラトグリフさんの目は、どこか悲しげな色を湛えていた。でも、それは仕方ないと思う。
フライオーデンさんは、命を燃やし尽くして死んでしまった。彼にとって最大の目的だった“故郷の奪還”は成功したけれど、それだけに、遺された人達にとっては悲しみが大きかったんだろう。
ましてや
前に、院長先生が頭を光らせながらも言っていた言葉がある。
“人の後悔は尽きることがない”って。ああしておけば、こうしておけば、なんて……過ぎてから思うことは沢山ある。
言葉一つにしても同じ。いつでも言える――なんてことは無く、次の瞬間には言えなくなることもあるかも知れない。
“だからこそ、リヒト君。君も伝えたい想いは、伝えられるときに伝えておくのじゃぞ”
なんて、思い出したかのように彼の言葉が頭に響く。
僕は伝えられていただろうか。もう会えない大切な人達に。沢山の感謝を。
「……きっと、フライオーデンさんはラトグリフさんに、いっぱいありがとうって思ってますよ」
「ん? どうしてだい?」
「確かにフライオーデンさんは、戦いの後死んでしまいますが、それでも自身の願いは叶えられた。そのことに後悔は無いはずです。だったら、悲しむより、むしろ喜んでほしいんじゃないかなって思います」
彼には、彼にとっての大切なものが、故郷には沢山あったんだろう。
だからこそ、彼はその地を取り返すことに、自らの命を賭けた。
きっと色んな苦難がそれまでにあったんだろう。でも、それを何度も乗り越えて、自らの願いを手にしたんだ。
ティアちゃんが心から好きだって言う理由も分かる気がするよ。
「だからきっと、彼は……結構胸を張って“やったぜ!”って言ってるかもしれませんよ? まぁ、そんな口調だったかは知らないんですけど」
「ふふ……。そうだね。そうかもしれないね。……ありがとう、リヒト君」
「いえいえ」
照れたように微笑みながら、ラトグリフさんが手を差し出してくる。僕がその手を取って、ぎゅっと握れば、彼もまた熱く握り返してくれた。
八英雄の一人、片翼のラトグリフ。そんな風に呼ばれる彼の手は、思っていたよりもずっと温かかった。
◇
「二人とも。談笑中のところすみませんが、見えてきましたよ」
「おっと、クエスト中だったね。じゃあこの話はまた帰ってから」
「はい!」
僕らが話をしている間、ずっとにこにこと聞いていたエスメラルダさんが、そう言って話を切る。
僕には暗くてよく分からないけれど、エスメラルダさんはしっかりと見えてるみたいだ。
彼女はヒューマンだった気がするんだけど……魔力で何かしてるとかなのかな?
「リヒト君はエスメラルダから探索のイロハを教えてもらったんだよね?」
「はい。昨日の夜に」
「だったら、今回は定石通りで試してみよう。何度もやって、身体に染みこませておく方が良いからね」
「わかりました!」
つまり、周囲を見てから、内部を見る。ライトは少し前の上方へ。石なんかを投げこんで、出方を見る、みたいな感じだ。
昨日の夜、エスメラルダさんも言っていたけど、このやり方は建物の内部を調べる時や、魔物の巣なんかを襲撃する際に使われる方法らしい。
もちろん、敵が気付いたり、なにか異変があれば、その都度対応をしていく必要はあるみたいなんだけど。
「では、少し離れた位置で降りよう。夜空君、音があまり鳴らないように着地してもらえるかい?」
「ピィ」
ラトグリフさんの指示に従って、夜空は速度を落としつつ、ゆっくりと地面へと降りる。
風を操るウィンドホークだからだろう。ほとんど音をさせることなく着地することができた。すごいぞ、夜空!
「ピーピィ」
「えらいえらい。さすが夜空だね」
「ピィ」
夜空の頭を撫でてから、首元にもふっと抱きつく。ああ、気持ちいい……。
「さてリヒト君。お楽しみみたいだが、行くとしようか」
「あ、はい。夜空、少し小さくするね」
「ピ」
背を向けるラトグリフさんに続くように、人間サイズまで小さくした夜空を連れて、僕も歩き出す。
今度は何か起きるだろうか……。
起きそうなんだよね。だって、さっき……ラトグリフさんがフラグを立ててたし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます