第14話 フラグという名の迷信じみた言葉

「でも、あのクエスト少し気になりますね」

「そうですか?」


 もきゅもきゅとお肉をみつつ、エスメラルダさんの言葉に返す。

 僕のお腹が鳴った後、周りの視線から逃げるようにギルドを飛び出した僕らは、美味しい匂いに釣られるまま、ギルドの近くにあったお店“エンジェルスパァィス”に飛び込んでいた。

 このお店、名前はよく分からない間延びしたような名前のわりに、ピリッと後を引くスパイスがとても美味しく、お肉の重厚なボリューム、そして口の中をリフレッシュしてくれる野菜の数々。これはあれだ。肉料理の黄金比……そう、黄金比を研究されてる料理だ!


「ええ。でも、クエストを受けるほどの余裕はありませんし……」

「調査クエストなら、受けずに見に行くだけでも良いんじゃないですか? 何もなかったら何もなかった、で時間もそんなに掛からないですし」

「そうですが……ギルド職員としては、そんな適当に見ただけで調査しました、と言うのも少し」

「じゃあ、明日の朝一でギルドに見に行って、まだクエストが残っていたら帰りに教会に寄ってみましょう。お昼過ぎに出れば夕方には帰れますし、それなら充分に時間はあると思いますよ」


 そうそう、こういうのは気になるなら解消しておく方が良いって、主治医の先生が言ってたからね! 人間の直感とかって結構ばかに出来ないみたいで、先生も直感を信じて、何人もの患者さんの異変を早く察知できたらしいし。

 今回だってその可能性はあるわけだしね。エスメラルダさんは今までいろんなクエストを見てきてるはずだから、直感を信じてみた方がいいだろうし。


「そうですね。受けずに向かうのは少し問題になるので、クエストランクは黄ランクトパーズですが、私が許可を出した事にすれば受けられるでしょう。……もちろん、リヒト君が良いならですが」

「僕は全然構いませんよ。夜空はどう?」

「ピッ!」

「大丈夫みたいですし、行ってみましょう。ね、エスメラルダさん?」

「……ありがとうございます」


 何もお礼を言われるようなことはしてないつもりなんだけど……。でも顔を赤らめつつも、言ってくれたその言葉を、受け取らないわけにもいかないし。

 だから「いえいえ、帰るついでですから」と返した僕に微笑みを見せてくれて、僕は少し安心することができた。


「早速、そうと決まれば宿に向かって、明日の調査の方法をみっちりとお勉強しましょう!」

「え、えぇぇ……」

「嫌そうな顔をしないでください。これも冒険者の務めですよ」

「わかりましたよ……あ、でもその前に一つだけ」


 そうそう、これを忘れてたら大変な事になるかも知れないし。


「なんですか?」

「お土産を買ってきても良いですか? ティアちゃん宛に」

「ピィ!?」

「……その鈍感さはある意味大物ですね」

「あの、エスメラルダさん。何か言いました? 夜空、静かにして、聞こえない!」

「いえ、なんでもないですよ。では買い物をしてから、宿に向かいましょうか」

「はい!」


 そうして、僕らは宿に向かう道中、のんびりとお店を見て回り、なんとかお土産を買うことが出来た。

 なんとか、というのは……夜空がなぜか凄い邪魔をしてきたのだ。お店に入ろうとすれば、目の前で羽をバタバタして目隠しするし、手に取ろうとすれば僕の手をクチバシで刺してくるし……挙げ句の果てに、出したお金を放り投げようとした時は、さすがに僕も手で止めた。

 お店に迷惑を掛けちゃダメだからね!



「良いですか。まずリヒト君は街の外に出たというのに、気を抜きすぎなところがあります。街の外に出たら、使わない可能性があったとしても、武器をすぐ抜ける所に装備してください」

「武器は装備しないと意味がないというやつですね!」

「それがどういうやつかは知りませんが、概ねその通りです。まず使える状況にしましょう。例え使うことが無かったとしても、使う事が出来るという状況にしておけば、多少の安心感が得られますから」


 しっかりと頷きつつ説明してくれるエスメラルダさんに、僕もちゃんと頷き返しつつ思う。

 転生前に医師のお兄さんに教えてもらった言葉は、こっちの世界でも通用するらしい。やはり国民的人気ゲームのセリフというのは、国境どころか世界線を越えても心に刺さるものなのだ……! と。


「あと、調査クエストですが、何もない可能性はもちろんあります。依頼者の気のせいや、そのタイミングだけ魔物が住み着いていた、など、いろいろな理由はありますが、その場合でもきちんと“何もなかった”という調査報告は上げなければいけません」

「そのためには、しっかり“何もない”という調査をする、というやつですね?」

「そうです。きっと何も無いとは思いますが、調査するだけはしてみましょう。ビスキュイの街に戻ったら、ギルドでトパーズへの昇格登録をしましょうね」

「はい!」


 エスメラルダさんとは宿の部屋はもちろん別の部屋だ。

 しかし、調査クエストという初めてのクエストを受ける予定になっていることもあり、彼女はこうして僕の部屋で懇切丁寧に教えてくれた。

 この後も、調査のやり方や、他の冒険者と出会ったときの対応の仕方などなど、きっとこれから必要になってくるであろうことも、ちゃんちゃんと教えてくれる。しかし、なんというか……大変申し訳ないことなんだけど、覚えられそうになかったり……。

 だって、多いんだもん。


「では私はこれで」

「はい。明日、またよろしくお願いします!」

「ピッ!」


 カタンと音が鳴って、僕の部屋と廊下を繋ぐ扉が閉まる。

 エスメラルダさん一人がいなくなっただけなのに、妙にがらんとした部屋で、僕はとりあえず空間収納から剣を取り出した。


「ねぇ夜空。この剣、使う事になるのかな」

「ピィ……」

「できれば戦うとか、僕はしたくないんだけど……やっぱり冒険者には避けて通れない道なのかな。ポルカさんもそう言ってたし」


 回復魔法を教えてもらった日。あの日、ポルカさんは確かに僕に言っていた。――魔物との戦いも、これから行う事になる、と。

 きっと僕は最後まで躊躇ってしまうのかもしれない。何かの命を奪うということを、最後まで。そして、それはきっと――


「ピッ! ピ、ピィ」

「……大丈夫。たとえどんなに躊躇ったとしても、夜空が……僕の大切な人達が傷つきそうになったら、僕は剣を手に取るよ。きっとね」

「ピィ……」


 僕の肩に乗ったまま、少し心配そうな声で鳴いた夜空の頭を、指の腹で優しく撫でる。

 そっと身を寄せるように、彼女の重みが僕の頬に伝わって……そして離れた。


「ピィ!」


 バサッと翼を広げて、ベッドの傍に止まり……布団をペシペシと叩く。

 ああ、なるほど。今日はもう寝ろってことかな。


「わかったわかった」

「ピッ」


 出したままの剣を空間収納に入れて、もそもそとベッドへと潜り込む。

 そんな僕の頭を、夜空は翼で優しく叩いた。きっと、夜空なりの「おやすみ」ってことなんだろう。

 彼女のちょっと不器用な所に小さく笑いつつ、僕も「おやすみ。夜空」と目を閉じた。



「さて、リヒト君。昨日言ったことは覚えてますか?」

「はい! 剣は出したままで、廃教会に着いたら、まず周囲を確認します!」

「そうです。その際、夜空ちゃんには、すぐ逃げられるようある程度の大きさで待機してもらうようにお願いしてくださいね」

「わかりました」


 朝起きてすぐ、朝食と洗顔を済ませた僕らは、駆け込むように冒険者ギルドへと向かい、気になっていた調査クエストを受注した。

 幸いというべきか、不幸にもというべきか、あのクエストは残ったままで……むしろ気味悪がって誰も手を付けていないみたいに、先日僕らが張り直したままの状態でボードに留められていたのだ。

 その状態の依頼書を見たときの、僕らの反応は様々だった。


 「あった!」と、少し嬉しいみたいに言ったエスメラルダさんに対し、「ああ、残ってたんですね」と、少し残念な気持ちをにじみ出した僕。

 そして、「ピィィ……」と、とても嫌そうな声色で鳴いた夜空と……本当に三者三様の反応だった。


 僕と夜空がそんなに嬉しそうじゃなかったのは、僕がとあることを思い出してしまったから。

 そう、フラグ……というものに。


「受けた後、それも今向かってる最中に言うのもアレなんですが。エスメラルダさん……今日は絶対何か起きると思います」

「え、どうしてです?」

「なんて説明すればいいのか分からないんですが……昨日、エスメラルダさんが言ってた“きっと何も無い”とか、“ビスキュイに戻ったら、トパーズに”とかの言葉が、何かを呼び寄せてる気がするんです」

「え、えーっと?」


 言ってることがよく分からないのか、エスメラルダさんは首を傾げ、僕に困ったような顔を見せる。

 大丈夫、僕もこの因果関係とかはよく分かってないので! でも、なぜかこういう事を言うと、何かが起きちゃうんだよね。例えば、魔物が住み着いてるとか……それも特に、強力なやつとか?


「例えばですけど、“俺、この戦いが終わったら……結婚するんだ”とか言って戦いに向かったら、その人はかなりの高確率で死にます」

「え、えぇ……!?」

「他にも、“やったか!?”って、敵の状態を確認する前に、倒したことを期待してしまうと、こちらも高確率で倒せてないです」

「……そうなの?」

「いえ、本当かどうかは知りませんけど。昔、そういう迷信じみたものを教えてくれた人がいたんです」


 そう、研修医に一人。

 何を思って、重病患者にそんな死亡フラグなんかを話したのかは分からないけれど、まさかこういう形で役に立つとは思いもよらなかった。

 いや、むしろ、これ以降も役に立たないで欲しい。何事も無い方が僕は嬉しい。


「その迷信が本当に存在するとしたら……何かが起きそうですね」

「ええ、とても起きそうです」


 きっとこの時、僕とエスメラルダさんの気持ちは一つになったんだろう。

 そう、“何も起きないで欲しい”と。


 しかし、運命というのは酷く悪戯が過ぎるものらしい。

 そのことに僕らが気付くのは、これからしばらく経ってのことだった。



「ついてしまいましたね」

「そうですね」


 夜空から降りながら、エスメラルダさんの呟きに僕は短く返す。

 そして、着地と同時に夜空を再召還し、僕ら二人くらいなら掴んで逃げられる程度の大きさに変更した。


「運が良いのか悪いのか……他の方はいないみたいですね」

「確実に運が悪い方だと思います。何か起きるとすれば」

「そう、ですね……しかし躊躇していても仕方がありませんので。リヒト君、ひとまず当初の予定通り、外側から確認してみましょう」


 エスメラルダさんの指示に従いつつ、三人(二人と一羽)ひとかたまりになって、静かに周囲をまわる。

 廃教会は確かに廃棄された状態のようで、あちこちの壁が壊れ、酷い場所では中が見えるような状況にもなっていた。気を付けないと瓦礫で足を挫きそうだ。


「特に外で変なところはなさそうですね」

「そうですね。ではリヒト君、廃教会の中に向かいますが、まず入る前に明かりをつけましょう。中は暗いかと思いますので」

「生活魔法ですね。わかりました」


 前日夜に話し合った通り、手のひら大くらいのサイズのライトを作り、僕らの少し前上方へと設置した。

 魔物の中には光源を狙う魔物がいるらしく、頭上やすぐ前、手元などに置いておくと危ないことがあるらしい。

 そのため、ライトの魔法を使うのであれば、自分達より少し離して置くことをおすすめされた。


「はい、良いでしょう。では次に、扉を開ける際ですが……」

「片方を少しだけ開けて、石かなにかを投げ込むんですよね? 音で反応を確かめるって」

「その通りです。よく覚えてますね」

「こういったことには、少しだけ覚えがありまして」


 やったことはないけれど、延々と聞かされ続けたのだ……。有名だという噂の、スニーキングアクションゲームの話を。

 でも聞いた話だと、ダ○ボールってアイテムが最強って聞いたんだけど、こっちの世界にはないんだろうか。ダ○ボール。


 そんなこんな話しつつ扉を開き、確認してみるが……特に何も反応が無い。音が小さかったのかと思い、もう少し大きめの石を投げてみたけれど、やはり何も起きない。

 これは多分、何もいないのでは?


「エスメラルダさん、入ってみますか?」

「そうですね。それしかないでしょう」


 「ピッ」と鳴いた夜空に、「シーッ」と人差し指を口の前に立ててお願いする。人間サイズの夜空が鳴くと、結構響くのだ。だから少しだけ、静かにしててね。


 カタッ、ギギギと音を立てつつ、ゆっくりと廃教会の扉を開く。すると飛び込んで来るのは、どこかで見たことがある作りのホール。

 あ、これ、ビスキュイの街の教会と同じ作りだ。


「ビスキュイのと同じ作りですけど、どこもこんな感じなんですか?」

「大体は同じですね。ですが、土地の広さや街の規模などによって、多少異なるはずですよ」

「なるほど……。となると、この辺はポルカさんが良く居眠りしてる場所ですね」

「ポルカはリヒト君の前でもそうなんですね……」


 それはもうぐっすりと。

 あのパーティから今日までの数日間、僕は何度も教会や孤児院へは足を運んでいたりする。特に必要に迫られてってわけじゃないんだけど、子供達の相手をしたりするのが楽しかったから、かな?

 夜空なんて子供達に大人気で、僕が行くとすぐに大きくするのをせがまれるくらいだ。夜空もそれが嬉しいのか、孤児院に向かうときは結構テンションが高い。まぁ、宿に帰ってご飯を食べたら、すぐに寝ちゃうんだけどね。


「さて、小部屋含め一番奥まで確認しましたが、特に何もおかしいところは無さそうですね」

「そうですね。夜空も何も感じない?」

「ピィ」

「夜空も特に無さそうですね。エスメラルダさん、どうします?」

「一応もう少し調査はしてみますが、問題が無さそうなら早々に切り上げて帰りましょうか」


 その意見に頷いて、僕らは周囲を色々と探る。

 最近も冒険者が使用してるからか、瓦礫なんかはきっちりと隅へ避けられてるし、ゴミもほとんどない。ホールの奥側左右から小部屋に繋がる道も、瓦礫が所々あるだけで特に何も無い。

 強いて言えば、埃があるくらいかな? それ以外は本当に何も無い。


「迷信はただの迷信だったってことですかね」

「そうでしょうね。ああ、良かった……。実はリヒト君があの話をしてくれてから、ずっと不安だったんですよ。何かあったらどうしようって」

「すみません」

「いえいえ、冒険者ならそれくらい慎重な方が生き残りますから」


 そんなことを話しつつ教会の中を右往左往して探ってみたが、結局何も出てこなかった。

 これだけ探っても出てこないってことは、本当にただの気のせいなんだろうか?


「んー……。でも、それも変なんだけどなぁ」

「気にはなりますが、これだけ探して何も無いのですから、今日の所はこれで切り上げましょうか」

「そうですね。これ以上見るところも無さそうですし」


 そう言って僕ら三人は廃教会の外へ出て、埃で汚れた手を生活魔法のウォーターで洗い流す。

 生活魔法は火を起こしたり、水を出したり、灯りをつけたりと、多種多様な種類があるけれど、どれも攻撃には転用できそうに無い効果だ。まぁ、だからこそ生活魔法って言うんだけど。

 ウォーターは、指定した場所から水を出すだけの魔法で、どんなに魔力を込めても、ジャバジャバと水が落ちるだけ。量がすごく増えるとかも無い。

 だから、安心して使えるんだけどね。


「ではビスキュイの街に戻りましょうか。このクエストの件は一応クリア扱いにして、ラトグリフさんに訊いてみましょう」

「はい! よし、それじゃ夜空よろしくね!」

「ピッ!」

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